幼馴染は僕を選ばない。

佳乃

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郁哉

彼の真実、僕の真実。

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『馬鹿になんてしてないよ。
 嘘じゃなくて、晴翔に話しかけたのは晴翔と仲良くすれば郁哉とも仲良くなれるかと思ったからだし、晴翔を勉強に誘ったのも郁哉と2人にさせたくないから』

 その言葉の中に潜むものを見つけようとするけれど見つからない。
 だけど信じるには何の根拠もない言葉。

「意味分かんない」

 思わずそう呟く。

『だよね、でも本当の話』

「何で?」

 僕と仲良くなりたいのなら僕に声をかければいいだけなのに、それなのに晴翔と笑い合っていた事が理解できない。本当に僕を気にしてくれているのなら〈あの言葉〉をもっと否定してくれてもいいはずだ。
 だけど遊星は晴翔と一緒になって笑っていたじゃないか。
 僕のことを笑ったその口で僕を想うようなことを言われても信じることなんてできるはずがない。

『確認だけど郁哉と晴翔って付き合ってたよね?』

「何で?」

 何でと聞いた僕の言葉に質問を返され、その内容に思わず同じ言葉を繰り返してしまう。ほとんど接点の無かった遊星に気づかれるような行動をしていたのだろうか。学校では人の目があるせいで【付き合っている】と勘付かれるような行動はしていなかったつもりなのにと思いながら遊星の言葉を待つ。

『だって、オレに晴翔と付き合うのって聞いたから。
 郁哉が晴翔と付き合ってたから、そう聞いたんじゃないの?』

「……………」

 返ってきた言葉で自分の失言に気付く。自分が晴翔と付き合っていたせいで思わず言ってしまった言葉尻を捉えられてしまったのだろう。
 どんな言葉をどう返せば良いのかを考えるけれど、言い訳の言葉が思い浮かばない。

『別に、昨日のことがなくても知ってたし。でも最近、うまくいってなかったんじゃない?』

「晴翔が話したの?」

 その言葉に反射的に返してしまう。こんなふうに聞いてしまったら肯定しているのと同じなのにその事にすら気付いていなかった。

『晴翔は付き合ってないって言ってた。
 まぁ、アイツの場合はバレてないと思ってそう言っただけだと思うけど』

「じゃあ何で?」

 同じ言葉を繰り返すのは動揺しているからだろう。何とか誤魔化せないかと思うものの、僕にはその術がない。

『見てたから?』

 そう返されてますます言葉に詰まる。
 見てたのは誰を、何を、いつ見ていたと言うのだろう。

『気持ち悪くてゴメン』

 無言なままの僕に遊星が言い訳のように話し始める。

 僕と晴翔を、というより僕のことを何かと気にしていたこと。
 以前から仲良くしたいと思っていたこと。
 クラスが同じになることを期待していたのに、中学でも高校で同じになれなくて悔しい思いをしていたこと。
 遡れば小学校の頃から気にしていたのに晴翔の存在が邪魔して近付けなかったのだと今更な言葉を続ける。

『高校はきっと同じところだからそうしたらって思ってたのに晴翔も一緒だし、少しは期待してたのにクラスも一緒にならないし。
 だから晴翔と仲良くなれば自然と郁哉が付いてくると思ったのに付いてこないし』

「付属品じゃないから」

 遊星の言い分に思わずそう言ってしまう。話を聞いているうちに、その言葉に呆れながらも笑ってしまっている自分に気づく。今更な言葉だけど、ずっと見ていたと言う言葉に若干引きもしたけれど、それでも少しだけ喜んでしまっている自分に気付く。

「普通に話しかけてくれたらよかったのに」

 これは本心。
 晴翔と過ごしていたけれど、晴翔なことが好きだったわけじゃない。自分を守るために晴翔のそばにいたせいで少しずつ少しずつ変わっていった僕の気持ち。
 一緒にいる相手が晴翔じゃなかったら今みたいな関係になっていなかっただろう。中学生の頃に漠然と思い描いていた高校生活は、隣に彼女がいる光景だったはずだ。

『いつも晴翔が邪魔してたから』

 困ったようにそう言う遊星だったけど、自覚のなかった僕は疑問の声をあげてしまう。邪魔をしていてのは、晴翔を縛り付けていたのは僕なのに…。

『話したいことって、そのことだよ。
 郁哉、中学の時に嫌な思いして晴翔に助けられたって言ったよね。
 だから晴翔がいないと怖いって』

「うん。
 なんか、気が付いたらからかわれたりすることが増えて、晴翔が庇ってくれたから我慢してたけど…何でそうなったのか分からなくて怖かった」

『それなんだけど、元々の原因って晴翔なんだよね』

「えっ!?」

 言われている意味がわからなくて言葉が出ない。遊星の言葉が理解できない。

『たぶん、たぶんだけど元々は郁哉のことを独り占めしたかったんだと思う。
 郁哉が誰かといるのが面白くなくて、郁哉に声かけるヤツが諦めるように面白おかしく言ったことが独り歩きして…。

 オレも見たことあるんだ。
 郁哉のこと可愛いって誰かが言った時に何かのキャラクターに例えて笑ってた』

「どうして?」

『そうすれば他のヤツが好きにならないからじゃない?郁哉のこと、その頃から好きだったんだよ、きっと』

 ため息と共に遊星が告げた言葉は僕を動揺させる。

『晴翔ってさ、中学の時人気あったから晴翔が言うとみんな同調するんだよね。
 逆らうと女子がうるさかったし』

「好きだったらなんで、」

『だって、好きな子が自分を頼ってくれたら嬉しいし、他のヤツと距離取ればずっと一緒にいられるし』

 その言葉に思い当たることがないわけじゃないけれど、それを認めてしまったら僕の罪悪感は、僕の思いは何だったのかと虚しくなってしまう。

『自分のために何かしてくれてる相手にはついつい頼りたくなるから都合よかったのかもね、晴翔にしてみれば。

 そもそも何で高校、一緒だったの?
 晴翔の志望校違ったよね』

 そう言われてあの時のことを思い出す。晴翔と離れる事に怯え、晴翔を何とか引き留めようとしたあの時のことを。

「僕がお願いしたんだ。
 晴翔は他にも行きたい高校あるって言ってたんだけど、大学のこと考えたら同じとこの方が良いんじゃないかって誘った」

『そうなの?』

「うん。
 晴翔は他の高校考えてたけど不安なら一緒に勉強すればいいし、一緒にやれば僕も勉強になるしって」

 晴翔に向けた、僕の精一杯の誠意。
 僕に差し出せるものはそれしかなかったから。

『テスト勉強誘っても来なかったのは?』

「だって、晴翔と2人なら移動する必要ないし、どっちの部屋も行き慣れてるから効率も上がるしって。
 誰かの家に行くと緊張するだろって」

 言いながら何かが変だと気付いてしまう。
 晴翔と2人なら移動の必要は無い。
 だけど誰かの家に行くと緊張するだなんて、僕は言ったことがあっただろうか?

 幼稚園の頃から一緒に過ごしていた晴翔の部屋に比べれば確かに緊張するかもしれない。
 中学の頃の〈可愛がり〉を経験してからは確かに緊張する相手がいたのも間違いじゃない。
 だけど、少なくともテスト勉強に誘われて断るほど人見知りだったわけでは無いはずだ。

 それなのに誰かの家に行くと緊張する、と思い込んできてのは晴翔の企みだったと言うのだろうか。

『小学生の頃からいつも2人だったもんね』

 何か思うところがあるのか遊星がポツリと呟く。だけど、それは間違い。

「幼稚園」

『なに?』

「幼稚園から一緒だから」

 どうでもいいことだけど否定してしまう。幼稚園の3年間はあまり覚えていないけれど、それでも幼稚園から知っている晴翔と、小学校から知っている遊星とは付き合ってきた年数が違うと言いたかったんだ。

『長いね』

 ポツリと遊星が呟く。
 誕生日がくれば18歳になる僕はそのうちの15年を晴翔と共に過ごしているのだからそう言われるのは不思議じゃ無い。
 だけど15年一緒にいたのに信頼関係は築けなかったのかもしれない。

「マンション同じだから登下校とか、晴翔が部活始めるまではずっと2人だったし。それが普通で家に帰ってからもずっと一緒だったし」

 そこから告げる2人の関係。
 どちらの両親も仕事をしていたため帰宅後は2人で過ごすことが多かったこと。
 それが当たり前の日常だったから、2人で過ごす事になんの疑問も抱かなかったこと。
 中学になり部活の都合で登下校が別になっても数分の距離に住んでいるのだから会おうと思えばいつでも合えたし、お互いの部屋は自分にとってのもうひとつの部屋ぐらいに思っていたこと。
 テスト勉強だって夏休みや冬休みの宿題を一緒にやっていたことの延長で、2人でテスト週間を乗り切ることは僕にとって当たり前の日常。

 だけど当たり前の日常は少しずつ変化していったと告げて、一度言葉を止める。

「高校選ぶ時に晴翔には言ったんだ。
 自分の気持ちを優先して欲しいけど同じ高校を目指すならサポートはするし、よくわからない弄られ方するようになって不安だから一緒の高校に行けたら嬉しいって。
 
 晴翔はそれなら一緒の高校に行けるように頑張るって言ってくれて、でも部活で推薦が貰えたらそっちに行くかもしれないって言ってたから高校が決まった時は嬉しかったし、安心したんだ」

 長い長い僕の言い訳。

 遊星の話を聞いた後でそれを告げるのは正直勇気が必要だった。
 遊星の言ったことが本当なら、僕が助けを求めた相手は僕がそうなった元凶だったのだから。

 馬鹿な奴と笑われるのかもしれない。
 
 何も知らなかったのだと嗤われるかもしれない。

 それでも、知るのはまだ遅く無いのかもしれない。

 全て告げて、全て曝け出して。

 晴翔が僕を手放したと思っていたけれど、手放すのは僕なのかもしれない。






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