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後編
闇に光に 1
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伯爵は、あの広場でのことを思い出している。
夕食後、散歩に誘い、訊いてみようかとも考えていた。
眠りについた理由を、なぜ訊いてきたのか。
少しは親しくなったと捉えていいものなのかが、気になっている。
心の距離が縮まったからファニーも訊き易くなったのかもしれない。
そう思う反面、自分に都合の良い解釈をしているだけとも思ってしまうのだ。
なにしろファニーは必要以上に甘えてはこない。
人のためなら頼み事もするのに、ファニー自身のこととなると遠慮する。
欲しい物はないかと尋ねても、きょとんとするほどに「ねだる」ことを知らない。
欲がないからなのか、距離を取ろうとしているからなのか、判断できずにいた。
だが、あの問いには、何か意味がある。
彼女にしては、踏み込んだ質問だったからだ。
史実やエルマーたちが語り得なかったことを、ファニーは知りたがった。
それがどんな内容だろうが、興味を持たれるのは嬉しい。
───もっと訊いてくれてもよかったのだが……不愉快に感じたのだろうか。
ファニーは、ルルーナのことや皇后となった経緯については訊いてこなかった。
そのため、自分からベラベラと話すのもどうかと思い、それきりになっている。
問われれば、答えることに躊躇いはない。
伯爵は、スラノの紹介でルルーナと婚約した。
そのルルーナが持ってきた紅茶が「病」の元だった。
伯爵の「病」は病気ではなく、毒によるものだった。
そして、そもそもルルーナはスラノと恋仲だった。
それらを知ったのは、伯爵が3年もの間、病に苦しんだあとのことだ。
全身を痛みが襲い、立ち上がることもできず、のたうち回っていた日々。
スラノが友であり、ルルーナが婚約者だと信じていたからこそ、長く気づくことができずにいた。
病に臥せって以降、彼らが「見舞い」に来たのは1度だけ。
伯爵が「まだ生きている」のを確認しに来たのだと悟ると同時に、2人の思惑も知った。
事実を知った時、伯爵は絶望と怨嗟の念に囚われたのだ。
苦痛に眠ることもできない夜に朝に、自分が何をした、と2人に問うた。
けれど、2人は2度と伯爵の元を訪れることはなく、答えは訊けずじまい。
リセリアのために尽くし、与えられたのは、裏切りと苦痛。
そのまま伯爵は闇にのまれている。
───本当に、お前は稀代の臆病者だ、スラノ。
皇帝という冠を頭にのせても、スラノは安心できなかったのだろう。
いつか伯爵が、その冠を奪いに来ると不安だったに違いない。
───法の番人に裁かれる罪人になる予感があったのだろうよ。
だから、裁かれる前に裁く者を排除した。
スラノの「理想の国家」に、法の番人は不要だったのだ。
戦のやり口と同じで、スラノは、けして自らの手を汚さない。
ルルーナもスラノに「その気」にさせられたに過ぎないのだろう。
初代皇帝には、8人もの側室がいたという。
それをルルーナがどう思ったかは知らないが、愛のなさには気づいていたはずだ。
が、伯爵にとっては、最早、どうでもいいことだった。
スラノもルルーナも、もういない。
目覚めた日、カーリーとした会話を覚えている。
いない相手に報復する気はないと言った。
モディリヤの血を絶やすことも、リセリアの息の根を止めることも、伯爵には容易いことだが、そんなことはどうでもよくなっていたのだ。
───ファニー、私の愛しい羊……彼女との日々が守れさえすればいい。
伯爵の心には、それしかなかった。
なのに、どうにも周辺が騒がしくなってきている。
たかだか「伯爵」が目覚めた程度で慌てふためく連中には、うんざりだ。
(伯爵様、男爵領から3分の1ほどの領民が他領地に移動いたしました)
(エティカのところに、皇女が無事に辿り着いたのだな)
(仰り通りにございます。その報せが貴族どもに入ったため、動き出したのでございましょう)
(私に支援要請を出す前に、ディエゴを始末する気か)
(騎士団が支援要請を出すはずがございませんので)
ファニーの救った命を無駄にはしたくない。
できれば、リーストンの娘だけは生かしておきたいと考えている。
とはいえ、オリヴィア・リーストンは、すでに複数の罪を犯していた。
無罪放免にはできないだろう。
───スラノの負の遺産のせいで、ファニーを落胆させることになるとはな。
もういない人物とはいえ、不愉快になる。
教育というのは、国の根幹を成すひとつの要素だ。
時間をかけることで、国家観さえも塗り替えられる。
逆に言えば、覆すにも時間がかかるだけに、厄介だった。
(男爵領に残った領民に被害は出させるなよ)
(心得てございます)
きっと男爵領周辺の貴族の兵が、領地侵害をしてくる。
そして、騎士団は動かない。
わかっていても、直接的に害されていない伯爵が動くことはできないのだ。
ディエゴも、実際に侵害されてからでなければ支援の要請はできない。
要請がかかれば、一瞬で事足りる。
それまで領民に被害を出さないことが重要だった。
彼らは男爵領に留まり、ディエゴの味方をしている。
されど、戦うすべを持たない無辜の民なのだ。
スラノの臆病風の犠牲にするわけにはいかない。
(伯爵様)
カーリーに呼びかけられたと同時だった。
コンコンというドアを叩く音が聞こえてくる。
夕食後、散歩に誘い、訊いてみようかとも考えていた。
眠りについた理由を、なぜ訊いてきたのか。
少しは親しくなったと捉えていいものなのかが、気になっている。
心の距離が縮まったからファニーも訊き易くなったのかもしれない。
そう思う反面、自分に都合の良い解釈をしているだけとも思ってしまうのだ。
なにしろファニーは必要以上に甘えてはこない。
人のためなら頼み事もするのに、ファニー自身のこととなると遠慮する。
欲しい物はないかと尋ねても、きょとんとするほどに「ねだる」ことを知らない。
欲がないからなのか、距離を取ろうとしているからなのか、判断できずにいた。
だが、あの問いには、何か意味がある。
彼女にしては、踏み込んだ質問だったからだ。
史実やエルマーたちが語り得なかったことを、ファニーは知りたがった。
それがどんな内容だろうが、興味を持たれるのは嬉しい。
───もっと訊いてくれてもよかったのだが……不愉快に感じたのだろうか。
ファニーは、ルルーナのことや皇后となった経緯については訊いてこなかった。
そのため、自分からベラベラと話すのもどうかと思い、それきりになっている。
問われれば、答えることに躊躇いはない。
伯爵は、スラノの紹介でルルーナと婚約した。
そのルルーナが持ってきた紅茶が「病」の元だった。
伯爵の「病」は病気ではなく、毒によるものだった。
そして、そもそもルルーナはスラノと恋仲だった。
それらを知ったのは、伯爵が3年もの間、病に苦しんだあとのことだ。
全身を痛みが襲い、立ち上がることもできず、のたうち回っていた日々。
スラノが友であり、ルルーナが婚約者だと信じていたからこそ、長く気づくことができずにいた。
病に臥せって以降、彼らが「見舞い」に来たのは1度だけ。
伯爵が「まだ生きている」のを確認しに来たのだと悟ると同時に、2人の思惑も知った。
事実を知った時、伯爵は絶望と怨嗟の念に囚われたのだ。
苦痛に眠ることもできない夜に朝に、自分が何をした、と2人に問うた。
けれど、2人は2度と伯爵の元を訪れることはなく、答えは訊けずじまい。
リセリアのために尽くし、与えられたのは、裏切りと苦痛。
そのまま伯爵は闇にのまれている。
───本当に、お前は稀代の臆病者だ、スラノ。
皇帝という冠を頭にのせても、スラノは安心できなかったのだろう。
いつか伯爵が、その冠を奪いに来ると不安だったに違いない。
───法の番人に裁かれる罪人になる予感があったのだろうよ。
だから、裁かれる前に裁く者を排除した。
スラノの「理想の国家」に、法の番人は不要だったのだ。
戦のやり口と同じで、スラノは、けして自らの手を汚さない。
ルルーナもスラノに「その気」にさせられたに過ぎないのだろう。
初代皇帝には、8人もの側室がいたという。
それをルルーナがどう思ったかは知らないが、愛のなさには気づいていたはずだ。
が、伯爵にとっては、最早、どうでもいいことだった。
スラノもルルーナも、もういない。
目覚めた日、カーリーとした会話を覚えている。
いない相手に報復する気はないと言った。
モディリヤの血を絶やすことも、リセリアの息の根を止めることも、伯爵には容易いことだが、そんなことはどうでもよくなっていたのだ。
───ファニー、私の愛しい羊……彼女との日々が守れさえすればいい。
伯爵の心には、それしかなかった。
なのに、どうにも周辺が騒がしくなってきている。
たかだか「伯爵」が目覚めた程度で慌てふためく連中には、うんざりだ。
(伯爵様、男爵領から3分の1ほどの領民が他領地に移動いたしました)
(エティカのところに、皇女が無事に辿り着いたのだな)
(仰り通りにございます。その報せが貴族どもに入ったため、動き出したのでございましょう)
(私に支援要請を出す前に、ディエゴを始末する気か)
(騎士団が支援要請を出すはずがございませんので)
ファニーの救った命を無駄にはしたくない。
できれば、リーストンの娘だけは生かしておきたいと考えている。
とはいえ、オリヴィア・リーストンは、すでに複数の罪を犯していた。
無罪放免にはできないだろう。
───スラノの負の遺産のせいで、ファニーを落胆させることになるとはな。
もういない人物とはいえ、不愉快になる。
教育というのは、国の根幹を成すひとつの要素だ。
時間をかけることで、国家観さえも塗り替えられる。
逆に言えば、覆すにも時間がかかるだけに、厄介だった。
(男爵領に残った領民に被害は出させるなよ)
(心得てございます)
きっと男爵領周辺の貴族の兵が、領地侵害をしてくる。
そして、騎士団は動かない。
わかっていても、直接的に害されていない伯爵が動くことはできないのだ。
ディエゴも、実際に侵害されてからでなければ支援の要請はできない。
要請がかかれば、一瞬で事足りる。
それまで領民に被害を出さないことが重要だった。
彼らは男爵領に留まり、ディエゴの味方をしている。
されど、戦うすべを持たない無辜の民なのだ。
スラノの臆病風の犠牲にするわけにはいかない。
(伯爵様)
カーリーに呼びかけられたと同時だった。
コンコンというドアを叩く音が聞こえてくる。
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