上 下
48 / 159

僕の気持ちとプリンの優しさ

しおりを挟む
 ナースコールをすると先生はすぐに来てくれた。
 ナースを呼ぶためのナースコールなのに先生が来るのはおかしいんじゃないのかと思いもしたがそこは甘えておく。
「色々と不安が多い?」
 何を話したのか聞くことなく、包帯を巻く手を動かしながら問いかけられる。
「わかりません。
 不安なのか、悲しいのか、気持ちの置き所がわかりません。
 誰を責めればいいのか、そもそも責めるべきは自分じゃないのか…。
 本当にもう、わからない」
「そうなんだね。
 別に、難しく考えることはないんだよ。
 光流君が思うようにすればいい。

 僕ならまず浮気した相手を責めるね。
 理由はどうあれ浮気は浮気。
 良いか悪いかで言ったら悪いんだから責められて然るべきなんだよ。

 その後でその原因を作った相手も責めるかな。その相手の対応さえ間違っていなかったらって…。

 もちろん浮気相手にも悪者になってもらう。

 極論だけど、自分の気持ちの中で相手をどう思うか、どうするかなんで自由なんだよ。
 許すも許さないも、過激なことを言ってしまえは殺めることだって心の中でなら許される。
 それで精神の均衡を保つ事ができるのなら悪い事じゃない。

 時間が経てば気持ちは変化するかもしれない。でもその〈時間〉は人によって違うんだよ。
 早い段階で気持ちが変化する人もいればいつまでも変化しない人もいる。
 同じ事柄を経験しても感じ方は人それぞれなんだ。

 許せる人もいれば許せない人もいるし、そもそも何も感じない人だっているかもしれない。人間の心は複雑なんだよ」
 包帯を巻き終わっても話は続いた。
「とりあえず、安定剤出しておこうか。
 包帯掻きむしるくらいなら巻き直せば良いけど、それがきっかけで自傷に向かうかもしれない。それは誰も望んでないからね」
 先生が話している途中でノックの音がして父が入ってくる。
 静流君にしても父にしても返事を待つ気はないのだろうか?
 ぼんやりとそんなことを考えていると目の前に父が立っていた。

「大丈夫か?」
 一言だけど色々な想いのこもった言葉。
「大丈夫じゃない」
 僕がそう答えると苦笑いをする。
「いつ帰ってこれる?」
「あと3日は入院だって」
 僕の言葉に説明を促すように先生に視線を向ける。
「眠り続けていたことによる筋力の低下は回復までにひと月ほどかかります。消化器も弱っているため食事の制限もあります。
 静流君が付いてくれるそうなので3日間で指導してから退院の流れの予定です。
 少し自傷傾向もあるので安定剤も服用してもらいます。
 気持ちが落ち着けば服用を止めますが、しばらくは続けてください」
「プリンは食べれられませんか?」
 突然の父の言葉に時間が止まる。

 ……プリン??

 沈黙に居た堪れなくなったのだろう。父が再び口を開く。
「向井さんが光流のためにって。
 カラメルは無いし、砂糖も控えめにしてあるから先生の許可が出ればと。
 約束していたから、と言ってた」
 そう言って静流君の荷物と共に持ってきたらしい紙袋を差し出す。
「そういうことでしたか。
 光流君の食欲次第ですかね。
 重湯やお粥から始める予定でしたが、糖分も抑えてあるみたいですし。何より本人が食べたいと思えるのならそれが回復につながります」
 そう言って許可を出してくれた。

「静流君、お願いしてくれた?」
「してないよ。宿泊用の荷物をまとめてもらえるようにお願いしただけ」
「静流にはこっち」
 父はそう言うと僕のプリンよりも大ぶりな袋を見せる。
「急な宿泊ならば食事に困るだろうから、とのことだ」
 どうやら静流君にはお弁当があるらしい。向井さんの気遣いに心が温かくなる。
「向井さんの作ったものなら僕もいただきたいくらいです」
 先生が優しく笑う。
「食欲があるのは良い傾向です。
 消化の良さそうなものなら静流君のお弁当、少しくらい食べても大丈夫ですからね」
 そう言って父を促し部屋を出る。

 僕たちの前ではする必要のない話もあるのだろう。いくら静流君が頼りになると言っても保護者は父だ。これからの治療の事、学校の事、僕の精神状態。
 僕を目の前にして話しにくいこともあるだろう。もしかしたら何か問題があるのかもしれない。

 気にし出したらキリが無いので考える事は放棄する。
 もう少し、あと少しだけ甘えさせてもらおう。

 僕のために作られたプリンは少し柔くて優しい味がした。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

オメガの復讐

riiko
BL
幸せな結婚式、二人のこれからを祝福するかのように参列者からは祝いの声。 しかしこの結婚式にはとてつもない野望が隠されていた。 とっても短いお話ですが、物語お楽しみいただけたら幸いです☆

幼馴染は僕を選ばない。

佳乃
BL
ずっと続くと思っていた〈腐れ縁〉は〈腐った縁〉だった。 僕は好きだったのに、ずっと一緒にいられると思っていたのに。 僕がいた場所は僕じゃ無い誰かの場所となり、繋がっていると思っていた縁は腐り果てて切れてしまった。 好きだった。 好きだった。 好きだった。 離れることで断ち切った縁。 気付いた時に断ち切られていた縁。 辛いのは、苦しいのは彼なのか、僕なのか…。

紹介なんてされたくありません!

mahiro
BL
普通ならば「家族に紹介したい」と言われたら、嬉しいものなのだと思う。 けれど僕は男で目の前で平然と言ってのけたこの人物も男なわけで。 断りの言葉を言いかけた瞬間、来客を知らせるインターフォンが鳴り響き……?

孤高の羊王とはぐれ犬

藤間留彦
BL
クール美形α×元気で小柄なΩ。 母の言いつけを守り、森の中で独り暮らしてきた犬族のロポ。 突然羊族の国に連れて来られてしまう。 辿り着いたのは、羊族唯一のαの王、アルダシール十九世の住まう塔だった。 番候補として連れて来られたロポと孤高の王アルダシールに恋心は芽生えるのか? ※αΩに対して優性劣性という独自設定あり。ご注意下さい。 素敵な表紙イラストをこまざき様(@comazaki)に描いて頂きました!ありがとうございます✨

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

ブレスレットが運んできたもの

mahiro
BL
第一王子が15歳を迎える日、お祝いとは別に未来の妃を探すことを目的としたパーティーが開催することが発表された。 そのパーティーには身分関係なく未婚である女性や歳の近い女性全員に招待状が配られたのだという。 血の繋がりはないが訳あって一緒に住むことになった妹ーーーミシェルも例外ではなく招待されていた。 これまた俺ーーーアレットとは血の繋がりのない兄ーーーベルナールは妹大好きなだけあって大いに喜んでいたのだと思う。 俺はといえば会場のウェイターが足りないため人材募集が貼り出されていたので応募してみたらたまたま通った。 そして迎えた当日、グラスを片付けるため会場から出た所、廊下のすみに光輝く何かを発見し………?

【BL】婚約破棄で『不能男』認定された公爵に憑依したから、やり返すことにした。~計画で元婚約者の相手を狙ったら溺愛された~

楠ノ木雫
BL
 俺が憑依したのは、容姿端麗で由緒正しい公爵家の当主だった。憑依する前日、婚約者に婚約破棄をされ『不能男認定』をされた、クズ公爵に。  これから俺がこの公爵として生きていくことになっしまったが、流石の俺も『不能男』にはキレたため、元婚約者に仕返しをする事を決意する。  計画のために、元婚約者の今の婚約者、第二皇子を狙うが……  ※以前作ったものを改稿しBL版にリメイクしました。  ※他のサイトにも投稿しています。

処理中です...