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最終章 黒い羽と青のそら
どいつもこいつも 1
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レティシアは、しみじみと呆れている。
かと言って、無視もできないわけで。
(てゆーか、ホント、勝手に来る奴、多いな、おい!)
ということなのだ。
完全予約制にしたい、と思わずにはいられなくなっている。
思えば、ユージーンは「勝手に来る奴」の最初の1人だった。
さりとて、ユージーンとは面識があったし、粘着されてもいたし、おかしな話だが、ある意味、来ても不思議ではない雰囲気ではあった。
見も知らぬ突然の来訪者は、落ち着いた頃にやってくる。
祖父を説得し、レティシアが街に出る許可が出たのが2日前。
今は、カツラだとか、そういったものを準備中。
祖父も「カラーコンタクトレンズ」を製作中のはずだ。
2,3日くらいでできそうだ、と聞いている。
なにもないところから作るのに、そんな短期間で、と驚いていた。
イメージさえあれば、なんでも作れてしまうのではないか、と思う。
そんな折も折、来客有りと、グレイが渋い顔で伝えてきたのだ。
「いかがいたしましょう?」
グレイは、そう聞きながらも、目で「追い返しましょう」と言っている。
が、そうもいかないのが、貴族の面倒なところ。
相手は「公爵家」の者だと言う。
横繋がりのことを考えると、簡単に追い返すことはできなかった。
「いいよ、グレイ……とりあえず、小ホールに、お通しして……」
しかも、その客は、レティシアの客ではない。
ライラと同じく、ユージーンを訪ねてきた、ユージーンの客。
ユージーンが会わないと言えば、それまでだ。
(でも、私が、勝手に追い返したってなるとなぁ。後々、お父さまに迷惑がかかるかもしれないもんね)
なんとなくなのだけれども。
サリーと目が合う。
「やっぱり、そう思う?」
「ええ。間違いなく、腹を立てると思います」
「だよね~……あの人、案外、真面目っていうかさ。薪割りに命でも賭けてんのかって感じじゃん? 邪魔されると、絶対、怒る」
「失せろ!消えろ!と怒鳴って、終わるのではないでしょうか」
それならば、まだいいほうなのだ。
斧で切りかかったりしなければ、それでいい。
「どんな人か知らないけど、早く諦めて帰ってくれるといいなぁ」
レティシアは、ユージーンが来るまで、来るかどうかはわからないが、ともかく、場を繋ぐ必要がある。
なにを話せばいいのかも思いつかないし、憂鬱であるのは間違いない。
「それでは、私が彼を呼んでまいります」
「穏便に……って、言っておいてくれる? まずムリっぽいけど……」
「かしこまりました。できる限り……言い聞かせておきます」
呼びに行くサリーも大変だろう。
暴れないことを祈るだけだ。
(5歳児みたいなトコあるから……なんだよ、あのヤンチャ坊主っぷりは……)
知識だけは無駄に持っていて、テーブルマナーは満点。
落ち着いている時は、しっかり大人のくせに、世間知らずな部分で、いきなり、5歳児に豹変する。
とても面倒で、厄介な人なのだ、ユージーンは。
(ユージーンは、ただのユージーンになったのに、放っといてもらえないもんなんだな。ここは、王宮じゃないっての)
父を通して、面会の申し入れくらいしろよ、と思う。
どいつもこいつも、貴族というのは、勝手な奴ばかりだ。
レティシアは、嫌々ながらも、小ホールに向かった。
「お待たせいたしました」
室内には、お客とグレイの2人が立っている。
レティシアは、できるだけ貴族令嬢風を装った。
知らないけれど。
「これはこれは。大公様のお孫様が直々のお出ましとは、いたみいります」
大仰なお辞儀が、なんだか嫌味に感じられる。
が、相手がどんな人かも、わからないのだ。
見た目が整い過ぎているから、そう感じるだけかもしれない。
(この人、ユージーンに負けないくらい、キラッキラしてるなー)
目にも眩しい金髪美形。
歳も、さほどユージーンと離れていなさそうに見える。
当主と言うので、それなりの年齢だと思い込んでいた。
さりとて、父だって、まだ32歳だし、歳よりも若く見える。
もしかすると、意外に30代だったりするのだろうか。
「こちらこそ、ウィリュアートン公爵様に直々にいらしていただけて、光栄でございますわ」
オホホホとつけたほうがいいか悩んだが、やめておいた。
ほかのご令嬢がどうかはともかく、自分に似合わないのは確かだからだ。
それに、すでに自分の口調に、寒くなっている。
我と我が身を、氷像にする気はない。
嫌だったけれど、前に進み出て、にっこりしてみせた。
「どうぞ、お掛けになってくださいませ」
ソファを勧め、相手が座ったのを見てから、レティシアも腰かける。
ウィリュアートン公爵は長いほう、レティシアは1人掛けのほうだ。
見計らったように、おそらく見計らっていたのだろうが、アリシアが紅茶のセットを運んで来る。
それらをテーブルに置いた時だ。
バーンッ!!
ああ…と、レティシアは目をつむった。
こんな真似ができる者は、この屋敷では1人しかいない。
レティシアだって、こんなことはできないし、祖父や両親なら、そもそも扉を「ばーん」なんて開けたりはしないのだ。
「ウィリュアートン!」
「これは、殿下!」
レティシアに対していた時とは、まったく違う。
レイモンド・ウィリュアートンは、パッと立ち上がるや否や、転がるようにしてユージーンに駆け寄り、その足元に跪いた。
レティシアも、つられて立ち上がっている。
(……なんだ、これ……? 舞台? 演劇? ミュージカル? 急に歌い出したりしないよね……?)
と、思ってしまうくらい芝居がかっていた。
驚きの寒さだ。
凍え死にしそうだ。
ミュージカルを観に行っているのならともかく、現実世界でやられても。
「帰れっ! 失せろッ!」
「なんとおいたわしい、お姿におなりか!」
「寄るなっ! 消えろッ!」
「アイザック・ローエルハイドめ! 殿下を、このように虐げるとは!」
いやいや、会話がね。
レティシアは、2人が「会話」しているのかも、わからなかった。
以前、ユージーンと会話をしていた時以上だ。
あれはまだ、投げる、受けるという感覚があった。
が、今の会話は、どちらも「投げ」ている。
お互い「受ける」気がないのか、なんなのか。
「女魔術師を寄越したのも、お前であったな! よけいな真似をするなッ!」
「殿下、今からでも遅くはございません! 殿下の受け入れは、当家がいたします! 直ちに、まいりましょう!」
「よせ! さわるなッ!!」
ウィリュアートン公爵が伸ばした手から逃げるように、ユージーンが、ぴょんっと飛びのいた。
いや、実際に、逃げたのだろう。
(ある意味、あの公爵すごいな……ユージーンが押されてるじゃんか……)
グレイに視線を向けてみる。
グレイも「ああ、そうか。まともに相手をしないとこうなるのか」といった顔をしていた。
ウィリュアートン公爵は、ユージーンの言葉を、まったく聞いていない。
が、ユージーンを馬鹿にしているのでもない様子だ。
「殿下! 殿下と僕は、幼馴染みではございませんか! 幼き頃は、ともに遊んだ日々もあったと……」
「ああ! そうだ! お前が、俺の髪に、口づけてくるまではなッ!!」
あ…と、レティシアは固まる。
グレイも固まっているし、出そびれたアリシアも、ユージーンと一緒に戻っていたサリーも、当然、固まっていた。
時が止まる、とは、こういうことを指すのだ。
(そ……そういう……)
言葉をなくしている4人に対し、金髪2人はうるさいこと、この上もない。
しかも、会話になっているのだか、なっていないのだか。
もうどうすればいいのか、まったく見当もつかなかった。
嵐はおさまるまで待つしかないのだろうが、おさまる気配は、ない。
かと言って、無視もできないわけで。
(てゆーか、ホント、勝手に来る奴、多いな、おい!)
ということなのだ。
完全予約制にしたい、と思わずにはいられなくなっている。
思えば、ユージーンは「勝手に来る奴」の最初の1人だった。
さりとて、ユージーンとは面識があったし、粘着されてもいたし、おかしな話だが、ある意味、来ても不思議ではない雰囲気ではあった。
見も知らぬ突然の来訪者は、落ち着いた頃にやってくる。
祖父を説得し、レティシアが街に出る許可が出たのが2日前。
今は、カツラだとか、そういったものを準備中。
祖父も「カラーコンタクトレンズ」を製作中のはずだ。
2,3日くらいでできそうだ、と聞いている。
なにもないところから作るのに、そんな短期間で、と驚いていた。
イメージさえあれば、なんでも作れてしまうのではないか、と思う。
そんな折も折、来客有りと、グレイが渋い顔で伝えてきたのだ。
「いかがいたしましょう?」
グレイは、そう聞きながらも、目で「追い返しましょう」と言っている。
が、そうもいかないのが、貴族の面倒なところ。
相手は「公爵家」の者だと言う。
横繋がりのことを考えると、簡単に追い返すことはできなかった。
「いいよ、グレイ……とりあえず、小ホールに、お通しして……」
しかも、その客は、レティシアの客ではない。
ライラと同じく、ユージーンを訪ねてきた、ユージーンの客。
ユージーンが会わないと言えば、それまでだ。
(でも、私が、勝手に追い返したってなるとなぁ。後々、お父さまに迷惑がかかるかもしれないもんね)
なんとなくなのだけれども。
サリーと目が合う。
「やっぱり、そう思う?」
「ええ。間違いなく、腹を立てると思います」
「だよね~……あの人、案外、真面目っていうかさ。薪割りに命でも賭けてんのかって感じじゃん? 邪魔されると、絶対、怒る」
「失せろ!消えろ!と怒鳴って、終わるのではないでしょうか」
それならば、まだいいほうなのだ。
斧で切りかかったりしなければ、それでいい。
「どんな人か知らないけど、早く諦めて帰ってくれるといいなぁ」
レティシアは、ユージーンが来るまで、来るかどうかはわからないが、ともかく、場を繋ぐ必要がある。
なにを話せばいいのかも思いつかないし、憂鬱であるのは間違いない。
「それでは、私が彼を呼んでまいります」
「穏便に……って、言っておいてくれる? まずムリっぽいけど……」
「かしこまりました。できる限り……言い聞かせておきます」
呼びに行くサリーも大変だろう。
暴れないことを祈るだけだ。
(5歳児みたいなトコあるから……なんだよ、あのヤンチャ坊主っぷりは……)
知識だけは無駄に持っていて、テーブルマナーは満点。
落ち着いている時は、しっかり大人のくせに、世間知らずな部分で、いきなり、5歳児に豹変する。
とても面倒で、厄介な人なのだ、ユージーンは。
(ユージーンは、ただのユージーンになったのに、放っといてもらえないもんなんだな。ここは、王宮じゃないっての)
父を通して、面会の申し入れくらいしろよ、と思う。
どいつもこいつも、貴族というのは、勝手な奴ばかりだ。
レティシアは、嫌々ながらも、小ホールに向かった。
「お待たせいたしました」
室内には、お客とグレイの2人が立っている。
レティシアは、できるだけ貴族令嬢風を装った。
知らないけれど。
「これはこれは。大公様のお孫様が直々のお出ましとは、いたみいります」
大仰なお辞儀が、なんだか嫌味に感じられる。
が、相手がどんな人かも、わからないのだ。
見た目が整い過ぎているから、そう感じるだけかもしれない。
(この人、ユージーンに負けないくらい、キラッキラしてるなー)
目にも眩しい金髪美形。
歳も、さほどユージーンと離れていなさそうに見える。
当主と言うので、それなりの年齢だと思い込んでいた。
さりとて、父だって、まだ32歳だし、歳よりも若く見える。
もしかすると、意外に30代だったりするのだろうか。
「こちらこそ、ウィリュアートン公爵様に直々にいらしていただけて、光栄でございますわ」
オホホホとつけたほうがいいか悩んだが、やめておいた。
ほかのご令嬢がどうかはともかく、自分に似合わないのは確かだからだ。
それに、すでに自分の口調に、寒くなっている。
我と我が身を、氷像にする気はない。
嫌だったけれど、前に進み出て、にっこりしてみせた。
「どうぞ、お掛けになってくださいませ」
ソファを勧め、相手が座ったのを見てから、レティシアも腰かける。
ウィリュアートン公爵は長いほう、レティシアは1人掛けのほうだ。
見計らったように、おそらく見計らっていたのだろうが、アリシアが紅茶のセットを運んで来る。
それらをテーブルに置いた時だ。
バーンッ!!
ああ…と、レティシアは目をつむった。
こんな真似ができる者は、この屋敷では1人しかいない。
レティシアだって、こんなことはできないし、祖父や両親なら、そもそも扉を「ばーん」なんて開けたりはしないのだ。
「ウィリュアートン!」
「これは、殿下!」
レティシアに対していた時とは、まったく違う。
レイモンド・ウィリュアートンは、パッと立ち上がるや否や、転がるようにしてユージーンに駆け寄り、その足元に跪いた。
レティシアも、つられて立ち上がっている。
(……なんだ、これ……? 舞台? 演劇? ミュージカル? 急に歌い出したりしないよね……?)
と、思ってしまうくらい芝居がかっていた。
驚きの寒さだ。
凍え死にしそうだ。
ミュージカルを観に行っているのならともかく、現実世界でやられても。
「帰れっ! 失せろッ!」
「なんとおいたわしい、お姿におなりか!」
「寄るなっ! 消えろッ!」
「アイザック・ローエルハイドめ! 殿下を、このように虐げるとは!」
いやいや、会話がね。
レティシアは、2人が「会話」しているのかも、わからなかった。
以前、ユージーンと会話をしていた時以上だ。
あれはまだ、投げる、受けるという感覚があった。
が、今の会話は、どちらも「投げ」ている。
お互い「受ける」気がないのか、なんなのか。
「女魔術師を寄越したのも、お前であったな! よけいな真似をするなッ!」
「殿下、今からでも遅くはございません! 殿下の受け入れは、当家がいたします! 直ちに、まいりましょう!」
「よせ! さわるなッ!!」
ウィリュアートン公爵が伸ばした手から逃げるように、ユージーンが、ぴょんっと飛びのいた。
いや、実際に、逃げたのだろう。
(ある意味、あの公爵すごいな……ユージーンが押されてるじゃんか……)
グレイに視線を向けてみる。
グレイも「ああ、そうか。まともに相手をしないとこうなるのか」といった顔をしていた。
ウィリュアートン公爵は、ユージーンの言葉を、まったく聞いていない。
が、ユージーンを馬鹿にしているのでもない様子だ。
「殿下! 殿下と僕は、幼馴染みではございませんか! 幼き頃は、ともに遊んだ日々もあったと……」
「ああ! そうだ! お前が、俺の髪に、口づけてくるまではなッ!!」
あ…と、レティシアは固まる。
グレイも固まっているし、出そびれたアリシアも、ユージーンと一緒に戻っていたサリーも、当然、固まっていた。
時が止まる、とは、こういうことを指すのだ。
(そ……そういう……)
言葉をなくしている4人に対し、金髪2人はうるさいこと、この上もない。
しかも、会話になっているのだか、なっていないのだか。
もうどうすればいいのか、まったく見当もつかなかった。
嵐はおさまるまで待つしかないのだろうが、おさまる気配は、ない。
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