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最終章 黒い羽と青のそら
初めての戸惑い 3
しおりを挟む「これで、よいか?」
レティシアが、くすくすと笑っている。
なにやら、ひどく恥ずかしい。
さっさと支払いを済ませてしまいたかった。
なぜ、レティシアが笑っているのかもわからないし。
「ちょうどの金額になります。ありがとうございました」
売り子の言葉に、ユージーンは、ホッとする。
レティシアは、まだ笑っていた。
とても愛らしいが、それはともかく。
「なにが、それほどおかしいのだ?」
「いや、だってさ、ユージーン、ポケットから銀貨バラバラって出してから、ちまちまって、数えてるんだもん」
「金を入れる袋がなかったのでな」
サハシーの時は、サイラスから金貨を袋ごと渡されていた。
が、グレイから渡された給金は、袋に入っていなかったのだ。
2ヶ月分の給金は、そのまま、書き物机の引き出し入れていた。
出かけようとして気づいたが、袋を用意する時間がなく、ポケットに突っ込んで出て来ている。
レティシアを待たせるよりはいい、と判断したからだ。
「じゃあ、次は雑貨屋さんでも、行こっか。小銭入れとかあるかもしれないし」
ユージーンは、自分の手を意識した。
レティシアと、自然に手を繋いでいる。
王太子の頃、ベッドをともにする女性もいたし、一緒に食事をする女性もいた。
さりとて、手を繋いだことはない。
繋ぎたいとも思わずにいた。
エスコートとして腕をかすことはあったにしても、だ。
「レティシア」
「ん? なに?」
レティシアは、たびたびユージーンを見上げてくる。
そのたびに、心臓が、どきっとした。
レティシアのほうが小柄なのだから、必然的に、上目遣いになると、わかってはいる。
それでも、どきっとせずにはいられない。
そのせいで、少し不自然に、目を逸らせてしまう。
「雑貨屋なのだがな。近くに、あのカフェがある」
「あ! だったら、先にカフェに行きたい!」
「そろそろ昼も近い。お前は……」
食い意地が張っている、と言いかけて、急停止。
その言葉は、女性に言うことではなかったのだ。
「お前は、パンケーキは好きか?」
「好きだよ。蜂蜜とかクリームとか、かかってるのが、とくに好き」
「あの店は、パンケーキもあるようだったぞ」
ユージーンは、ジョーお勧めの店のメニューを、すべて覚えている。
その中には、ケーキ以外のものもあった。
「それは、悩む……」
「悩む? なにをだ?」
「パンケーキとケーキ」
「どちらも、食べればよかろう?」
メニューには料金も書かれていた。
当然に、ユージーンは、それも記憶している。
雑貨屋で、どのくらい使うことになるかはともかく、カフェが先だ。
今の持ち金からすると、両方を頼んでも、足りなくなることはない。
「食べたいけど……」
チラッと、また上目遣いで見られる。
なにか、もの言いたげな視線に、ドキっとするどころではなくなった。
どきどき、ばくばく。
今ここでレティシアを抱きしめられたら、と思う。
ともすると、心拍数に後押しされて、衝動に走ってしまいそうなのだ。
が、いきなり抱きしめるのは、さすがにまずい、との理性も働いている。
「なんだ?」
「ユージーン、私のこと、食い意地が張ってるって思ってるじゃん?」
自らの、過去の失敗を突き付けられていた。
大公の言うように「女性に言うべきでないこと」だったらしい。
レティシアは、その言葉を気にしているのだ。
「あ、あれは……魚について言っただけで、常にそうだとは言っておらんぞ」
「ホントに? 食いしん坊だと思ってない?」
「お、思っておらん」
ということにしておく。
実際には、微妙に違っていた。
ユージーンは、レティシアの食い意地が張っていてもかまわないと思っている。
(くいしんぼう……というのは、おそらく食い意地が張った者のことであろう)
良い意味でなさそうなことは、否定しておくに限るのだ。
グレイから、そう言われていた。
さもなければ「ホウキの柄」で殴られても、文句は言えないらしい。
「だったら、半分こしようよ」
「はんぶんこ、とは……」
聞きかけて、戸惑う。
聞いてかまわないかと、問うべきか。
あとでグレイに問い質すことにして、ここは聞かずにおくべきか。
ユージーンは、人に何かを頼むのが得手ではない。
経験が乏しく、どう言うのが正解なのか、わからないからだ。
「ユージーンがパンケーキを頼んで、私がケーキを頼んでね。それを、半分ずつ、分け合うってコト」
なんと。
そんな素晴らしい案があるとは、思いもしなかった。
もしかすると、大公にしていたのが、それだったのかもしれない。
大公が食べたのは、ひと口だけだったけれども。
『お祖父さま、ひと口、あげる』
レティシアが、手ずから、大公に食べさせていたのを思い出す。
自分にも、あれをしてもらえるのだろうか。
(いや……半分こ、なのだから、俺からも、レティシアに食べさせるべきか)
自慢ではないが、ナイフとフォークの扱いには、自信があった。
綺麗に切り分け、レティシアに食べさせることは、難しくはないはずだ。
「そーいうの、嫌?」
ユージーンが黙っていたからだろう、レティシアが首をかしげている。
実際には、勝手に想像して、ふわふわした気分になっていただけなのだけれど。
「嫌ではない。どのパンケーキにするかは、お前が選……お前に、選んでもらうとしよう。俺は、どれがいいのか、わからんのでな」
「私の好みになっちゃうけど、いいの?」
「むろんだ」
ユージーンは、そもそも甘い物を好むほうではない。
出されれば食べる、といった程度だ。
「ザカリーならば、あれこれと注文をつけたやもしれんが、俺には、あそこまでのこだわりはない」
「ザカリーくんは、ホントに、いろいろ知ってるみたいだね。ジョーが、いっつも感心してるもん」
「あの2人、うまくいっているのだか……」
自分とて「うまくいっているのだか」という状態ではあるが、それはともかく。
ザカリーには、早目に即位してほしかった。
だから、2人の進展具合は、気にかかるのだ。
店につき、ユージーンは、イスを引いてレティシアが座るのを待つ。
それから、自分も席についた。
テーブルにあるメニューを開き、レティシアに渡す。
「仲良くはしてるみたいだし、悪くはないんじゃない?」
言いながら、レティシアは、メニューを見ていた。
向かいに座ったユージーンは、その姿を見つめる。
『味というのは、それこそ好みなのだからね』
『きみは、レティの好みではない。そう言われたことはないかね?』
大公の2つの言葉が、頭をよぎった。
好みというのは、外見だけのことではない。
が、外見も含まれる。
そして、それはレティシアの気持ち次第ということなのだ。
(レティシアの理想は大公……ならば、大公の外見も理想に含まれているはずだ)
レティシアの中で、好みと理想というのは、別の意味を持つらしい。
さりとて、まったく違うとは言えないだろう。
重なっている部分がある気はする。
初めて、レティシアの言っていた「好みではない」を、意識した。
(レティシアは……もしや……金髪や翠眼を好んでおらん、のか……?)
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