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最終章 黒い羽と青のそら

絶対を示す手 2

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 周りは、真っ暗だった。
 真っ暗なのに、見覚えがある。
 
(うは~……やっぱり、また、ここに来ちゃったか……)
 
 おそらく、ここは魔力顕現けんげんした際にいた、暗闇の中。
 以前は、消える直前のレティシアが見えた。
 が、今回、はなから何も見えない。
 
(あの時は、お祖父さまが、来てくれたんだよね……)
 
 祖父の姿だけが、ぼんやりと見えたことを、覚えている。
 それから、祖父が、彼女に手を伸ばしてくれたのだ。
 
 孫娘ではないから帰れない。
 
 そう言ったのに、それでも帰ってきてほしい、と言われた。
 その言葉に救われ、レティシアは、この世界で生きる決意をしている。
 
 『きみの名前を教えてくれるかな?』
 
 祖父の問いに、彼女は、自分の名を告げた。
 レティシア・ローエルハイドと。
 
(孫娘でやってくはずだったんだけどなぁ……好きになり過ぎちゃったよ……)
 
 彼女にとって、祖父の手は、あまりに特別過ぎたのだ。
 あの手に引かれ、よちよち歩きをしながらも、前に進んできている。
 いつしか、ずっと手を繋いだままでいられると、思い込むようになっていた。
 手を放すとか、手を放されるとか、考えたことはない。
 
 信頼と絶対の手。
 
 ほかの誰とも違う。
 暖かくて、安心できて、愛情をそそいでくれる手だった。
 
(今度は……1人で、帰らないとね……)
 
 体の感覚は、やはりない。
 動いている気もしないし、目が開いているのかも定かではなかった。
 それでも、膝をかかえ、うずくまっている気持ちになる。
 
(でも……もうちょっとだけ……ここに、いよう……それで……それから……踏ん切りつけてさ……1人で、帰るんだ)
 
 レティシアを待っていてくれる両親がいるのだ。
 彼らは、彼女が「違う」とわかっていても、受け入れてくれている。
 その気持ちを大事にしたかった。
 
 今すぐに、とはいかないが、少しだけここにいて、気持ちに整理がつけられたら、レティシアとして「ウチ」に帰る。
 孫娘ではなくなっても、自分はレティシア・ローエルハイドなのだ。
 
(それに、あの男の子にも、絶対って言ったし)
 
 黒い髪に、ブルーグレイの瞳。
 祖父の知り合いらしかった。
 歳は、レティシアと同じくらいだったかもしれない。
 けれど、どこか幼く感じた。
 
 ぶっきらぼうな物言いの中に、興味津々といった雰囲気も漂っていたからだ。
 まるで、幼い子が、シャボン玉を初めて見た時みたいな瞳をしていた。
 不思議なものを見ている、といった感じに。
 
(そういえば、名前、聞いてなかったっけ。帰ったら会えるかな?)
 
 彼は、ずっと祖父のそばにいたのではないか。
 なんとなく、そう思う。
 今まで、姿を見せなかったのが、なぜなのかは、わからなかった。
 もしかすると、今回が特別で、2度と姿を現さないような気もする。
 
(もし、会えたら、名前、聞こう)
 
 レティシアは、彼の「協力要請」に応じた。
 祖父の知り合いだし、悪いことにはならないだろうと思ったからだ。
 
 『オレと、お前の血を、ぜーんぶ入れ替える』
 
 彼の言葉に、レティシアは驚いている。
 そんなことができるとは、知らなかった。
 祖父からも、そんな話は聞いていない。
 
 仮にできるのなら、幼い頃に、そうしていたに違いないのだ。
 レティシアの血に、祖父の力が受け継がれているからこそ、危険が伴う。
 血の入れ替えができれば、問題は解消されるのだから。
 
 『言っとくけど、オレも初めてやるんだ。うまくいくとは限らねーぞ』
 
 失敗したら、死ぬかもしれない。
 はっきりと言われてはいなかったが、おそらく、そうなると予測はできた。
 先に、彼から「命を懸けられるか」と問われてもいる。
 
 元々、祖父に救われなければ、この暗闇の中、自分は消えていた。
 だから、彼の「協力要請」に応じたのだ。
 
(骨髄移植で、血液型が変わったりするって聞いたことあるけど……この世界で、血液型ってあるのかな……輸血、とは違うから、気にしなくていいのか……)
 
 あまり詳しくないものの、現代日本では、輸血できる血液型とできない血液型があった。
 血を入れ替えるとなれば、その辺りはどうなるのか、少しだけ気になる。
 とはいえ、彼は「魔術」を使うと言っていた。
 直接、血液を抜き取って、入れ替えるというわけではないようだ。
 
 『オレ、血脈を感じ取る魔術が、使えるんだよな。それに、変転と積在って力を、組み合わせると、血の入れ替えができそうなんだ』
 
 魔術に詳しくないレティシアには、かなり意味不明だった。
 わかったのは、魔術の併用で血を入れ替えられるらしい、ということだけだ。
 
 入れ替える相手は、彼自身。
 なぜ、彼が、そんなことを言い出したのか。
 聞いた、レティシアに、彼は、あっけらかんと言った。
 
 『オレは、オレのやりてえことをするだけサ』
 
 どうして、そうしたいのか、理由はあったのかもしれない。
 けれど、レティシアは、それについて聞かなかった。
 聞いても、答えてくれそうにない、と感じたからだ。
 自分のやりたいことをするだけ、と言った口調が、あまりにも、きっぱりとしていたので。
 
 両親に話したあと、部屋に戻ったレティシアの前に、再び彼は姿を現している。
 そして、最終確認をしてきた。
 
 『本当に、いいんだな? 死んじまうかもしれねーぞ?』
 『絶対、死なないよ』
 『絶対なんかねーだろ』
 『あるよ。でも、絶対って思わきゃ、そうならないけどね』
 
 死ぬかもしれない。
 が、死ぬわけにはいかない。
 両親を、2度も悲しませることになるからだ。
 ウチのみんなだって、レティシアの死を喜んだりはしない。
 
 『いいな。そーいうの』
 
 何がいいのか、レティシアにはわからなかったが、彼は納得したらしい。
 両手を、レティシアに、差し出してきた。
 その手を彼女は、取っている。
 
 すぐに体が熱くなり、呼吸がしづらくなった。
 目の前が、グラグラしてきて、魔力顕現の時と似ている、と思ったところまでは、記憶にあるのだけれど。
 
(私の血、もう入れ替わってるのかな……血液型がなかったら、検査もできないし……どうやって判断すればいいんだろ……)
 
 彼は姿を現して、成否くらいは教えてくれるだろうか。
 それなら、名前も聞ける。
 
 祖父とは関係のないことを、レティシアは、つらつらと考えていた。
 立ち上がる気力を振り絞るためにも、意識をそらせておく必要があったのだ。
 
(時間の感覚もないんだよなぁ、ここ……あとちょっとってのが、実際には、どのくらいになるのか、わかんないトコが、困る)
 
 童話のお姫様のように、何年も眠っていた、なんてことはありませんように、と思った。
 自分の都合で、周りに心配をかけるのは、とても気が引ける。
 が、以前、ここに来た時のことを思い出して、少しは猶予があるだろうと、考え直した。
 
 祖父が迎えに来てくれるまで、割と時間があったからだ。
 それでも、目を覚ましたら、1日も経っていなかった。
 逆に、ここは、現実よりも時間の流れが速いのかもしれない。
 
(起きたら、また……お腹が減ってたりして……)
 
 認識できるわけではないが、笑っているつもりになる。
 あれから、1年も経っていないのが、信じられなかった。
 
 ウチのみんなはレティシアにブリザードだったし。
 ユージーンは王子様だったし。
 
(いろんなことが変わったよね。私も……変わったなぁ……)
 
 恋なんて必要ない、と思っていたのに。
 恋をして、失恋までしている。
 
 自分の変化を感じている、レティシアの意識に、何かがふれた。
 それは、聞き馴染みのある、とても聞きたかった声だった。
 
(レティ……頼むから……帰ってきておくれ……私は、レティを失いたくない)
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