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ずどーん!という大きく重い音がした。
反射的にそっちを見て、ゾッとする。
どこから飛んできたのか、大岩があり、周りに砂煙が舞っていた。
さっきまで2人がいた場所だ。
(あんなのに直撃されたら、即死してたかもしれないじゃんッ!)
サシャは「即死でなければ」と言ったが、状況次第では即死も有り得る。
こんな馬鹿みたいな理由で死にたくはない。
なんのために、なりたくもない諜報員になってまで生き延びてきたのか、わからなくなる。
「キーラ、ここは外だが、私は場所にこだわったりはせぬ」
いや、こだわれよ。
というより、この状況で勘違いできる神経を疑う。
もうちょっとで、大岩にぺっちゃんこにされるところだったのだ。
キーラの身体能力が優れていなければ、とても対処できなかっただろう。
サシャは、王太子の望むことではない、との理由から、怪我でもしなければ姿を現す気はなさそうだし。
(怪我してからじゃ遅いって! これじゃ、いつ死んでもおかしくない!)
キーラは本気で焦っているのに、王太子は優雅に目を伏せている。
いいかげん見捨ててやろうか、と呆れかえった。
とはいえ、王太子はキーラの大事な情報源なのだ。
簡単には見捨てられない。
長い時間をかけて、ようやく王宮に潜りこむところまで辿りついている。
フィンセルも上司も、それなりの「成果」をキーラに期待していた。
ここでの「成果」は、今後のキーラの生活にも影響する。
使えないと判断され、より厳しい環境に置かれることも考えられるのだ。
逆に、期待以上の結果を出せば、キーラの意見が通り易くなる可能性もあった。
たとえば、別の上司の率いるグループに変わりたい、だとか。
(魔術師に対抗する手段が見つけられるような情報を手に入れるまでは、こいつに死なれちゃ困るんだよね)
かなりのストレスをかかえているとはいえ、せっかく王太子付きの侍女にまでなれたのだ。
この好機は手放せない。
もう少しだけ我慢することにした。
「殿下、魔術が発動しております」
「そうか」
「そうか、ではなく……ここは危険です。なにが降ってくるかわかりません。ですから、殿、かーぁあっ!!」
王太子の襟首を引っ掴み、ぐいっと引っ張る。
同時に、キーラ自身も体を起こした。
自然、キーラは、王太子の体をまたいで座る格好になっている。
そして、王太子を引っ張ったがために、体が近づいていた。
まるで座り込んで抱き合っているかのように。
どーん!!
庭園の小道脇にあった木が倒れてくる。
あのまま地面に転がっていたら、木の下敷きになっていた。
木の倒れる衝撃に、王太子の髪が、ぶわっと巻き上げられたほど近い。
「キーラ」
王太子がキーラの腰に両腕を回している。
抱き寄せられて焦った。
いろんな意味で。
「いえ、あの、殿下、今はそういう場合では……」
「案ずるな。サシャが塞域をかけておるのでな。近衛が駆けつけて来るようなことはない」
前にも似たような台詞を聞いている。
私室に連れ込まれる前だ。
なにか「防音」的な魔術があるに違いない。
でなければ、誰も気づかないはずはなかった。
私室の時も、今も、大音量でガシャン、ドスンしているのだから。
「そうではなくてですね、本当に危険なのです、殿下!」
「かまわん。私には覚悟がある」
こっちにはない。
そんな覚悟はない。
どんな覚悟もない。
思っていたのに、思わず、キーラは、どきっとする。
王太子がキーラの腰を抱いたまま、顔を近づけてきたからだ。
何度も至近距離で見てきた顔なのだが、なせが心拍数が上がっている。
そんな場合でもないのに。
「キーラ」
唇に、王太子の息がかかった。
日本の16歳よりは大人びているかもしれない。
が、それでも、キーラは16歳の女の子なのだ。
キスされるとわかっていて、どきどきせずにいるほうが難しかった。
うっかり目を閉じかける。
が、しかし。
「そこまでです、殿下! 気持ちを切り替えてください!」
「なぜだ? 私は、お前といたせるのであれば、多少の危険など……」
「多少ではありません! 聞こえませんか、あの音!」
「音……?」
みし。
みしみし。
みしみしみしみしみし。
小道脇には木がずらりと並んでいる。
それらが不自然に揺らいでいた。
けして、風に揺れている、なとどいったものではない。
ものすごく嫌な音が、そこここから聞こえてくる。
「早く、立って!」
キーラは先に立ち上がり、王太子の手を掴んだ。
引っ張り起こすと同時に駆け出す。
「全力で走ってください!」
後ろを見る余裕はなかったし、見なくても、どうなっているか想像もついた。
バキバキっ、ドーン、という音が、2人を追うようにして響いている。
木が、次々と倒れて来ているに違いない。
(冗談じゃない! ホント、この残念王子に殺されるわ、私!)
いくら情報を手に入れ、自分の希望を通したいと言っても、命あっての物種だ。
死んでしまったら本末転倒。
やっぱり見捨てたほうがいいかもしれない。
キーラの気持ちの天秤は、そちらに傾きかけていた。
ここを乗り切ったら、速攻で逃げる算段をしたほうがいい、と思う。
のだけれども。
『お前しかおらぬ! お前だけなのだ、私には!!』
頭に、その言葉が蘇っていた。
それに、さっきの高揚感も思い出している。
この世界に来て初めての胸の高鳴り。
キーラは走りながら、顔をしかめた。
頭の中を覗く魔術はないと知ったので、思う存分、心で王太子を罵倒する。
(この残念王子! 馬鹿! 駄犬!! もうもうもうッ! せめて、“待て”くらい覚えて!)
反射的にそっちを見て、ゾッとする。
どこから飛んできたのか、大岩があり、周りに砂煙が舞っていた。
さっきまで2人がいた場所だ。
(あんなのに直撃されたら、即死してたかもしれないじゃんッ!)
サシャは「即死でなければ」と言ったが、状況次第では即死も有り得る。
こんな馬鹿みたいな理由で死にたくはない。
なんのために、なりたくもない諜報員になってまで生き延びてきたのか、わからなくなる。
「キーラ、ここは外だが、私は場所にこだわったりはせぬ」
いや、こだわれよ。
というより、この状況で勘違いできる神経を疑う。
もうちょっとで、大岩にぺっちゃんこにされるところだったのだ。
キーラの身体能力が優れていなければ、とても対処できなかっただろう。
サシャは、王太子の望むことではない、との理由から、怪我でもしなければ姿を現す気はなさそうだし。
(怪我してからじゃ遅いって! これじゃ、いつ死んでもおかしくない!)
キーラは本気で焦っているのに、王太子は優雅に目を伏せている。
いいかげん見捨ててやろうか、と呆れかえった。
とはいえ、王太子はキーラの大事な情報源なのだ。
簡単には見捨てられない。
長い時間をかけて、ようやく王宮に潜りこむところまで辿りついている。
フィンセルも上司も、それなりの「成果」をキーラに期待していた。
ここでの「成果」は、今後のキーラの生活にも影響する。
使えないと判断され、より厳しい環境に置かれることも考えられるのだ。
逆に、期待以上の結果を出せば、キーラの意見が通り易くなる可能性もあった。
たとえば、別の上司の率いるグループに変わりたい、だとか。
(魔術師に対抗する手段が見つけられるような情報を手に入れるまでは、こいつに死なれちゃ困るんだよね)
かなりのストレスをかかえているとはいえ、せっかく王太子付きの侍女にまでなれたのだ。
この好機は手放せない。
もう少しだけ我慢することにした。
「殿下、魔術が発動しております」
「そうか」
「そうか、ではなく……ここは危険です。なにが降ってくるかわかりません。ですから、殿、かーぁあっ!!」
王太子の襟首を引っ掴み、ぐいっと引っ張る。
同時に、キーラ自身も体を起こした。
自然、キーラは、王太子の体をまたいで座る格好になっている。
そして、王太子を引っ張ったがために、体が近づいていた。
まるで座り込んで抱き合っているかのように。
どーん!!
庭園の小道脇にあった木が倒れてくる。
あのまま地面に転がっていたら、木の下敷きになっていた。
木の倒れる衝撃に、王太子の髪が、ぶわっと巻き上げられたほど近い。
「キーラ」
王太子がキーラの腰に両腕を回している。
抱き寄せられて焦った。
いろんな意味で。
「いえ、あの、殿下、今はそういう場合では……」
「案ずるな。サシャが塞域をかけておるのでな。近衛が駆けつけて来るようなことはない」
前にも似たような台詞を聞いている。
私室に連れ込まれる前だ。
なにか「防音」的な魔術があるに違いない。
でなければ、誰も気づかないはずはなかった。
私室の時も、今も、大音量でガシャン、ドスンしているのだから。
「そうではなくてですね、本当に危険なのです、殿下!」
「かまわん。私には覚悟がある」
こっちにはない。
そんな覚悟はない。
どんな覚悟もない。
思っていたのに、思わず、キーラは、どきっとする。
王太子がキーラの腰を抱いたまま、顔を近づけてきたからだ。
何度も至近距離で見てきた顔なのだが、なせが心拍数が上がっている。
そんな場合でもないのに。
「キーラ」
唇に、王太子の息がかかった。
日本の16歳よりは大人びているかもしれない。
が、それでも、キーラは16歳の女の子なのだ。
キスされるとわかっていて、どきどきせずにいるほうが難しかった。
うっかり目を閉じかける。
が、しかし。
「そこまでです、殿下! 気持ちを切り替えてください!」
「なぜだ? 私は、お前といたせるのであれば、多少の危険など……」
「多少ではありません! 聞こえませんか、あの音!」
「音……?」
みし。
みしみし。
みしみしみしみしみし。
小道脇には木がずらりと並んでいる。
それらが不自然に揺らいでいた。
けして、風に揺れている、なとどいったものではない。
ものすごく嫌な音が、そこここから聞こえてくる。
「早く、立って!」
キーラは先に立ち上がり、王太子の手を掴んだ。
引っ張り起こすと同時に駆け出す。
「全力で走ってください!」
後ろを見る余裕はなかったし、見なくても、どうなっているか想像もついた。
バキバキっ、ドーン、という音が、2人を追うようにして響いている。
木が、次々と倒れて来ているに違いない。
(冗談じゃない! ホント、この残念王子に殺されるわ、私!)
いくら情報を手に入れ、自分の希望を通したいと言っても、命あっての物種だ。
死んでしまったら本末転倒。
やっぱり見捨てたほうがいいかもしれない。
キーラの気持ちの天秤は、そちらに傾きかけていた。
ここを乗り切ったら、速攻で逃げる算段をしたほうがいい、と思う。
のだけれども。
『お前しかおらぬ! お前だけなのだ、私には!!』
頭に、その言葉が蘇っていた。
それに、さっきの高揚感も思い出している。
この世界に来て初めての胸の高鳴り。
キーラは走りながら、顔をしかめた。
頭の中を覗く魔術はないと知ったので、思う存分、心で王太子を罵倒する。
(この残念王子! 馬鹿! 駄犬!! もうもうもうッ! せめて、“待て”くらい覚えて!)
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