理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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最終章 黒い羽と青のそら

愛称は家族限定 2

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 サリーには、グレイの様子を見に行ってもらっている。
 レティシアが中庭に出てきたのは、思っていたより祖父の帰りが遅いからだ。
 昼食までには帰ってくるだろうか。
 ちょっぴり寂しくなって、気晴らしがしたくなった。
 
 あれからウィリュアートン公爵家の話は聞かない。
 あのレイモンドという金髪好きな公爵も、訪ねては来なかった。
 諦めてくれたのなら、それでいいのだけれども。
 
(ユージーン以上の粘着っぷりだったしなぁ……)
 
 簡単に諦めるとは思えずにいる。
 祖父曰く「正当な手続きをするだろう」とのこと。
 実力行使は、とりあえず阻止した。
 だから、今度は、正当な手段に訴えるつもりなのだ。
 
(でも、この世界ってさ、正当が正当じゃないトコあるじゃん? エッテルハイムの城のことも、私戦でも、裁判は役に立たないって話だったもんね)
 
 ここでは、貴族が大きな力を持っている。
 レイモンド・ウィリュアートン公爵家は、大派閥のトップらしい。
 ラペル公爵家とでは、格が違うのだそうだ。
 
(大財閥みたいな感じ? 政財界に影響力がある、影の支配者的な……)
 
 そう思ったが、そのイメージは即座に打ち消される。
 レイモンド・ウィリュアートンと影の支配者の印象が、かけ離れていたからだ。
 ユージーンの足元に、飛びつくようにしてひざまずいていた姿を思い出す。
 
(あれは、男性だからとか、たぶん関係ないな)
 
 ユージーンは「男性を嗜好しない」と言っていた。
 だが、レイモンドを毛嫌いしているのは、男性だからでも、恋愛感情を持たれているからでもない。
 レイモンド個人が嫌いなだけなのだ。
 
 初めて2人で話した夜会。
 あの夜のユージーンは、とても、そつがなかった。
 自分の嗜好と違うからといって、あんなふうになるとは考えにくい。
 もとより、ユージーンが人の嗜好なんて気にするはずもないし。
 
(最近は変わってきた気もするけどさ。周りが見えずに、自分の頭の中だけで突っ走るトコは変わってないからね、ユージーン)
 
 協調性というものが、ユージーンにはないのだ。
 自分がどう思うかを中心としていて、人がどう思うかは考えていない。
 良く言えば、アクティブでスーパーボジティブ。
 前向きになれるし、人の影響でクヨクヨ悩んだりしないという点で、一概に悪いとも言い切れないのだけれど。
 
(なぁんか違うんだよなぁ。どっかズレてる感が拭いきれないってかさ)
 
 ユージーンのことは、嫌いではない。
 少し変わった勤め人という意味でなら、好意的な気持ちもある。
 ただし、それは「好意」ではなく、あくまでも「好意的」に過ぎなかった。
 胸がドキドキしたり、きゅーんとしたりするような相手ではないのだ。
 別の意味で、心臓をバクバクさせることは多々あっても、吊り橋効果にすらならない。
 
「レティシア!」
 
 声に、びっくりして振り向く。
 ガゼボで、ひと休みしようか、奥の薔薇園まで行こうか、迷って足を止めていたところだった。
 
「どしたの、ユージーン?」
 
 ユージーンが、仕事を休んでいる。
 それだけで、何事かと思ってしまう。
 休憩を取るように言ってはいるらしい。
 さりとて、ユージーンは、いつもほんの少ししか休まない、とグレイから聞いていた。
 
「お前の姿が見えたのでな」
 
 レティシアは、きょとんとする。
 何か用事でもあったのだろうか、と思った。
 とはいえ、仕事の関係でレティシアが言うことは、とくにない。
 聞かれても、わからないだろう。
 その辺りは、グレイの役目なのだ。
 
「少々、お前に聞きたいことがある」
「仕事のことなら、私じゃわからないよ?」
「仕事のことではない」
 
 となると、考えられることは、ひとつ。
 レティシアは、少し目を細めた。
 
(また、わからない言葉があったんだな。最近、説明するのはグレイの仕事みたいになってたから、油断してたわー)
 
 ウチの誰かが話していたのを聞いたのか。
 それとも、自分が無意識に使っていた言葉を聞きとがめていたのか。
 追いかけてきてまで、とは思うが、それがユージーンなのだ。
 わからないままには、しておけない。
 
「いいよ、なに?」
 
 ユージーンが、レティシアに近づいてくる。
 目の前に立たれると、どうにも居心地が悪い。
 ユージーンは、レティシアより20センチ近く背が高かった。
 正妃選びの儀のこともあり、どうしても威圧感を覚える。
 
「お前のことを、愛称で呼びたい」
「は……?」
「レティシアではなく、愛称で呼びたいと言っているのだ」
 
 なにやら肩から力が抜けた。
 てっきり、説明地獄が待っている、と思い込んでいたので、肩透かしを食らったような気分になる。
 
「それを聞くのに、追いかけて来たの?」
「そうだ」
 
 レティシアは、そんなことで、と少し呆れた。
 わざわざ追いかけて来なくても、いつだって聞けただろうに。
 
「別に、いいけど?」
「本当に良いのか?」
「いいよ?」
「本当だな?」
「しつこい! いいって言ってるじゃんか!」
 
 ウチのみんなは、さすがに呼び捨てだの愛称だので呼ぶことはしない。
 レティシアを愛称で呼ぶのは、今のところ家族だけだ。
 が、ユージーンは元王太子で、厳密には勤め人ではなかった。
 だいたい、すでに呼び捨てにされている。
 それが愛称に変わったところで、たいして違いはしないのだ。
 少なくともレティシアにとっては。
 
(そりゃ、レティたん、とか、レティちゃま、とか呼ばれるのは、絶対に嫌だけど! ユージーンに限って、それはないもんな)
 
 特殊な呼ばれかたでもなければ、こだわりはない。
 周りがどう反応するかはともかく、こういうものは「慣れ」だとも思う。
 
「え……?」
 
 返事をしたことで、レティシアは気が抜けていた。
 気づけば、ユージーンに腰を引き寄せられている。
 レティシアの見開いた瞳に、ユージーンが大きく映っていた。
 
「レティ」
 
 顔を寄せられ、ぎょっとする。
 このままだと、確実に。
 
「……お前、なにをしている。手をどけろ」
 
 レティシアは、近づいてきたユージーンの顔を、両手で掴んでいた。
 それ以上の接近を阻止するためだ。
 
「どけたら、どうする気」
「むろん、口づける」
「なら、絶対、どけないよ?」
「なぜだ?」
 
 なぜ?と、聞いてくる神経がわからない。
 唐突にキスしようとしてくる神経もわからない。
 
「ユージーンとキ……口づけるつもりなんてないから」
「意味がわからん」
「こっちが言いたいっての!! 突然、することじゃないでしょーよ! こっちの許しも得ずにさあ!」
「許し? そのようなものが必要か?」
「当たり前じゃん! てゆーか、なんで口づけること前提になってるんだよ!」
 
 ユージーンが、数回、まばたきをした。
 その目を、ギッと睨む。
 と、逆に、じろっと睨み返された。
 
(え……? なに、この反応……逆ギレ……?)
 
 パッと、ユージーンは、レティシアの体を離す。
 そして、ものすごく不愉快そうな顔をした。
 
「ものを知らんにもほどがある! 先ほどのことは忘れろ!」
 
 言い捨てて、ユージーンがレティシアに背を向ける。
 そのまま、ずんずんと歩いて行ってしまった。
 背中を見つめ、レティシアは唖然とする。
 
(ちょっと、もう……なにがなんだか……謎過ぎるんデスけど……)
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