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【side:伊織】もどかしい関係。
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燈哉に余計なことを言ってしまったせいか、そのマーキングはあれ以上強くはならないものの弱まることもない。
Ωにとってマーキングされる事が幸せだと思っていたけれど、強過ぎるマーキングは羽琉の身体だけでなく心も蝕んでいくようだった。
青白い肌と血色を失った唇。
以前は燈哉相手にコロコロと変わっていた表情は、固まってしまったのかのように変化が無くなっていく。
「ねえ、羽琉のことこのままにしておいていいのかな」
僕と同じように羽琉のことが好きだと言った政文だけど、その変化に気付いていないわけではないのに動くことなく静観している。僕が心配する言葉を出しても「羽琉がそれで良いなら仕方ないんだって」と言われてしまう。
僕は羽琉のことが心配で何とかしてあげたいと思うけれど、政文は羽琉の気持ちを尊重したいと言う。
「顔色良くないし、痩せたよ?
それでも羽琉の気持ちが大切?」
「羽琉がそれを望むなら仕方ないんじゃないか?」
「でも、」
「本気の燈哉に勝てる?」
「政文と僕がふたりでなら、」
「うん。
でも俺はそれを望んでない」
「何で?」
「羽琉が望まないから」
そう言った政文は困った顔で「羽琉が助けて欲しいって意思表示したなら考えるけど、羽琉が望まないならそれはできないよ」と溜め息を吐く。
「伊織の気持ちもわかるけど、羽琉の気持ちが燈哉にあるなら俺たちに出来ることは何も無い」
諌めるような政文の言葉を受け入れたわけではないけれど、僕ひとりでは燈哉に太刀打ちできるはずがなく、もどかしい思いを抱えたまま羽琉の様子を見守る日々。
あの日は珍しく朝から隆臣さんから連絡が入り、普段とは違う駐車場に羽琉を迎えにいく事になった。不思議に思いながらも政文と昇降口に向かった時に見た燈哉と今居の仲睦まじい様子に呆れたのは僕だけじゃないはずだ。
教室に送り届けた羽琉は何を言っても反応が鈍く、事情を察した僕たちはただただその様子を見守ることしかできなかった。
いつもよりマーキングが弱いせいで羽琉の近くまで行けた僕だけど、だからと言って出来ることがあるわけじゃない。政文が同意してくれなければ僕に出来ることは無いのだから。
「羽琉、何でいるんだ?」
今居と仲良く廊下で話し込んでいた燈哉は教室に入り羽琉の姿を見つけると焦ってそう声をかけた。隣に立つ僕と政文のことなんて気にせず、ただただ羽琉にキツイ視線を向ける。
「今日は隆臣が道間違えたから。
燈哉は忙しそうだったし、隆臣が伊織と政文を呼んでくれたから」
「どう言うことだ?」
よほど気に入らなかったのか、険しい顔で僕たちに詰め寄る。
「これ、」
下手に言葉にするよりも早いと思い、隆臣さんから来たメッセージを呼び出す。
《いつもと違う駐車場で羽琉さんを降ろしました。
お時間がありましたら様子を見ていただけますか?》
〈燈哉は?〉
《羽琉さんが辛そうなので》
「何だ、これ?」
隆臣さんからのメッセージを見た燈哉は不可解な顔を見せるけど、「昇降口で誰と何話してた?」と言った政文に気不味そうな顔を見せる。
「隆臣、今日は父と約束があるせいで焦ってたみたい。
ひとりで大丈夫だと思ったんだけど、伊織と政文に連絡してくれてたんだ」
燈哉が来て一段と顔色が悪くなったのは責められている僕たちを見たからなのか、それとも今居の残り香のせいなのか。纏わりつく香りはないものの、最近の燈哉は今居のフェロモンの残り香を隠すことをしない。
燈哉に強くマーキングされた羽琉。
今居の残り香を隠そうとしない燈哉。
今居と僕に接点は無いけれど、燈哉から残り香が香ると言うことは、今居からも燈哉の残り香が香っているはずだ。
マーキングと残り香、そして纏わりつく香りでその関係性は何となく分かってしまう。
一方的に支配される羽琉。
お互いに対等、ではないのかもしれないけれど、互いに尊重しあっている様子の燈哉と今居。
この先、誰がどの香りを纏うかでこの関係は大きく動き出すだろう。
「連絡しなくてごめんね」
羽琉はあくまで自分が悪いというスタンスで謝罪の言葉を口にするけれど、燈哉は燈哉で今朝のことを思い出しているのか強い言葉を返すことなく「連絡くれればそっちまで迎えに行ったのに」と困った顔を見せる。
「でも、廊下でも楽しそうに話してたし」
いつもみたいに見て見ぬ振りをすると思っていた羽琉の言葉に驚いた顔を見せた燈哉が口を開く前に「あ、俺そろそろ教室に戻らないと」と言った政文は「羽琉、昼は伊織と一緒に来るならあの教室で。鍵、借りれるから」と燈哉の言葉を待たずに教室から出ていってしまう。
これは、前に言っていた【羽琉の意思を尊重する】ためだろう。
今居との姿を見せられても燈哉を選ぶのか、それとも僕たちと一緒に行動する事を選ぶのか。
今居の残り香をさせ、仲睦まじい姿を見せた燈哉も流石に何も言えないだろうタイミング。
「羽琉、どうする?
鍵、借りてもらう?」
鍵を借りるから一緒にと言いたかったけれど、政文の言葉を思い出し我慢する。気持ち的には無理矢理にでも自分たちを選ばせたいと思っているけれど、羽琉が自分で選ぶべきだと言った政文の言葉は正論だからその意思を尊重するしかない。
「羽琉」
名前を呼ぶだけなのに威嚇しているような声色の燈哉に促され、羽琉が口を開く。
「伊織、ありがとう。
でも、お昼は燈哉と一緒がいいかな」
「分かった。
政文にもそう言っておくけど気が変わったら教えて」
そう答えれば燈哉は満足そうな顔で「朝から悪かったな」と余裕の笑みを見せる。自分が選ばれたことがよほど嬉しかったのか、得意そうな顔が腹立たしい。
結局、ふたりの様子が見たくなくて昼休憩には政文と共に学食に向かう。
「羽琉が一緒に食べるつもりだったら僕たちの昼ごはん、どうするつもりだったの?」
「え、何も考えてなかったけど羽琉は燈哉を選ぶと思ってたし」
「じゃあ、何であんなこと言ったの?」
「だって、伊織は羽琉が自分で選ばないと納得しないだろ」
「僕の気持ちは関係なくない?」
「だからって無理矢理連れ出したら明日の朝、燈哉が何するか分からないし」
そう言われてしまうと何も言葉を返すことができなかった。
その日、昼休みに教室を離れた事を後悔するのは授業の始まる直前。
どこでどう話が動いたのか、僕たちは全く感知していなかった事柄。
調子の戻らなかった羽琉は隆臣さんに連絡をして迎えを頼んだらしい。
その間に何が起こったのか把握していないけれど、結果的に燈哉は今居と過ごし、羽琉は早退してしまっていた。
「伊織、羽琉は帰ったのか?」
昼食を終えて教室に戻った僕に声をかけたのは燈哉だった。
「え、羽琉帰ったの?」
不思議そうな顔をした僕に燈哉が困った顔を見せる。
「予定が入ったから帰るって、」
「予定っていうか、調子が悪かったんじゃないのか?」
自分のクラスに戻る前に羽琉の様子を見ると言って、教室まで一緒に来ていた政文が口を挟む。
「僕たちは何も聞いてないけど…」
言いながらメッセージが来ていないかと確認するけれど、僕にも政文にも何も届いてはいない。
「駐車場まで送らなかったのか?」
「それは、」
そう言って誰かを探すそぶりを見せた燈哉は、同じクラスの男性Ωに目を止めると「羽琉、なんて言ってたんだ?」と声をかける。どうやら羽琉と最後に会話をしたのは彼だったらしい。
「燈哉君のこと探してたから美術準備室にいるって、涼夏君が鍵貸してって言ったから渡してあったし。
戻ってきたと思ったら荷物片付けてそのまま帰ったから燈哉君と話をしたのかと思ってた」
「何がどうなってるの?」
僕の疑問に答えたのはクラスメイトの男性Ωの子で、羽琉が休みだからお昼は燈哉と過ごせると涼夏に言われ、美術準備室の鍵を貸したこと。
休みだと言っていた羽琉が登校している事を不思議に思ったけれど、昼になって弁当を開ける事なく羽琉がいなくなったため、予定通り燈哉と涼夏は一緒に過ごすのだと理解したこと。
それなのに教室に戻ってきた羽琉が燈哉を探していたため美術準備室にいるはずだと伝えた事。
そして、帰ってしまった羽琉を心配して燈哉に声をかけたこと。
その言葉に燈哉が気不味そうな顔をする。
「羽琉に会ってないの?」
「羽琉が休みじゃなかったって今居に言わなかったのか?」
僕も政文も責めるような口調になってしまう。
「羽琉がいたことに驚いて忘れてた」
燈哉らしくないとは思うものの、それだけ羽琉のことを気にかけているのかと少しだけ救われる。ただ、それならば何故、羽琉を置いて今居のところに行ったのかと責めたくなるけれど。
「なんで羽琉のことを置いて今居と一緒にいたの?」
今までの燈哉の行動を考えれば責められても仕方がないと、いつもなら口にしないことを敢えて聞いてみる。燈哉も後ろめたいのか、いつものように威嚇することはない。
「朝から調子が悪そうだったし、弁当も食べられないから家に連絡すると言うから早退するだろうと…。
車が来るまでにはと思って戻ってきたのに羽琉の荷物がないから伊織が一緒だと」
「今日の昼は一緒に過ごさないって、燈哉の前で言ったよね?」
「でも、俺がいないから伊織に頼ったのかと思ったんだ」
少し苛立った声で答えるけれど、自分でもその矛盾に気付いているのだろう。その言葉に力はない。
「羽琉が戻ってきた時の様子、覚えてるか?」
僕たちが言い合っているのを無視して政文がクラスメイトの男性Ωに声をかける。彼は「いつもの羽琉君なら何か声をかけてくれるのに何も言わないまま教室から出ていくから…」と言葉を濁す。
「教室出ていった時より、」
「調子は良くなさそうだったよ」
言いにくそうな言葉を誘導して引き出した政文は「ふたりで何してたんだ?」と燈哉に問いかける。
燈哉を探しに行ったはずなのにひとりで戻ってきた羽琉に何が起こったのか。今居と一緒にいた燈哉は、ふたりは何をしていたのか。
僕にできることは、燈哉の言葉を待つことだけだった。
Ωにとってマーキングされる事が幸せだと思っていたけれど、強過ぎるマーキングは羽琉の身体だけでなく心も蝕んでいくようだった。
青白い肌と血色を失った唇。
以前は燈哉相手にコロコロと変わっていた表情は、固まってしまったのかのように変化が無くなっていく。
「ねえ、羽琉のことこのままにしておいていいのかな」
僕と同じように羽琉のことが好きだと言った政文だけど、その変化に気付いていないわけではないのに動くことなく静観している。僕が心配する言葉を出しても「羽琉がそれで良いなら仕方ないんだって」と言われてしまう。
僕は羽琉のことが心配で何とかしてあげたいと思うけれど、政文は羽琉の気持ちを尊重したいと言う。
「顔色良くないし、痩せたよ?
それでも羽琉の気持ちが大切?」
「羽琉がそれを望むなら仕方ないんじゃないか?」
「でも、」
「本気の燈哉に勝てる?」
「政文と僕がふたりでなら、」
「うん。
でも俺はそれを望んでない」
「何で?」
「羽琉が望まないから」
そう言った政文は困った顔で「羽琉が助けて欲しいって意思表示したなら考えるけど、羽琉が望まないならそれはできないよ」と溜め息を吐く。
「伊織の気持ちもわかるけど、羽琉の気持ちが燈哉にあるなら俺たちに出来ることは何も無い」
諌めるような政文の言葉を受け入れたわけではないけれど、僕ひとりでは燈哉に太刀打ちできるはずがなく、もどかしい思いを抱えたまま羽琉の様子を見守る日々。
あの日は珍しく朝から隆臣さんから連絡が入り、普段とは違う駐車場に羽琉を迎えにいく事になった。不思議に思いながらも政文と昇降口に向かった時に見た燈哉と今居の仲睦まじい様子に呆れたのは僕だけじゃないはずだ。
教室に送り届けた羽琉は何を言っても反応が鈍く、事情を察した僕たちはただただその様子を見守ることしかできなかった。
いつもよりマーキングが弱いせいで羽琉の近くまで行けた僕だけど、だからと言って出来ることがあるわけじゃない。政文が同意してくれなければ僕に出来ることは無いのだから。
「羽琉、何でいるんだ?」
今居と仲良く廊下で話し込んでいた燈哉は教室に入り羽琉の姿を見つけると焦ってそう声をかけた。隣に立つ僕と政文のことなんて気にせず、ただただ羽琉にキツイ視線を向ける。
「今日は隆臣が道間違えたから。
燈哉は忙しそうだったし、隆臣が伊織と政文を呼んでくれたから」
「どう言うことだ?」
よほど気に入らなかったのか、険しい顔で僕たちに詰め寄る。
「これ、」
下手に言葉にするよりも早いと思い、隆臣さんから来たメッセージを呼び出す。
《いつもと違う駐車場で羽琉さんを降ろしました。
お時間がありましたら様子を見ていただけますか?》
〈燈哉は?〉
《羽琉さんが辛そうなので》
「何だ、これ?」
隆臣さんからのメッセージを見た燈哉は不可解な顔を見せるけど、「昇降口で誰と何話してた?」と言った政文に気不味そうな顔を見せる。
「隆臣、今日は父と約束があるせいで焦ってたみたい。
ひとりで大丈夫だと思ったんだけど、伊織と政文に連絡してくれてたんだ」
燈哉が来て一段と顔色が悪くなったのは責められている僕たちを見たからなのか、それとも今居の残り香のせいなのか。纏わりつく香りはないものの、最近の燈哉は今居のフェロモンの残り香を隠すことをしない。
燈哉に強くマーキングされた羽琉。
今居の残り香を隠そうとしない燈哉。
今居と僕に接点は無いけれど、燈哉から残り香が香ると言うことは、今居からも燈哉の残り香が香っているはずだ。
マーキングと残り香、そして纏わりつく香りでその関係性は何となく分かってしまう。
一方的に支配される羽琉。
お互いに対等、ではないのかもしれないけれど、互いに尊重しあっている様子の燈哉と今居。
この先、誰がどの香りを纏うかでこの関係は大きく動き出すだろう。
「連絡しなくてごめんね」
羽琉はあくまで自分が悪いというスタンスで謝罪の言葉を口にするけれど、燈哉は燈哉で今朝のことを思い出しているのか強い言葉を返すことなく「連絡くれればそっちまで迎えに行ったのに」と困った顔を見せる。
「でも、廊下でも楽しそうに話してたし」
いつもみたいに見て見ぬ振りをすると思っていた羽琉の言葉に驚いた顔を見せた燈哉が口を開く前に「あ、俺そろそろ教室に戻らないと」と言った政文は「羽琉、昼は伊織と一緒に来るならあの教室で。鍵、借りれるから」と燈哉の言葉を待たずに教室から出ていってしまう。
これは、前に言っていた【羽琉の意思を尊重する】ためだろう。
今居との姿を見せられても燈哉を選ぶのか、それとも僕たちと一緒に行動する事を選ぶのか。
今居の残り香をさせ、仲睦まじい姿を見せた燈哉も流石に何も言えないだろうタイミング。
「羽琉、どうする?
鍵、借りてもらう?」
鍵を借りるから一緒にと言いたかったけれど、政文の言葉を思い出し我慢する。気持ち的には無理矢理にでも自分たちを選ばせたいと思っているけれど、羽琉が自分で選ぶべきだと言った政文の言葉は正論だからその意思を尊重するしかない。
「羽琉」
名前を呼ぶだけなのに威嚇しているような声色の燈哉に促され、羽琉が口を開く。
「伊織、ありがとう。
でも、お昼は燈哉と一緒がいいかな」
「分かった。
政文にもそう言っておくけど気が変わったら教えて」
そう答えれば燈哉は満足そうな顔で「朝から悪かったな」と余裕の笑みを見せる。自分が選ばれたことがよほど嬉しかったのか、得意そうな顔が腹立たしい。
結局、ふたりの様子が見たくなくて昼休憩には政文と共に学食に向かう。
「羽琉が一緒に食べるつもりだったら僕たちの昼ごはん、どうするつもりだったの?」
「え、何も考えてなかったけど羽琉は燈哉を選ぶと思ってたし」
「じゃあ、何であんなこと言ったの?」
「だって、伊織は羽琉が自分で選ばないと納得しないだろ」
「僕の気持ちは関係なくない?」
「だからって無理矢理連れ出したら明日の朝、燈哉が何するか分からないし」
そう言われてしまうと何も言葉を返すことができなかった。
その日、昼休みに教室を離れた事を後悔するのは授業の始まる直前。
どこでどう話が動いたのか、僕たちは全く感知していなかった事柄。
調子の戻らなかった羽琉は隆臣さんに連絡をして迎えを頼んだらしい。
その間に何が起こったのか把握していないけれど、結果的に燈哉は今居と過ごし、羽琉は早退してしまっていた。
「伊織、羽琉は帰ったのか?」
昼食を終えて教室に戻った僕に声をかけたのは燈哉だった。
「え、羽琉帰ったの?」
不思議そうな顔をした僕に燈哉が困った顔を見せる。
「予定が入ったから帰るって、」
「予定っていうか、調子が悪かったんじゃないのか?」
自分のクラスに戻る前に羽琉の様子を見ると言って、教室まで一緒に来ていた政文が口を挟む。
「僕たちは何も聞いてないけど…」
言いながらメッセージが来ていないかと確認するけれど、僕にも政文にも何も届いてはいない。
「駐車場まで送らなかったのか?」
「それは、」
そう言って誰かを探すそぶりを見せた燈哉は、同じクラスの男性Ωに目を止めると「羽琉、なんて言ってたんだ?」と声をかける。どうやら羽琉と最後に会話をしたのは彼だったらしい。
「燈哉君のこと探してたから美術準備室にいるって、涼夏君が鍵貸してって言ったから渡してあったし。
戻ってきたと思ったら荷物片付けてそのまま帰ったから燈哉君と話をしたのかと思ってた」
「何がどうなってるの?」
僕の疑問に答えたのはクラスメイトの男性Ωの子で、羽琉が休みだからお昼は燈哉と過ごせると涼夏に言われ、美術準備室の鍵を貸したこと。
休みだと言っていた羽琉が登校している事を不思議に思ったけれど、昼になって弁当を開ける事なく羽琉がいなくなったため、予定通り燈哉と涼夏は一緒に過ごすのだと理解したこと。
それなのに教室に戻ってきた羽琉が燈哉を探していたため美術準備室にいるはずだと伝えた事。
そして、帰ってしまった羽琉を心配して燈哉に声をかけたこと。
その言葉に燈哉が気不味そうな顔をする。
「羽琉に会ってないの?」
「羽琉が休みじゃなかったって今居に言わなかったのか?」
僕も政文も責めるような口調になってしまう。
「羽琉がいたことに驚いて忘れてた」
燈哉らしくないとは思うものの、それだけ羽琉のことを気にかけているのかと少しだけ救われる。ただ、それならば何故、羽琉を置いて今居のところに行ったのかと責めたくなるけれど。
「なんで羽琉のことを置いて今居と一緒にいたの?」
今までの燈哉の行動を考えれば責められても仕方がないと、いつもなら口にしないことを敢えて聞いてみる。燈哉も後ろめたいのか、いつものように威嚇することはない。
「朝から調子が悪そうだったし、弁当も食べられないから家に連絡すると言うから早退するだろうと…。
車が来るまでにはと思って戻ってきたのに羽琉の荷物がないから伊織が一緒だと」
「今日の昼は一緒に過ごさないって、燈哉の前で言ったよね?」
「でも、俺がいないから伊織に頼ったのかと思ったんだ」
少し苛立った声で答えるけれど、自分でもその矛盾に気付いているのだろう。その言葉に力はない。
「羽琉が戻ってきた時の様子、覚えてるか?」
僕たちが言い合っているのを無視して政文がクラスメイトの男性Ωに声をかける。彼は「いつもの羽琉君なら何か声をかけてくれるのに何も言わないまま教室から出ていくから…」と言葉を濁す。
「教室出ていった時より、」
「調子は良くなさそうだったよ」
言いにくそうな言葉を誘導して引き出した政文は「ふたりで何してたんだ?」と燈哉に問いかける。
燈哉を探しに行ったはずなのにひとりで戻ってきた羽琉に何が起こったのか。今居と一緒にいた燈哉は、ふたりは何をしていたのか。
僕にできることは、燈哉の言葉を待つことだけだった。
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