幼馴染は僕を選ばない。

佳乃

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遊星

罪悪感と期待と誤解。

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「郁哉にクラスの奴らとテスト勉強するからって言っておいた」

 翌日、朝練の後なのだろう。
 制服を着崩した晴翔がオレの席の前に立ち、嬉しそうにそう告げる。

「制服、だらしないよ?」

 その態度が腹立たしくて冷たく言ったつもりなのに「朝練の後だから暑くって、」と笑う。人の表情を見ていないのか、それとも人の表情を読み取る能力がないのか…。

「郁哉、何か言ってた?」

「何かって?」

「誰と、とか。
 一緒にやりたいとか」

「分かったとしか言われなかったよ?
 一緒にやりたいなんて、そんな事言わないって、郁哉は」

 郁哉のことは自分の方が理解しているとでも言いたげな言葉が気に触る。

「まぁ、そうだよね」

 少しだけ期待していた郁哉との勉強会が実現しなかったことは当然だと思っただけで落胆はしなかったけれど、郁哉から引き離すことができただけでも良かったのだと自分に言い聞かせる。
 郁哉は晴翔から離れて、もっと周りに目を向けるべきだ。

「他にも何人か声かけたけど良かった?
 毎回全員揃うことは無いけど、それぞれ得意分野あるから」

「そっか。
 ありがとう」

 勉強会といえば自分の足りない部分を補い合い、それでもお互いがライバルだと切磋琢磨するためにするものだけど、コイツはそれをちゃんと理解しているのだろうか。そう考えてきっとそれは無理な話だろうと結論付ける。
 今までだって誰かと一緒に勉強をする機会は沢山あったはずなのに、郁哉に声をかけるヤツらを牽制して遠ざけて郁哉を囲ってきた晴翔にはきっと理解できないはずだ。

 晴翔のありがとうは一緒に勉強をしてくれてありがとうじゃなくて、勉強を教えてくれてありがとうなんだろう。
 そうしてしまったのは郁哉なんだろうけど、その原因を作ったのは晴翔だ。
 
「取り敢えず、テスト週間になったら放課後空けておいて。
 他のヤツも紹介するし」

 モヤモヤしたものを感じながら話を終わらせるも「分かった」と言って自分の席に向かう晴翔は郁哉のことをどう思い、どうするつもりなのだろう。
 そんなことを考えるけれど、そもそも郁哉のことをちゃんと考えるようなヤツならオレの誘いにノったりしないと結論を出す。

 自分から言い出したことなのに郁哉に申し訳ないと思い、それでも〈腐れ縁〉だとか〈腐って途切れればいい〉なんて言う晴翔と過ごす時間を作らせたりしたくなかった。

「バカだな…」

 そう呟いた数日後、見慣れた後ろ姿に声を掛けたのはあの言葉を聞かせてしまった罪悪感と、少しの期待からだった。

「郁哉」

 呼ばれた自分の名前と、聞きなれない声に違和感を感じたのか怪訝そうな顔をして振り向いた郁哉はオレの顔を見て何ともいえない表情を見せる。
 嫌悪ではないけれど、決して好意的ではないその表情に拒絶されているのだろうなと他人事のように感じながらそれでも諦めることができなかった。

「少し話せる?」

 オレが距離を縮めても逃げたりはしないけれど、自分から歩み寄ることは無い。オレのことを認識はしてはいるけれど目を合わせようとはしない。
「嫌だ」とは言わないけれど「良い」とも言ってくれない郁哉に近づき仕方なさそうに頷かれて安心する。

「塾は大丈夫?」

「この時間、行ってもまだ自習室に行くだけだから」

「帰るとギリギリだけど、この時間だと本当は早いんだ」そう言い訳のように言うけれど、そんな風にわざわざ言い訳するのは郁哉にも話したいことがあるからだと勝手に解釈する。

「歩きながら話す?」

「駅までなら」

 そう言って、家とは逆の電車に乗ると教えられる。塾に通う生徒でも頭の良いヤツらは家の近くの塾ではなくて、駅前の大手に通うヤツも多い。そういえば同じ系列でも講師が違うとか誰かが言ってたのを思い出す。

「郁哉も講師で塾選んだ感じ?」

 とっかかりが欲しくてそう言うと「そうだね」と答えてくれたけどそれ以上話が続かない。遠回しに拒否されているのかと思うけれど、歩調を早めることは無い。
 晴翔が言った通り、あまり身長が伸びなかった郁哉ははっきり言って小さい。晴翔は標準よりだいぶ大きくて、オレも平均身長は中学の時に超えている。だから郁哉の歩幅に合わせると普段よりもだいぶ遅いのだけど、少しでも長い時間を一緒に過ごせることが嬉しいと思ってしまう。

「この前さぁ」

 どう切り出そうか悩んだものの、悩む時間がもったいなくて結局ストレートに言葉にすることを選び口を開くと郁哉がオレの顔を見上げる。何か言いたそうなその顔は酷く傷付いて見えて居た堪れない。

「聞いてたよね?」

 責めるような口調にならないよう慎重に言葉を続ける。

「ゴメン。
 あんな言葉、聞かせて」

「何が?」

「何がって…」

「言ってる意味も、謝られる理由も分からない」

 吐き捨てるように言ったけれど、その声にどんな感情が込められているのか気付かないほど愚鈍じゃない。晴翔と同じだと思われるのは心外だ。

「腐れ縁」

 その言葉にやっと顔を上げてオレと目を合わせる。そこに浮かぶ表情は完全に怒りなのだけど、視界に入ったことが嬉しいと思ってしまう自分に呆れ、崩れそうになる表情を引き締める。

「何、晴翔は自分のものだって自慢したかったの?」

 見た目にそぐわない辛辣な言葉に苦笑いが漏れる。そんな風に言ってしまえば晴翔と付き合ってることを公言しているのと同じなのに、晴翔が隠したかった2人の関係を暴露しているのと同じだ。

「そんな風に言うと晴翔と付き合ってたってバレるよ?」

「黙って泣き寝入りしとけって?」

 声を荒げることがないせいで余計に怒りが伝わってくる気がする。声を荒げて泣き喚くよりも、もっと深い部分で感情が静かに燻っているのだろう。

「泣き寝入りっていうか、郁哉の方から捨てちゃえばいいんじゃない。
 あんなヤツにそこまで労力使う意味、ある?」

「自分と付き合うから付き纏うなって事?」
 
 なかなか意図が伝わらず反論ばかりしてくるけれど、それはそれで面白い。

「晴翔が付き纏わないようにしてやるから離れたらって言いたいんだけど…別に晴翔と付き合ってないし、付き合う気もないし」

「……………笑い合ってたくせに」

 オレのことを睨みながら少し目を潤ませているのは怒りからなのか、それとも憎しみや悲しみなのか。こんな表情を見せるのは晴翔のせいなのだと思うと嫉妬したくなる。

 自分以外に向けられる執着は面白くない。

「だって、晴翔がバカ過ぎるから」

「晴翔は馬鹿じゃないっ」

 こんな状況でも晴翔を庇うのが面白くなくてムキになって言い返してしまう。
 だって、晴翔はこんな風に郁哉が思う価値ないのだから。

「バカだよ。
 自分のことしか考えてない、郁哉の気持ちなんか何も考えてないただのバカ」

「それは遊星だって一緒だよね」

「一緒じゃないし」

「…一緒に笑ってた」

 晴翔と同じように郁哉だって小学生の頃から一緒だったし、オレだって郁哉のことは郁哉と呼んでいる。だけど、久しぶりに呼ばれた名前を喜ぶよりも先に郁哉の絞り出したような声と、結ばれた唇にオレは悪くないはずなのに罪悪感を抱いてしまう。

 こんな顔をさせたかったわけじゃないけれど、何も知らなければ晴翔と一緒に笑っていたオレは2人の間に割り入った邪魔ものでしかないのだろう。

「郁哉のこと笑ったんじゃない」

 言い訳にしか聞こえないだろうけれど、まずはそこから話すしかない。郁哉を呼び止めた時にはもっと簡単に話せると思ったことが、何をどう、どこからどう話せばいいのかという話の糸口が見つからない。

「話、聞いてくれる?」

 オレの言葉に訝しげな顔を見せた郁哉だったけど、嫌だとは言わなかった。

 これが、オレと郁哉の1年にも満たない秘密の関係の始まり。

 オレにとって、大切な大切な時間の始まり。
 
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