幼馴染は僕を選ばない。

佳乃

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郁哉

蓋をした想い。

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《じゃあ明日、駅で》

 時間を決めて約束の言葉を交わしたものの、着ていく服に困ってしまう。
 もともとシンプルな服装が好きな僕は家にいる時も出かける時も同じような格好が多く、パーカーとデニムとか、トレーナーとデニムとか、セーターとデニムとか、とにかく普通の格好。少し遊び心のあるデザインや形になると何と合わせたら良いのかと悩んでしまうためどのアイテムも至ってシンプルだ。
 パーカーとフーディーが全然別のファッションアイテムだと思っていた、と言えば僕のファッション偏差値はお察しだろう…。
 運動部に入ったことがないせいで、お洒落ジャージだって持っていない。中学の頃から背もほとんど変わらないせいで中学の時のジャージはまだ現役で着れたりする。

 結局、悩んで悩んでパーカーとデニムを選び、ミドル丈のコートと合わせる。寒ければダウンを選んだけれど、明日の天気予報を見るとダウンを持っていってしまうと嵩張りそうだ。
 水族館となれば屋内で過ごすことが多そうだからあまり着込むのも良くないだろう。

 ベッドに入ってもなかなか寝付けず水族館のホームページを見たり、近くの商業施設をチェックしてみたりする。友人と出かける経験なんて、よく考えたらなかったような気がする。
 僕の交友関係は、学外に出てしまえば晴翔が全てだったから。

 初めての経験に早く起きすぎてしまい、約束の時間まで待ち切れずに早めに駅に着いてしまったのは僕の楽しみな気持ちの表れ。

「郁哉、早くない?
 オレの家の方が駅に近いのに」

「…楽しみで早めに着いちゃって」

 そう言った僕に遊星は嬉しそうな顔を見せた。
 セーターにライダースジャケットを合わせた遊星はブレザーを着ている時よりも大人びて見える。今日初めて見る遊星の私服は彼によく似合っていて、他にはどんな格好をするのかと少しだけ興味を持つ。そう、本当に少しだけ。
 見て見たいと思ってもそんな機会はもうないのだけど、私服で過ごすようになったらきっとモテるんだろうなと思うと少しモヤモヤする。だけどその気持ちに蓋をして笑顔を作る。
 遊星がモテてもモテなくても僕にはもう関係無くなることだから。

 2人で電車に乗り他愛もない言葉を交わし、4月からのことを話す。
 一応、それぞれの大学の近くの物件を調べ、良さそうなところに当たりはつけたと話すと「そっか」と小さく呟いた声が淋しそうに聞こえたのは、そうであってほしいと思う僕の願望。

「そう言えば親も引っ越すんだっけ?」

「うん。
 もう部屋の片付けも始めてるよ。
 先に僕が引っ越す事になるけどGWには親もあのマンション引き払う事になってる」

「郁哉が引っ越す日も、親が引っ越す日も言っておいてくれれば晴翔のこと連れ出すよ?
 顔合わせても平気なら余計なことしないけど」

「ありがとう。
 日にち決まったら連絡する」

「了解」

 遊星は最後まで僕に寄り添ってくれる。それが中学の時の罪滅ぼしだとしても僕には嬉しかった。

 行きの電車で直近の予定の伝達は終わらせ、その日は水族館を満喫した。
 水槽を見て周り、ショーの時間になれば移動してショーを楽しみ、それが終わればまた水槽に移動する。
 春休み前の空いた時期なのか、気に入った水槽の前から離れなくても咎められることもない。

 水族館の中のレストランで水槽を見ながら食事をしたのは早めの合格祝い。
 遊星はもちろんのこと、僕も第一志望に合格するのはきっと予定通りだろう。

「淋しくなるな」

 駅からの帰り道、遊星がポツリと呟く。あの日、公園で2人で話した時から僕を引き止める言葉は一度も出てこなかった。

「同じクラスになってたらもっと遊べてたかもしれなかったね」

 今日1日、受けた大学の話や小学校からの昔話をして、お互いに共通の知り合いや同級生の話もした。
 意図して晴翔の名前は出さなかったのは僕も遊星も同じ。

 もう少し早く仲良くなっていたら僕の進路は変わってなかったかもしれない。

 遊星が晴翔じゃなくて僕を誘ってくれていたら、この先も一緒にいられたのかもしれない。

「元気でね」

「うん」

 遊星の家は大通りから少し逸れているため途中で別れる事になる。僕の住むマンションはもう少し先だ。
 明日の卒業式を終えれば会うことはないし、クラスの違う遊星と話す時間はないだろう。
 それに明日、遊星の隣で笑っているのは晴翔だ。

「ねぇ、最後にハグしていい?」

「えっ?」

 その言葉に驚いて思わず声が出てしまう。僕が遊星に向けた気持ちが育たないように気を付けていたのに、遊星は残酷だ。
 それでもその言葉が嬉しくて返事をしてしまう。

「ぃぃょ、」

 小さな声でそう答えた僕を遊星がそっとハグする。本当は僕もその背中に腕を回したかったけれどグッと我慢した。

 後になって誰かに見られてたらと焦ったけれど、幸い誰かに見咎められることはなかったようだ。

「元気でね」

「遊星も」

 同じ言葉を贈り、身体をそっと離す。
 もっと同じ時間を過ごしたかったけれど、これ以上望んだら僕が辛くなるだけだ。

「じゃあ、ね」

 遊星にそう告げて振り返る事なく歩き出す。振り返ればきっと僕を見送る遊星と目があってしまうと思い、前だけを見て歩き続ける。

「楽しかったな」

 最後に貰った思い出はこの先も忘れることはないだろう。

 晴翔にも遊星にも選ばれなかった僕だけど、最後に楽しい思い出ができて良かったのだと自分に言い聞かせる。

 卒業式の日はやっぱり遊星と話すことはできず、それなのに晴翔の母に捕まり少しだけ話をした。
 自分も両親もあの部屋は引き払ってこの地を離れることを告げ、晴翔を呼ぼうとするのを「晴翔には言ってありますから」と止める。僕たちが小さい頃は親同士の交流もあったけれど、ここ数年はあいさつ程度の付き合いになっていたせいで母から余計な話が伝わることもないだろう。
 僕が晴翔の部屋に通わなくなった事にも気付いていただろうから尚更だ。

 合格発表の日までなんとなく落ち着かない毎日を過ごし、発表の後は速やかに引越しの準備をした。
 親が不在なことが多いせいで料理はそれなりにやっていたけれど、掃除洗濯は親任せだったため引っ越しまでの短い期間に教え込まれた。
 落ち着かないけれど慌ただしい毎日は僕の気を紛らわせてくれる。

 引越しの日にちが決まった時に遊星に連絡をしたのが最後のメッセージ。

《これからも連絡していい?》

 届いたメッセージに〈ごめん、このスマホ解約するから〉と返したのは未練を断ち切るため。

《そっか、そうだよね》

 新しい連絡先を教えるとは送ることができなかった。

〈最後まで色々ありがとう〉

《元気でね》

〈うん、遊星もね〉

 そんなやりとりで終わったメッセージ。

 あの時使っていたスマホはまだ僕の手元にある。解約したといってもデータを初期化したわけじゃないから遊星に連絡を取ることはできるのだけど、連絡をした時に自分の思うリアクションが返ってこなかったらと思うと開くこともできない。

 新しいスマホに入れたメッセージアプリのアイコンはあの日、一緒に行った水族館で撮った写真にしてある。
 あの水族館にしかいない海の生き物。
 気付かれることなんてないのに、それでも気づいて欲しいという僕の願望の表れ。

 連絡先を誰にも教えていないのだからそんなことはあり得ないのだけれど、それでも夢見てしまう。

 遊星の僕に対する想いは本当に贖罪だけだったのか、軽い口調で言った好きが恋愛感情だったのか、それとも度を越した友情だったのかはわからない。

 それでも僕のことを大切にしたいと思ってくれたことを疑ったりはしない。

 連絡が取れなくなってしまい中途半端なまま終わった関係だったけれど、僕の中では大切な思い出。

 晴翔に選ばれず、遊星にも選ばれなかった僕だけど、それでも今こうやって笑っていられるのは遊星のおかげだから。

 今頃、遊星と晴翔は仲良く過ごしているのかもしれない。
 僕という存在がいなくなれば蟠りも少しずつ無くなっていくかもしれないのだから。

 本当は同じ大学に行きたかったと思ってしまう相手は遊星なのか、晴翔なのか。

 答えを出したくない想いに僕はそっと蓋をした。







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