幼馴染は僕を選ばない。

佳乃

文字の大きさ
上 下
29 / 46
郁哉

僕の想いと【通告】、そして彼の言葉。

しおりを挟む
 晴翔と過ごす必要がなくなった僕は少しの淋しさを感じながらも自分の進路と向き合い、悩んでいた。

 あの日の夜、母に進路の変更を打診した時に言われた「公立なら」という言葉をベースに自分の学力と、目標にしていた学部を踏まえて行ける大学を探してみた。急な進路変更に不安はあったものの、探してみれば案外選択肢があることに気付き嬉しくなる。
 自分のためにと言いながら晴翔のために費やしてきた時間は無駄ではなかったのだろう。

 晴翔と離れる事に不安がないわけではない。だけど、自分を守ってもらうためとはいえその進路を変えてしまった事に罪悪感を持っていた。
 そんな時に聞いたあの言葉。
 離れたいと望んでいるのならそれを叶えるのもまた僕のやるべき事だろう。

 そんな風に思っていた時に入った晴翔からのメッセージ。

《テスト勉強、クラスの奴とやるから》

 それ以上でもそれ以下でもない、僕の希望を聞くこともない【通告】のようなメッセージに〈分かった〉とだけ返したのはそうなるのだろうと諦めていた気持ちと、これで解放されるとホッとしたから。
 正直、晴翔の成績の責任を負っているような状態は思った以上に負担だったんだ。

 最終的に晴翔が自分で選んだ高校だけど一緒に行きたいと望んだのは僕だし、成績が心配なら勉強を教えると言ったのも僕。今ならそんな無責任なこと言わないけれど、あの頃は軽い虐めのような状態から抜け出したくて、高校でも同じような状態になることを恐れて正常な思考ができていなかったのだろう。

 晴翔といなければ、僕はもっと酷い事になってしまうと思い込んでいたんだ。

 晴翔からの僕を解放するメッセージを受け取ったものの、もしかしたらノートを取りにくるかもしれないと思いノートの用意だけはしておく。
 自分の復習になるのは本当だし、取りに来た時に無かったせいで何か言われたらと怯えてしまうのは中学の時の出来事を覚えているため。
 守ってくれるはずの相手に攻撃されないように対策しておくのは必要な事だろう。
 こちらに接触してこなければそれでいいし、接触してくるのなら希望を叶えるしかない。

 流れに逆らわず、目立たないよう流されておけば諍いも起こらないはずだ。

「郁哉」

 だからその声を聞いた時に嫌な気分になったのは僕だけが悪いわけじゃない。
 自分の名前を呼ばれ、その声に笑顔を向けることができなかったのは相手の意図がわからないから。

 晴翔と共に僕のことを笑っていた遊星がどんな理由で僕を呼び止めたのか。
 自慢、憐れみ、蔑み、彼の表情がどれなのかを見てからリアクションを取っても問題ないだろう。
 
「少し話せる?」

 その時に僕がどんな表情をしていたかなんて自分では見られないけれど、少なくとも笑顔ではなかったはずだ。だけど僕の表情を見た遊星はそんなふうに話しかける。

 話をしたいと言われても話すことはない。だけど、目を合わせないようにしてどうやって逃げようか考えている僕のそばまで来てしまうから頷くしかなかった。

「塾は大丈夫?」

「この時間、行ってもまだ自習室に行くだけだから」

 素直にこれからの予定を告げる。
 この後に予定があると言っておけば長引くこともないだろう。

「帰るとギリギリだけど、この時間だと本当は早いんだ」

 そう言い訳のように告げたのは話すことはないけれど、遊星が何の用があるのかを知りたかったから。

 自慢なのか、憐憫なのか、それとも別の用事なのか。

「歩きながら話す?」

「駅までなら」

 そう告げた僕の隣に並んだ遊星は、その歩幅を僕に合わせて歩き出す。こんなふうに気を遣われながら歩くのは久しぶりかもしれない。

「郁哉も講師で塾選んだ感じ?」

「そうだね」

 聞かれた事に答えたけれど、それ以上話は広がらない。ここで塾の話をしても仕方がないだろう。

「この前さぁ、聞いてたよね?」

 あの時の話を聞いていたのかと言われたのだと気付き、思わず顔を上げる。割と背の高い遊星を見上げるようになってしまい、正直面白くない。伸びなかった背は誰にも言ったのことはないけれど、コンプレックスなのだ。

「ゴメン。
 あんな言葉、聞かせて」

 そして、予想してなかった謝罪。
 あの言葉を言ったのは晴翔なのだから遊星が謝る必要はないはずだ。それならこの謝罪『うちの彼があんなこと言ってゴメン』なのか、『郁哉の彼氏、盗ってゴメン』なのか。
 どちらにしても遊星に謝られるのは面白くない。

「何が?」

「何がって…」

「言ってる意味も、謝られる理由も分からない」

 吐き捨てるように言った言葉は八つ当たりだと自覚していたけれど、それでも止めることはできなかった。
 こんな事なら話を聞かなければよかった。

「腐れ縁」

 その言葉に逸らした視線を遊星に戻す。挑発されて泣き寝入りするほどお利口さんではないんだ。

「何、晴翔は自分のものだって自慢したかったの?」

「そんな風に言うと晴翔と付き合ってたってバレるよ?」

「黙って泣き寝入りしとけって?」

 嫉妬して冷静になれなかったわけじゃない、だけど一緒に過ごした日々を〈腐れ縁〉という言葉で揶揄されるのは我慢ならない。駅までの道は僕と遊星しかいないわけじゃないから声を荒げないように気を付けるけど、感情を押さえつけるのは難しかった。

「泣き寝入りっていうか、郁哉の方から捨てちゃえばいいんじゃない。
 あんなヤツにそこまで労力使う意味、ある?」

「自分と付き合うから付き纏うなって事?」
 
 遊星の言葉の全てが僕の感情を逆撫でする。自分が選ばれたのだからさっさと手放せということなのかもしれない。
 だけど返ってきたのは意外な言葉だった。

「晴翔が付き纏わないようにしてやるから離れたらって言いたいんだけど…別に晴翔と付き合ってないし、付き合う気もないし」

「……………笑い合ってたくせに」

 遊星の意図がわからなくて怒りが収まらない。「付き纏わないようにするから離れたら」とか、「付き合ってないし、付き合う気もない」とか、選択権は自分にあるのだと自慢なのだろうか。

「だって、晴翔がバカ過ぎるから」

「晴翔は馬鹿じゃないっ」

 執着を捨てたはずの晴翔のことだけど、気持ちの底にはまだ想いが残っているようで晴翔を蔑む言葉に思わず反論してしまう。好きという感情が残っているのかどうかは別にして、〈馬鹿〉と付き合っていたというのを受け入れる気はない。

「バカだよ。
 自分のことしか考えてない、郁哉の気持ちなんか何も考えてないただのバカ」

「それは遊星だって一緒だよね」

「一緒じゃないし」

「…一緒に笑ってた」

 そう、あの時に遊星だって一緒に笑っていたんだ。晴翔の言った言葉に笑顔を見せ、楽しそうに話を続けたんだ。
 同じクラスになるまで晴翔と仲良くしていたわけじゃないのにあんな言葉を引き出して、一緒になって笑う遊星のことは嫌いだ。
 中学生の頃、悪意のないふりをして僕を揶揄い、悪意のないふりをして僕を蔑んだ同級生たちを思い出してしまい感情のコントロールができなくなってしまう。感情を乱したくなくてそれだけ言って唇を結ぶ。これ以上口を開いたら泣いてしまうかもしれない。

「郁哉のこと笑ったんじゃない。
 話、聞いてくれる?」

 困ったようにそう言った遊星をもう一度見上げると、眉を下げ、僕の様子を伺っている事に気づいてしまった。あの時、僕を蔑んで笑った奴らとは違う顔。
 親しいふりをして人を貶め、可愛がるふりをして蔑んだのとは違う顔。

 もしかしたら僕は何か勘違いしているのかもしれない。

 少しの好奇心と、少しの期待。

 僕は、遊星の言葉にそっと頷いた。

 





 
しおりを挟む
感想 34

あなたにおすすめの小説

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。 1日2話ずつ投稿します。

家を追い出されたのでツバメをやろうとしたら強面の乳兄弟に反対されて困っている

香歌奈
BL
ある日、突然、セレンは生まれ育った伯爵家を追い出された。 異母兄の婚約者に乱暴を働こうとした罪らしいが、全く身に覚えがない。なのに伯爵家当主となっている異母兄は家から締め出したばかりか、ヴァーレン伯爵家の籍まで抹消したと言う。 途方に暮れたセレンは、年の離れた乳兄弟ギーズを頼ることにした。ギーズは顔に大きな傷跡が残る強面の騎士。悪人からは恐れられ、女子供からは怯えられているという。でもセレンにとっては子守をしてくれた優しいお兄さん。ギーズの家に置いてもらう日々は昔のようで居心地がいい。とはいえ、いつまでも養ってもらうわけにはいかない。しかしお坊ちゃん育ちで手に職があるわけでもなく……。 「僕は女性ウケがいい。この顔を生かしてツバメをしようかな」「おい、待て。ツバメの意味がわかっているのか!」美貌の天然青年に振り回される強面騎士は、ついに実力行使に出る?!

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

すれ違い片想い

高嗣水清太
BL
「なぁ、獅郎。吹雪って好きなヤツいるか聞いてねェか?」  ずっと好きだった幼馴染は、無邪気に残酷な言葉を吐いた――。 ※六~七年前に二次創作で書いた小説をリメイク、改稿したお話です。 他の短編はノベプラに移行しました。

夢見がちオメガ姫の理想のアルファ王子

葉薊【ハアザミ】
BL
四方木 聖(よもぎ ひじり)はちょっぴり夢見がちな乙女男子。 幼少の頃は父母のような理想の家庭を築くのが夢だったが、自分が理想のオメガから程遠いと知って断念する。 一方で、かつてはオメガだと信じて疑わなかった幼馴染の嘉瀬 冬治(かせ とうじ)は聖理想のアルファへと成長を遂げていた。 やがて冬治への恋心を自覚する聖だが、理想のオメガからは程遠い自分ではふさわしくないという思い込みに苛まれる。 ※ちょっぴりサブカプあり。全てアルファ×オメガです。

幼馴染は俺がくっついてるから誰とも付き合えないらしい

中屋沙鳥
BL
井之原朱鷺は幼馴染の北村航平のことを好きだという伊東汐里から「いつも井之原がくっついてたら北村だって誰とも付き合えないじゃん。親友なら考えてあげなよ」と言われて考え込んでしまう。俺は航平の邪魔をしているのか?実は片思いをしているけど航平のためを考えた方が良いのかもしれない。それをきっかけに2人の関係が変化していく…/高校生が順調(?)に愛を深めます

英雄の帰還。その後に

亜桜黄身
BL
声はどこか聞き覚えがあった。記憶にあるのは今よりもっと少年らしい若々しさの残る声だったはずだが。 低くなった声がもう一度俺の名を呼ぶ。 「久し振りだ、ヨハネス。綺麗になったな」 5年振りに再会した従兄弟である男は、そう言って俺を抱き締めた。 ── 相手が大切だから自分抜きで幸せになってほしい受けと受けの居ない世界では生きていけない攻めの受けが攻めから逃げようとする話。 押しが強めで人の心をあまり理解しないタイプの攻めと攻めより精神的に大人なせいでわがままが言えなくなった美人受け。 舞台はファンタジーですが魔王を倒した後の話なので剣や魔法は出てきません。

クズ彼氏にサヨナラして一途な攻めに告白される話

雨宮里玖
BL
密かに好きだった一条と成り行きで恋人同士になった真下。恋人になったはいいが、一条の態度は冷ややかで、真下は耐えきれずにこのことを塔矢に相談する。真下の事を一途に想っていた塔矢は一条に腹を立て、復讐を開始する——。 塔矢(21)攻。大学生&俳優業。一途に真下が好き。 真下(21)受。大学生。一条と恋人同士になるが早くも後悔。 一条廉(21)大学生。モテる。イケメン。真下のクズ彼氏。

処理中です...