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饗宴狂宴? 4

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 キーラの心配を知るはずもないダドリュースは、ダンスに興じている。
 とても気を良くしていた。
 夜会が始まってから彼は女性に囲まれている。
 たいていの令嬢は知っていたが、初めて顔と名が一致した者は多い。
 
 昔は男性から誘うのが主流で、女性から声をかけるのは「はしたない」こととされていた。
 が、だいぶ前から、そうした風習はすたれてきている。
 女性も積極的になっているのだ。
 
 次々にダンスを申し込まれ、ダドリュースは、すべてに応じている。
 相手を選んだりはしていない。
 
 そして、軽やかにダンスを踊った。
 キーラにも言った通り「練習だけ」は積んできている。
 曲に合わせて、ステップも完璧だ。
 
(やはり問題はない。これならば夜会を無事に乗り切れるであろう)
 
 頭で違うことを考える余裕すらあった。
 さりとて、周囲にどう見られているかは、まったく気にしていない。
 はっきり言って、ダドリュースは、ものすごく目立っている。
 
 今まで「深窓の令嬢」ならぬ「深窓の王太子」状態。
 姿を見かけても、声をかけるのがはばられるほどの悩ましい表情。
 その上、それがまたなんともダドリュースを麗しく見せていた。
 結果、令嬢たちは彼に近づくことができずにいたのだ。
 
 なのに、今夜は口元に笑みまでたたえ、ダンスに応じている。
 令嬢らが、絶好の機会と捉えるのは、当然だった。
 相手は、見目のすこぶる良い、次期国王候補。
 なんとかダドリュースの気を惹きたいと、必死になっている。
 
「そろそろ正妃選びの儀が近いと聞いております。私も申し出をしているのですが候補に残れるかどうか不安ですの」
 
 曲がスローなものに変わっていた。
 ゆるやかに流れるような動きの中で、ダンス相手の女性が、ダドリュースに声をかけてくる。
 キーラに比べると、小柄で華奢だった。
 キーラは背も高いほうで、ダドリュースを押し倒せるくらいに、しっかりとした体つきだ。
 
(レヴィノーラ・リディッシュと申しておったか。血筋柄、さすがに見事な金髪をしておる)
 
 リディッシュ公爵家の令嬢は綺麗な金髪であることで有名だ。
 大昔から金髪女性を好む貴族は多く、その点でリディッシュの令嬢は恵まれていると言える。
 なにしろ婚姻相手には事欠かない。
 そのせいか、レヴィノーラが己に自信を持っているのは明白だった。
 正妃候補に選ばれるか不安だというのは口先だけだろう。
 
「その辺りは、宰相に任せておる」
「ですが、宰相様は、書類だけを見て、お選びになるのではないでしょうか?」
 
 レヴィノーラがダドリュースに体を寄せてくる。
 小柄ながらも、ふくよかな胸が押しつけられていた。
 
 やはりキーラとは違う。
 キーラは、ここまで胸は大きくない。
 ちょっぴり固くもあったし。
 
各々おのおので、なにかと違うものなのだな)
 
 レヴィノーラは、ぱっちりとした、大きな青い瞳をしている。
 小さな鼻はツンと高く、唇は、ぽってりと赤かった。
 キーラの表情に見えるような厳しさはなく、甘ったるい印象だ。
 いかにも男性が好みそうな、魅力的な女性であるのは間違いない。
 
「お前は正妃選びの儀に並びたいのか?」
「まあ……直接的に、お聞きになられますこと」
 
 レヴィノーラの言葉に、否定する響きはなかった。
 明確な返事はなかったものの、望んでいるのはわかる。
 ダドリュースは、軽くうなずいてみせた。
 
「であれば、私から宰相に伝えておくとしよう」
「殿下自ら、お口添えいただけますと、私も安心できますわ。ですが、お手間ではありません?」
「そのようなことはない」
 
 レヴィノーラが、いよいよ体を押しつけてくる。
 踊りにくさはあれど、ダドリュースは練習の成果を発揮し、難なく踊り終えた。
 
 レヴィノーラは「もう1曲」と言いたそうだったが、まだ列は続いている。
 それはわかっているらしく、大人しく引き下がっていった。
 この夜会は、ダドリュースの顔見せであり、公の場なのだ。
 令嬢同士で諍いになるのは、さすがに、みっともないと判断したのだろう。
 
(あと何人ほどおるのであろうか。存外、大勢、集まっておるのだな)
 
 ちょっぴりお腹も減ったし、喉も渇いている。
 が、しかし、ダドリュースは「断る」ということを知らずにいた。
 
 十歳で魔術にかかって以来、まともに女性と関わっておらず、夜会にも出席せずにいたからだ。
 ダンスの練習はしていても断りかたまでは練習していない。
 そのため、空腹でも喉が渇いていても、次の女性の手を取る。
 
 公爵家の令嬢の次は、侯爵家。
 侯爵以下の爵位の者は来ていないようだ。
 だとしても、家は多く、ひとつの家から複数の令嬢が出席しているので、かなりの人数になっていた。
 あげく、同じ女性が、また列に並んでいる。
 
 これでは永遠に列が途切れることはないのではと、ダドリュースは呑気に心の中で首をかしげていた。
 とはいえ、彼の性格は、とても大雑把なのだ。
 いずれ夜会は終わるのだから、それまで踊っていればいいか、などと、またもや呑気に考えている。
 
 が、しかし。
 
 思わず、ステップを間違えそうになった。
 視線が、ホールの端に釘付けになっているからだ。
 内心、ひどく動揺している。
 なのに、どうすればいいのかわからない。
 
 なにしろ、彼はダンス中。
 そして、断りかた不明。
 
(サシャ!)
(いかがいたしました、我が君)
(キーラのそばにおるのは、アーニーではないか?)
(さようにございます)
 
 アネスフィードが、キーラに話しかけている。
 すぐさま駆けつけたかった。
 が、できない。
 ダドリュースは、ダンスをしているからだ。
 終わっても、列は続く。
 
(なにを話しておるのだ?)
(アネスフィード殿下が、キーラ様を誘っておられます)
(ダンスにか?)
(いえ、庭の散策にございます)
 
 狼狽うろたえつつも、体は覚えたステップを踏んでいた。
 傍目には、軽やかに踊っているように見える。
 
(キーラは、なんと言っておる?)
(仕事があると言って、お断りしておられますね)
(そ、そうか……む。もしや、ダンスは断っても良いものなのか、サシャ?)
 
 安堵したとたん、疑問がわいた。
 ダドリュースは、断りかたを知らない、つまり、断れるものだということも知らなかったのだ。
 
(お断りしても、なんら問題はございません、我が君)
(では、どのようにして断れば良いか?)
 
 即言葉そくことばでのやりとりで、今さらに、断りかたを、サシャに教わる。
 1日に1回しか使えない魔術を使って。
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