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兄からの通告

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 その日の夕方、ベッドで横になっているとスツールを手に兄がやってきた。
「起きてるな」
 ベッドの横に来て座ると僕の額に触る。
「また熱出そうだね」
 そう言いながらスポーツドリンクを渡される。横になったまま飲めるようにキャップはストロー式に変えてある。
「安形さんから話を聞いたよ」
 無言でスポーツドリンクを飲む僕の様子を見ながら言葉を続ける。
「護から学祭の準備があって忙しいから会の出席を今よりも減らしたいと打診された。今決まっている予定はこなすよう伝えたが、それ以降の光流のパートナーはオレが務める」
 最終通告とも取れる言葉。
 その有無も言わせない響きに兄の決意が見て取れる。

「静流君がそう決めたなら」
「光流も気づいてただろ?」
 Ωの挑発フェロモンを感じることのできない兄ではあるが、もしかしたら人伝に何か聞いているのかもしれない。もしかしたら安形さんから何か伝わっているのかもしれない。
どこまで知っているのか、どこまで気付いているのか、疑心暗鬼になるがその事を聞く勇気は今の僕にはない。
「ただ忙しいだけじゃないのは気付いてるよ。だから、護君の動向を調べてもらえるようお願いした」
「どうしたい?」
 言葉が足りないまま進む会話。
「どうもしない。護君次第かな?」
「向こうから何も言って来なかったら?」
「流石にそこまで馬鹿じゃないんじゃない?」
 僕の答えに〈どうかな?〉と嫌悪感をあらわに答える。
「話の内容によって制裁を加えようとは思ってるよ。泣き寝入りはしたくない。僕はそこまで優しくはなれない」
「運命の番とか言い出したらどうする?」
「それなら堂々と話すんじゃない?」

「一時の気の迷いなら、そう思ってた時もあるし、今そう言って謝られたら許してしまうかもしれない。だから知るべきだと思うんだ。
 護君の言葉だけを信じて結論を出せるような事じゃないってちゃんと分かってるし、2人だけの問題じゃないことだって理解してる。
 静流君、護君と僕のこと一任されてるんでしょ?父さんがそうするってことはそこまで複雑じゃないし、結論も出てる。
 あと、僕は試されてるんでしょ?」
 一連の流れから気づいた事を言葉に出してみる。兄は長いため息をつくと僕の頭をクシャクシャと撫で始める。
「いつから気づいてた?」
「護君のスケジュールを静流君が調整し出した時から?あと安形さんが〈人を動かすなら静流君に〉って言ったから。父さんはもう護君を見捨ててる?」
「だろうな。これだけ光流を蔑ろにする相手に目をかけることはもう無いと思うよ」
「静流君は?」
「オレはもうとっくに見限ってる。父さんはそれでも〈光流のために進学先を変えるなら〉って言ってたんだよ。ただ、オレはそれを見据えて勉強しておかなかった護に呆れてた」
「静流君を基準にしちゃダメだよ」
「そうじゃなくて…まず前提としてそこに行って何をしたいかが大切だと思うんだ。オレの場合は今の環境で学びながらそれ以上のものも学ぶ道を選んだ。
 学ぶ方法なんていろいろあるし、そもそも自分に実力があれば自然と色々な話が舞い込んでくるもんなんだ。そのために人脈だって広げてるし、情報収集だってしてる。
〈良い大学=良い学び〉じゃないよ。そこに入ってからどうするかが大切なんだ。名前だけじゃハリボテにしかならない」
 兄の言葉が耳に痛い。
 僕は漠然と〈護君を支えたい〉と思っていたが、具体的に何をしていたのだろうか?
「今の護はハリボテの中に入っているに過ぎない。中身が空っぽなんだよ。入学できた事に満足してそこがゴールだと勘違いしてる。
 試験が大変だとか、サークルが忙しいだとか、普通の大学生ならそれで良かったんだけどね…」
 いつの間にか僕の頭に乗せられた手を動きを止めていたが、その重さが心地いい。
「無理するなよ」
 僕を気遣う声。
 それが気持ちよくて目を瞑りそうになるが、それに気づいてから再びクシャクシャと撫で始める。
「寝ちゃダメ。
 食べれそうなら何か少し食べな?
 そういえば向井さんが蒸しパン作ってたよ」
「え?食べたい」
 きっと樹君のために作ったのだろう。
「安形さんも向井さんも心配してたよ。安形さんは帰ってもらったけど向井さんはまだいるはずだから顔見せてきな」
 兄に促されてベッドから出る。

「寝心地良すぎるのも問題だよな~」
 呆れたような兄の言葉が耳に心地良かった。
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