Ωだから仕方ない。

佳乃

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【side:燈哉】αの性質、Ωの性質。

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「羽琉、泣いてたよ」

保健室から戻ってきた政文はそっと俺に告げたけど、羽琉の涙の意味を正確に理解することができていたらその関係は今も続いていたかもしれない。

 羽琉の涙の意味を理解して、自分のやろうとしたことの浅はかさに気付けば羽琉のことを傷付けずに済んだのかもしれない。



 入学式はその前の騒動なんて無かったかのように恙無く終了した。
 政文の言葉があったからではなく、羽琉のことは心配だったものの式を抜け出すわけにもいかないし、自分の役割を果たすことが今やるべきことだと思い、求められているであろう振る舞いをする。
 新入生挨拶なんて面倒だけど、羽琉が「やっぱり燈哉は凄いね」と嬉しそうに言うから受けたのに、どれだけ注目されていても羽琉が見ていないと思うと張り合いはなかったけど。

 さっきの騒動のせいか壇上に上がると感嘆とは違う居心地の悪い騒めきが上がったけれど、それを無視して口を開けば会場は静まり返る。
 高等部ともなれば物事の分別も付くようになるのだから当たり前だけど、元来〈お利口さん〉の多い校風のせいもあるだろう。

 入学式が終わり教室に向かう前に保健室に、と思いはしたものの教員席に保健医を見つけ声をかけると羽琉は帰宅したと教えられた。

「お家の人が見えたから大丈夫。
 そのまま受診するって」

 そんなふうに言われ、顔を見られないのは残念だけど家の人、隆臣が付いているのなら心配ないと頭を切り替える。

「燈哉」

 教室に戻る前に声をかけてきたのは伊織だった。

「少しいい?」

 そう言いながら教室に入ろうとした俺は廊下の隅に連れていかれる。普段温厚な彼にしては苛々している。

「ねえ、さっきの何?
 あれって燈哉の【運命の番】なの?」

 伊織はαなのに涼夏のフェロモンには気付いていなかったのか、俺の行動の意味が理解できていないようだ。
 羽琉のものとよく似たフェロモンが気にならないのかと驚いたけれど、よくよく考えればα同士の不毛な関係を続けている伊織と政文は、Ωに惑わされないように薬を飲んでいるのかもしれないと思い当たる。

「【運命】ではないと思う」

「じゃあ、何で?」

「何でって、」

「羽琉、泣いてたんだけど?」

「威嚇のせいだろ?」

 俺の言葉に伊織が溜め息を吐く。

「それ、本気で言ってる?」

 呆れたように言われた言葉の意味が分からず戸惑っていると「あのΩの子、どうするつもり?」と俺の返事を待つことなく話を進める。〈Ωの子〉は涼夏のことだろう。

「帰りに話をする約束をしてる」

「そんなこと言ってたけど、羽琉は?」

「羽琉は病院だから」

「だから、何?」

「明日にでも話せば羽琉は分かってくれるはずだから」

「何を?」

「俺のことを」

 ここで誤解が生まれたことに気付いていなかったのは俺も伊織も同じ。

 伊織は【運命】ではないけれど大切にしたいと思う相手ができたのだと羽琉に話すつもりだと理解した。

 俺は羽琉ならば俺が〈何か〉考えがあって涼夏に近付いたのだと分かってくれるはずだと思い込み、目的を遂行するための行動を咎められるはずがないと、羽琉のための行為なのだから理解してもらえるはずだと勝手に考えていた。
 だって、俺の羽琉に対する想いは事あるごとに伝えてきていたし、その想いが変わることなんてあり得ないと知っていたから。
 そう、俺だけが知っていたんだ。

 圧倒的に言葉が足りず、机上の空論でしかないのにそれが成功すると本気で思っていた。だけど、それは俺のひとり遊びでしかなかったと気付かされた時には取り返しのつかないことになっているだなんて…。



「燈哉、本当にあのΩの子と帰るの?」

 帰り際に伊織に聞かれた時に「そうだけど?」と答えると、伊織だけではなくて政文にまで呆れた顔をされる。

「それは、羽琉を泣かしてまでしないといけないことなのか?」

 苦々しい顔で言われた言葉に「羽琉にはちゃんと話せば分かってくれるから」と答えると2人は何か言いたそうな顔をしたけれど、「羽琉に話したらちゃんとふたりにも話すから」と言えばそれ以上何か言われることはなかった。

「じゃ、また明日」

 ふたりが何も言わないことを肯定だと受け止めて涼夏のクラスに向かう。

 この時ふたりがもっと言葉を費やしてくれていたら。
 この時もっと2人の言葉の意味を理解していれば。

 後から悔やむから後悔と言うのだけど、この時は涼夏の匂いを利用することばかりに気を取られて他に目を向けることができなくなっていた。

 少しずつフェロモンが香るようになった羽琉のことを隠すためにどう動くべきかを俺なりに真剣に考えていたんだ。



 そもそもαと言ってもその性質は様々だ。

 Ωには興味がないと公言する伊織や政文のような者。

 特定のΩに固執せず、番という形に拘ることなく不特定多数のΩと関係を持つ者。

 【唯一】を見付け、番関係を結び、生涯ひとりのΩと添い遂げる者。

 不特定多数のΩと番関係を結ぶ者。

 番関係を結んだΩがいても不特定多数のΩと関係を持ち続ける者。

 そして、複数のΩと番関係を結ぶ者。

 どれが正しいとか、どれが誤りだとか、そんな事ではなくてαであってもそれぞれの性質に個性があるのだ。

 そして、自分はどうかと考えれば特定のΩ、羽琉に関しては自分だけを見ていて欲しいと思うものの、自分の相手は羽琉だけでなくても良いと思っている。

 そもそも羽琉は弱い。

 身体が弱く、その成長も遅い。
 Ωとしても他の個体と比べれば未成熟なのは明らかだ。
 ヒートが来たからといって羽琉が強くなるわけでもないだろうから羽琉では満たせない欲は何処かで発散する必要があるだろう。

 当然だけど羽琉を手放す気は無いし、番にしたら羽琉のことを外に出す気は無い。そうなれば公の場に伴うパートナーが必要となるためその候補者を探す必要もあるのだ。

 涼夏がその候補になるかどうかなんてあの短時間で見極められるわけがない。だけど羽琉の匂いを隠すためにはちょうど良い存在。

 それに、パートナーとして不足だとしても欲を満たすために使うことができるかもしれない。
 そもそもαもΩも貞操観念なんて有って無いようなもの。αはΩのヒートに当てられれば発情してしまうし、Ωはヒートが来てしまえば満たされるまでαに抱かれるしかないのだ。
 羽琉を俺以外のαに触れさせる気は無いけれど、俺自身は羽琉だけで満たされるとは思っていないし、心が満たされれば良いなんて綺麗事を言うつもりはない。

 一般的に番を持ってしまうとお互いのフェロモンにしか反応しにくくなるという。それだけでなく、Ωは1番最初に頸を噛まれたαと番になり、それ以降は番以外のαにどれだけ強く噛まれても新しく番関係を結ぶことはできないというのが定説だ。

 Ωは守られるべき存在であるため仕方のないことだけど、それに比べてαは自由だ。

 Ωと番関係を結んでしまったら他のΩのフェロモンを感じにくくなるものの、全く感じないわけではない。そして、たとえ【唯一】と番になったとしても、ヒート時に交わりながら頸を噛めば唯一以外のΩでも番にすることができてしまうのだ。

 そう考えると涼夏をパートナーにするのは自分にとって都合の良いことばかりだ。涼夏のフェロモンが近くで香ればその香りよりも弱い羽琉のフェロモンに気付く者はいないだろう。そして、羽琉の代替えとして涼夏で欲を発散する時はそのフェロモンの中に微かに香る羽琉と似た香りを探せば欲を満たすことができるだろう。

 涼夏の人間性を蔑ろにしていると思われたとしても、涼夏はΩだから仕方がないのだ。
 公にパートナーとして連れ出したところで番にしなければ涼夏に【唯一】が、それこそ【運命】が見つかった時にはその手を離せば良いだけのこと。

 どちらにとってもwin-winな関係。



「燈哉君」

 俺のことを待っていたのだろう。
 廊下で所在なさげに立っていた涼夏は俺の姿を見つけると嬉しそうに笑う。その笑みは羽琉の自信なさげな儚い笑みとは違い、自信に満ちた明るい笑み。
 羽琉のように『Ωだから仕方ない』と自分に言い聞かせたことなどないのだろうなと思えるような華やかな笑顔。

「ごめん、待たせた?」
 
 そう聞けば「色々案内してくれるって言われたけど燈哉君が来るからって逃げてたところ」と笑う。

「燈哉、いいの?」

 以前からの顔見知りのαやβに声をかけられるけれど「何が?」とやり過ごす。羽琉のことを言っていることは理解しているけれど、これは羽琉と俺、俺と涼夏の問題だ。

「羽琉ちゃんはいいの?」

「羽琉、大丈夫だった?」
 
 そんなふうに羽琉の名前を呼んだ相手には威嚇を持って牽制しておく。
 自分以外が羽琉の名前を呼ぶ事ですら不快だし、この状況で羽琉の名前を出す空気の読めなさを自覚するべきだ。

「燈哉君、羽琉ってあの子のことだよね」

 不安そうにそう聞く涼夏に「そう。だけどあの子は今は関係無いから」と答える。今朝の騒動を思い出し、俺とどんな関係なのか不安に思っているのだろう。だけど、羽琉を隠すためにカムフラージュに使いたいなんて言うわけにいかないのだから言わずに済むのならばそれでいい。
 それに、涼夏であっても羽琉の名前を呼ばれたくないから敢えて俺の口から名前を告げることはしない。

「校内の案内するよ。
 案内しながら少し話そうか」

 校舎は中等部の頃とほぼ同じ作りだから敢えて確認する必要はないけれど、高等部から入学した涼夏にとっては見慣れぬ場所ばかりだろう。

「いいの?
 ありがとう」

 嬉しそうに笑うその顔に遠慮はない。
 羽琉ならこんなふうに言われても遠慮して、戸惑い、それでも断るのは失礼だと思い困ったような笑顔を見せるのだろう。

 体調を崩した羽琉に連絡することなく涼夏と過ごすことに後ろめたさが無かったわけではないけれど、それでも弱いΩである羽琉を守るためには必要なことだと言い聞かせる。

 そう、羽琉が弱いΩだから仕方がないんだ。




 
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