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後編
海辺に理性に 3
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ファルコが名を覚えている「葉」は少ない。
枝葉は多く、「枝」だけでも大変なのに「葉」までとなると手に余る。
ファルコは古い「枝」で能力もあるが、必要なことにしか記憶を割り当てないことにしていた。
肝心なことを押さえてさえいればいい。
そんな調子なので、ムスタファからは「大雑把」だと思われている。
多くの「葉」が、自分とムスタファを、ごっちゃにしているのを、ムスタファは知らないのだ。
ファルコが金髪、ムスタファは暗い灰色と髪の色は違っても、瞳の色は同じ黒。
体はムスタファのほうが、少し背が高く大柄。
とはいえ、雰囲気や思考の方向は似ていて、口調も声質も大差ない。
見た目はともあれ、ごっちゃになってもしかたがないと、ファルコは思う。
なにより「葉」のほとんどは、自分たちの姿を見たことがないのだから。
直接、会わずとも意思疎通が可能なため、会う必要性がないからだ。
伯爵が目覚める前、ファニーを見守っていた時も、互いの姿を目にしてはいない。
枝葉は、周囲の風景に自らを溶け込ませることができる。
むしろファニーに気づかれないよう、姿を隠していた。
(ミナイ、騎士団はどうだ?)
(ずっとオリヴィアを煽っているみたい)
ナタリーがリセリアから離れているので、ミナイとのやりとりをファルコが引き継いでいる。
ミナイは、ファルコが名を覚えている数少ない「葉」の内の1人だ。
情報収集に長けているからか、大勢の枝葉がミナイに話しかけるので、自然と覚えてしまった。
(全員か?)
(ほとんどはね。関わらないようにしているのは5人くらいらしいよ)
(リーストンと元カーズデンの騎士、合わせて168人もいるのにか)
(カーズデン側は、ディエゴを嫌ってるんだってさ)
ディエゴもまた、ファルコが名を覚えている「葉」だが、ミナイとは違う。
ディエゴは「葉」の中でも、特別に目立つ存在だった。
生じた時から、ついつい気にかけてしまっているし、どんななにをしようと許してしまう。
ディエゴを嫌っていると聞くだけで、イラっとするほどだった。
カーズデン男爵家を粛清された恨みがあるのだとしても、今の彼らの主はディエゴ・ガルチェナだ。
にもかかわらず、従うべき主に従わないどころか、牙を剥こうとしている。
(今からでも粛清してやりたくなるな)
(ファルコ、それは、お前がすべきことじゃないだろう)
ナタリーの代わりに、牧場の守護をしているムスタファが口を挟んできた。
言われなくとも、ファルコにだって、そのくらいはわかっている。
(あいつらがやらかしそうだっていうのは、お前もわかっているはずだぞ)
(やらかすまでは放置でいい。何事にも名分が必要だ)
それだって、わかっていた。
だから、あまり不愉快になり過ぎないようにしているのだ。
ファルコの「不愉快」が過ぎると、カーリーを通じて伯爵に伝わる。
伯爵とファニーの旅行を邪魔する気はなかった。
(ファルコ)
(どうした、ミナイ)
ファルコが意識を遠ざけていない間は「葉」からも呼びかけることができる。
物理的な距離とは無関係に、「枝」は「葉」に自分を認識の範囲に置くかどうかを決められるのだ。
ただし、個別に操作はできないため、この会話は枝葉のすべてに伝わっている。
(オリヴィアは伯爵様に助けてもらったのに、なぜ反抗的な態度をとるの?)
(首都かぶれだからだな。あの女は、領地を守るために騎士団があるって自覚がない。騎士は皇帝陛下のための存在だと思ってるんだ)
リーストン騎士団の中には、スラノ、つまり皇家の監視役が紛れ込んでいる。
元々、首都で教育を受けたオリヴィアを唆すのは、たいして難しいことではない。
キルテス伯爵が皇家にとって、ひいては帝国にとって危険だと思い込まされているのだろう。
(おかしな話だね。大半の領民は、ディエゴのやり方に満足しているのにさ)
(人は俺たちとは違うんだ、ミナイ。同じ土壌から生まれても、別の目的を持って動く。俺たちのように、同じ目的の上に成り立ってる共同体じゃないんだよ)
枝葉にも個性はあるが、目的は統一されている。
みんなが別々の方向を見て動いている人間とは違うのだ。
枝葉同士でも、憎まれ口を叩くことはある。
だが、殺し合いはしない。
(人は戦争をする。俺たちはしない。なぜだと思う?)
(伯爵様の命令がないから?)
(それもある。けど、いいか、ミナイ)
ファルコは少しだけ躊躇った。
ミナイたち「葉」には命の期限がある。
本人たちも知っている。
なので、あえて言うのは残酷かもしれないと感じたのだ。
(俺たちは、伯爵様の役に立つために存在している。伯爵様のために生きている。だから、殺されちゃいけないんだ)
(それは、命が尽きるまでってことになるね)
(そうだ。命が尽きるのはしかたがないとしても、伯爵様の望まない戦争なんかで殺されるのは駄目ってことだな)
納得したのか、ミナイが黙る。
ほかの「葉」にも承知させておきたかったからだろう、ムスタファも口を挟んではこなかった。
ファルコは意識を遠ざけ、「葉」との距離を取る。
その上で、ムスタファに声をかけた。
(ゼビロスとの不干渉が成立したら、リセリアは伯爵領を狙うんだろ?)
(恩知らずな連中だ。間違いなく、そうなるだろう)
(ミナイには分かったように言ったが、実は俺もよくわかっていないんだ。連中、なんだって人間同士で殺し合うのかね)
(肌の色が違うというだけで騒ぎ立てる連中だからだ)
なるほど、と思う。
人間は、自分と異なる因子を嫌う傾向にあるようだった。
枝葉が、肌の色がどうこうと騒げば、カーリーに即切り捨てられるはずだ。
まったく同じ外見のものなどいないのだから、こだわる理由がない。
(つまらないことにこだわる奴ほど、我が身を振り返らない。スラノのようにな)
ムスタファのそっけない言いように、ファルコは納得してうなずいた。
枝葉は多く、「枝」だけでも大変なのに「葉」までとなると手に余る。
ファルコは古い「枝」で能力もあるが、必要なことにしか記憶を割り当てないことにしていた。
肝心なことを押さえてさえいればいい。
そんな調子なので、ムスタファからは「大雑把」だと思われている。
多くの「葉」が、自分とムスタファを、ごっちゃにしているのを、ムスタファは知らないのだ。
ファルコが金髪、ムスタファは暗い灰色と髪の色は違っても、瞳の色は同じ黒。
体はムスタファのほうが、少し背が高く大柄。
とはいえ、雰囲気や思考の方向は似ていて、口調も声質も大差ない。
見た目はともあれ、ごっちゃになってもしかたがないと、ファルコは思う。
なにより「葉」のほとんどは、自分たちの姿を見たことがないのだから。
直接、会わずとも意思疎通が可能なため、会う必要性がないからだ。
伯爵が目覚める前、ファニーを見守っていた時も、互いの姿を目にしてはいない。
枝葉は、周囲の風景に自らを溶け込ませることができる。
むしろファニーに気づかれないよう、姿を隠していた。
(ミナイ、騎士団はどうだ?)
(ずっとオリヴィアを煽っているみたい)
ナタリーがリセリアから離れているので、ミナイとのやりとりをファルコが引き継いでいる。
ミナイは、ファルコが名を覚えている数少ない「葉」の内の1人だ。
情報収集に長けているからか、大勢の枝葉がミナイに話しかけるので、自然と覚えてしまった。
(全員か?)
(ほとんどはね。関わらないようにしているのは5人くらいらしいよ)
(リーストンと元カーズデンの騎士、合わせて168人もいるのにか)
(カーズデン側は、ディエゴを嫌ってるんだってさ)
ディエゴもまた、ファルコが名を覚えている「葉」だが、ミナイとは違う。
ディエゴは「葉」の中でも、特別に目立つ存在だった。
生じた時から、ついつい気にかけてしまっているし、どんななにをしようと許してしまう。
ディエゴを嫌っていると聞くだけで、イラっとするほどだった。
カーズデン男爵家を粛清された恨みがあるのだとしても、今の彼らの主はディエゴ・ガルチェナだ。
にもかかわらず、従うべき主に従わないどころか、牙を剥こうとしている。
(今からでも粛清してやりたくなるな)
(ファルコ、それは、お前がすべきことじゃないだろう)
ナタリーの代わりに、牧場の守護をしているムスタファが口を挟んできた。
言われなくとも、ファルコにだって、そのくらいはわかっている。
(あいつらがやらかしそうだっていうのは、お前もわかっているはずだぞ)
(やらかすまでは放置でいい。何事にも名分が必要だ)
それだって、わかっていた。
だから、あまり不愉快になり過ぎないようにしているのだ。
ファルコの「不愉快」が過ぎると、カーリーを通じて伯爵に伝わる。
伯爵とファニーの旅行を邪魔する気はなかった。
(ファルコ)
(どうした、ミナイ)
ファルコが意識を遠ざけていない間は「葉」からも呼びかけることができる。
物理的な距離とは無関係に、「枝」は「葉」に自分を認識の範囲に置くかどうかを決められるのだ。
ただし、個別に操作はできないため、この会話は枝葉のすべてに伝わっている。
(オリヴィアは伯爵様に助けてもらったのに、なぜ反抗的な態度をとるの?)
(首都かぶれだからだな。あの女は、領地を守るために騎士団があるって自覚がない。騎士は皇帝陛下のための存在だと思ってるんだ)
リーストン騎士団の中には、スラノ、つまり皇家の監視役が紛れ込んでいる。
元々、首都で教育を受けたオリヴィアを唆すのは、たいして難しいことではない。
キルテス伯爵が皇家にとって、ひいては帝国にとって危険だと思い込まされているのだろう。
(おかしな話だね。大半の領民は、ディエゴのやり方に満足しているのにさ)
(人は俺たちとは違うんだ、ミナイ。同じ土壌から生まれても、別の目的を持って動く。俺たちのように、同じ目的の上に成り立ってる共同体じゃないんだよ)
枝葉にも個性はあるが、目的は統一されている。
みんなが別々の方向を見て動いている人間とは違うのだ。
枝葉同士でも、憎まれ口を叩くことはある。
だが、殺し合いはしない。
(人は戦争をする。俺たちはしない。なぜだと思う?)
(伯爵様の命令がないから?)
(それもある。けど、いいか、ミナイ)
ファルコは少しだけ躊躇った。
ミナイたち「葉」には命の期限がある。
本人たちも知っている。
なので、あえて言うのは残酷かもしれないと感じたのだ。
(俺たちは、伯爵様の役に立つために存在している。伯爵様のために生きている。だから、殺されちゃいけないんだ)
(それは、命が尽きるまでってことになるね)
(そうだ。命が尽きるのはしかたがないとしても、伯爵様の望まない戦争なんかで殺されるのは駄目ってことだな)
納得したのか、ミナイが黙る。
ほかの「葉」にも承知させておきたかったからだろう、ムスタファも口を挟んではこなかった。
ファルコは意識を遠ざけ、「葉」との距離を取る。
その上で、ムスタファに声をかけた。
(ゼビロスとの不干渉が成立したら、リセリアは伯爵領を狙うんだろ?)
(恩知らずな連中だ。間違いなく、そうなるだろう)
(ミナイには分かったように言ったが、実は俺もよくわかっていないんだ。連中、なんだって人間同士で殺し合うのかね)
(肌の色が違うというだけで騒ぎ立てる連中だからだ)
なるほど、と思う。
人間は、自分と異なる因子を嫌う傾向にあるようだった。
枝葉が、肌の色がどうこうと騒げば、カーリーに即切り捨てられるはずだ。
まったく同じ外見のものなどいないのだから、こだわる理由がない。
(つまらないことにこだわる奴ほど、我が身を振り返らない。スラノのようにな)
ムスタファのそっけない言いように、ファルコは納得してうなずいた。
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