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びっくりしました 1

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「キーラ、今なんと?」
「殿下といたしたい、と申し上げました」
 
 自分の下心からくる幻聴かと思った。
 が、違った。
 キーラは「いたしたい」と明言している。
 
「本当に良いのか?」
「かまいません」
 
 嬉しい。
 なのに、なにかおかしい。
 あの「ウキウキるんるん」が来ないのだ。
 キーラからの承諾に勝る喜びはないはずなのに。
 
 ダドリュースは、キーラの部屋にいる。
 いつものごとく「添い寝」のため、ベッドに入っていた。
 ダドリュースの胸を背に、キーラが前にいる。
 それが、添い寝を始めてからの定位置となっていた。
 
 キーラは前を向いているので、はっきりとは表情が見えない。
 横顔が、ちらりと見えているだけだ。
 そのため、なにを考えているのか、まったくわからなかった。
 さりとて、ダドリュースには、いつでもわからないのだけれども。
 
「ですが、やはり、あの魔術をどうにかしませんと、どうにもなりません」
「どうにか、とは?」
 
 魔術を解除する魔術は作れないのだ。
 ダドリュースが、まだ1日1回の身になる前、散々に試している。
 
「ベッドが壊れるのは、まぁ……なんとかなるにしても、物が降ってきたり、倒れてきたりするのは防がなければなりません。そのための魔術はございませんか?」
「防御の魔術はあるのだが、防ぐことはできん」
「なぜです?」
 
 ダドリュースは詳細は端折はしょりつつ、説明をする。
 魔術がいかに万能ではないか、ということをだ。
 
「魔術の発動には動作がいる」
「ええ。以前に、お聞きしました」
 
 それには理由があった。
 たとえば家具職人がイスを作る際、熟練の者であれば、完成図から、どの程度の材木が必要で、そのためにはどの太さの木を切り倒せばいいのかまで瞬時に判断する。
 魔術師にも似たようなところがあるのだ。
 
 単にイスを作ると言っても、大きさや形、装飾の有無など、完成形は様々。
 同じく、魔術も、攻撃、防御、治癒と、いろいろな種類が存在している。
 そして、対象が人なのか、物なのかといった具合に、細分化されていた。
 
 イスを直すのなら材木が、人を癒やすのには血や肉が必要というふうに「得たい結果」から、正しく魔術を発動しなければならない。
 
 それを可能にしているのが「動作」なのだ。
 簡単そうに聞こえるが、実は複雑で非常に難しい。
 だからこそ「技量」が上乗せされる。
 名の知られた家具職人と、そうでない者とがいるように。
 
「あの魔術には、その動作がないのだ」
「そういえば……」
「ないと言うと語弊があるやもしれぬがな」
「明確ではない、ということですね」
「そうだ。しかも、毎回、異なっておる」
 
 通常1つの魔術に対して、発動を満たす動作は決まっている。
 魔力量や技量により、複数の魔術の同時発動は可能だが、動作自体は誰が発動する際も変わらない。
 ところが、ダドリュースにかかっている魔術の発動動作は1つではなかった。
 どの動作で発動しているのか、ダドリュースにも不明。
 
「お前に声をかけただけでも発動した」
「銅像の時ですね……」
「手を握った時もだ」
「ええ……歩いているだけでも……」
「発動したな」
 
 庭園を逃げ回るはめになったのを、キーラは思い出しているらしい。
 ほかにも、動作不明のまま、何度となく発動している。
 
「発動動作がわからぬものは防げぬのだ」
「サシャ様に、お願いするのも難しいのですね?」
「むろん、先に魔術か物理かの防御魔術をかけておくことはできる。だが、あれは物理とも魔術ともつかぬし、あげく発動動作も不明となればな。いかにサシャが優秀であれ、どう防ぐかの判断ができかねるであろう」
 
 きゅっと、キーラの腰に回した手に力を込めた。
 キーラが「どうしても」というのなら、ひとつだけ方法がある。
 
「いささか抵抗があるのだが、サシャを、ずっとそばにつけて……」
「絶対に嫌です」
「私も、その手段は講じたくないのだ。サシャは私の側近であるし、信頼もしておる。それでも、お前の、あんなところやこんなところを見られるかと思うと……」
「…………なにをご想像されておられるのかは存じませんが、私には人に見られながら行為におよぶ趣味はございません」
 
 その意見には、おおむね賛成だ。
 自分が見られるのは、ちょっぴり恥ずかしい程度のことだが、キーラを見られるのは嫌だった。
 それもあって、キーラといたしたくても、この手は提案せずにいたのだから。
 
「ですが……最悪、それも視野に入れておくべきなのでしょうね」
「キーラ? いかがしたのだ? いや、もとより、お前は積極的であったが……」
 
 サシャを傍につけてでもベッドをともにしようとするのは、キーラらしくない気がして、どうにも腑に落ちない。
 実際、さっき「絶対に嫌だ」と言ったばかりだ。
 
「時間がないからですよ」
「時間?」
「婚姻するまでに、1度は“して”おく必要があるでしょう?」
「そうだな。私もそのほうが良いと思っておる。ただ、だからと言って、お前に無理を強いるつもりはないのだぞ?」
「無理ではございませんので、お気遣いなく」
 
 むむ。
 
 こうしてくっついているのに、魔術は発動していない。
 キーラの態度があまりにもよそよそしく、下心をいだく「隙」がないのだ。
 ダドリュースは、キーラとの距離感に気を取られている。
 夜毎あったはずの親密さが消えている、と感じるからだった。
 
(このような時、アーニーであれば、口づけなどをしてとりなすのであろうが、私には、それもできぬ)
 
 キーラの肩に、ぺたっと額を押しつける。
 なんだか、とても寂しい気分になっていた。
 
「私が、こんな身であるばかりに、お前を落胆させておる」
「……落胆など、しておりません……」
「よい。お前は心根の優しき女だ。私を気遣ってくれておるのだろう?」
 
 ダドリュースは大雑把な性格で、自尊心にも威厳にも欠ける男だ。
 いい恰好をしようとか、自分を良く見せようと考えることも稀。
 が、女性に、こういうことで気を遣わせていると思うと、さすがに気落ちする。
 我と我が身の不甲斐なさに、がっかりしていた。
 
「殿下、悔やんでも状況は変わりません。より良い方法を見つけることが大事ではないでしょうか?」
「より良い方法か……」
 
 キーラが体をひねったので、ダドリュースは顔を上げる。
 とたん、キーラの猫目と視線がぶつかった。
 
「魔術を弾く魔術は、お作りになれませんか?」
「魔術を弾く、魔術」
 
 今まで解除することばかりを考えてきたし、試してきた。
 が、発動した魔術を弾く魔術については1度も試したことがない。
 発動要素である「いい雰囲気になる」こと自体が少なかったので。
 
 少しだけ気分が上向きになる。
 そんなダドリュースに、キーラが言った。
 
「今日は、もう試せませんけどね」
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