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忘れられない思い出。
忘れられない思い出。
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忘れられない思い出がある。
僕がまだ護君を一途に思っていた頃。
護君もきっと、僕を一途に思っていてくれた頃。
ヒートが来る前の、まだ何も知らず、まだすれ違っていなかった頃。
あの頃の僕にもう少し伝える術があれば僕たちは今も笑っていられたのかもしれない。
僕がいて、護君がいて、静流君がいて、賢志がいて。4人で過ごす夏は、毎年とても楽しいものだった。
毎年、お盆の前後10日程をこちらで過ごす賢志は当然だけど護君とも面識があり、皮肉屋なところもある静流君に比べて〈お兄ちゃん感〉の強い護君は賢志の憧れでもあった。
「今日は護兄、来ないの?」
「…知らない」
護君が来ると何かと構ってもらおうとするため、僕が賢志と過ごす時間が減るのが面白くなくて〈来る〉と知っていても知らないふりをしてしまう。
1年を通して会える日が限られている同い年の従兄弟なのに、僕と過ごすよりも護君と過ごすことを選ぼうとする賢志を見て護君にヤキモチを妬いていたのだ。
4人で過ごすのは楽しいのだけれど、賢志と護君が仲良くするのも嬉しいけれど、だけどそれは僕のいない時だけにして欲しいと、そんな僕の幼い独占欲。
自分の家族よりも一足先にこちらに来て、自分の家族が帰ってもこちらに残る賢志は盆と正月の時期にしか一緒に過ごせないからこちらに来る事自体は大歓迎なのだけど、護君と仲が良すぎる事が少しだけ面白くない。
今ならば静流君とはその立場故に一線を引いてしまっていた事、僕とは〈婚約者〉としてふさわしい振る舞いを取ろうとしていた事で、賢志との交流は唯一気の休まるものだったの察することもできるし、将来的に静流君をサポートする立場になるだろう賢志と交流を図ることも大切な事だったのだと理解できるのだけど、当時の僕はそういったことに疎かったため賢志がいる間は護君は来なくて良いのにと、時折思ってしまうほどだった。
「明日は護兄と出かけてくるから」
その日も何も考えてない様子の賢志の言葉にイラッとしたことを覚えている。
あれは僕と護はまだ小学生で、護君と静流君は中学生だった頃のことだ。
「どこに行くの?」
「プール」
「僕は?」
「光流は日焼けすると痛くなるだろ?
市民プールは日焼け止め禁止だから光流は無理」
僕がΩだからと言われることをよく思っていないことを知っている賢志はそんな風に気遣ってくれるけれど、だからと言って「行ってらっしゃい」と素直に言う事ができない。
僕だって賢志と遊びたいのに、そんな風に拗ねたくなってしまう。
「光流は明日、オレと出かける用事があるでしょ?」
静流君が賢志に助け船を出すけれど、それすら面白くない。
「家に残る賢志の事を気遣って護が誘ったんだろ?」
更に続けられた言葉に面白くない気持ちがますます大きくなる。
まだ正式に護君とパートナーになっていなかったため、その日は静流君と共に父に連れられて出席しなければいけない集まりがあったのだ。
社交とは違い、年若いαやΩが集まるそれは保護者同伴でないと出席できず、また一定の制約があるため護君が出席する事はできない。護君が正式に僕のパートナーとなれば出席できるものの、まだ時期尚早だ。
「だったら祖父ちゃんとこに行けば良いのに」
賢志がこちらに泊まる事を淋しく思っている祖父の名前を出してみるけれど、賢志にも静流君にも苦笑いされてしまう。2人とも、普段は賢志と離れたくなくて祖父宅に行くのを阻止する僕を知っているから呆れているのだろう。
「僕だって賢志と遊びに行きたいのに…」
2人の苦笑いが居た堪れなくて、仕方なく素直に伝える。
「知ってるよ」
賢志は怒る事なく笑ってくれるけど、恥ずかしくて目を合わせる事ができない。
「光流、光流」
そんな僕たちを見て静流君が僕を呼ぶ。静流君は少し悪い顔をしているため、何を言われるのかとドキドキしてしまう。
「明日の夜はさ、3人で寝ようか?」
プールに行くことのできない僕に静流君がしてくれた提案。
僕と賢志の2人で出かける事は無理で、静流君と3人ではいつもと変わらない。僕と賢志が2人で寝るのは低学年までで止められてしまったため静流君なりの妥協点なのだろう。
「オレが一緒なら父さんも母さんも許してくれるだろうし」
「本当に⁈」
さっきまで拗ねていた事を忘れて喜んでしまう。小さい頃は当たり前だった事が、自由だった事が、当たり前ではなくなり不自由になっていく。仕方がないと頭では分かっていても納得しているわけではない。
そんな僕の気持ちを1番分かってくれているのはきっと静流君だろう。
「じゃあ、賢志は明日はしゃぎ過ぎないように」
「了解」
こんな時の静流君は最強だ。
賢志の自由を確保し、僕の機嫌を取って、僕の気持ちを上向きにしてくれる。
「光流はオレとだからね」
「了解です」
僕も賢志も、静流君には一生敵わないのだろう、きっと。
翌日は護君と賢志の送迎は父の秘書にお願いし、僕達は父の運転での外出となった。
集まりでは常に静流君の隣で過ごし、顔見知りのΩの子がいたため夏休みの過ごし方について話をする。
「αの子もβの子も楽しそうだよね」
「今日、僕の親戚は市民プールだって」
「α?」
「βだけど年上のαと2人で」
「羨ましいね」
「だよね」
やっぱり思う事は同じらしい。
「Ωは自由が少ないよね」
「うん。
でもさ、今夜は親戚と静流君と3人で寝るんだ」
「そうなの⁈」
「うん。
本当はもう一緒に寝ちゃダメって言われてるんだけど、静流君が一緒なら良いって」
「静流さん、優しいよね」
「時々意地悪だけどね」
そんな事を言いながらも嬉しくて顔が綻んでしまう。
「ヒートが始まるともっと自由が無くなるんだよね」
「…そうだね」
ヒートという言葉に嬉しかった気持ちが萎んでしまう。小学生でも高学年になれば性差も理解するし、Ωである僕たちはこれから先のことを当然考えるようになっていく。
中学までは義務教育だけど、高校となるとパートナー次第で通えないΩもいる。大学となると通えるΩはますます少なくなってしまう。
「光流君は中学、私立だよね」
「うん、静流君と同じところ」
「そのまま進学する?」
「そのつもり」
「大学は?」
「まだそこまでは考えてないかな」
言いながら護君のことを考える。
このまま何事もなければ護君は僕の婚約者となり、父や母と同じだとすると高校卒業後に結婚して番となるだろう。だけど、それを考えた時に〈何かが違う〉と違和感を感じてしまった。護君に不満があるわけではない。護君が婚約者になる事も、将来的に結婚をして番となることも嬉しく思っている。
だけど、何故か感じる違和感。
その後も会話は続くものの、違和感が消えないまま過ごし、気づけば帰宅の時間となっていた。
「少し寄り道して帰るか?
何か食べて行こう」
父がそう言ったのは僕が自由に外出できないことと、賢志と護君がプールに行ったことに拗ねてたことを知っているからだろう。
今日の集まりは立食形式だったため、話すことを優先するとどうしても食べそびれてしまう。結果、現時点で少しだけお腹が空いているのは静流君も一緒だろう。
「食べたいものはあるか?」
そう聞かれても答える事ができないのはそれだけ僕が〈自分で決める〉という事をしていなかったせいだろう。
「ちゃんとしたコースのとこじゃなくて軽いランチがいい。
デザートも欲しいかな」
そんな風に静流君が答えるけれど、僕たちの服装を考えるとあまりカジュアルな店では浮いてしまうため、形式張らないけれど隠れ家的な店を選ぶ。母とデートの時に使うというその店は居心地の良いお店で、父と顔馴染みなため短く言葉を交わしただけで要望が伝わったようだった。
席に着くと今日は誰とどんな話をしたか、新しく誰かと知り合ったのか等、取り止めのない話をしている間に食事が運ばれてくる。
大きめのプレートに少しずつのせられた様々な料理が色鮮やかで食欲をそそる。父の指示で量を調整してくれたのだろう、僕のプレートは他と比べ明らかに少ない。食の細い僕にはそれでも多く見えるけれど、一品一品をごく少量にしてくれているため頑張る事なく完食する事ができた。
「光流、珍しく全部食べられたね」
静流君の言葉に父も嬉しそうな顔を見せる。僕の食の細さは向井さんの悩みの一つであるため完食した僕を褒めてくれるけれど、正直気恥ずかしい。
「お腹空いてたみたい」
そして照れ隠しで言ったその言葉に父が破顔する。
「もっと頼むか?」
「それは無理」
そんなやり取りを見て静流君は苦笑いだ。
「ところで光流、今日誰かと話してて何か言われた?」
「何で?」
突然の言葉に驚く。
嫌な事は言われていないし、嫌な気分になってもいない。それでも静流君がそう言うからには何か訳があるのだろう。
「気のせいなら良いけど、何か悩んでるような、腑に落ちないような顔してたから」
そう言われて今日話した内容を振り返り、考えた末に思い当たったのは進学の話だった。
「学校の話をして高校までは当然行くけど、大学はどうするのかって話になって、まだ分からないねって言ってから何だかもどかしい様な、何かが違うような気分になったからかな?」
その時の気持ちを思い出しながら、拙い言葉でその時の気持ちを伝えようとするけれど、うまく伝わったかどうか不安になる。
「光流はどうしたい?」
父の言葉に少し考える。
「それは、僕が選んで良いの?」
「何で?」
そう聞いたのは静流君だ。
「Ωだから?」
伝えたい事はたくさんあるのに要約するとその一言になってしまった。
「光流がやりたい事があるのなら好きにすれば良い。高校を卒業して、母さんのように家にいることを選択しても良いし、茉希みたいに自由に外に出ても良い。まぁ、パートナー次第な部分もあるけれど、光流の意思を尊重しないパートナーは認めない」
「それは、護君次第ってこと?」
「護は光流の言う事ならなんでも叶えてくれるんじゃない?」
「だろうな」
父と静流君には護君はそんな風に見えているのかと不思議な感じがする。少し意地悪だけど僕に甘い静流君と違い、僕の行動でおかしいと思う事があれば注意してくれる護君は僕にとって絶対だからそんな風に見えるのかと意外でもある。
「じゃあ、僕が大学に行きたいって言ったら行ける?」
「オレと一緒の大学なら安心だけど、光流入れる?」
「頑張るもん!」
ニヤニヤと笑う静流君にそう言ったタイミングでデザートが運ばれてくる。
小さな器に入ったジェラートでもアイスでもないそれは、生クリームのようにも見えるけれど生クリームにしては量が多く、果物が添えられている。
器を持つと思った以上に冷たくて、興味を持ってスプーンで口に運ぶ。
「これ、アイス?」
「ソフトクリーム」
同じようにスプーンで口に運びながら静流君が教えてくれる。父は食後のコーヒーを楽しみながらそんな僕たちを見ている。
「コンビニとか行くと売ってるけど光流、コンビニ行かないもんね。専用の機械無いと作れないし」
そう言って教えてくれる。家でアイスを食べる事はあるけれど、コンビニに行くことのない僕には未知の食べ物で、初めて食べたソフトクリームは僕の中では〈普段は食べられないもの〉という位置付けとなりそのまま記憶の引き出しの奥に仕舞われることになる。
「ソフトクリームが食べたいからコンビニに連れて行って」と言える性格ならば僕の毎日は少しは違ったのだろうか?
食事を終えて帰宅した後は夕飯までは思い思いに過ごす。向井さんには食事をしてきたことを伝え、夕飯は僕だけ減らしてもらえるようにお願いした。
賢志は夜に備えて昼寝をしているそうで、護君はプールの後は家送り届けたと教えられる。自分の将来の事を話した直後に護君に会うと変に意識してしまいそうだったから丁度いい。
眠くなる前にたくさん話したいからと夕飯の後はすぐにお風呂に入り、向井さんにお願いして和室に布団を用意してもらう。来客用の布団だけど、今日は特別だ。
日常とは違う空間に興奮気味な僕と賢志とは違い、和室に本を持ち込んだ静流君は「オレがいるから好きにして良いよ」と他人事だけど、それでも僕たちの話に時折入って相手をしてくれる。
「賢志は高校からこっちに来る?」
何の話からだったのか、昼間の出来事を思い出して聞いた僕に賢志は「高校は地元」とあっさり答える。
「大学はこっちに来るけど、高校までは親元にいて欲しいって言われてるし」
将来的にこちらで就職する事を考えると少しでも手元に置いておきたい叔母夫婦の願いなのだろう。
「大学はこっちに来るし、どうせなら静兄の手伝いしたいし。祖父ちゃんも喜ぶだろうし」
周りの気持ちを尊重し、その上で自分の進路を考えている賢志に驚く。同い年なのに、Ωだからと周りに流されるままに過ごそうとしていた僕と大違いだ。
大学に行きたいと思ったものの、何をしに大学に通うのかが分かっていない僕は、少し考えて賢志に聞いてみる。
「僕も大学行けるかな?」
「行けるかなじゃなくて行きたいなら勉強すれば良いんじゃない?
光流、成績悪く無いでしょ?」
「このまま頑張れば大丈夫だと思うよ?」
静流君も頷いてくれる。
「みんなで同じとこ行ける?」
「それも楽しそうだね」
そんな風に将来を少しずつ考えるようになり、パートナーを支えるために勉強をしたいと強く願うようになるのはもう少し先の話。
大学に進学する頃にはこの時に漠然と思い描いた未来とは全く違っていたけれど、進学した事で僕の未来は大きく変わっていくことになる。
この、大学に進学を決めようと決めた時の僕の気持ちが芽生えた時に護君に素直に伝え、互いの気持ちを確認し合っていたらもしかしたら今とは違う未来があったのかもしれない。
だけどそれは〈たられば〉の話で、事が起こってから思っても仕方のない事だからこの事を、この時の想いを忘れる事なく教訓にして前を向いていくしか無いんだ。
忘れられない思い出、それはソフトクリームと3人で過ごした和室での夜。
今はソフトクリームを食べたいと伝えることのできる相手がいるけれど、3人で和室で過ごす事はできない。
だけど、今の僕は自分の気持ちを伝える術を知った。忘れられない思い出は、いつしかまた記憶の引き出しの奥へと仕舞われ新しい思い出が積み重なっていくのだろう。
忘れられない思い出、忘れたい思い出、忘れたく無い思い出。
僕はこれからも、思い出を積み重ねていくのだろう。
僕がまだ護君を一途に思っていた頃。
護君もきっと、僕を一途に思っていてくれた頃。
ヒートが来る前の、まだ何も知らず、まだすれ違っていなかった頃。
あの頃の僕にもう少し伝える術があれば僕たちは今も笑っていられたのかもしれない。
僕がいて、護君がいて、静流君がいて、賢志がいて。4人で過ごす夏は、毎年とても楽しいものだった。
毎年、お盆の前後10日程をこちらで過ごす賢志は当然だけど護君とも面識があり、皮肉屋なところもある静流君に比べて〈お兄ちゃん感〉の強い護君は賢志の憧れでもあった。
「今日は護兄、来ないの?」
「…知らない」
護君が来ると何かと構ってもらおうとするため、僕が賢志と過ごす時間が減るのが面白くなくて〈来る〉と知っていても知らないふりをしてしまう。
1年を通して会える日が限られている同い年の従兄弟なのに、僕と過ごすよりも護君と過ごすことを選ぼうとする賢志を見て護君にヤキモチを妬いていたのだ。
4人で過ごすのは楽しいのだけれど、賢志と護君が仲良くするのも嬉しいけれど、だけどそれは僕のいない時だけにして欲しいと、そんな僕の幼い独占欲。
自分の家族よりも一足先にこちらに来て、自分の家族が帰ってもこちらに残る賢志は盆と正月の時期にしか一緒に過ごせないからこちらに来る事自体は大歓迎なのだけど、護君と仲が良すぎる事が少しだけ面白くない。
今ならば静流君とはその立場故に一線を引いてしまっていた事、僕とは〈婚約者〉としてふさわしい振る舞いを取ろうとしていた事で、賢志との交流は唯一気の休まるものだったの察することもできるし、将来的に静流君をサポートする立場になるだろう賢志と交流を図ることも大切な事だったのだと理解できるのだけど、当時の僕はそういったことに疎かったため賢志がいる間は護君は来なくて良いのにと、時折思ってしまうほどだった。
「明日は護兄と出かけてくるから」
その日も何も考えてない様子の賢志の言葉にイラッとしたことを覚えている。
あれは僕と護はまだ小学生で、護君と静流君は中学生だった頃のことだ。
「どこに行くの?」
「プール」
「僕は?」
「光流は日焼けすると痛くなるだろ?
市民プールは日焼け止め禁止だから光流は無理」
僕がΩだからと言われることをよく思っていないことを知っている賢志はそんな風に気遣ってくれるけれど、だからと言って「行ってらっしゃい」と素直に言う事ができない。
僕だって賢志と遊びたいのに、そんな風に拗ねたくなってしまう。
「光流は明日、オレと出かける用事があるでしょ?」
静流君が賢志に助け船を出すけれど、それすら面白くない。
「家に残る賢志の事を気遣って護が誘ったんだろ?」
更に続けられた言葉に面白くない気持ちがますます大きくなる。
まだ正式に護君とパートナーになっていなかったため、その日は静流君と共に父に連れられて出席しなければいけない集まりがあったのだ。
社交とは違い、年若いαやΩが集まるそれは保護者同伴でないと出席できず、また一定の制約があるため護君が出席する事はできない。護君が正式に僕のパートナーとなれば出席できるものの、まだ時期尚早だ。
「だったら祖父ちゃんとこに行けば良いのに」
賢志がこちらに泊まる事を淋しく思っている祖父の名前を出してみるけれど、賢志にも静流君にも苦笑いされてしまう。2人とも、普段は賢志と離れたくなくて祖父宅に行くのを阻止する僕を知っているから呆れているのだろう。
「僕だって賢志と遊びに行きたいのに…」
2人の苦笑いが居た堪れなくて、仕方なく素直に伝える。
「知ってるよ」
賢志は怒る事なく笑ってくれるけど、恥ずかしくて目を合わせる事ができない。
「光流、光流」
そんな僕たちを見て静流君が僕を呼ぶ。静流君は少し悪い顔をしているため、何を言われるのかとドキドキしてしまう。
「明日の夜はさ、3人で寝ようか?」
プールに行くことのできない僕に静流君がしてくれた提案。
僕と賢志の2人で出かける事は無理で、静流君と3人ではいつもと変わらない。僕と賢志が2人で寝るのは低学年までで止められてしまったため静流君なりの妥協点なのだろう。
「オレが一緒なら父さんも母さんも許してくれるだろうし」
「本当に⁈」
さっきまで拗ねていた事を忘れて喜んでしまう。小さい頃は当たり前だった事が、自由だった事が、当たり前ではなくなり不自由になっていく。仕方がないと頭では分かっていても納得しているわけではない。
そんな僕の気持ちを1番分かってくれているのはきっと静流君だろう。
「じゃあ、賢志は明日はしゃぎ過ぎないように」
「了解」
こんな時の静流君は最強だ。
賢志の自由を確保し、僕の機嫌を取って、僕の気持ちを上向きにしてくれる。
「光流はオレとだからね」
「了解です」
僕も賢志も、静流君には一生敵わないのだろう、きっと。
翌日は護君と賢志の送迎は父の秘書にお願いし、僕達は父の運転での外出となった。
集まりでは常に静流君の隣で過ごし、顔見知りのΩの子がいたため夏休みの過ごし方について話をする。
「αの子もβの子も楽しそうだよね」
「今日、僕の親戚は市民プールだって」
「α?」
「βだけど年上のαと2人で」
「羨ましいね」
「だよね」
やっぱり思う事は同じらしい。
「Ωは自由が少ないよね」
「うん。
でもさ、今夜は親戚と静流君と3人で寝るんだ」
「そうなの⁈」
「うん。
本当はもう一緒に寝ちゃダメって言われてるんだけど、静流君が一緒なら良いって」
「静流さん、優しいよね」
「時々意地悪だけどね」
そんな事を言いながらも嬉しくて顔が綻んでしまう。
「ヒートが始まるともっと自由が無くなるんだよね」
「…そうだね」
ヒートという言葉に嬉しかった気持ちが萎んでしまう。小学生でも高学年になれば性差も理解するし、Ωである僕たちはこれから先のことを当然考えるようになっていく。
中学までは義務教育だけど、高校となるとパートナー次第で通えないΩもいる。大学となると通えるΩはますます少なくなってしまう。
「光流君は中学、私立だよね」
「うん、静流君と同じところ」
「そのまま進学する?」
「そのつもり」
「大学は?」
「まだそこまでは考えてないかな」
言いながら護君のことを考える。
このまま何事もなければ護君は僕の婚約者となり、父や母と同じだとすると高校卒業後に結婚して番となるだろう。だけど、それを考えた時に〈何かが違う〉と違和感を感じてしまった。護君に不満があるわけではない。護君が婚約者になる事も、将来的に結婚をして番となることも嬉しく思っている。
だけど、何故か感じる違和感。
その後も会話は続くものの、違和感が消えないまま過ごし、気づけば帰宅の時間となっていた。
「少し寄り道して帰るか?
何か食べて行こう」
父がそう言ったのは僕が自由に外出できないことと、賢志と護君がプールに行ったことに拗ねてたことを知っているからだろう。
今日の集まりは立食形式だったため、話すことを優先するとどうしても食べそびれてしまう。結果、現時点で少しだけお腹が空いているのは静流君も一緒だろう。
「食べたいものはあるか?」
そう聞かれても答える事ができないのはそれだけ僕が〈自分で決める〉という事をしていなかったせいだろう。
「ちゃんとしたコースのとこじゃなくて軽いランチがいい。
デザートも欲しいかな」
そんな風に静流君が答えるけれど、僕たちの服装を考えるとあまりカジュアルな店では浮いてしまうため、形式張らないけれど隠れ家的な店を選ぶ。母とデートの時に使うというその店は居心地の良いお店で、父と顔馴染みなため短く言葉を交わしただけで要望が伝わったようだった。
席に着くと今日は誰とどんな話をしたか、新しく誰かと知り合ったのか等、取り止めのない話をしている間に食事が運ばれてくる。
大きめのプレートに少しずつのせられた様々な料理が色鮮やかで食欲をそそる。父の指示で量を調整してくれたのだろう、僕のプレートは他と比べ明らかに少ない。食の細い僕にはそれでも多く見えるけれど、一品一品をごく少量にしてくれているため頑張る事なく完食する事ができた。
「光流、珍しく全部食べられたね」
静流君の言葉に父も嬉しそうな顔を見せる。僕の食の細さは向井さんの悩みの一つであるため完食した僕を褒めてくれるけれど、正直気恥ずかしい。
「お腹空いてたみたい」
そして照れ隠しで言ったその言葉に父が破顔する。
「もっと頼むか?」
「それは無理」
そんなやり取りを見て静流君は苦笑いだ。
「ところで光流、今日誰かと話してて何か言われた?」
「何で?」
突然の言葉に驚く。
嫌な事は言われていないし、嫌な気分になってもいない。それでも静流君がそう言うからには何か訳があるのだろう。
「気のせいなら良いけど、何か悩んでるような、腑に落ちないような顔してたから」
そう言われて今日話した内容を振り返り、考えた末に思い当たったのは進学の話だった。
「学校の話をして高校までは当然行くけど、大学はどうするのかって話になって、まだ分からないねって言ってから何だかもどかしい様な、何かが違うような気分になったからかな?」
その時の気持ちを思い出しながら、拙い言葉でその時の気持ちを伝えようとするけれど、うまく伝わったかどうか不安になる。
「光流はどうしたい?」
父の言葉に少し考える。
「それは、僕が選んで良いの?」
「何で?」
そう聞いたのは静流君だ。
「Ωだから?」
伝えたい事はたくさんあるのに要約するとその一言になってしまった。
「光流がやりたい事があるのなら好きにすれば良い。高校を卒業して、母さんのように家にいることを選択しても良いし、茉希みたいに自由に外に出ても良い。まぁ、パートナー次第な部分もあるけれど、光流の意思を尊重しないパートナーは認めない」
「それは、護君次第ってこと?」
「護は光流の言う事ならなんでも叶えてくれるんじゃない?」
「だろうな」
父と静流君には護君はそんな風に見えているのかと不思議な感じがする。少し意地悪だけど僕に甘い静流君と違い、僕の行動でおかしいと思う事があれば注意してくれる護君は僕にとって絶対だからそんな風に見えるのかと意外でもある。
「じゃあ、僕が大学に行きたいって言ったら行ける?」
「オレと一緒の大学なら安心だけど、光流入れる?」
「頑張るもん!」
ニヤニヤと笑う静流君にそう言ったタイミングでデザートが運ばれてくる。
小さな器に入ったジェラートでもアイスでもないそれは、生クリームのようにも見えるけれど生クリームにしては量が多く、果物が添えられている。
器を持つと思った以上に冷たくて、興味を持ってスプーンで口に運ぶ。
「これ、アイス?」
「ソフトクリーム」
同じようにスプーンで口に運びながら静流君が教えてくれる。父は食後のコーヒーを楽しみながらそんな僕たちを見ている。
「コンビニとか行くと売ってるけど光流、コンビニ行かないもんね。専用の機械無いと作れないし」
そう言って教えてくれる。家でアイスを食べる事はあるけれど、コンビニに行くことのない僕には未知の食べ物で、初めて食べたソフトクリームは僕の中では〈普段は食べられないもの〉という位置付けとなりそのまま記憶の引き出しの奥に仕舞われることになる。
「ソフトクリームが食べたいからコンビニに連れて行って」と言える性格ならば僕の毎日は少しは違ったのだろうか?
食事を終えて帰宅した後は夕飯までは思い思いに過ごす。向井さんには食事をしてきたことを伝え、夕飯は僕だけ減らしてもらえるようにお願いした。
賢志は夜に備えて昼寝をしているそうで、護君はプールの後は家送り届けたと教えられる。自分の将来の事を話した直後に護君に会うと変に意識してしまいそうだったから丁度いい。
眠くなる前にたくさん話したいからと夕飯の後はすぐにお風呂に入り、向井さんにお願いして和室に布団を用意してもらう。来客用の布団だけど、今日は特別だ。
日常とは違う空間に興奮気味な僕と賢志とは違い、和室に本を持ち込んだ静流君は「オレがいるから好きにして良いよ」と他人事だけど、それでも僕たちの話に時折入って相手をしてくれる。
「賢志は高校からこっちに来る?」
何の話からだったのか、昼間の出来事を思い出して聞いた僕に賢志は「高校は地元」とあっさり答える。
「大学はこっちに来るけど、高校までは親元にいて欲しいって言われてるし」
将来的にこちらで就職する事を考えると少しでも手元に置いておきたい叔母夫婦の願いなのだろう。
「大学はこっちに来るし、どうせなら静兄の手伝いしたいし。祖父ちゃんも喜ぶだろうし」
周りの気持ちを尊重し、その上で自分の進路を考えている賢志に驚く。同い年なのに、Ωだからと周りに流されるままに過ごそうとしていた僕と大違いだ。
大学に行きたいと思ったものの、何をしに大学に通うのかが分かっていない僕は、少し考えて賢志に聞いてみる。
「僕も大学行けるかな?」
「行けるかなじゃなくて行きたいなら勉強すれば良いんじゃない?
光流、成績悪く無いでしょ?」
「このまま頑張れば大丈夫だと思うよ?」
静流君も頷いてくれる。
「みんなで同じとこ行ける?」
「それも楽しそうだね」
そんな風に将来を少しずつ考えるようになり、パートナーを支えるために勉強をしたいと強く願うようになるのはもう少し先の話。
大学に進学する頃にはこの時に漠然と思い描いた未来とは全く違っていたけれど、進学した事で僕の未来は大きく変わっていくことになる。
この、大学に進学を決めようと決めた時の僕の気持ちが芽生えた時に護君に素直に伝え、互いの気持ちを確認し合っていたらもしかしたら今とは違う未来があったのかもしれない。
だけどそれは〈たられば〉の話で、事が起こってから思っても仕方のない事だからこの事を、この時の想いを忘れる事なく教訓にして前を向いていくしか無いんだ。
忘れられない思い出、それはソフトクリームと3人で過ごした和室での夜。
今はソフトクリームを食べたいと伝えることのできる相手がいるけれど、3人で和室で過ごす事はできない。
だけど、今の僕は自分の気持ちを伝える術を知った。忘れられない思い出は、いつしかまた記憶の引き出しの奥へと仕舞われ新しい思い出が積み重なっていくのだろう。
忘れられない思い出、忘れたい思い出、忘れたく無い思い出。
僕はこれからも、思い出を積み重ねていくのだろう。
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