理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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最終章 黒い羽と青のそら

目指せ皮むき職人 3

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 彼は、久しぶりに森に戻っている。
 屋敷にはジークが残っているので、何かあれば、すぐに連絡が来るはずだ。
 
 状況によって、この山小屋を使うことになるかもしれない。
 少しばかりの手入れは必要だった。
 わずかに積もった埃。
 彼が、中に足を踏み入れたとたん、綺麗に消え去る。
 
(ザック)
 
 王宮にいる息子を、即言葉そくことばで呼び出した。
 そろそろ動きがある頃だと思っている。
 
(父上、もしかして、もうお耳に?)
 
 息子の言葉に、予測通りだと思った。
 が、実際の「耳」に、情報が入ってきたわけではない。
 
(聞こえてきてはいないが、予測はしていたのでね)
(彼の受け入れ先について、動議を起こそうとしているようです)
 
 レイモンド・ウィリュアートンは、諦めないだろう。
 そうは、思っていた。
 ただ、女性魔術師との連絡が途絶えたことに不安も感じている。
 だから、実力行使を中断したのだ。
 
 手続きをして、それが通れば、口実ができる。
 レイモンドのこだわりは、ユージーンが王太子に戻ること。
 そのためなら、ローエルハイドとやりあうことも辞さない構えではある。
 さりとて、大派閥であっても、いち貴族だけでは心もとない。
 口実を作り、王宮を後ろにつけてから、と考えるのは、分かりきっていた。
 
(きみは、どう思っているのだい?)
(私は、彼がどこに行こうとかまいやしませんよ、父上)
(だろうね)
(ですが、最初にもお話した通り、彼が納得しないでしょう?)
(その通りだよ、ザック)
 
 そして、今となっては、レティシアも少なからず、抵抗感を示すはずだ。
 嫌がるユージーンを無理に、しかもウィリュアートンへ差し出すとなれば、いい気分はしない。
 レティシアにとって、ユージーンも「ウチの人」の一員なのだから。
 
(……父上には、何かお考えが、おありですか?)
 
 息子の遠回しな聞きかたに、少し笑いそうになる。
 このタイミングで、わざわざ連絡を取ったことが、答えだった。
 もちろん彼は、レイモンドを放置しておく気などない。
 ユージーンが王太子に戻ることはないし、レイモンドが王太子復帰を諦めることもないのだ。
 放っておけば、面倒なことになる。
 
(ウィリュアートン公爵家には、優秀な次男がいるじゃあないか)
 
 レイモンドが消えたところで、ウィリュアートン公爵家自体は、困りはしない。
 トラヴィス・ウィリュアートンは、亡きハロルド・ウィリュアートンに似て、頭も切れ、人望もある。
 
(確か、昨年、婚姻も済ませ、子供も生まれたのではなかったかね)
 
 レイモンドは、独特の嗜好に、こだわりが強いせいで、未だ婚姻していない。
 仮に、ハロルドが生きていれば、次期当主には、間違いなくトラヴィスを選んでいただろう。
 
 貴族のならわしとして、後継ぎには、婚姻が条件とされることが多いからだ。
 家が続いていくための保証だとも言える。
 そのため、基本的には長男が後継ぎとされていても、婚姻していない長男より、婚姻している次男が選ばれることだってあった。
 レイモンドは、それも恐れて、ハロルドを、先んじて殺したのだろう。
 
(レイモンドがいなくても、問題はないですよ。実際的なことは、トラヴィスが仕切っていますし、周辺貴族も、それは知っています)
(そう言えば、審議に顔を出していたのも、トラヴィスだったかな)
(ええ。レイモンドの代理、ということで列席していました)
 
 ラペル公爵家の件で、彼が審議に呼び出された時のことだ。
 息子であるザックは列席を許されなかったが、主たる重臣は顔を揃えていた。
 が、その中にレイモンドの姿はなかった。
 
(ウィリュアートン公爵家がなくなると、きみも困るだろう?)
(困ります。今の勢力図が変わると、面倒でかないません)
 
 ザックのあっさりとしたように、彼は笑う。
 そこに「愛」が関わりさえしければ、ザックは思い切りがいいのだ。
 
(よろしい。それでは、そのように)
(私は、できるだけ動議までの期間を引き延ばします)
 
 ザックが手を回し、動議が起こされるまでの期間を引き延ばしたとしても、半月がいいところだろう。
 手を打つのであれば、早いほうがいい。
 ザックは、後片付けもしなければならないのだ。
 たとえば、ウィリュアートン公爵家の次期当主の選任や承認だとか。
 周囲が認めていようが、根回しは必要とされる。
 それが貴族社会の面倒なところなのだけれども。
 
(父上、本当に、彼を王太子には戻せないのでしょうか?)
(きみは、そうしたいのかね?)
(レイモンドに手間をかけることを考えれば、という話です)
 
 ザックには、ザカリーが王族の血統でないことを伝えていなかった。
 そのため、ザックは、ユージーンを王太子に戻すほうが、手っ取り早いと考えているのだろう。
 
(彼が納得しやしないと、きみも言ったばかりじゃないか)
(父上でも、ですか?)
 
 ザックは、なにかおかしいと感じているのかもしれない。
 レイモンドの件が浮上した時点で、彼が、ユージーンを屋敷から叩き出していても、おかしくないからだ。
 わずかにもレティシアに危険があるのなら、その元を断つ。
 ユージーンが納得しようがすまいが、どうでもいい。
 彼の思考を、ザックは、よく理解していた。
 
(彼が宰相になれば、きみは自由の身になれるのだよ?)
(ジョーのことが、いち段落すれば、国替えができます)
 
 どうしたことか、ザックは、いつになく食い下がってくる。
 レティシアを街に出したことが、少なからず影響しているのかもしれない。
 
(きみは、公平さに欠けているのではないかな?)
(……だとしても、私は、彼が気に入らないのですよ、父上)
(彼は、もう王太子ではないだろう?)
(父上は、彼がレティに相応しいと、お思いですか?)
(どうだろうね)
 
 ザックが、息を飲む「音」が聞こえた。
 レティシアにユージーンが相応しいかどうかは、彼には関係がなかった。
 なにより大事なのは、レティシアが、どう思うか、だ。
 ザックが気に入らない相手だとしても、レティシアが選ぶのであれば、認めるほかない。
 ユージーンが王太子で、レティシアをまつりごとの道具にしようとしていた頃ならともかく、今は違うのだから。
 
(レティは……彼を気に入っているのでしょうか……?)
(そうでもないよ、今はまだ)
(父上……彼に、レティを嫁がせるなど、私は……)
 
 耳元で、ぐずぐずと鼻をすする「音」が聞こえる。
 ザックは「愛」が絡むと、どうにもならない。
 理屈や道理が、頭から締め出されてしまうのだ。
 
(しっかりしたまえ。いずれにせよ、レティは、いつか嫁ぐのだからね)
(嫌です! 私は、こんな立場になり、レティとは、ほとんど一緒に過ごせていないのですよ! だいたい私がこのようなことになったのは、父上が、さっさと王宮を辞してしまったからではないですか!)
 
 予測していたことを確認するだけのつもりで、連絡をしたのだが、厄介なことになってしまった。
 まさか自分が責められることになろうとは。
 
(では、私に、どうしろというのかね? レティに、彼を近づけなければいいのかい? だがね、私にも体裁というものがなくはない。とくにレティの前で、みっともない真似をするのなら、理由というものを明確にさせてもらうよ?)
 
 ザックに頼まれたのでユージーンを遠ざけている。
 そうでも言わなければ、孫娘に恰好がつかない、と彼は言っているのだ。
 同時に、それはザックがレティシアに呆れられてもしかたがない、と言っているに等しい。
 
(父上が、おられるではないですか!)
(きみ、なにを……)
(父上ならレティを守れますし、私との縁が切れたりもしないでしょうっ?)
 
 思いもかけない息子からの言葉に、彼は、一瞬、返事を忘れる。
 レティシアを安心させるため「王宮での噂」に絡めて、ザックに「後添え」の話などしたのが、間違いだった。
 フラニーとは違い、ザックは本気にしている。
 
(レティだって、父上に、あんなに懐いて……)
(懐いていることと、愛とは違う。そんなこともわからないとは、呆れるね)
(ですが、彼より父上のほうが……)
(いいかげんにしておかないと、きみを屋敷から叩き出すことになる)
 
 ぴしゃりと言い、彼は即言葉を切った。
 娘可愛さからなのだろうが、度が過ぎていて、つきあいきれない。
 
 彼だって、レティシアのことは可愛いし、愛しく思っていた。
 手放したくない気持ちも、わかる。
 だが、だからといって、彼の元にレティシアを嫁がせることにはならない。
 形だけのものならば有り得ても、彼女の望む意味での婚姻など、できるはずがなかった。
 ザックは肝心なことを忘れているのだ。
 
「レティには、私の血が受け継がれているのだよ、ザック」
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