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後編
経緯に判断に 2
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ファニーからすると、今さら感が否めない。
伯爵が半島からゼビロス人を追いはらって以降、リセリアとゼビロスは不干渉状態を暗黙の了解としていたのだ。
おそらく、干渉し合わないことを両国間で明確にするのが重要なのだろう。
国交も交易もないが、戦争にもならない。
今さらではあっても、結局のところ、それが1番いいのかもしれない、と思った。
(積極的な和睦ってことじゃないみたいだけど、悪い話じゃないよね?)
なにかが引っ掛かっている。
だが、悪い話ではないのは確かなので、なにが引っ掛かっているのか、ファニーはわからずにいた。
「しかし、リセリアは、自分都合なことを言う国にございますね。未だゼビロスが野蛮人の国だと思っているようです」
「だよねぇ。リセリアには、ゼビロス人の奴隷が大勢いるのにさ」
エティカの台詞に、ハッとなる。
引っ掛かっていたのは、それだ。
互いに干渉し合わない関係になることをゼビロスが承諾した場合、その結果。
ゼビロス人の奴隷は、リセリアに取り残される。
それは、国に見捨てられることを意味していた。
ファニーは、近い感覚を知っている。
物心ついた頃には、すでにリセリア帝国は遠い存在になっていたからだ。
半島は、ただの1度も国に助けてもらったことがない。
ゼビロス人から略奪を受けていた時も、嵐で牧場が滅茶苦茶になった時も、リセリア帝国の中央にいる人たちは、半島を見に来てさえいないのだ。
伯爵が領主となる前も、なった後も。
放りっぱなし。
見捨てられていたと言っても過言ではない。
それでも、ファニーたちには、伯爵がいた。
半島を平穏にしてもらったし、時間はかかったものの支援金のおかげで牧場を立て直すこともできたのだ。
「……リセリアは、奴隷については、なんて言ってるんですか?」
「なにも」
ファウストの返事に気分が悪くなる。
現在のリセリアにとって、奴隷の労働力は重要だ。
失えば、大きな損害を出す領地も多いだろう。
「でもさ、本気で和睦したいんなら、普通、奴隷の解放くらいはするデショ?」
エティカの軽やかだが呆れたといった言いように、ファニーは恥ずかしくなった。
リセリアのほうから望んでおきながら、実際は「仲良くしてやってもいい」と、上から物を言っているも同然だ。
この室内や着ている服を見ればわかる。
今のゼビロスは、リセリアよりも遥かに豊かだ。
壁や床に描かれた大胆な模様や上品な照明も、ゼビロスの文化が「野蛮」ではないことを示している。
半島から撤退したあと、ゼビロスは変わった。
きっと大きな方向転換をしたのだ。
不意に、ある考えが頭に浮かび、パッと伯爵を見上げる。
伯爵は、静かにゆったりと微笑んでいた。
(ゼビロスの皇帝も宰相も伯爵様の臣下……ゼビロスが変わったのは……)
こく…と、喉が上下する。
リセリアが、今のリセリアになるまでに2百年。
その2百年を、ゼビロスは追い越している。
おそらく半分ほどの期間で。
「私は、実際的なことは何もしていませんよ。ゼビロスが、半島と近い国だったのが、今となっては幸いと言えるかもしれません」
ファニーの考えを察してくれたのだろう。
伯爵が、自らの「手柄」ではないとしながらも、その考えを肯定してくれた。
「私たちには、リセリアという見本がございました。伯爵様の国家統一の手法や法などを、ゼビロス人向けに改良しただけにございます」
「あ……だから、ゼビロスには奴隷制がないんですね」
『隣接した3つの国家で奴隷制がないのはゼビロス帝国だけ』
伯爵が闇の防壁に連れて行ってくれた時に聞いた話だ。
伯爵の起草した帝国法に、奴隷制はない。
帝国法だけを「見本」にしたのだとすれば、ゼビロスに奴隷制がないのもわかる。
伯爵は奴隷制を認めていないのだから。
ファウストが、ナタリー並に瞳をきらきらさせ、うなずいている。
隣に座っているエティカが、なぜかきょときょとしていた。
「じゃあさー、リセリアの皇女はどーすんの? 殺す?」
「エティカ! 口を慎め。ファニーの前だ」
「あ、ごめん! 怖かった?」
伯爵が心配したのか、ファニーの手を、そうっと握ってくれる。
見上げて、金色の瞳に笑ってみせた。
怖がるもなにも、あまりに現実感がなさ過ぎて、思考が追いついていない。
単純な言葉に怯むほど、ファニーはヤワではないのだ。
カーズデン男爵家の嫌がらせを、1人で突っぱねてきた強さがある。
正しく怖がるためには、状況の理解が必要だった。
「いつ皇女を殺すって話になったのか、わからないんですけど……」
「それは、私からお話いたしましょう」
エティカが肩をひょいとすくめ、そっぽを向く。
ファウストに、にらまれたせいだ。
「リセリアは皇女を、エティカに嫁がせると言ってきたのです。皇族同士に姻戚ができれば安寧が築き易いというのが、リセリアの言い分にございました」
リセリアには、2人の皇女がいる。
どちらを嫁がせようとしているのかはともかく、いずれにせよ、彼女たちは今のゼビロスを知らない。
そして、エティカのことも。
ファニーが視線を向けると、エティカが、にこにこっと、笑った。
伯爵が半島からゼビロス人を追いはらって以降、リセリアとゼビロスは不干渉状態を暗黙の了解としていたのだ。
おそらく、干渉し合わないことを両国間で明確にするのが重要なのだろう。
国交も交易もないが、戦争にもならない。
今さらではあっても、結局のところ、それが1番いいのかもしれない、と思った。
(積極的な和睦ってことじゃないみたいだけど、悪い話じゃないよね?)
なにかが引っ掛かっている。
だが、悪い話ではないのは確かなので、なにが引っ掛かっているのか、ファニーはわからずにいた。
「しかし、リセリアは、自分都合なことを言う国にございますね。未だゼビロスが野蛮人の国だと思っているようです」
「だよねぇ。リセリアには、ゼビロス人の奴隷が大勢いるのにさ」
エティカの台詞に、ハッとなる。
引っ掛かっていたのは、それだ。
互いに干渉し合わない関係になることをゼビロスが承諾した場合、その結果。
ゼビロス人の奴隷は、リセリアに取り残される。
それは、国に見捨てられることを意味していた。
ファニーは、近い感覚を知っている。
物心ついた頃には、すでにリセリア帝国は遠い存在になっていたからだ。
半島は、ただの1度も国に助けてもらったことがない。
ゼビロス人から略奪を受けていた時も、嵐で牧場が滅茶苦茶になった時も、リセリア帝国の中央にいる人たちは、半島を見に来てさえいないのだ。
伯爵が領主となる前も、なった後も。
放りっぱなし。
見捨てられていたと言っても過言ではない。
それでも、ファニーたちには、伯爵がいた。
半島を平穏にしてもらったし、時間はかかったものの支援金のおかげで牧場を立て直すこともできたのだ。
「……リセリアは、奴隷については、なんて言ってるんですか?」
「なにも」
ファウストの返事に気分が悪くなる。
現在のリセリアにとって、奴隷の労働力は重要だ。
失えば、大きな損害を出す領地も多いだろう。
「でもさ、本気で和睦したいんなら、普通、奴隷の解放くらいはするデショ?」
エティカの軽やかだが呆れたといった言いように、ファニーは恥ずかしくなった。
リセリアのほうから望んでおきながら、実際は「仲良くしてやってもいい」と、上から物を言っているも同然だ。
この室内や着ている服を見ればわかる。
今のゼビロスは、リセリアよりも遥かに豊かだ。
壁や床に描かれた大胆な模様や上品な照明も、ゼビロスの文化が「野蛮」ではないことを示している。
半島から撤退したあと、ゼビロスは変わった。
きっと大きな方向転換をしたのだ。
不意に、ある考えが頭に浮かび、パッと伯爵を見上げる。
伯爵は、静かにゆったりと微笑んでいた。
(ゼビロスの皇帝も宰相も伯爵様の臣下……ゼビロスが変わったのは……)
こく…と、喉が上下する。
リセリアが、今のリセリアになるまでに2百年。
その2百年を、ゼビロスは追い越している。
おそらく半分ほどの期間で。
「私は、実際的なことは何もしていませんよ。ゼビロスが、半島と近い国だったのが、今となっては幸いと言えるかもしれません」
ファニーの考えを察してくれたのだろう。
伯爵が、自らの「手柄」ではないとしながらも、その考えを肯定してくれた。
「私たちには、リセリアという見本がございました。伯爵様の国家統一の手法や法などを、ゼビロス人向けに改良しただけにございます」
「あ……だから、ゼビロスには奴隷制がないんですね」
『隣接した3つの国家で奴隷制がないのはゼビロス帝国だけ』
伯爵が闇の防壁に連れて行ってくれた時に聞いた話だ。
伯爵の起草した帝国法に、奴隷制はない。
帝国法だけを「見本」にしたのだとすれば、ゼビロスに奴隷制がないのもわかる。
伯爵は奴隷制を認めていないのだから。
ファウストが、ナタリー並に瞳をきらきらさせ、うなずいている。
隣に座っているエティカが、なぜかきょときょとしていた。
「じゃあさー、リセリアの皇女はどーすんの? 殺す?」
「エティカ! 口を慎め。ファニーの前だ」
「あ、ごめん! 怖かった?」
伯爵が心配したのか、ファニーの手を、そうっと握ってくれる。
見上げて、金色の瞳に笑ってみせた。
怖がるもなにも、あまりに現実感がなさ過ぎて、思考が追いついていない。
単純な言葉に怯むほど、ファニーはヤワではないのだ。
カーズデン男爵家の嫌がらせを、1人で突っぱねてきた強さがある。
正しく怖がるためには、状況の理解が必要だった。
「いつ皇女を殺すって話になったのか、わからないんですけど……」
「それは、私からお話いたしましょう」
エティカが肩をひょいとすくめ、そっぽを向く。
ファウストに、にらまれたせいだ。
「リセリアは皇女を、エティカに嫁がせると言ってきたのです。皇族同士に姻戚ができれば安寧が築き易いというのが、リセリアの言い分にございました」
リセリアには、2人の皇女がいる。
どちらを嫁がせようとしているのかはともかく、いずれにせよ、彼女たちは今のゼビロスを知らない。
そして、エティカのことも。
ファニーが視線を向けると、エティカが、にこにこっと、笑った。
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