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その先にあったもの

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 仕事をするようになって改めて思った事は、自分がいかに狭い世界の中で踠いていたかという事だった。

 大学に入り世界が広がったと偉ぶっていたけれど、その世界ですらまだまだ狭いものだったのだ。

 狭い中で踠き苦しみ、傷付け、傷付けられ。若かったと言ってしまえばそうなのかもしれないけれど、若かったと済ませることのできない心の傷を負わせてしまったあの子の事はこの先も忘れる事はできないだろう。

 就職した年の冬から春に移り変わる頃、あの子にパートナーが出来たと人伝に知らされた。
 善意なのか、悪意なのか、今でも時折り知らされるあの子の様子。

 社交の場に出てきても人に興味を示さないと聞いた時には自分のせいだと烏滸がましくも心を痛めた。

〈運命の番〉らしき相手を静流が探して居ると聞いた時には自分の時のように勘違いでないようにと祈ることしかできなかった。

 少しずつ元気を取り戻し、社交の場で笑顔を見せるようになったと聞いた時にはホッとするとともに切なくも思った。

 オレヲワスレナイデ
 オレヲワスレテシアワセニナラナイデ

 エゴだとはわかっていても願ってしまう醜い想い。

 そしてパートナーが出来たと聞いた時の喜びと絶望。

 これで終わった。
 自分が変えてしまったあの子が人生を共にしたいと思える人に出会えた事に喜びを感じた。

 終わってしまった。
 それでもまだ心のどこかで自分の事を想ってくれているのかもしれないという願いが自分勝手な独りよがりだったと突きつけられ絶望した。

 これで本当にあの子との縁は切れてしまったのだ。



 あの子と仲良くしていた頃に知り合った人達は波が引くように離れて行った。
 唯一〈子守りから解放された?〉と言ったαの彼だけは何かと気をかけてくれて、何故か友人関係が続いて居る。
 あの子の正確な情報を教えてくれるのもほとんどがこの彼だ。

 あの当時、あの子と仲の良い自分に嫉妬していたと教えられた。
 自分が嫉妬から言った言葉で俺が身を崩したのではないかと心配したとも。
 別のΩに気を取られていた時はどうしたものかと静観していたけれど、気が付いたらおかしな事になっていて焦ったとも。

 彼に対して色々と思うところはあるけれど、彼の言った言葉は些細なきっかけでしかない。
 どこまで行っても非が有るのは自分なのだ。

 αとしてそれなりの彼はやはりαとしてそれなりの俺に対して劣等感を抱いていたらしい。
 俺が静流に感じたような気持ちを俺に対して持ち続けていたのだろう。

 世の中、何がどう転んでもなるようにしかならないのだ。

 友人であるαの彼はやはりそれなりのΩと番となりそれなりに幸せな毎日を送って居る。
「高望みなんてしなくてもそれなりに幸せなら良いんじゃない?」
 と彼らしい事を言って嘯いていた。

 俺はと言えばαではあるものの1度番を作ったせいでΩのフェロモンを感じることができないため職場ではαである事は一部の人間にしか知られていない。
 番以外のΩと関係を結ぶ事は出来るけれど、今更パートナーが欲しいとも思えず独り身のまま時間は過ぎていく。

 もしも〈運命の番〉がいたとしてもそのフェロモンを感じる事はできないし、奈那と過ごした短い時間の記憶が強烈過ぎて恋愛そのものにあまり興味も持てないのだ。
 色々な意味でやっぱり奈那は俺の〈運命〉だったのだろう、きっと。

 この先、万が一結婚するようなことがあったら。
 万が一子どもが産まれるようなことがあったら。
 その時は伝えよう。

 大切な人と共に過ごせる日々が当たり前ではない事を。
 大切な人に誠実である事の大切さを。
 そして、大切な人を失う辛さを。

 そんな事を思っている間は〈大切な人〉なんて出来っこないとわかっていても願ってしまうのだ。


 あの子が幸せでありますように。

 あの子が笑っていられますように。

 あの子がとびきり大切にしてもらえますように。






 
 俺の贖罪は終わる事を知らない。
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