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想い描いたその先にあるもの 5

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「光流は…。
 光流君は、いつから気付いてた?」
「サークルに入るから一緒に過ごす時間が減ると言われた時から違和感を感じてたと言っていた。決定的だったのは7月のヒートの時だな」
「そんなに前から?」
 そんなそぶりを見せていただろうか?
 光流の変化を思い出そうとしてみるけれど、何も思い浮かばない。
 そもそも最近の光流の姿に全く覚えが無いのだ。

「7月からヒートが乱れてる。今までは1日で終わっていたのに7月は3日間、10月は周期もずれて5日間眠ったままだった。
 それだけでなくお前にエスコートされた日の夜は必ず発熱して寝込んでた。
 主治医によると全てストレスから来るものらしい」
「そんな…連絡は?」
「してたよ。ヒートが始まると連絡しても既読が付いただけ。気遣う言葉もなくてやっときたメッセージは〈合宿があるから会えない〉だったか?」
 そう言われて、そう言えばそうだったと思い出す。奈那に夢中で光流の事にまで気を回している場合ではなかったのだ。

「護に会うと発熱って…息子は病原菌扱いですか?」
 息子の醜態を認めたく無いのか、よせばいいのに父が口を開く。

「護さんもお父様も〈Ωの挑発フェロモン〉ってご存知ですか?」
 聞き覚えのない言葉を茉希さんが言い出す。
〈Ωの挑発フェロモン〉とは何だ?

「稀にですが挑発フェロモンを出すことができるΩがいるんです。Ωにしか感知できない挑発フェロモン。
 私も話に聞いたことはありましたが、実際に目の当たりにしたのは今日が初めてです。
 ここまで言ってもお分かりになりません?」
 言い聞かせるような茉希さんの言葉に俺は愕然とする。

「まさか…」
「やっと理解できたのかしら?
 光流は挑発フェロモンに当てられて体調を崩すようになったの。自分のパートナーが自分以外のフェロモンを纏ってるなんてストレスを感じないわけがない。
 知ってる?挑発フェロモンって身体を交わらせないと付かないんですって。しかも効果は1日だけ。
 光流に会う度に香ってたそうね…」
 言い聞かせるような茉希さんの言葉。

「でも通常〈番〉になったらお互いのフェロモンしか感じなくなるはずです。護と番になったのなら相手のフェロモンも感じないはずでは?」
 息子可愛さか、保身の為か、それでもなお父は食い下がる。
 やめてくれ、そう思ったけれど衝撃が大きすぎて言葉を発することができない。
「そう、通常ならそうです。
 でもね、挑発フェロモンは番になってからも発することができるし番持ちのΩでも感知してしまう。
 私が今日、この場に同席したのはそれを確認するためです。
 護さんのフェロモンは感じられないのに挑発フェロモンだけを感知した光流の気持ち、貴方達には解らないでしょうね」

 沈黙が続く。

「〈挑発フェロモン〉だなんて、そんな作り話でこちらを悪者にするつもりですか?」
 絞り出すように言ったのは父だった。  
 俺は何も言えないし、何も言う権利は無い。

「作り話しなら良かったんですけどね…。
〈柑橘系のフェロモンの持ち主を探してるんだけど〉
 御子息の学校でそう尋ねるとすぐに2人に辿り着いたと報告されました。
 彼女のフェロモンは柑橘系の香りがするようです。ですよね、茉希さん」
「そうね。
 この部屋に入ってきた時からずっと柑橘系の香りがしてるからそうなんでしょうね」
 茉希さんは嫌そうに眉を顰める。
 俺はと言えば言われた言葉の意味を理解し、羞恥と恐怖に支配されてどうしたらいいのか、どうするべきなのかも考えることが出来ない。

「そうそう、Ωがどうやって挑発フェロモンを纏わせるか知ってますか?
 自発的にヒートを起こして相手と交わることでしかαに挑発フェロモンを纏わせることはできません。
 挑発フェロモンを纏うということは不貞を働いていることに他ならないんです。

 私は幼い頃から抑制剤を持たされていました。Ωのヒートに出会っても引きずられないように、もしもの時には抑制剤を服用するように、抑制剤は常に携帯するように、そう教えられてきました。

 挑発フェロモンが一般的に知られていないのはΩが自発的にヒートを起こしたところでαが抑制剤を飲めば効果がないからです。
 そして、挑発フェロモンの存在があまり知られていないのはいくらその力を持っていても〈自分から誘って相手に香りを移した〉なんてあからさまな行為は恥ずべきものだと思うΩが大半だからです。
 しかも挑発フェロモンの効果は1日。
 その行為がいつのものかも周囲には一目瞭然です。

 これだけ言っても御子息を庇いますか?」

 再び沈黙が訪れる。
 身に覚えがないなんて言えない。
 奈那の香りに惹かれ、何度も身体を重ねた。甘い柑橘系の香り。
 俺に向けられる香りで反応する身体。
 光流以外に感じたことのなかったはずの欲望を奈那に向けたのは〈運命〉何かではなく、ヒートに負けた本能だったと言うのか。

「本当に、気に入らないのよね…。
 ねぇ、浮気相手とセックスした直後に婚約者と会うってどんな気持ち?」
 茉希さんの突然の発言に答える言葉はなく、沈黙を守るしかない。直接的な表現に居た堪れなくなる。
「息子が息子なら父親も父親よね。
 じゃあさ、自分の娘の婚約者が娘と会う度に浮気相手の香水プンプン匂わせてきた挙句、その娘を孕ませたからって〈僕は君にふさわしくないから〉とか上手いこと言って婚約解消を望んで来たらそれを受け入れるのね?」
 さらに畳み掛ける茉希さんの言葉に自分のしてしまった愚かな行為を再確認させられる。

「ねぇ、自分がされて嫌なことはしちゃダメだって習わなかった?
 自分が光流の立場だったら、それでも平気でいられるの?」
 
 茉希さんの言葉だけが心に重くのしかかる。
 俺は、何と言う事をしてしまったのだろう。
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