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亡くしたのは恋心

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 亡くしたのは恋心。

 初めて会ったときからゆっくりと育てていった恋心。

 もういらない。

 焦がれる心も、痛む心も、トキメキも、愛しさも。

 全て無くしてしまいましょう。

 もう、何も想わないように……。



「婚約を解消してほしい」
 彼は僕の前で首を垂れた。
 僕の伴侶になるはずだった人。
 同じ未来を見ていたはずなのに、気付けば彼の隣には僕じゃない誰かが立っていた。
「光流のことが嫌いになったんじゃないんだ。ただ、小学生の頃に決められて当たり前のように感受してきたけれど……自分の足で歩いてみたくなったんだ」
 首を垂れ、言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「臭い……」
 思わず呟いてしまったけれど、彼の耳には届かなかったようで反応はない。
「わかりました。父には僕から話しておきます。
 詳しい話し合いは後日、日程はこちらから連絡します」
 僕がそう告げると彼はそそくさと席を立つ。

「彼女とお幸せに」
 ドアノブに手をかけた彼にふと思い出したかのように装い声をかける。
 そして、振り返った彼に笑顔を向ける。
 〈彼女〉と具体的に言ったことに驚いたのだろう。彼が驚愕の表情を浮かべるけれどドアの前で待機していた秘書の姿を確認して〈お客さまがお帰りです〉と声をかける。よく出来た僕の秘書はその意図を理解して彼に退出を促す。
 ドアノブに手をかけた時点で彼女がこちらに意識を向けるのは想定内だ。それ以前から神経を尖らせてはいたのだろうけれど…。

 ばれていないと思っていたのだろう。会うのはいつも彼が借りた部屋。学内では知り合いだという素振りを見せず距離を置く。本人たちは上手くやっているつもりだったみたいだけれど彼らは一部では有名人だ。あるキーワードを頼りに話を聞けばすぐに2人に行き着いてしまう。

 彼はαが威嚇フェロモンを自分のパートナーに纏わせるように、パートナーにフェロモンを纏わせることができるΩの存在を知らないのかもしれない。
 αが自分のパートナーを守るために纏わせるそれと違い、自分のαの近くにいるΩを挑発するために纏わせるそれはΩ同士でないと気付かないのだ。
 Ω間でははしたないとされるその行為をするようなΩ。意図せずに付いたそれとは全く違う、下品であからさまな〈Ω臭〉。
 身体を重ねないと付かないはずの匂いをさせている事に気づいた時の絶望。

 あれから僕の周期は乱れているのにそれすらも気付かない彼にもう何も望むことはできなかった。

 僕たちの周りのΩも彼から匂う事に気付いているようだけれども、万が一僕の匂いだった場合のことを考えてか知らないふりをしてくれている人もいる。あからさまに嫌悪感を示す人もいるけれど今の彼はそれに気付くこともない。
 彼がΩ臭に気づかない要因は不誠実さが原因だけど嫌悪するべき不誠実さが僕にとって都合が良かったと苦笑してしまう。
 僕の好きだった誠実な彼はもういない。


 自分の足で歩いてみたい。
 その足でどこまで歩けるのかお手並み拝見である。
 
 
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