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兄の企み〈紬side〉

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「でも、今日ここに来てオレに対して何も言えないような相手なら考え直してたんだけどね」
 続けて不敵に笑われた。

「あの報告書を読んで怖気付いてたら問題外だし、今日ここに来て何も言えないような相手なら光流の前でやり込めるつもりだったんだけど、あんなやり取り見せられたら仕方ないって思っちゃうよね」
 少しだけ面白くなさそうに言う言葉。
 あんなやり取りとは、車を降りてすぐに名前のことで光流が拗ねた事だろうか?

「光流が身内以外にあんな無防備な顔見せることなんてここ数年無かったのにさ、一回しか会ったことのない相手にあんな顔されたら許すしかないじゃん」
 今度は呆れ顔だ。

 俺の知ってる光流は遠慮がちで、思慮深くて、それでも素直で可愛いんだけど違うのだろうか? 

「静流君、気に入った相手には意地悪だよね」
 光流が嬉しそうに微笑むと…甘い香りが強くなる。これは、フェロモンなんだろうな。甘いお菓子のような、バニラ?

「静流さん、光流君の抑制剤は?」
 その魅惑的な香りに負けたくなくてお願いする。このままだと不味い気がする。
「飲ませた方が良さそうだね」
 辻崎兄も光流のフェロモンの変化に気付いたのだろう。胸ポケットから薬を取り出すと光流に飲むように促してくれる。
 流石、用意周到だ。

 光流は何が起こっているのかわかっていないようで、戸惑いながら差し出された薬を口に含む。緊急時にすぐに飲めるようにチュアブル錠の薬を用意してあったようで噛み砕く音がする。
 その流れのスムーズさに兄弟の今までが凝縮されているようで羨ましくもあり、悔しくもある。
 俺は、あの位置に行けるのだろうか?

「フェロモン、強くなってたよ」
 小声で光流に告げた声が聞こえてしまった。聞こえていないふりはしているけど、俺を意識してくれてなら嬉しい。
「えっ?!」
 光流が焦るけれど…そんなに焦ることなのだろうか?

 即効性の薬のおかげでフェロモンが治まってきたため話を再開する。
「オレとしては可愛い弟を取られるのは淋しいけど、辻崎家としては君を歓迎します。
    まだ出会ってひと月です。
 お互いに良いところしか見えていないと思います。
 それでも、こうやって何を聞かされても会いたいと思える気持ちが有るのなら上手くやっていくこともできるんじゃないかと思っています」
 真摯な言葉だった。
 兄としての言葉。
 次期当主としての言葉。
 いろいろな意味のこもった言葉なのだろう。

「すぐに婚約とか番とか、そんなふうに考える必要はありません。
 お互いを知り、その上でどうしたいかを2人で決めてください。
 家がどうとか、周囲がどうとか、そんなのは関係ない。
 2人の気持ちを通い合わせてください」
 そう言うと自身が付けていたネックレスを外し、そのまま光流の首元を飾る。そして、光流の付けていたネックレスを外すと俺に渡した。

「これは、揃いのものです。
 社交に出る時に揃いでつけることによって誰に庇護されているか、誰とパートナーかを示すのに有効です。
 今まではオレが守ってきたけどこれからは紬君が守ってほしい。
 まぁ、まだまだ手助けは必要だろうけどね」
 言いながらニヤリと笑う。

「同じものだからオレのをそのまま渡してもよかったけど、お互いちょっと嫌でしょ?
 だから光流がしてたの使って。
 オレからだと思うと嫌かもしれないけどとりあえずだから。
 これから揃いのものを増やしていけば良いんじゃない?
 それこそ、タイとかポケットチーフとか。
 楽しいと思うよ」
 そう告げた顔は〈兄〉の顔だった。
 同じ年のはずなのに、すっかり義弟扱いだ。
 そしてこれは…社交に顔を出すようにとの遠回しな命令なのだろう。α社会に疎い俺にはなかなかハードルが高い要求である。

 でも、悪くない。

 そして辻崎兄にばかり気を取られていたけれど、光流が気になって様子を伺うと笑顔なのに…泣いていた。

「本当、表情豊かになったよね」
 呆れたように言いながら光流の頭をポンポンと撫でる姿は〈お兄ちゃん〉で、涙を拭きながら兄の顔を嬉しそうに見る光流は〈弟〉だった。
 あの立ち位置は一生変わらないものだけど、彼以上に光流を守り、光流に頼られるようになりたいと心から思った。
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