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最終章 黒い羽と青のそら

剣の腕前魔術下手 2

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 相手は、5人。
 剣の腕は、悪くもないが、良くもない。
 近衛騎士と、たいして代わりはなさそうだ。
 
「お祖父さま……?」
 
 レティシアが、大公を見ている。
 ちょっとムッとした。
 魔術で大公に敵わないのは、わかっている。
 が、剣の腕であれば、ユージーンだって、自信はあるのだ。
 
「剣を寄越せ」
「えっ?! やめときなよ! 怪我するよ!」
「怪我などせぬ!」
 
 レティシアは、大公に絶大な信頼を置いている。
 さりとて、少しくらい自分のことも信頼してほしかった。
 ユージーンは、レティシアが思っているほど、貧弱ではないのだ。
 
 おそらく花瓶の一撃で昏倒してしまったので、誤解が生じているのだろう。
 自分でも、情けないとは思っている。
 ただ、あれは、相手がレティシアだったから、油断した。
 完全に無防備に、キス待ちしていたのだから、しかたがないことだったのだ。
 
「いいじゃないか。彼も、ずっと屋敷にいたのだからね」
「でも、お祖父さま……ユージーン、ずっと薪割りばっかりしてたんだよ? 剣の腕、鈍ってないかな?」
「そのようなことはない! 早く剣を寄越せ!」
 
 と揉めている間にも、1人が突っ込んで来る。
 剣なしで戦う武術の鍛錬も、相応にしていた。
 とりあえずで駆け出したユージーンの手に、ひゅんと剣が現れる。
 
(ギリギリで出してくるとは……しかもロングソードではなく、レイピアではないか! 大公は口も悪いが、意地も悪い!)
 
 ロングソードは、騎士が一般的に使う両刃の剣だ。
 長さは1メートル前後、重さは1キロ強の片手で扱うものでもある。
 レイピアも、似たようなものだが、大きく異なるところがあった。
 刃幅だ。
 ロングソードとは違い、明らかに「突き」を目的とする細さになっている。
 
 当然、握りの部分もロングソードのほうが分厚いく長い。
 そのため、ロングソードは握る際、親指だけを握りに沿わせ、ほかの4本の指で握りこむ。
 が、レイピアの場合、手の甲を上にして、すべての指で握りこむのだ。
 このように、扱い方がまったく違う。
 目の前の騎士たちは、ロングソードを握っていた。
 どうせなら同じ種類で出してくれればいいものを。
 
(まともに受けたら、刃が折れてしまうやもしれん)
 
 思いながら、構える。
 つまり、ユージーンには、まだ考える余裕があった、ということ。
 突っ込んでくる騎士の剣先から、体を、わずかにずらす。
 同時に踏み込んで、剣のつかで、したたかに頬を殴り上げた。
 口から血を吹き、騎士が横の壁に体をぶつける。
 
「え……あれ……? ユージーン、剣、使ってないよ……? 使い方、忘れてたりしない……?」
 
 レティシアの言葉に、ユージーンは心の中で「忘れておらん」と怒鳴った。
 実際に怒鳴らなかったのは、体を動かしていたからだ。
 舌を噛み、自分で自分に傷を与えることになりかねない。
 
 隣から突っかけてくる騎士を、体を反転させてよけた。
 その騎士が、前へと泳ぐ背中に、剣の柄を打ち下ろす。
 地面に、べしゃっと騎士が倒れた。
 その顎を、蹴り飛ばす。
 
「あれはね、剣と武術を組み合わせる技なのだよ」
「そうなの?」
 
 大公が、のんびりとした口調で、レティシアに解説している。
 助太刀を頼むつもりは毛頭ないが、まるで助ける気がなさそうな態度を取られるのも気に食わない。
 
「さっさと、かかって来んか!」
 
 2人が、あっさりやられてしまったためか、3人がわずかに怯んでいた。
 同時に行くか、時間差で行くか、迷いもある様子が窺える。
 ユージーンの力量がわかるからこそだ。
 そういう意味で、剣の腕が悪くないのは、認めてもいい。
 さりとて、ぐずぐずされるのも腹が立つ。
 自分が、もたもたしていると、レティシアに勘違いされたくなかったのだ。
 
「彼は、短気でいけないねえ」
「あの人たち、逃げたいんじゃないかな?」
 
 少し心配そうな声で、レティシアが言う。
 心根が優しいのは、レティシアの長所だし、彼女はそれでいい、と思っていた。
 だとしても、ユージーンは、そうはいかない。
 判断を誤れば、同じことを繰り返す。
 
 そして、大事な者を失う。
 
 目の前にいる騎士たちは、ユージーンが背を向けたとたんに、切りかかってくるはずだ。
 そうなれば、レティシアの前で「人殺し」をしなければならなくなる。
 先に手を出してきたのは相手なのだから、防衛しただけだ、とは言えた。
 けれど、レティシアに、人が死ぬところは見せたくない。
 
 大公も同じだ。
 サイラスの時、あの場からレティシアを去らせている。
 
(レイピアというのは、そういうことか……突きどころを、間違わぬようにせねばならん……下手な場所を突くと、うっかり殺してしまうやもしれん)
 
 ユージーンは、剣先を地面のほうへと下げた。
 一見、棒立ちに見える。
 逃げたければ逃げればいい、と示したような姿だ。
 が、相手が逃げないことなどわかっていた。
 
 案の定、3人が突っかけて来る。
 ユージーンは、手首を使って剣先を跳ね上げた。
 右側にいた騎士の手の甲が、一瞬で真っ赤な血に染まる。
 その手から剣が落ち、地面に転がった。
 
 ユージーンが、最初の2人を打撃技で倒したため、剣を使わないと思っていたのだろう。
 残りの2人が、わずかに怯む。
 その隙を突き、正面にいた騎士の剣を、つばに近い部分で受け止め、そのまま体を寄せた。
 顔が間近に迫るほどの距離になる。
 すかさず胸倉を左手で掴み、左にいた騎士のほうに、ぶん投げた。
 2人が折り重なって地面に倒れる。
 
「あっ!!」
 
 レティシアの声が聞こえた。
 その時にはもう、ユージーンは、横へと2,3歩、移動していた。
 後ろからくる剣を避けたのだ。
 空振りし、前のめりになる騎士の腕を、背を向けたままで掴み上げる。
 それから、肩越しに剣の柄で殴りつけた。
 
「俺は、拳を使うのは好まぬ。痛いのでな」
 
 ふんっと鼻を鳴らし、腕を離す。
 そのまま、騎士が地面に倒れた。
 
「なかなかやるじゃあないか」
「……理由はわかるが、それにしても、レイピアとは酷いぞ」
「ダガーのほうが良かったかね?」
「いや、それなら、レイピアとダガーの組み合わせが妥当だろ?」
 
 ダガーは短く小回りの利く剣だ。
 刃幅も広くて分厚いので、盾代わりにも使える。
 レイピアを使う際には、片手に盾かダガーを装備することが多かった。
 
「ユージーンって……ちゃんと戦えるんだね」
「当然だ。今となっては、薪割りのほうが難しく思える」
「そ、そっか。かなり練習して……そういえば薪割りの時に、剣の時以上って……言ってた?」
 
 うむ、とユージーンはうなずく。
 剣の鍛錬に励んでいた頃を思い出した。
 
「最初は鍛錬にならず困っていたものだ。剣術を教える者が口先ばかりでな。やれ型がどうの、華麗さがどうのと、愚にもつかないことを言って、いっこうに実践をさせん。いいかげん腹が立って、殴り倒してやったのだ」
「せ、先生を殴ったのっ?」
「それをけられもせぬ者が、なにを教えられるという?」
「そ、それは、まぁ……そうだけど……」
 
 結果、近衛騎士が、ユージーンの練習相手になったのだ。
 練習にならない、と言ってこぼすユージーンの希望を叶えるため、サイラスが、そのように手配をしてくれた。
 
「朝から晩まで鍛錬し続け、そのうち、近衛騎士では相手にならぬようになってな。ゆえに、騎士隊長に相手をさせるようにした」
「……な、なんか近衛騎士の人たちが、かわいそうに思える……」
「何を言うか。かわいそうなのは俺だ。数ばかりいても、腕がなければ話にならんのだぞ。相手がいなければ鍛錬にならんではないか」
 
 ユージーンは、できないことを、できないままにしておけない。
 ありとあらゆる剣を学びたかったのに、務まる相手がいなくて苦労した。
 時には、何日も待たされることだってあったのだ。
 思えば、近衛騎士たちより、自分に同情してほしいくらいだ、と思う。
 
「おや。彼ら、まだ諦めていないようだねえ」
 
 騎士たちが少し下がり、距離を取っていた。
 代わりにローブを着た3人が現れる。
 ユージーンは、自分にできることとできないことを、正しく判断していた。
 大公に向かって言う。
 
「これは、俺の相手ではないぞ」
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