Ωだから仕方ない。

佳乃

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【side:政文】それぞれの選択肢。

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 俺たちが苦言を呈したことが余程気に入らなかったのだろう。羽琉に対するマーキングはあれ以上強くはならないものの、弱まることもない。
 Ωにとって強いαにマーキングされる事はある種のステイタスになるのだと思っていたけれど、羽琉に関してはそうではないらしい。強すぎるマーキングのせいで未発達なΩとしての性が刺激されていることに燈哉は気付いているのだろうか。
 燈哉との関係に悩みながらも離れることができず、毎朝のマーキングのせいで自分の意思に反して発達していく身体。
 羽琉本人すら気付いていないところで心と身体に齟齬が生まれているように見える。

 物理的に近くにいる燈哉はもちろん、羽琉に執着しすぎている伊織も、羽琉のことを客観的に見ることができていないのだろう。

 少しずつ、本当に少しずつその香りを濃くしている羽琉に先に気付くのは燈哉なのか、伊織なのか。どちらが先にそれに気付くかでその関係は動き出すのがしれない。



「ねえ、羽琉のことこのままにしておいていいのかな」

 同じような質問をなん度も繰り返す伊織に「羽琉がそれで良いなら仕方ないんだって」と同じような返事を返す。
 ここ最近のルーティンだ。

「顔色良くないし、痩せたよ?
 それでも羽琉の気持ちが大切?」

 羽琉の外見に関しては燈哉よりもその変化に気付いているのだろう。だけど、その香りには気付いていないようで、今居との関係に悩んでいるとしか思っていないようだ。

「羽琉がそれを望むなら仕方ないんじゃないか?」

「でも、」

「本気の燈哉に勝てる?」

「政文と僕がふたりでなら、」

「うん。
 でも俺はそれを望んでない」

「何で?」

「羽琉が望まないから」

 大前提として、羽琉の意思を尊重する姿勢を崩すつもりはないと告げ、納得しない様子の伊織のために「羽琉が助けて欲しいって意思表示したなら考えるけど、羽琉が望まないならそれはできないよ」と考える余地はあると匂わせる。

「伊織の気持ちもわかるけど、羽琉の気持ちが燈哉にあるなら俺たちに出来ることは何も無い」

 諌めるようにそう言えば自分の力ではどうすることもできないと悟ったのだろう。羽琉のことを見守りながらも、もどかしさを抱えた伊織も少しずつ消耗していく。

 伊織自身、自分の変化に気付いていないようだけど、羽琉の変化に伊織も引きずられていたのかもしれない。



 あの日の朝は珍しく隆臣から連絡が入り、普段とは違う駐車場に羽琉を迎えにいく事になった。
 慌てすぎて何があったのかを正確に伝えてくれない伊織に引きずられるように向かった昇降口で、仲睦まじい様子の燈哉と今居を見て呆れたのは俺だけじゃなかった。

 周囲を見回せばふたりに対して好意的な目もあれば、あからさまな嫌悪を向ける目、好奇心丸出しで様子を伺う目、さまざまな視線が向けられている。自分が向けられたら戸惑ってしまうような視線なのに動じる様子のないふたりにはお互いのことしか見えていないのか、それともただ鈍感なだけなのか。

 教室に送り届けた羽琉は何を言っても反応が鈍く、自分の気持ちと向き合っているようにも見える。
 羽琉が燈哉を諦めた時に伊織を選ぶと言う選択肢があるのか、そして、伊織が選ばれた時に自分はどうすればいいのかと考え、結局は伊織の希望を叶えるために動くのだろうと結論を出す。
 羽琉が伊織を選び、伊織がそれを受け入れれば俺にできることはふたりのために盾になることくらいだろう。

 伊織を囲いたいと思う気持ちはあるけれど、誰かを選んだ伊織のことを無理に囲うことはできない。

「羽琉、何でいるんだ?」

 羽琉を気遣う伊織と、それを見守る俺、そして聞こえた声に俯いてしまった羽琉。
 今居と仲良く廊下で話し込んでいた燈哉は教室に入り羽琉の姿を見つけると焦ったように近付いてくる。伊織と俺の存在が気に入らないのか、羽琉にキツイ視線を向けるけれど俯いた羽琉は顔を上げず言い訳を始める。

「今日は隆臣が道間違えたから。
 燈哉は忙しそうだったし、隆臣が伊織と政文を呼んでくれたから」

「どう言うことだ?」

 羽琉の言葉を待つよりも俺たちと話したほうが早いと思ったのだろう。そして、俺よりも伊織の方が制し易いと思ったのか羽琉に向けていた視線を伊織に向ける。

「これ、」

 説明するよりも見せた方が早いと思ったのだろう、伊織はスマホを取り出しその画面を燈哉に向ける。
 隆臣とのやり取りを見せたのだろう。

「何だ、これ?」

 不可解そうな顔をした燈哉だったけど、「昇降口で誰と何話してた?」と言えばメッセージの内容と自分の行動を照らし合わせ、その意味を理解する。

「隆臣、今日は父と約束があるせいで焦ってたみたい。
 ひとりで大丈夫だと思ったんだけど、伊織と政文に連絡してくれてたんだ」

 目を逸らしたままそう言った羽琉の顔色が一段と悪くなったのは責めるような燈哉の視線のせいなのか、甘ったるい今居の残り香のせいなのか。

 燈哉に強くマーキングされる羽琉。

 それなのに、今居の残り香を隠そうとしない燈哉。

 αとして自分の腕の中に入れたΩに対してマーキングするのは本能なのだからそれを責める気はないけれど、今居の香りを纏わり付かせた時の羽琉の様子を思い出せばもう少し配慮するはずなのにと呆れる。

 マーキングと残り香、そして纏わりつく香りでその関係性は何となく分かってしまう。

 一方的に支配される羽琉。

 お互いに対等、ではないのかもしれないけれど、互いに尊重しあっている様子の燈哉と今居。

 この先、誰がどの香りを纏うかでこの関係は大きく動き出すだろう。

「連絡しなくてごめんね」

 羽琉はあくまで自分が悪いというスタンスで謝罪の言葉を口にするけれど、燈哉は燈哉で今朝のことを思い出しているのか強い言葉を返すことなく「連絡くれればそっちまで迎えに行ったのに」と困った顔を見せる。

「でも、廊下でも楽しそうに話してたし」

 いつもみたいに見て見ぬ振りをすると思っていた羽琉の言葉に驚いた顔を見せた燈哉が口を開く前に「あ、俺そろそろ教室に戻らないと」と話を遮る。



「羽琉、昼は伊織と一緒に来るならあの教室で。鍵、借りられるから」

 そう言って燈哉の言葉を待たずに教室から出る。
 今の燈哉は引け目があるせいで普段よりは羽琉に強く出ることはできないだろう。
 どうするかの選択肢は羽琉にある。

 今居との姿を見せられても燈哉を選ぶのか、それとも俺たちと一緒に行動する事を選ぶのか。
 今居の残り香をさせ、仲睦まじい姿を見せた燈哉も流石に何も言えないだろうタイミング。

 羽琉次第で伊織との関係も変わっていくだろう。

 そんなことを考えながら教室に向かう間に入ったメッセージは予想通りの内容で、伊織の苛立ちが伝わってくるものだった。

《鍵、借りなくていいから》

 前置きも何もない、要件だけを告げるメッセージ。
 あんな姿を見せられても羽琉は燈哉がいいのかと、予想していたことだけど少しだけ呆れてしまう。
 燈哉から離れる意思と積み重ねてきた【想い】、それに、今居に対する対抗心。
 勝っているのはどれなのだろう。

 離れられないのか離れたくないのか。

 従順なだけでは今までと変わらないのにと思うけれど、それを羽琉に伝える気はない。どこまでいっても羽琉が自分で選ぶしかないのだから。
 いくら守られる存在のΩであっても人形なんかじゃない、意思を持った人間なのだから自分で考え、行動するべきだ。

「羽琉が一緒に食べるつもりだったら僕たちの昼ごはん、どうするつもりだったの?」

 一刻も早く不満を吐き出したかったのか、教室まで俺を迎えにきた伊織は早々に口を開く。羽琉のとった行動が納得できず、羽琉の意思を尊重した俺に対しても不満を向ける。

「え、何も考えてなかったけど羽琉は燈哉を選ぶと思ってたし」

「じゃあ、何であんなこと言ったの?」

「だって、伊織は羽琉が自分で選ばないと納得しないだろ」

「僕の気持ちは関係なくない?」

「だからって無理矢理連れ出したら明日の朝、燈哉が何するか分からないし」

 予想通りの羽琉の行動と、想定内の伊織の言動。

 燈哉に、羽琉に選択肢を与えたのは俺じゃない。俺はただ羽琉の意思を尊重するべきだと主張しただけ。

 この時、入学式の翌日のように羽琉を連れ出していたら俺たちの関係はどうなっていたのだろう…。



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