Ωだから仕方ない。

佳乃

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【side:燈哉】あるΩの告白と、あるαの苦悩。

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 あれから欠席することのできない集まりがある度に「じゃあ、明日は伊織と政文と一緒にいるね」と嬉しそうな顔を見せる羽琉に、素直に面白くないと伝えれば何かが違ったのだろうか。

 ふたりを引き合わせ、連絡先を交換した時に隆臣が俺を見て何か言いたそうな顔をしたけれど、小さく頷けば「お手数をおかけしますがよろしくお願いします」とふたりに対して頭を下げる。

「友達と一緒に過ごすだけですから」

 そんな風に政文が恐縮すれば「羽琉さんにこんなに頼もしいご友人がいたとは知りませんでした」と笑う。

「隆臣、それ酷い」

 そう言って羽琉が拗ねて見せるのが面白くなかった。

「それでは、明日はよろしくお願いします」

「お願いします」

 翌日の時間を確認して羽琉は車に乗り込む。去り際に窓を開けて手を振る時に俺に対しても微笑みかけた羽琉はこの時、何を考えていたのだろう。

「申し訳ないがよろしく頼む」

 笑顔の羽琉を見送り伊織と政文に頭を下げると生徒会の仕事があるからと告げて校舎に戻る。ふたりの何か言いたそうな顔には気付いていたけれど、面と向かって口を開けば感情を抑える事ができなくなりそうで、逃げるように背を向けることしかできなかった。

 このことをきっかけに、羽琉とふたりの仲はただの同級生から友人と呼べるほどになっていく。
 俺が休む時はもちろん、生徒会の仕事が立て込んでいる時なども伊織や政文を頼るようになった羽琉に対して消化のできない気持ちを抱きながらも、今まで漠然と感じていた負担が少し軽くなったような気がしていた。

 そう、羽琉に対して負担を感じるようになったのはいつからだったのだろう?

 今の年齢でされたら確実にお見合いだと思えるような顔合わせ。
 互いの家庭の事情を考慮して結ばれた縁。

 【家格】なんてものを考えたことの無かったあの頃、羽琉のことを頼むと言われたことは単純に嬉しかった。
 いつも淋しそうにしているあの子を守るのは、守れるのは自分だと誇らしくも思った。

 だけど、結局自分は駒でしかないことに気付いてしまったのは中等部に入り、学級の代表として優秀な先輩たちと接するようになってから。

「仲真のお姫様の子守り、大変だね」

 そう言った先輩は男性Ωで、既に番を見据えたパートナーのいる先輩。流石に中等部で番うのは早すぎると言って番ってはいないけれど、先輩の高等部卒業と同時に番関係を結ぶらしい。

「子守りって、」

「だって、あそこの親、お姫様のこと人に任せきりでしょ?
 毎日の生活は保護者代わりのあの人、隆臣さんだっけ、あの人任せで校内では燈哉君に任せて親としてはお金出すだけ。
 個人懇談だって親は来ないし、番ったらあとは相模の家でってなるよね、きっと」

 そんな風に言われてしまい自分の将来に何故だか引っ掛かりを感じる。

 羽琉のことは大切だ。
 その気持ちに変わりはないし、羽琉のことを守りたいと思う気持ちだって間違いじゃない。
 だけど、どこかでこのままでいいのかと考える自分がいることを否定することができない。

 もしかしたら自分には羽琉よりも好きになれる相手がいるのではないか。
 自分にとっても、羽琉にとっても、もっと相性の良いパートナーがいるのではないか。

 幼稚舎の頃に出会った俺たちは、初等部、中等部と進級しても一緒にいる事が当たり前だと思い、両家の、そして学校の思惑のままに同じクラスで番うことを見据えた関係として扱われてきた。
 毎年、編入してくる者もいれば転校する者もいるし、先輩や後輩との交流だってある。だけど、よくよく考えれば閉鎖された空間。

 羽琉のパートナーとして隣にいることになったのは俺がαとしての片鱗を見せていたことと、羽琉の家、仲真の家よりも相模家の方が家格が下だったせいで、羽琉の隣にと望まれれば断ることができなかったから。

 このまま高等部、大学と進級したとしても変わることのない関係。

「先輩はどうやってパートナーを決めたんですか?」

 疑問に思い聞いてみる。
 先輩も羽琉も同じΩだし、今の段階で番候補がいるのだって同じ。
 先輩は今の段階で番うのは早すぎるとと高等部卒業まではこのままの関係を続けると言っているけれど、羽琉との関係を揶揄して【子守り】と称したこととの違いを理解できなかった。
 先輩のパートナーだって、側から見れば【子守り】だと言われるのではないかと。

「僕たちは幼馴染だよ。
 幼馴染で兄の友人で、僕にとってはお兄ちゃんみたいな関係だった人」

「じゃあ、子供の頃から許嫁だってんですか?」

「違う違う。はじめは僕のことなんて邪魔者扱いだったよ。
 年が3つ離れてるから遊びにしても勉強にしても邪魔しかしないし、僕のことなんて眼中にないって言うか。
 うち、兄もΩだけど性差がはっきりするまでは普通に友達関係で、αとΩだって診断が出た時にお互いに『無いわ…』って言って友達関係が続いていたんだけど、ふたりがそれで良くても周りがうるさくなったせいで家の行き来が無くなってさ、」

 要領を得ない先輩の話を不思議に思いながらも耳を傾ける。
 幼い頃からお互いを知っている関係だったようだけど、俺と羽琉とはだいぶ関係性が違うようだ。

「彼が遊びに来なくなって物理的に離れて少しずつ少しずつ変化が現れたんだ。
 彼は兄とは学校で会ってるのに何かが足りない気がして、少しずつイライラする事が増えて。同じくらいの時期から僕も情緒不安定になって、って言うのは兄の見立てなんだけど。

 中等部の時にはっきりと診断が出て、兄が家に来なくなったのは高等部に入った時かな。ちょうどその時期に僕は中等部に進級したから彼のイライラも、僕の情緒不安定も進級のせいだと思ってたんだ。
 いわゆる環境の変化だよね。
 だけど環境に慣れるはずの時期になっても落ち着かないし。
 たまたまなんだけど、兄が間違えて僕のハンカチを持って行った事があって、その日は不思議と彼がイライラしなくて」

「それで分かったんですか?」

「分かるわけないよね。
 そう言えばあの時は、っていう後付け」

「じゃあ、何で?」

「次に気づいたのは兄が彼に借りた本を僕が離さなかったから。
 リビングに置きっぱなしになってた本がどうしても気になって、内容なんて分からないのに欲しいってワガママ言って。兄も困って彼に言ったらあげてもいいよって、その代わり僕のものと交換だって言って。
 たぶん、ワガママ言えばそれが叶うって思わせたくなくて、それなら僕のおすすめの本と交換しようって言ってくれて、っていうことがあったんだ。
 それをしたら彼も僕も情緒が安定して、だけど本が原因だなんて誰も気付かなくて、そんな時に久しぶりに彼が遊びにきた時に僕がヒートを起こしたんだ」

「でも、番ってはないんですよね?」

「無いね。
 その日は彼も兄も抑制剤飲んでたから影響受けたのは僕だけ。
 だけど咄嗟に僕を隔離して、ドクター呼んで、彼には帰ってもらって、大変だったみたいだよ」

 自分は記憶が無いから笑い事だけど、と言ってその後の顛末を教えられる。

 それは中等部に入った年のことで、正確な診断の出る前だったせいで抑制剤を服用できなかったこと。兄の抑制剤はもちろんあったけど、それを服用していいかどうかの判断がつかず、ドクターがすぐに来てくれて処置をしてくれたこと。
 僕の様子が気になるのに何もできない彼からの連絡が多すぎて先輩の兄がキレたこと。
 後日、ドクター立ち会いの元、彼と再会したこと。

 ドクターの診断で【運命の番】ではないけれど、相性が良いことが判明したこと。
 幼い頃から一緒にいたせいで気付かなかったお互いのフェロモンが、中途半端に離れていたせいで久々の再会で過剰に反応してしまったこと。

「はじめは相性が良いってだけで過剰反応するとか、嫌だったんだよね。
 動物みたいでしょ?」

 その問いかけに頷くことができず困惑してしまう。肯定も否定もしにくい質問をしたことは先輩だって気付いているのだろう、俺の返事を待つことなく言葉を続ける。

「だけど気付いてしまったら離れられないんだよね、お互いに。
 僕に会えなくてイライラする彼と、彼に会えなくて情緒不安定になる僕をみかねてドクター立ち会いの元でもう一度会えるようにしようって親同士の話し合いで決まって、親立ち会いの元話し合い。
 色々と経緯はあるんだけど、今はお互いに番候補ってことになってるんだよ」

 そう言ったあとで「お互いにもっと惹かれる相手ができたら解消されるんだけどね」と当たり前のように言う。

「それって、怖くないですか?」

「何が?」

「相手や自分に別の人が現れて離れないといけなくなることが、」

「全然。
 だって、そんな相手、僕にも彼にもいないから」

 自分で言った言葉を自分で否定することに納得できず、もしかしたら呆れた顔をしたのかもしれない。

「離れて環境が変わって、その中でお互いが欲しくておかしくなった僕たちに、他の相手なんていると思う?。

 どっちの親も反対はしてないんだよ。
 ただ、番関係を結ぶには早すぎるからって。幼馴染だから当然どっちの親も小さい頃から知ってるし、反対なんて全くされてないけど、それでも早いうちに将来を決めすぎるのはどちらにとっても良くないって、心配しすぎだと思うけど、親心なんだろうね、きっと」

 そう言った先輩の言葉で自分との環境の違いに気付かされ、自分の置かれた環境にますます疑問を持つようになる。

 だけど、今まで培ってきた羽琉への想いをどうすることもできず、伊織や政文に笑顔を見せる姿を見ればその執着は日々増していく。

 羽琉は俺が守ると決めたのに。

 羽琉を守って欲しいと託されたのは俺だったはずなのに。

 そんな風に執着を増していくのに幼い頃から羽琉だけを見ていたことに疑問を抱くようになる。

 日陰で膝を抱える羽琉のことが気になって声をかけたのは、本当にαとしての庇護欲だったのか。
 ただ単純に、遊びの輪に入ることのない小さい存在に対する好奇心だったのではないか。

 たまたま自分がαで、羽琉がΩだったせいでこんな関係になっているけれど、俺がαでなければ、羽琉がΩでなければ【友人】という関係だったのではないか。

 考えれば考えるほど分からなくなっていく関係。

 それならば羽琉の手を離すことができるのかと自分自身に問い掛ければ家同士の関係ももちろんあるけれど、今まで囲ってきた羽琉を手放すことはできないと結論を出す。

 Ωに興味がないと公言する伊織と政文にすら嫉妬してしまうのだから、羽琉を自分以外のαに託すことなんて到底無理な話だろう。

 だけど、もしも羽琉に自分よりも惹かれる相手が現れたら。もしも自分に羽琉より惹かれる相手が現れたら。

 そんな日が来て欲しくない。

 そんな日が来れば良いのに。

 相反する気持ちを持ったまま、俺たちはあの日を迎えることになる。

 



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