幼馴染は僕を選ばない。

佳乃

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epilogue 【それぞれの…。】

晴翔

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 あれから…。

 遊星の本音を聞いてしまったせいで。

 自分が郁哉にしたことを突きつけられたせいで。

 遊星以外の同級生も俺のしたことを知っていると言われたせいで。

 それまで友人だと思っていたヤツらと顔を合わせるたびに自分がどう思われているのかが気になってしまい、少しずつ少しずつ距離を取るようになった。

 適当なサークルに入り、その中で気の合いそうな相手を見つけて適当に連む。

 遊星のことが好きだと思っていたはずなのに、気になる女の子から声をかけられればその誘いに乗り流される日々。

「晴翔ってさあ、体力あるけど下手だよね」

「分かる分かる。
 自分勝手って言うか、自己中って言うか。女の子を気遣うってこと知らないんじゃない?」

「なんか、色々とやりたがるけど自分だけが満足してるって言うか?」

「本当、それ。
 好き勝手したかったら1人でしろって」

「それなりに回数こなしてそうだけど…相手、ドMだったとか?」

 そんな話を聞いてしまったのは、授業と授業の合間を埋める相手がいないかとサークル室を覗いた時。自分の名前が聞こえたからと耳を澄ますなんてことをしなければよかったと後悔する。
 どちらも聞き覚えのある声で、耳に痛い言葉が次々に聞こえて来てしまい居た堪れない。

「あれ、晴翔。
 こんなとこで立ってないで中入れば?」

 タイミングの悪いことに先輩が来て声をかけられる。

「え、晴翔?」

「マジ?聞こえてたとか?」

 焦った声が聞こえるけれど、知らないふりをして「空き時間に帰るの、面倒だから昼寝させて」と中に入る。
 その時に唐突に思い出した『郁哉、聞いてたよ。可哀想に』と言った遊星の言葉。

 あの時俺が何を言ったかなんて、遊星の口から出て来た『腐れ縁』とか『腐って途切れればいい』とか。
 言ったような言ってないような、それくらい朧げにしか記憶にない言葉だったけど、当事者である郁哉にしてみれば酷くショックな言葉だったのかもしれない。

 あの日、遊星に誘われたのが嬉しくて、郁哉にはメッセージをひとつ送っただけで断ち切ってしまった関係。
 郁哉を傷付けるつもりで言った言葉じゃないし、ましてやその言葉を聞かれているなんて思いもしないから離れて行った郁哉のことも丁度良いくらいにしか思ってなかった。
 クラスの奴とテスト勉強する、たったそれだけの言葉で郁哉が離れて行ったことも都合がいいとしか思っていなかった。

 少し考えればその態度がおかしいと気付いたはずなのに、それなのに【幼馴染】なのだからその関係が変わることはないと勝手に思い込んでいた。

「晴翔、いつ来たの?」

「ん、先輩が来た時に丁度来たところ。
 別に立ってたわけじゃなくてスマホ探すのに立ち止まっただけ」

 俺の言い訳はうまく行っているだろうか?

 言われた言葉にショックを受けていないわけではないけれど、それ以上に郁哉のことが気になってしまい正直自分の行為が下手だと言われたことなんて気にもならなかった。それよりも今は郁哉のことを考えたくて「マジ眠いから昼寝させて」と空いた椅子と机を占領して伏せる。こうしていれば考え事の邪魔をさせることはないだろう。

 俺はどこで間違ったのか、何を間違ったのか。

 郁哉のことを大切に思う気持ちはあったのに気が付いたら馴れ合い、飽きてしまい、疎ましくなっていた。
 高校に入る直前に告白して付き合って、それなのに高校に入って新しい出会いがあれば早まったのかもと不誠実なことを考えたりもした。
 それでも郁哉の存在がなければ成績をキープすることのできない俺は郁哉を手放すことができず、それならばそれで【恋人】という関係を解消して新しい関係を築く方法はあったはずなのに、欲望やストレスを解消するのにはちょうどいいと手放すこともしなかったのだから最低だ。

 遊星に出会って、遊星のことが気になって、優しい言葉をかけられていらなくなった郁哉から手を離し、長い付き合いなのだから気持ちを汲んでくれるだろうと距離を取った。

 自分の気持ちだけで、郁哉の気持ちや意思を考慮することさえしてなかったことに今更ながらに気付く。

 郁哉には何も非は無かった。
 無いどころか常に俺を気遣い、俺を優先して、自分の全てを俺に差し出した。

 当然だけど初めての相手は郁哉だったし、サークルに入って誘われるままに身体を重ねてはいたけれど、それまでは郁哉が唯一だった。

『相手、ドMだったとか?』

 さっき聞いた言葉が耳から離れない。
 自分勝手で独りよがりなセックスだなんて、郁哉にもそう思われていたのだろうか?
 初めてで怯える郁哉を大切に抱いたつもりだったけれど、あの時の郁哉がどんな反応をしていたかなんて思い出せない。
 何度も何度も身体を重ねたはずなのに、何をしても、何をしたいと言っても許してくれた郁哉は満たされていたのだろうか?
 自分の意思を伝えず、ただただ流されるように全てを受け入れた郁哉は本当に俺のことが好きだったのだろうか。
 俺のことが好きだったから抱かれ、俺のことが好きだったから意図を汲んで離れて行ったと思っていたけれど、本当にそうだったのだろうか。

 考えれば考えるほど答えがわからなくなり、今更だけど連絡を絶ってしまったことを後悔する。

「なあ、スマホ解約して新しい連絡先教えられないって、やっぱり嫌われてるからだと思う?」

 さっき聞こえた声は当たり障りのない会話を続けていたけれど、気になってしまい聞いてみる。

「晴翔、起きてたの?」

「考え事してた」

 自分達の会話について何も言われないことに安堵したのか「どうだろう」と少し考えて、それぞれの考えを教えてくれる。

「面倒だからじゃない、単純に」

「だね。嫌いとかじゃなくて無関心?
 どうでもいい相手にわざわざ連絡しないよね」

「じゃあ、誰にも教えないのは?」

「え、それって具体的に誰かにされたの?どんなシュチュエーション?」

「同級生がいつの間にか引っ越してて、連絡先も変えてた。
 引っ越したの知ってても連絡先変えたの知らない奴と、変えるって聞いてた奴といるみたい」

「それ、夜逃げ?」

「夜逃げではないけど引っ越すの、知らされなかった奴もいる」

「まあ嫌だったんじゃない、繋がり残しておくのが。
 心機一転、過去を捨てたいってことだと思うよ?」

「何、元カノ?」

 さっき自分達の話していた内容を忘れたのか、そんなことを聞いてくる。ドMの元カレだと言ったらどんな顔をするのかと呆れながらも「違う。ただの同級生」と答えておく。

 そう、【友達】でもないし、ましてや【恋人】でもない。以前なら躊躇いなく【幼馴染】と呼んでいたけれど、そう呼ぶのは許されないような気がしてしまう。
 【幼馴染】という大切な関係を断ち切ったのは自分自身だから。

「同級生なんて沢山いるんだから中にはそんな子もいるよね。
 それこそ、地元離れたら連絡取らなくない?」

「わたし、地元離れてなくても高校の時の友達とすら連絡取ってないし」

「そうなるよね、どうしても。
 晴翔も気にしなくていいんじゃない?いつの間にかってことはすぐに気付かないような関係だったんでしょ?
 それより、今度2人で遊びに行かない?」

「いいよ、いつにする?」

 下手だと言ったくせに誘ってくる理由はわからないけれど、それでもその言葉に甘えたくなる。
 誰かがそばにいてくれるだけで独りじゃないと安心できるから。

 何も生み出さない、好きでもない、ただただ欲望を満たすだけの関係。

 どこかで掛け違えてしまった歯車のせいでこの先も色々なことが噛み合わないまま過ぎていくのかもしれない。

 噛み合わないままの毎日は噛み合わないまま過ぎていき、思っていたのとだいぶ違う学生生活を終える頃に隣にいたのは『相手、ドMだったとか?』と言った彼女だけだった。

 気付けば2人で過ごすようになり、少しずつ少しずつ本音を溢すようになり、最終的にはあの頃のことを全て話していた。

 呆れられ、叱られ、離れていくかと思った彼女は「だからあんなセックスだったんだね」と納得し、「そのドMの元カレの分も私のこと、大切にしなさいよ」と言ってくれた。

 傷付けてしまった郁哉には申し訳ない気持ちでいっぱいだけど、それを伝える術はない。

「ドMの元カレも、誰かに大切にされてるといいね」

 その言葉に〈そうでありますように〉と願うことしかできない俺は、この先もずっと郁哉の幸せを願い続けるのだろう。
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