理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

文字の大きさ
上 下
216 / 304
最終章 黒い羽と青のそら

にっちもさっちも 4

しおりを挟む
 彼は、ほんの少し機嫌が悪い。
 レティシアが近くにいることを考えれば、かなりめずらしい。
 極めて稀な状態と言える。
 
「それで?」
 
 彼は、ついさっき屋敷に帰ってきたところだ。
 迎えに出たのは、グレイだった。
 その時には、すでに「何かある」と感じていた。
 彼が帰ると、いつも玄関ホールに、レティシアは顔を出す。
 その姿がなかったからだ。
 
 彼は、レティシア固有の魔力を感知できる。
 屋敷内の小ホールにいるのは、わかっていた。
 つまり、就寝しているのではない、ということ。
 思った通り、グレイから、レティシアが小ホールで待っていると言われた。
 待っているのが、レティシアだけだったなら、微かにであれ、機嫌が悪くなったりはしない。
 
「レティシアが街に出れば、あの女は好機と捉える」
 
 彼は、長ソファに腰かけている。
 隣に、レティシアはいない。
 正面の、1人掛け用ソファに座っていた。
 その隣にいるのは、ユージーン。
 だから、彼は、ほんのちょっぴり機嫌が悪いのだ。
 
「要するに、きみは、レティを囮にしようと言っているのか?」
「そうだ」
 
 レティシアの前で、あまり怖い顔はしたくない。
 とはいえ、ユージーンの「提案」を、簡単に容認することはできなかった。
 ユージーンは、彼に「レティシアを危険の前に放り出す」と言っている。
 おおよそ「提案」の中身については、予測がついていた。
 実行するには、いくつか問題があるのだ。
 
 そもそもレティシアを巻き込まずに、解決のつけられる話でもある。
 彼も、ジョーが狙われることについては、ユージーンと同意見だ。
 だとしても、別の対処法を取ればすむ。
 だから、ユージーンがレティシアに話したこと自体が、気に入らなかった。
 話せば、彼女が気にするのは、わかっている。
 
「そんな危険なことを、レティにさせるつもりはないよ」
 
 彼は、ユージーンに向かって、そっけなく言った。
 ジョーに何かあったら、と思うレティシアの気持ちは、わかる。
 それでも、彼女自身が前に出る必要を、彼は感じない。
 
「では、ジョーは、どうする?」
「落ち着くまで、屋敷から出ないようにしていれば、問題ないと思うがね」
 
 ユージーンが、眉をひそめた。
 彼の「落ち着くまで」との言葉に、引っ掛かっているのだろう。
 
 彼は、自分1人で始末をつければいい、と考えている。
 
 レティシアはもとより、ユージーンも関わる必要はない。
 もっともユージーンが王宮に戻れば、すべてすっきりするのだけれども。
 
(彼は戻れないし、戻ろうとはしないだろう)
 
 ユージーンは、すでにザカリーと契約していた。
 その契約により、ユージーンの「魔術師長」は、ザカリーとなる。
 ただ、それを周囲に公表することはできないのだ。
 
 王族は、器を持たない。
 
 器を持たないはずの第2王子が、なぜ魔術師長になれるのか。
 それは、すなわちザカリーが「不義」の子であることを、公表するも同然だ。
 王宮内だけにとどまるのならばともかく、広く世に知れ渡るのは、まずい。
 
 ザカリーに対する風当たりは強くなるだろうし、ザカリーを選んだユージーンも非難される。
 下手をすれば、ザカリーを死罪にして、新しい魔術師長を選ぶべきだ、との声も上がりかねなかった。
 そのため、ユージーンは、王太子には戻れない。
 即位するのは、ザカリーでなければならないからだ。
 
 とはいえ、厄介な手順を踏めば、そうした事情を回避しつつ、ユージーンが即位する手は残されている。
 ザカリーに即位させたのち、短期間で退位させるのだ。
 その結果としての、ユージーンの即位であれば、ザカリーが魔術師長であることを公表せずにすむ。
 
(彼が、サイラスに、こだわりさえしなければ、ね)
 
 面倒な手続きを経なければ、ユージーンは即位できない。
 が、それ以上に、ユージーンの感情的な部分が、即位への道を阻害していると、彼にはわかっていた。
 たとえ建前でも、ユージーンは、サイラス以外の側近を置きたくないのだ。
 そして、その者が、ユージーンの「魔術師長」として周囲から扱われることも、許容できないに違いない。
 
 ユージーン・ガルベリーの最側近はサイラスだけだった。
 
 その意思を、ユージーンは貫くつもりでいる。
 周囲にも、そう主張したいのだろう。
 そこに、こだわりさえしなければ、この厄介事に始末をつける手があることくらい、ユージーンにもわかっているはずなのに。
 
 だから、彼は納得しない。
 ユージーンの主義のために、レティシアを危険にさらすなど、馬鹿げている。
 ただ、レティシアが、ジョーを気にかけているのもわかっているので、見過ごしにする気もない。
 やるなら、自分1人でやる。
 レティシアを危険に晒さず、かつ、彼女の憂いも取り除く。
 それだけのことだった。
 
「えっと……あの……お祖父さま……」
 
 レティシアが、困り顔で、彼を見つめてくる。
 その表情で、自分が、考えを改めなければならなくなるのを悟った。
 
 レティシアは、決めてしまっている。
 
 これは、レティシアにとって、事後承諾に過ぎないのだ。
 それでも、彼が強硬に反対しさえすれば、彼女は諦めるに違いない。
 わかっているので、腹は立たなかった。
 もとより、彼が、レティシアに怒りを感じることなどないだろうが、それはともかく。
 
「ジョーが、危ない目に合うかもしれないのは、私が嫌なんだよね。だから、私にできることがあれば、やりたいんだよ。戦ったりとかは……できないけど」
「囮くらいはできる、と言いたいのかい?」
 
 こくっと、レティシアがうなずいた。
 彼女が気に病み続けることと、彼女を守り切ること。
 どちらに比重を置くかと言えば、前者だった。
 危険は、彼の力でどうにでもできるが、レティシアの感情の前では、彼は無力だからだ。
 
「私は、お前が、これ以上、危険な目に合うのなら、この際、国替えをしてもいいと思っているくらいなのだよ?」
 
 レティシアが、目を見開く。
 それから、ますます困った顔をした。
 
「今は、まだ……ジョーとザカリーくんが、どうなるか、わからないし……こっち都合で急かせて、あとからジョーに後悔させたくない」
 
 彼は、レティシアに微笑んでみせる。
 が、レティシアは、うつむいてしまった。
 
「……こういう時、お祖父さまに頼ってばっかりでしょ? ジョーを助けたいのは私なんだから、ホントは、私とユージーン、2人でやるべきなんだよね……」
 
 言葉に、彼は、一瞬、言葉をなくすほど驚く。
 すぐさま、少し厳しくし過ぎたかもしれない、と反省した。
 
「それなら、それでもよい。誰か、魔術師を……」
「きみの意見は、求めていない」
 
 ひと言の元に、ユージーンの言葉を切り捨てる。
 ユージーンと、見ず知らずの魔術師に、レティシアを託せるわけがない。
 それから、穏やかな声で、レティシアを呼んだ。
 
「こちらにおいで、レティ」
 
 レティシアが顔を上げ、彼の隣に座ってくる。
 頭を、ゆるく繰り返し撫でた。
 
「お前の気持ちはわかったよ。ただね、困ったことが、ひとつだけある」
「なに?」
「お前の瞳さ。髪はカツラで誤魔化せても、瞳はね」
 
 諦めさせるために、言っているのではない。
 本当のことだから、話している。
 
「魔術では、変えられんのか?」
「私はともかく、レティは変えられない」
 
 試しに、指を弾いてみせた。
 彼自身、もしかしたら、とも思ったからだ。
 が、やはりなんの変化もない。
 
「うーん……カラコンがあればなぁ……」
「からこん? なんだ、それは? 目の色を変える薬か?」
「違うよ。眼鏡のレンズの代わりになるもので、色がついてるんだよね」
「そのようなもの、目に入るわけがなかろう!」
「いや、だからさ、そのままってことじゃなくて……薄くてやわらかくて、ぺたって、目に張り付く感じになってるの」
 
 レティシアがいた前の世界に、魔術はなかったと聞いている。
 そのため、様々な分野で技術が発展しているのだろう。
 
「もう少し詳しく聞かせてくれるかい? 作れるかもしれないし、作れれば……」
 
 レティシアが、目をきらきらさせて、彼を見ていた。
 その期待には応えなければならない。
 彼は、にっこりして言う。
 
「街に出る案を採用しよう」
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

夫と息子は私が守ります!〜呪いを受けた夫とワケあり義息子を守る転生令嬢の奮闘記〜

梵天丸
恋愛
グリーン侯爵家のシャーロットは、妾の子ということで本妻の子たちとは差別化され、不遇な扱いを受けていた。 そんなシャーロットにある日、いわくつきの公爵との結婚の話が舞い込む。 実はシャーロットはバツイチで元保育士の転生令嬢だった。そしてこの物語の舞台は、彼女が愛読していた小説の世界のものだ。原作の小説には4行ほどしか登場しないシャーロットは、公爵との結婚後すぐに離婚し、出戻っていた。しかしその後、シャーロットは30歳年上のやもめ子爵に嫁がされた挙げ句、愛人に殺されるという不遇な脇役だった。 悲惨な末路を避けるためには、何としても公爵との結婚を長続きさせるしかない。 しかし、嫁いだ先の公爵家は、極寒の北国にある上、夫である公爵は魔女の呪いを受けて目が見えない。さらに公爵を始め、公爵家の人たちはシャーロットに対してよそよそしく、いかにも早く出て行って欲しいという雰囲気だった。原作のシャーロットが耐えきれずに離婚した理由が分かる。しかし、実家に戻れば、悲惨な末路が待っている。シャーロットは図々しく居座る計画を立てる。 そんなある日、シャーロットは城の中で公爵にそっくりな子どもと出会う。その子どもは、公爵のことを「お父さん」と呼んだ。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

【コミカライズ決定】魔力ゼロの子爵令嬢は王太子殿下のキス係

ayame@コミカライズ決定
恋愛
【ネトコン12受賞&コミカライズ決定です!】私、ユーファミア・リブレは、魔力が溢れるこの世界で、子爵家という貴族の一員でありながら魔力を持たずに生まれた。平民でも貴族でも、程度の差はあれど、誰もが有しているはずの魔力がゼロ。けれど優しい両親と歳の離れた後継ぎの弟に囲まれ、贅沢ではないものの、それなりに幸せな暮らしを送っていた。そんなささやかな生活も、12歳のとき父が災害に巻き込まれて亡くなったことで一変する。領地を復興させるにも先立つものがなく、没落を覚悟したそのとき、王家から思わぬ打診を受けた。高すぎる魔力のせいで身体に異常をきたしているカーティス王太子殿下の治療に協力してほしいというものだ。魔力ゼロの自分は役立たずでこのまま穀潰し生活を送るか修道院にでも入るしかない立場。家族と領民を守れるならと申し出を受け、王宮に伺候した私。そして告げられた仕事内容は、カーティス王太子殿下の体内で暴走する魔力をキスを通して吸収する役目だったーーー。_______________

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

人質王女の婚約者生活(仮)〜「君を愛することはない」と言われたのでひとときの自由を満喫していたら、皇太子殿下との秘密ができました〜

清川和泉
恋愛
幼い頃に半ば騙し討ちの形で人質としてブラウ帝国に連れて来られた、隣国ユーリ王国の王女クレア。 クレアは皇女宮で毎日皇女らに下女として過ごすように強要されていたが、ある日属国で暮らしていた皇太子であるアーサーから「彼から愛されないこと」を条件に婚約を申し込まれる。 (過去に、婚約するはずの女性がいたと聞いたことはあるけれど…) そう考えたクレアは、彼らの仲が公になるまでの繋ぎの婚約者を演じることにした。 移住先では夢のような好待遇、自由な時間をもつことができ、仮初めの婚約者生活を満喫する。 また、ある出来事がきっかけでクレア自身に秘められた力が解放され、それはアーサーとクレアの二人だけの秘密に。行動を共にすることも増え徐々にアーサーとの距離も縮まっていく。 「俺は君を愛する資格を得たい」 (皇太子殿下には想い人がいたのでは。もしかして、私を愛せないのは別のことが理由だった…?) これは、不遇な人質王女のクレアが不思議な力で周囲の人々を幸せにし、クレア自身も幸せになっていく物語。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

処理中です...