Ωだから仕方ない。

佳乃

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不自由で不確かな僕。

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「体調は如何ですか?」

「体調は良くないし、機嫌も良くない。
 できれば帰って寝たいけどそんなわけには行かないよね」

 八つ当たりするようにきつい口調になってしまい、その幼すぎる言動に自己嫌悪に陥る。隆臣は僕を心配してくれてるだけなのに、それなのに止めることができない。

「いっそ、このまま入院しちゃ駄目?」

 それができれば明日から登校する必要はないし、彼に連絡をできない理由にもなる。

「駄目だと思いますよ。
 全ては今日の検査の結果を見てからのことですけど」

 予想通りの答え。
 でもね、隆臣。
 僕はもう頑張れないかもしれない。

「学校、辞めちゃ駄目?」

「駄目ですね」

「でもさ、学校辞めたら体調良くなると思うよ?」

 休みたいと言っても辞めたいと言ったことのなかった僕が口にした言葉だったのに、隆臣には取り合ってもらえない。

「じゃあ転校は?」

「無理ですね」

 即答だった。

「僕がいなくなれば丸く治るのにな」

 聞こえているはずなのに返事は無い。
 休みたいのに休むことができず、体調が悪くても登校し続けた僕が辞めたい、転校したいと言ったことを隆臣がどう思ったのかよりも、明日以降どう過ごすのが正解かを考える。

 燈哉に僕のことを放って置いて欲しいと言っても以前のように威嚇を向けられるだけだろう。本心を隠して僕を庇護する燈哉の意図は分からないけれど、燈哉に従ってしまったせいで伊織や政文を今更頼ることはできない。

「自由が欲しいのは僕だって一緒だよ」

 考えても考えても答えを出すことができず呟いた僕の言葉は、隆臣の耳に届いたのか、届かなかったのか、誰にも受け止められることなく消えていってしまった。

 そんなやり取りを思い出して隆臣に気付かれないよう息を吐く。
 これは………溜息じゃない。

 結局病院で入院を勧められたせいで、その日は支度もあるだろうと帰宅する。

「羽琉さん、すいませんでした」

 帰りの車でそう言った隆臣の声は落ち込んだ時のそれで、そんなふうに謝ってほしかったわけじゃないと暗い気持ちになる。
 隆臣が気にしてくれていたことは知っていたし、隠したのは僕なのだから「もっと早く、ちゃんと伝えてください」と叱ってくれたらいいのにと、有り得ないシュチュエーションを思い描いてしまった。



 結局僕はかまってちゃんなのだろう。
 我慢して我慢して、入院すれば誰かが心配してくれる。
 その心配は本来受け取りたい相手からのものではないけれど、それでも自分に向けてもらえる心配が嬉しかった。だけど、その気持ちを受け取ったところで入院したことによって余計な手をかけたと後悔して心配されないように大人しくベッドで横になって大人しく過ごす日々。

 高校生になった僕は〈ソレ〉をした時に起こる弊害を理解しているし、欲しいものが手に入らないことも知っている。
 だったらストレスを溜めないように、体調を崩さないように気を付けるべきなのだけど、それも難しいと判断して隠して隠して、こんな状態になるまで流されることしかできなかったのだ。

 隆臣に現状を告げれば何かが変わったかもしれない。その日の状態によっては休むことだってできたはずだ。
 それでも欠席を繰り返すことが父や父親に伝わった時に起こる弊害を考えると何もないふりをして登校して、検査入院まで待つことしか僕には選択肢がなかった。

「さっき車で謝ったけどさ、隆臣は悪くないよ?
 隠してたのは僕だし。
 でも朝からあれ見ちゃったらどうしようも我慢できなかったんだ。
 燈哉、僕が休みだと思ったみたいで彼の匂いさせてたんだよ。残り香だったから大丈夫だって自分に言い聞かせたんだけど、昼に僕が少し席離れただけでいなくなってて…」

 車内で隆臣に謝罪させてしまったことが申し訳なくて口を開いたのに気付けば愚痴になってしまった。あの時の燈哉と涼夏の会話を思い出してしまい色々なことがどうでも良くなってしまう。

「夏休みはふたりでたくさん遊びに行くんだって。
 涼夏のヒートの周期なんて知らないけど夏休み中には番になってるかもね」

「羽琉さん…」

 こんなことを言われても隆臣だって困ると理解していても、それでも誰かに聞いて欲しくて言葉を続ける。

「もう学校行きたくない。
 燈哉のことが怖い。
 僕が燈哉の言葉に従わないと威圧向けられるんだ。
 怖くて怖くて仕方ないのに逃げられなくて、逃げたらもっと強い威圧を向けられるのかと思うと従うしかなくて。
 伊織も政文も心配してくれてるのは分かるけど、2人に頼ろうとすると燈哉が怒るからそれが怖くて。
 
 それでも燈哉が僕を選んでくれるならそれでもいいと思ってたのに、燈哉は僕じゃなくて涼夏を選んだんだって見せつけられて、もう我慢するのやめようかなって…。

 転校してもいいし、父さんの選んだ誰かと番になってもいいし。
 あ、でも僕まだヒート来てないから番えないのか」

 支度の手を止めずに僕の言葉を聞いていた隆臣は「とりあえず検査しないと先のことは決められませんよ」と言って困った顔を見せる。

「僕が転校したり、誰かと番ったら隆臣の仕事ってどうなるんだろうね?」

 単純に疑問に思いそう聞けば「変わらないと思いますよ?」とすぐに答える。

「転校してもこの家に戻らないことはないですし、羽琉さんに何かあった時に連絡が入るのは私のところです。
 誰かと番ったら転校をする必要はないですし、そうしたら今のまま私は羽琉さんの専属のままです。
 在学中に番になったとしても、卒業まで通いたいと言えば嫁ぐのは先延ばしになると思いますし。
 あ、でも卒業せずに嫁いでしまったら相手方の意向に沿うことになりますから相手の方次第じゃないですか?」

 βの隆臣の言うことは理想論だと思うものの、そうなったら少しは過ごしやすいのかもしれないと想像したくなる。
 だけど現実問題、そんなことが無理なのは理解できてしまう。
 隆臣は入院する僕を気遣い、不安にさせないようにそう言っているだけだろう。

「結果によっては夏休みにお見合い?」

「どうですかね」

「釣り書きとかって、届くことあるの?」

「無いことはないです」

「変な日本語」

「転校、したいですか?」

「燈哉からは離れたい。
 でも伊織と政文と会えないのは淋しいな」

 結論を出すことをせずにお互いに受け流すような会話。

 だけど、そう思っていたのは僕だけ。

 隆臣が何を考えていたのか、何を聞かされていたのか。

 それがいつから計画されていたのか。

 知らなかったのは僕の罪。

 知ろうとしなかったのは燈哉の傲慢。



 入院することになった僕は〈明日から入院することになりました〉とだけ燈哉に送り、その日はスマホの電源を落とした。燈哉から何かリアクションがあるとは思いつつ、それがどんなリアクションであっても落ち込むのだろうと分かっていたから。

 心配されても昼間の言葉を思い出し、本当は嬉しいくせにと思ってしまうだろう。
 そっけないリアクションが返ってくれば自分に向けられる気持ちの大きさが涼夏に向けられるそれと違うことに落ち込んでしまうだろう。
 僕と燈哉の関係は涼夏が現れたことでとっくに破綻していたのに、それなのに僕に逃げる勇気がなかったせいでこんなことになってしまったのだ。

「番になれると思ってたのにな」

 ベッドに横になり頸に指を這わせ、ネックガードの存在を再確認する。ヒートがまだきていない僕は噛まれたところで番になることはないのだけれど、性差の診断が出た時から頸は守られたままだ。
 守られてはいるものの無防備なそこは燈哉しか触れたことが無いけれど、その指先と触れた唇の熱さ、そして、番えないと知っていて立てられた歯の感触を思い出すと少しずつ少しずつ身体が熱くなるのを感じる。

 認めたくない身体の変化を嫌悪しながらも、その熱さを逃すように自分の身体に触れる。

 燈哉の舌を思い出し頸をなぞるけれどその感触の違いが淋しくて直接的な刺激が欲しくてソレを満たそうと指を徐々に下に這わし、胸の突起に触れた時に「ん、」と思わず声が漏れる。
 熱を逃すために始めたその行為を嫌悪しながらも止めることができないのは燈哉とのその先の行為を望んでいたから。
 身体が弱くても、身体が小さくても思考は成長していく。だからΩである自分がαである燈哉と番うということが何を意味するのかだって理解していたし、燈哉から「ヒートが来たら」と言われてからはその行為を想像してしまい、変化する自分を慰める日だってあった。
 だって僕はΩなのだから。

 胸の突起を弄れば当然のようにペニスは硬くなり、そこに触れれば後孔は潤み出す。孕む性であるΩのペニスはαやβと比べれば幼いものだけど、だからと言って快感を拾わないわけじゃない。
 手のひらで包み込めばクチュクチュと音を立て、罪悪感に苛まれながらもその手の動きを止めることはできなかった。
 クチュクチュと響く水音と漏れる吐息。潤む後孔が切ないけれど、そこを自分で慰める勇気はない。
 触れてしまったら我慢できなくなるから。
 触れてしまったら欲してしまうから。

「とうや…」

 浅ましいと思いながらも呼んでしまう名前。
 浅ましいと思いながらも止めることのできない手の動き。

 クチュクチュと響く水音は僕が果てるまで止まることはなかった。
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