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【side:政文】そして訪れた好機。
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「でも僕たちもαだよ?」
何のために付き合っているフリをしていたのかを忘れてしまったのだろうか、伊織はまだ燈哉の意図に気付かないらしい。
「だからだって」
そう言って説明をしようとする前に燈哉が話し出す。
「政文と伊織は付き合っているんだろう?お前らふたりが近くにいれば羽琉に近付こうとするαは殆どいないはずだ」
その言葉に羽琉が頷いたのを確認して燈哉は言葉を続ける。
「もともと羽琉と伊織は仲が良いし、政文も一緒にいてくれれば尚安心だ」
その言葉でやっと、燈哉の意図に気付いたのだろう。それでもこの申し出を断るという選択肢は無いようだった。
「羽琉はそれで良いの?」
念の為にと聞いた伊織に羽琉が嬉しそうな顔を見せる。
「伊織と政文が一緒にいてくれるなら僕は嬉しいよ。逆に僕、お邪魔虫じゃない?」
「何で?」
素で返す伊織が面白くて様子を見ている俺と、ふたりでの会話を面白くなさそうに見ている燈哉。大切なΩがいると燈哉でさえもこんな風に余裕が無くなるものなのかと意外に思い、それでも羽琉の気持ちを尊重するのかと少しだけ見直す。俺たちに頭を下げるのは不本意なはずだ。
「ふたりの時間の邪魔にならない?」
「そんな、いつもふたりでイチャイチャしてるわけじゃないし」
そう答えると「イチャイチャとか、」と頬を染める羽琉を見て伊織の表情が緩む。少し不味いかな、と思ったら当然のように燈哉が話を中断して羽琉の表情を元に戻してしまう。
「もし受けてくれるならこのまま駐車場まで一緒に来てもらって良いか?
羽琉の家の人を紹介したいし」
羽琉の表情の変化に敏感な燈哉は周りの表情にも敏感で、伊織の表情の変化が許せなかったのだろう。
話の主導権を取り返し、羽琉の保護者代わりだという隆臣を紹介される。いつも送迎をしているし、何かあった時に迎えに来るのも彼だから見たことのある顔だけど、実際にちゃんと話したのは初めてだった。
何かあった時のためにと連絡を交換するものの、本当に羽琉に何かあった時にはできる限り守るけれど、万が一の時に責任を負うことはできないと伝えればそれで問題無いと頷かれる。そして、「お手数をおかけしますがよろしくお願いします」と深々と頭を下げられてしまった。
「友達と一緒に過ごすだけですから」
そんな言って恐縮して見せても「羽琉さんにこんなに頼もしいご友人がいたとは知りませんでした」と微笑まれ、「隆臣、それ酷い」と羽琉が拗ねた顔を見せたせいで燈哉の機嫌が少し悪くなる。
そんなに大切ならばヒートが来てなくても自分のものにしてしまえばいいのにと呆れるけれど、それほどまでに大切に思っているのなら仕方がないのだと思うことにする。
正直なところ、好きな相手に触れたいと思うのは当たり前の衝動で、お互いに想いが通じ合っているのに何もしない燈哉は何か欠陥でもあるのかと思ってしまう。既成事実を作ってしまえば、そして番になってしまえば周りは何もできなくなるのだから。
ヒートが来ていなくても体液の交換をすれば互いのフェロモンを纏うことになるのだから、唾液の交換、キスくらいすればいいのにと思ってしまう。
「それでは、明日はよろしくお願いします」
「お願いします」
翌日の時間を確認して隆臣とふたりで頭を下げた羽琉は車に乗り込む。去り際にわざわざ窓を開けて手を振る姿はまだまだ幼い。こんなだから燈哉も手が出せないのかもしれないと思い、少しだけ燈哉を不憫に思う。燈哉にその気があっても子ども相手では躊躇われるのかもしれない。
「申し訳ないがよろしく頼む」
何目線なのか、俺にそんな風に思われているくせに少し尊大な言い方で燈哉も頭を下げ、生徒会の仕事がまだあるからと校舎に戻って行った。
「ねえ、こんなに上手く行って良いの?」
伊織が戸惑うように言った言葉に「上手くいきすぎだよな」と返したものの、燈哉にしてみればお子様な羽琉と人の良すぎる伊織がどうかなるなんて全く考えてもいないだろう。そして、羽琉に対して庇護欲はあるものの、それ以上でもそれ以下でもない俺は燈哉からしてみればただの番犬でしかないはずだ。
だから、取り敢えず付き合っているフリは継続して望まれるままに羽琉に寄り添おうと結論を出す。
羽琉のそばにいる機会が増えて伊織が喜ぶのならこの茶番に付き合うのも悪くない。
そんな軽い気持ちで受けた羽琉の子守り。
翌日は望まれたままに羽琉と過ごす。
駐車場への送迎はもちろん、羽琉と同じクラスだった伊織は教室の移動はもちろん、羽琉に望まれるままにトイレにも付き添ったらしい。校内は安全だと言っても人気の少ないところにひとりで行くのは不安だったのかもしれない。
燈哉がどこまで羽琉の行動に付き添っているのかは知らないけれど、彼の存在自体が抑止力になっているはずだから自分が休むのなら羽琉も休んだ方が安全だと思うのは当然のことなのかもしれない。
特にトラブルもないまま1日を過ごし、無事に迎えの車まで羽琉を送り届けると「ご無理を聞いていただきありがとうございました」と頭を下げる隆臣に対し「友達ですから」と既視感を覚えるやり取りを繰り返す。
クラスの違う俺は殆ど出番はなかったものの、休み時間には顔を出して羽琉に近づこうと様子を伺うαを牽制しておく。
伊織だって弱くはないものの、その嫋やかな外見で侮られがちなのだ。
「1日どうだった?」
羽琉を見送り歩き出したところで聞いてみる。
「トイレの付き添いとか、正直恥ずかしい」
「まあ、気持ちはわかるけど羽琉ひとりだと不安なんじゃないか?」
「燈哉もいつも付き添ってるのかな?」
「トイレの前で待ってるのは見たことある」
「過保護だよね…」
それだけ大切にされているということなのだろうけれど、過保護というよりは独占欲だろう。自分のΩの無防備な姿を誰にも見られたくない、そんなところかもしれない。きっと、羽琉がトイレに入っている間は誰も中に入らないようにしているのだろう。
そんな場面に遭遇したことはないけれど、燈哉ならやりかねない。
「一緒にトイレに入ったって知られたら何か言われるかな?」
「それは大丈夫なんじゃないか?
それで何か言われたらそれこそ理不尽すぎると思うぞ?」
正直そんなところまで気が回せるか、と思うけれど伊織は至って真剣で、その数日後に「燈哉には何も言われてないから大丈夫そう」と言われた時にはまだ悩んでいたのかと少しだけ呆れた。
その後も燈哉の都合で一緒に過ごして欲しいと頼まれる事が増え、月1のペースで羽琉と過ごすようになっていく。
どちらも同じクラスにならなければ終わると思った羽琉の子守りは当たり前のように続いていき、高等部になってもその関係が変わることはないと思っていた。
それなのに高等部入学早々にあんな事になるなんて、この時は考えてもいなかったんだ。
伊織も、俺も…。
何のために付き合っているフリをしていたのかを忘れてしまったのだろうか、伊織はまだ燈哉の意図に気付かないらしい。
「だからだって」
そう言って説明をしようとする前に燈哉が話し出す。
「政文と伊織は付き合っているんだろう?お前らふたりが近くにいれば羽琉に近付こうとするαは殆どいないはずだ」
その言葉に羽琉が頷いたのを確認して燈哉は言葉を続ける。
「もともと羽琉と伊織は仲が良いし、政文も一緒にいてくれれば尚安心だ」
その言葉でやっと、燈哉の意図に気付いたのだろう。それでもこの申し出を断るという選択肢は無いようだった。
「羽琉はそれで良いの?」
念の為にと聞いた伊織に羽琉が嬉しそうな顔を見せる。
「伊織と政文が一緒にいてくれるなら僕は嬉しいよ。逆に僕、お邪魔虫じゃない?」
「何で?」
素で返す伊織が面白くて様子を見ている俺と、ふたりでの会話を面白くなさそうに見ている燈哉。大切なΩがいると燈哉でさえもこんな風に余裕が無くなるものなのかと意外に思い、それでも羽琉の気持ちを尊重するのかと少しだけ見直す。俺たちに頭を下げるのは不本意なはずだ。
「ふたりの時間の邪魔にならない?」
「そんな、いつもふたりでイチャイチャしてるわけじゃないし」
そう答えると「イチャイチャとか、」と頬を染める羽琉を見て伊織の表情が緩む。少し不味いかな、と思ったら当然のように燈哉が話を中断して羽琉の表情を元に戻してしまう。
「もし受けてくれるならこのまま駐車場まで一緒に来てもらって良いか?
羽琉の家の人を紹介したいし」
羽琉の表情の変化に敏感な燈哉は周りの表情にも敏感で、伊織の表情の変化が許せなかったのだろう。
話の主導権を取り返し、羽琉の保護者代わりだという隆臣を紹介される。いつも送迎をしているし、何かあった時に迎えに来るのも彼だから見たことのある顔だけど、実際にちゃんと話したのは初めてだった。
何かあった時のためにと連絡を交換するものの、本当に羽琉に何かあった時にはできる限り守るけれど、万が一の時に責任を負うことはできないと伝えればそれで問題無いと頷かれる。そして、「お手数をおかけしますがよろしくお願いします」と深々と頭を下げられてしまった。
「友達と一緒に過ごすだけですから」
そんな言って恐縮して見せても「羽琉さんにこんなに頼もしいご友人がいたとは知りませんでした」と微笑まれ、「隆臣、それ酷い」と羽琉が拗ねた顔を見せたせいで燈哉の機嫌が少し悪くなる。
そんなに大切ならばヒートが来てなくても自分のものにしてしまえばいいのにと呆れるけれど、それほどまでに大切に思っているのなら仕方がないのだと思うことにする。
正直なところ、好きな相手に触れたいと思うのは当たり前の衝動で、お互いに想いが通じ合っているのに何もしない燈哉は何か欠陥でもあるのかと思ってしまう。既成事実を作ってしまえば、そして番になってしまえば周りは何もできなくなるのだから。
ヒートが来ていなくても体液の交換をすれば互いのフェロモンを纏うことになるのだから、唾液の交換、キスくらいすればいいのにと思ってしまう。
「それでは、明日はよろしくお願いします」
「お願いします」
翌日の時間を確認して隆臣とふたりで頭を下げた羽琉は車に乗り込む。去り際にわざわざ窓を開けて手を振る姿はまだまだ幼い。こんなだから燈哉も手が出せないのかもしれないと思い、少しだけ燈哉を不憫に思う。燈哉にその気があっても子ども相手では躊躇われるのかもしれない。
「申し訳ないがよろしく頼む」
何目線なのか、俺にそんな風に思われているくせに少し尊大な言い方で燈哉も頭を下げ、生徒会の仕事がまだあるからと校舎に戻って行った。
「ねえ、こんなに上手く行って良いの?」
伊織が戸惑うように言った言葉に「上手くいきすぎだよな」と返したものの、燈哉にしてみればお子様な羽琉と人の良すぎる伊織がどうかなるなんて全く考えてもいないだろう。そして、羽琉に対して庇護欲はあるものの、それ以上でもそれ以下でもない俺は燈哉からしてみればただの番犬でしかないはずだ。
だから、取り敢えず付き合っているフリは継続して望まれるままに羽琉に寄り添おうと結論を出す。
羽琉のそばにいる機会が増えて伊織が喜ぶのならこの茶番に付き合うのも悪くない。
そんな軽い気持ちで受けた羽琉の子守り。
翌日は望まれたままに羽琉と過ごす。
駐車場への送迎はもちろん、羽琉と同じクラスだった伊織は教室の移動はもちろん、羽琉に望まれるままにトイレにも付き添ったらしい。校内は安全だと言っても人気の少ないところにひとりで行くのは不安だったのかもしれない。
燈哉がどこまで羽琉の行動に付き添っているのかは知らないけれど、彼の存在自体が抑止力になっているはずだから自分が休むのなら羽琉も休んだ方が安全だと思うのは当然のことなのかもしれない。
特にトラブルもないまま1日を過ごし、無事に迎えの車まで羽琉を送り届けると「ご無理を聞いていただきありがとうございました」と頭を下げる隆臣に対し「友達ですから」と既視感を覚えるやり取りを繰り返す。
クラスの違う俺は殆ど出番はなかったものの、休み時間には顔を出して羽琉に近づこうと様子を伺うαを牽制しておく。
伊織だって弱くはないものの、その嫋やかな外見で侮られがちなのだ。
「1日どうだった?」
羽琉を見送り歩き出したところで聞いてみる。
「トイレの付き添いとか、正直恥ずかしい」
「まあ、気持ちはわかるけど羽琉ひとりだと不安なんじゃないか?」
「燈哉もいつも付き添ってるのかな?」
「トイレの前で待ってるのは見たことある」
「過保護だよね…」
それだけ大切にされているということなのだろうけれど、過保護というよりは独占欲だろう。自分のΩの無防備な姿を誰にも見られたくない、そんなところかもしれない。きっと、羽琉がトイレに入っている間は誰も中に入らないようにしているのだろう。
そんな場面に遭遇したことはないけれど、燈哉ならやりかねない。
「一緒にトイレに入ったって知られたら何か言われるかな?」
「それは大丈夫なんじゃないか?
それで何か言われたらそれこそ理不尽すぎると思うぞ?」
正直そんなところまで気が回せるか、と思うけれど伊織は至って真剣で、その数日後に「燈哉には何も言われてないから大丈夫そう」と言われた時にはまだ悩んでいたのかと少しだけ呆れた。
その後も燈哉の都合で一緒に過ごして欲しいと頼まれる事が増え、月1のペースで羽琉と過ごすようになっていく。
どちらも同じクラスにならなければ終わると思った羽琉の子守りは当たり前のように続いていき、高等部になってもその関係が変わることはないと思っていた。
それなのに高等部入学早々にあんな事になるなんて、この時は考えてもいなかったんだ。
伊織も、俺も…。
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