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麻痺する心

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 何事も無く過ぎているかのような日常。
 夏休みが終わり、授業も再開された。
 安形さんから教わる簿記3級は〈そもそも夏休みだけで取れる資格じゃ無いですよ〉との事で継続して勉強中である。
 高校と違い大学はまだ休みが続いているが静流君はなんだか忙しそうで、僕が学校に行く時に一緒に車に乗り込みそのままどこかに送られていくことも多い。ノート型のPCやよくわからない紙の資料を持っているが、僕といる間は開くことなく同じ時間を過ごしてくれている。
「光流さんが車から降りるとスイッチ入れ替わるんですよ。あの切り替えは尊敬します」
 これは安形さんの言葉。

 護君の動向を調べるようにお願いしてからはひと月程。情報は着々と集まっている。
 あの話し合いの翌週末に会った時にもΩの挑発フェロモンはベッタリと纏わりついていた。
 会の前日までに分かったことは護君が部屋を借りていたこと。同じ車で帰るのを嫌がるようになったのは帰る場所が違ったからのようだ。そして、その部屋で僕以外の相手と過ごしていることも知ってしまった。
 学業が忙しく、通学時間がもったいないと言うのが理由らしいが…忙しいのは学業じゃないくせに。

 安形さんと話したあの日、耐えきれなくて部屋に戻った僕に伝えきれなかったことがあると改めて教えてくれたことがあった。
 それはαとΩが番となった場合に自分達以外のフェロモンを感じなくなるが、Ωの挑発フェロモンだけはΩ同士なら感じる事ができると言うこと。それならば会で出会った時に護君を見て不快な顔をした人がいた理由が理解できる。
 感じるはずのないフェロモンが香ると言うことは挑発フェロモンを纏っている事になるのだから〈僕以外の誰か〉と交わっていると公言しているのと同じことなのだ。
 僕のフェロモンだと思われたら困った事になりかねないと心配もしたが、僕たち2人の距離感がそれを否定していたらしい。
 ヒートの周期関係なく身に纏う香り。
 何も言われないのは僕を気遣ってか、それとも嘲笑ってか。
 対応を間違えれば評判を落とすのは護君だけではない。

「護君と次に会う予定ってある?」
 僕の問いかけに安形さんがスケジュールを確認してくれる。10月に入れば授業が始まる。どうせまた理由をつけて僕のエスコートを断るのだろう。
「無いですね。10月は光流さんの体調を考慮して元々予定は入れてないですし。静流さんがいくつか光流さんと出席したい会があるとは言っていましたので様子を見て調整しますね」
 その言葉でそろそろヒートが来る事に気付く。上がってくる報告を見ると今回も護君から連絡が来ることもないだろう。

 兄に送られてくる連絡は予定を変更してほしいとの連絡ばかりらしい。
 動向を探られているとも知らず、部屋での逢瀬の翌日にキャンセルされる予定。ヒートを調整しているのか何なのか知りたくもないが〈ヒート〉と理解して付き合っているのならば〈あまりにも頻繁に起こるヒート〉をどう思っているのかと聞きたくなる。
 当人同士は学内では交流を持たず、その交際を秘密にしているつもりのようだが挑発フェロモンのせいでそれなりに有名らしい。
〈柑橘系のフェロモンの持ち主を探している〉と暗に匂わせるとすぐに2人に行き着いたと報告があった時にはショックを受けるよりも先に呆れてしまった。

 キャンセルされるようになった当初は傷付いていたが、こうまで繰り返されると感覚も麻痺してしまう。

「4年生からだから4、5、6、1、2、3…。僕たちの7年ってなんだったんだろうね」
 折り曲げた指が答えを出してくれることはなかった。
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