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きっぱりできません 2
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ダドリュースは、キーラのことを考えつつ、カウチに寝転がっている。
キーラを連れて来た日に壊したカウチを修繕させたのだ。
由緒あるカウチなので、新しい物に取り替える気にはなれなかった。
であれば、最初から壊す真似をするな、という話なのだが、それはともかく。
(む。居間のほうで音……?)
もちろん賊が入ったなどとは思わない。
塞間の魔術は、室内の状況を探れないだけで侵入を防ぐものではないが、それぞれの扉の前には近衛騎士が立っている。
廊下なども、姿を消した魔術師だらけだ。
なにより、サシャが賊の侵入を許しはしない。
(具合が悪くて、起きたのやもしれん)
この室内にいるのは、ダドリュースとキーラの2人だけ。
とすると、物音を立てたのは、キーラということになる。
食事はとれていたが、体調が戻らないのかもしれない。
あまり具合が悪いようなら、サシャに看させることにして、立ち上がる。
居間に通じる室内の扉を開いた。
驚いたように、キーラがダドリュースのほうに顔を向ける。
ふわっ。
キーラの頬が赤く染まった。
ついで、ぷいっと、そっぽを向く。
その表情も仕草も可愛らしくてたまらない。
ダドリュースは、いつになく速足で、キーラに近づいた。
それから、キーラの足元に跪く。
「殿下! 床に座るなんて……っ……」
「かまわん」
居間には、ソファとテーブルセットがあった。
キーラが座っていたのは、テーブルセットのイスのほうだ。
ソファとは違い、隣に座っても、どうしたって距離ができる。
当然に1人掛けであり、2人では座れないし。
ダドリュースは跪いたままキーラの両手を握り、その顔を見上げた。
キーラは、まだ顔を赤くしている。
そして、また、ぷいっとした。
キーラの少し怒ったような横顔に、胸が、きゅっとなる。
「いかがした? 具合が悪いのか?」
「いいえ」
「では、なぜ起きておる?」
「殿下をお起こししたのであれば、申し訳ございません」
キーラの口調が、やけによそよそしい。
そっけないのは最初からだが、そっけない中にも親しみのようなものがあった。
それが感じられないのだ。
手も、わずかに引こうとしているし、体もこわばらせていた。
ダドリュースを閉め出そうとしているように思える。
なんとも言えない寂しさが心に広がった。
ほんの数日ではあれ、キーラとの距離が近くなってきたと感じていたからだ。
ダドリュースは、もっとキーラと親しくなりたいと思っている。
距離を取られるのは嫌だった。
「なぜ、そのように、ぷいっとしておるのだ」
「また魔術が発動すると困るからです」
言われて、しょんぼりしてしまう。
キーラとは出会ってからこっち、危険な目にばかり合わせている。
キーラが防いでくれるので、ダドリュースは、まったく気にしていなかった。
物が壊れようが、身に危険があろうが、彼女とベッドをともにできるなら、それでかまわない、と思ってもいたし。
「私が、お前を疲れさせていたのだな」
「ようやく気づいていただけたようで、なによりです」
ダドリュースは、いよいよ、しゅんとなっている。
しゅんとなって、うなだれる。
が、キーラの手は離さない。
「夜会で私は大勢の女とダンスをした」
「そうでしたね。かなり密着しておられたので、冷や冷やしまし……」
「私が自制できるところを、お前に証したかったのだ」
「え……」
そう、ダドリュースは自制できるところを、キーラに見せたかったのだ。
ちゃんと「自制できる」とわかってもらえれば、添い寝を許してもらえる。
もしかすると、動物にならなくてもいい、と言ってもらえるかもしれない。
そんなことまで考えていた。
パッと顔を上げ、キーラを見た。
キーラも、ぷいっとするのをやめ、ダドリュースを見ている。
ものすごく可愛らしい。
猫目は、ぱちくりといった様子で、頬は、ほんのり赤味を帯びている。
さっきまであったよそよそしい雰囲気が感じられなかった。
こういうところの、察しはいいのだ。
「キーラ、私は証を立てられたと思うのだが、どうか?」
実際、ダンスの間は何事も起こっていない。
魔術は発動しなかった。
そのあと大参事になったが、それはともかく。
じぃいいっと、キーラの琥珀色の瞳を見つめる。
その瞳に逡巡が見えた。
あともうひと押し、という感じがする。
なにかキーラの興味を引ければ、と思った時、ひらめいた。
「お前は魔術には馴染みがなかったであろう。私が話してやっても良い」
「本当ですか?」
「むろんだ」
キーラの瞳が、ほんのわずか輝いている。
知らないことを知る、というのは楽しいものだ。
好奇心もそそられるに違いない。
「では、早速……」
「待て、キーラ。お前は疲れておるし、体調も優れぬ。ここで朝を迎えるわけにはいくまい」
「殿下、それは……」
「寝物語として話をしてやる」
キーラの猫目が細められた。
さりとて、ダドリュースも退くことはしない。
せっかくキーラが前向きになっているのだ。
この機を逃せばキーラ自身に逃げられる気がする。
絶対に、逃がしてなるものか。
ダドリュースにはキーラを逃がす気など毛頭ない。
だから、絶対にキーラの手は放さないのだ。
「私は証したであろう? 自制ならできる」
「今夜は、ど、動物には……」
「なれる。すでに夜は越しておるのでな」
動物になるのは、残念ではある。
だが、キーラの傍で眠れるのであれば、なんだってかまわない。
近くにいれば逃げられる心配もないし。
「…………わかりました」
しばしの間のあと、キーラがうなずいた。
喜びに飛び上がりたくなるのを堪え、ダドリュースはキーラの手の甲に、そっと口づける。
キーラを連れて来た日に壊したカウチを修繕させたのだ。
由緒あるカウチなので、新しい物に取り替える気にはなれなかった。
であれば、最初から壊す真似をするな、という話なのだが、それはともかく。
(む。居間のほうで音……?)
もちろん賊が入ったなどとは思わない。
塞間の魔術は、室内の状況を探れないだけで侵入を防ぐものではないが、それぞれの扉の前には近衛騎士が立っている。
廊下なども、姿を消した魔術師だらけだ。
なにより、サシャが賊の侵入を許しはしない。
(具合が悪くて、起きたのやもしれん)
この室内にいるのは、ダドリュースとキーラの2人だけ。
とすると、物音を立てたのは、キーラということになる。
食事はとれていたが、体調が戻らないのかもしれない。
あまり具合が悪いようなら、サシャに看させることにして、立ち上がる。
居間に通じる室内の扉を開いた。
驚いたように、キーラがダドリュースのほうに顔を向ける。
ふわっ。
キーラの頬が赤く染まった。
ついで、ぷいっと、そっぽを向く。
その表情も仕草も可愛らしくてたまらない。
ダドリュースは、いつになく速足で、キーラに近づいた。
それから、キーラの足元に跪く。
「殿下! 床に座るなんて……っ……」
「かまわん」
居間には、ソファとテーブルセットがあった。
キーラが座っていたのは、テーブルセットのイスのほうだ。
ソファとは違い、隣に座っても、どうしたって距離ができる。
当然に1人掛けであり、2人では座れないし。
ダドリュースは跪いたままキーラの両手を握り、その顔を見上げた。
キーラは、まだ顔を赤くしている。
そして、また、ぷいっとした。
キーラの少し怒ったような横顔に、胸が、きゅっとなる。
「いかがした? 具合が悪いのか?」
「いいえ」
「では、なぜ起きておる?」
「殿下をお起こししたのであれば、申し訳ございません」
キーラの口調が、やけによそよそしい。
そっけないのは最初からだが、そっけない中にも親しみのようなものがあった。
それが感じられないのだ。
手も、わずかに引こうとしているし、体もこわばらせていた。
ダドリュースを閉め出そうとしているように思える。
なんとも言えない寂しさが心に広がった。
ほんの数日ではあれ、キーラとの距離が近くなってきたと感じていたからだ。
ダドリュースは、もっとキーラと親しくなりたいと思っている。
距離を取られるのは嫌だった。
「なぜ、そのように、ぷいっとしておるのだ」
「また魔術が発動すると困るからです」
言われて、しょんぼりしてしまう。
キーラとは出会ってからこっち、危険な目にばかり合わせている。
キーラが防いでくれるので、ダドリュースは、まったく気にしていなかった。
物が壊れようが、身に危険があろうが、彼女とベッドをともにできるなら、それでかまわない、と思ってもいたし。
「私が、お前を疲れさせていたのだな」
「ようやく気づいていただけたようで、なによりです」
ダドリュースは、いよいよ、しゅんとなっている。
しゅんとなって、うなだれる。
が、キーラの手は離さない。
「夜会で私は大勢の女とダンスをした」
「そうでしたね。かなり密着しておられたので、冷や冷やしまし……」
「私が自制できるところを、お前に証したかったのだ」
「え……」
そう、ダドリュースは自制できるところを、キーラに見せたかったのだ。
ちゃんと「自制できる」とわかってもらえれば、添い寝を許してもらえる。
もしかすると、動物にならなくてもいい、と言ってもらえるかもしれない。
そんなことまで考えていた。
パッと顔を上げ、キーラを見た。
キーラも、ぷいっとするのをやめ、ダドリュースを見ている。
ものすごく可愛らしい。
猫目は、ぱちくりといった様子で、頬は、ほんのり赤味を帯びている。
さっきまであったよそよそしい雰囲気が感じられなかった。
こういうところの、察しはいいのだ。
「キーラ、私は証を立てられたと思うのだが、どうか?」
実際、ダンスの間は何事も起こっていない。
魔術は発動しなかった。
そのあと大参事になったが、それはともかく。
じぃいいっと、キーラの琥珀色の瞳を見つめる。
その瞳に逡巡が見えた。
あともうひと押し、という感じがする。
なにかキーラの興味を引ければ、と思った時、ひらめいた。
「お前は魔術には馴染みがなかったであろう。私が話してやっても良い」
「本当ですか?」
「むろんだ」
キーラの瞳が、ほんのわずか輝いている。
知らないことを知る、というのは楽しいものだ。
好奇心もそそられるに違いない。
「では、早速……」
「待て、キーラ。お前は疲れておるし、体調も優れぬ。ここで朝を迎えるわけにはいくまい」
「殿下、それは……」
「寝物語として話をしてやる」
キーラの猫目が細められた。
さりとて、ダドリュースも退くことはしない。
せっかくキーラが前向きになっているのだ。
この機を逃せばキーラ自身に逃げられる気がする。
絶対に、逃がしてなるものか。
ダドリュースにはキーラを逃がす気など毛頭ない。
だから、絶対にキーラの手は放さないのだ。
「私は証したであろう? 自制ならできる」
「今夜は、ど、動物には……」
「なれる。すでに夜は越しておるのでな」
動物になるのは、残念ではある。
だが、キーラの傍で眠れるのであれば、なんだってかまわない。
近くにいれば逃げられる心配もないし。
「…………わかりました」
しばしの間のあと、キーラがうなずいた。
喜びに飛び上がりたくなるのを堪え、ダドリュースはキーラの手の甲に、そっと口づける。
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