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 キーラに道順を教えながら走った。
 後ろに迫る轟音になどダドリュースは興味がない。
 キーラと、より「親密」になれた気がして、そっちに意識が向いている。
 
(さきほどのキーラの顔は、実に可愛らしかった)
 
 少し頬を赤らめ、ちょっぴり戸惑ったような表情を浮かべていた。
 初めての表情に、キーラが、自分を見てくれた、と思える。
 押し倒すためだけの、ただの男との認識が変わったのではなかろうか。
 それが、ダドリュースには喜ばしいのだ。
 
(とすると、戸惑っておったのは私への気遣いか。私が手慣れておらぬゆえ、どう攻めればよいか考えあぐねたのであろうな。そのような気遣いは無用であるというのに、キーラは心根の優しい女だ)
 
 今も、しっかり手を繋いで走っている。
 正直、ダドリュースは、とても不思議に思っているのだ。
 魔術発動の際、キーラは常にダドリュースと一緒にいる。
 毎回、彼を助けようと必死だった。
 
 ダドリュースから離れれば、簡単に危険を回避できるのに。
 
 なにしろ魔術発動のきっかけは、ダドリュースの気持ち次第。
 キーラと一緒にいるから発動するのであって、彼女と離れてしまえば止まる。
 つまり、危険回避の最も有効的な手段は、キーラが1人で逃げること、なのだ。
 
 なのに、キーラは、そうはしない。
 いつも一緒にいる。
 
(判断を誤れば、己の命を失うことも有り得る。それほどに私のそばにおりたいのであろう。私もキーラが傍におるのが良い)
 
 だから、キーラに「なぜ1人で逃げないのか」とは訊かずにいた。
 それがキーラの望みであり、自分の望みなのだから、わざわざ問う必要はない、と思っている。
 キーラが、そのことに「気づいていない」とは考えてもいなかった。
 魔術のある国で生きてきたダドリュースにとっての「当然」が、キーラにとって違うとはわかっていないのだ。
 
「殿下、こちらは庭園の裏側ですかっ?!」
「出口なのでな」
 
 立ち止まったキーラが、がっくりと肩を落とす。
 かなり息が切れている様子だ。
 
「これでは……私室に戻るのが大変……」
 
 庭園の裏は、王宮の建物から離れていた。
 私室に戻るには、ぐるっと庭園の外を回り、王宮の建物に向かう必要がある。
 庭園の中を走ってきたのよりも長い距離になるだろう。
 それをキーラは「大変」だと思っているらしい。
 
「サシャ」
「は! 我が君」
点門てんもんを開け」
「かしこまりました」
 
 ダドリュースたちの前に柱が2本現れた。
 特定の2つの場所を繋ぎ、移動することのできる魔術だ。
 門の向こうには、ダドリュースの私室が見えている。
 
「キーラ、これですぐに……キーラ!」
 
 キーラの足が、がくんっとくずおれていた。
 咄嗟に腕で支える。
 キーラが額に汗を浮かべていた。
 体も力なく、ぐったりしている。
 
「女の足で、あれほど走ったのだ。疲れるのも道理か」
 
 キーラは弱音を吐いたりはしないし、いつも溌剌はつらつとしていた。
 なので、気づかずにいたのを悔やむ。
 
 男性で、かつ、鍛えているダドリュースは「あの程度」の距離を全力で走っても平気でいられた。
 だが、キーラは女性なのだ。
 いくら身体能力に優れていても、男性とまったく同じには行動できない。
 
「大丈夫、です……少し息切れが……」
 
 よく見れば、額に汗しているだけでなく、顔色も悪かった。
 それでも、キーラは立ち上がろうとしている。
 
「大丈夫ではあるまい」
 
 言うなり、ダドリュースは、バッとキーラを抱き上げた。
 びっくり目になるキーラをかかえて、すたすたと歩き出す。
 
「殿下、私、自分で……」
「あの門を抜ければ私室だ。すぐに、お前の部屋に運んでやる」
「あの……殿下……」
「お前は女なのだ、キーラ」
 
 門を抜け、私室に戻った。
 そのままキーラの部屋に向かう。
 
「私は気遣いが足らぬのでな。苦しい時は苦しいと言わねばならんぞ」
 
 言われなくても気づくべきだ、とは、わかっていた。
 けれど、自分が、ついうっかり忘れてしまうのも知っている。
 キーラに苦しい思いをさせるのはダドリュースの本意ではない。
 言われれば気づけるのだから、言ってほしいと思う。
 
 扉を開いて中に入り、ベッドまでキーラを運んだ。
 そして、キーラを膝にベッドの縁に腰かける。
 
 ぺた。
 
「な、なにを……っ……?!」
「腹がへこんでおる」
 
 ダドリュースは、もうひとつ、気づくべきことに気づいていなかったのだ。
 夜会で侍女が食事をすることはない。
 あげく全力疾走している。
 
「サシャ、すぐに食事の用意をいたせ」
「ただちに」
 
 本当に「ただちに」だった。
 2人の前に大きなトレイが浮かんでいる。
 その上には様々な料理が並んでいた。
 
「腹が減っておろう。夕食も取らせずに、夜会に連れて行ったのだからな」
「殿下は……」
 
 キーラは、己の腹具合より、こちらの心配をしている。
 そんな彼女に、にっこりしてみせた。
 
「そうだな。私も、ともに食すとしよう」
 
 フォークを手に取り、小さくカットされた、ひと口サイズの肉を刺す。
 それをキーラの口元に持っていった。
 
「あーん、だ」
「い、いえ……あの……」
「あーん、だ。キーラ」
 
 ものすごく困った顔をしているキーラも可愛らしい。
 渋々といった様子ではあったが、口を開く様も。
 
「そういえば、動物は決まったか?」
 
 口を動かしているキーラに訊ねてみた。
 今日こそは、添い寝がしたい。
 
「お前の体調は万全ではなかろう? ここは私が添い寝を……」
「本日は魔術をお使いになれるのですか?」
「もちろ……」
 
 言いかけた言葉が止まる。
 キーラに食事を与える手も止まっていた。
 すうっと細められた猫目に、今度は、ダドリュースが、がっくりと肩を落とす。
 
 夜会で、サシャに「即言葉そくことば」により連絡を取った。
 1日に1回しか使えない魔術で。
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