恋心〈婚約者が選んだのは僕ではなくて女性Ωでした〉

変化する心、しない心

　胡桃とのメッセージのやり取りが終わると僕は改めて紬さんのことを考えていた。
　考える時間はたっぷりあるのだ。

　胡桃に言われた通り、この気持ちが恋愛感情なのだとは気付いていた。気付いていて名前をつけないままのしておいたのだ。
　ただの好意なら持ち続けたところで問題はない。
　ただ、これが恋心となると問題しかないのだ。

　恋愛はいつか終わってしまう。
　恋心はいつしか変化して、花開けばいいけれど枯れてしまうことだってあるのだ。
　枯れ果てて、その美しさを思い出せないほどになる事だってある。

　それならば恋心ではなく友愛の心でもいいのではないか？
　友愛の心なら変わらないではないか。
　僕は胡桃のことが大好きだ。
　姉のようでもあり、時々は妹のようでもある美しくて可愛い胡桃。母になって一段と綺麗になったかもしれない。
　時折ビデオ通話をすることもあるが、画面越しでも幸せそうだ。そんな時は必ず腕の中に赤ちゃんを抱いており、むしろ神々しい。
　きっと、僕が焦がれ続けたものを手に入れた胡桃は僕にとって憧れの対象に近いのかもしれない。
　だから余計に僕の生々しい気持ちを伝えたくなかったのだろうか？

　最近になって芽生え始めた生々しい感情。
　毎日のメッセージを通して知る紬さんのこと。
　はじめは近況報告のようなメッセージだった。
〈今日は１日見学でした〉
〈糸を触らせてもらいました〉
〈染めの手伝いをしました〉
〈糸を少しだけ織らせてもらいました〉

〈見学、お疲れ様でした〉
〈僕は試験勉強をしてました〉
〈染職、出来たんですね〉
〈織物までするんですね〉
　僕も当たり障りのない返信をする。

　少し慣れてくると内容にも変化が出てくる。
〈今日は何してた？〉
〈試験勉強してました〉
〈紬さんは？〉
　送られてくる写真。
　風景を写したそれは、お世話になっている場所なのだろう。風景を送ってくるという事は今日は休みだったのだろうか。一面雪景色で寒くないのかと心配になる。
〈綺麗ですね。
　でも寒そう。風邪、ひいたりしてませんか？〉
〈大丈夫〉

〈今日は久しぶりに街に行ってきました〉
〈雪は大丈夫でしたか？〉
〈雪用タイヤだから平気だよ〉
〈運転、出来ると便利ですよね〉
〈乗ってみる？〉
〈機会があれば〉

〈そろそろ試験？〉
〈ですね〉
〈じゃあ、連絡は控えるよ〉
〈控えないでください〉
〈大丈夫？〉
〈その方が頑張れそうです〉

〈試験、どうだった？〉
〈頑張れました！〉
〈春休みだね〉
〈です〉
〈予定は？〉
〈未定です〉

　お互いに何かを探り合っているような、決して確信に触れないメッセージ。
　今は均衡を保ってはいるものの、何かの拍子に崩れてしまいそうな危うい関係。

　崩してしまおうか。
　崩したくない。
　崩してくれたらいいのに
　崩さないで。

　相反する想いが交差する。
　
　きっかけを待っているのだ…。