理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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第2章 黒い風と金のいと

それでも理想はお祖父さま 4

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 祖父と手を繋いで歩く。
 そろそろガゼボが見えてくる頃だ。
 
「あのね……お祖父さまって……若い頃は、どんなふうだった?」
「どんなふう、というのは、少し難しい質問だね」
 
 確かに、抽象的に過ぎて、答えようがない聞きかただった。
 ストレートに聞きにくかったからなのだが、気にし続けるのも嫌だ、と思う。
 
「えーと……遊んでた……?」
 
 さすがに「女遊びをしていたか」とは聞けなかった。
 が、祖父は察したらしい。
 眉を、ひょこんと上げ、少しいたずっぽい笑みを浮かべている。
 
(うわー! なんか恥ずかしい……聞いてから、恥ずかしくなってきた……!)
 
 元カノを気にする、今カノみたいだ。
 それでも、気になるものは、気になる。
 あの元王子様の「手慣れている」発言以来、引っ掛かっていた。
 
「私が、どのくらい女性と親しくしていたか、ということかな?」
「う、う……ぅう~……うん……そういう、コト……」
 
 手を繋いでいないほうの手で、頭を、ぽんぽんされる。
 よけいに恥ずかしくなって、頬が熱くなった。
 うつむくレティシアの頭に、祖父の、くすくすという笑い声が落ちてくる。
 
「かわいいことを聞くね? 私の女性遍歴が気になるかい?」
「だって……お祖父さま、モテ……女の人に、今でも人気だし……お祖父さまが誘えば、断る人なんかいないでしょ?」
「どうだろうね」
 
 のんびり、ゆっくり歩いている内に、ガゼボの前に着いていた。
 その周りは、ひと際、明るく光っている。
 ガゼボの白が、光を反射しているからかもしれない。
 ぽっかりと浮かんだ八角形の建屋。
 
「え……っ……? おじ、お祖父さまっ?」
「せっかくレティが、かわいいことを言ってくれているのだから、顔を見て話したいじゃあないか」
 
 祖父に、軽々と抱き上げられていた。
 そのまま「抱っこ」で、運ばれる。
 なんでもなさそうに祖父はイスに座り、レティシアは膝。
 
(なんでこう……さ、サマになるっていうか……反則過ぎる……)
 
 祖父の膝抱っこは、ものすごく威力があるのだ。
 やわらかく微笑まれると見惚みとれるし、ぽわ~としてしまう。
 祖父の言葉は、とてもスマート。
 なのに、どきどき、させられる。
 おまけに膝抱っことなれば、破壊力抜群だった。
 頭から、いろんなことが、ぽーんと弾け飛んでしまう。
 
「正直に言うと、私は女性を誘ったことがないのだよ、シシィ以外はね」
「え……? そ、そうなんだ……」
 
 では、あの嫌味のないスルースキルは、生来のものなのだろうか。
 女性慣れしている、ということではなく。
 
「王宮では忙しくて、女性から誘われても断るばかりしていた。そのせいか、断るのだけは、うまくなってしまったようだ」
 
 断るのが、うまくなってしまうくらい、モテていたに違いない。
 絶対にそうだ、と思う。
 祖父が誘わなくても、誘われることはあったはずだ。
 王宮は社交の場でもあり、女性の出入りも多いと聞く。
 きっと大勢の女性が、祖父を誘ったことだろう。
 
「ぜーんぶ、断ってたの?」
「忙しくてね」
「もったいないとか、思わなかった?」
「どうかな。思った、という覚えがないから、たぶん、思わなかったのだろうね」
 
 祖父が、軽く肩をすくめた。
 こういう、いわゆる「がっついて」いないところも、素敵だと感じる。
 祖父ならば、り取り見取り、声をかければ、どんな女性も落ちそうなのに。
 かと言って「草食系」の雰囲気もない。
 どういうことだろうか、と思う。
 草食と肉食の、ちょうどいいバランスなのかもしれない。
 
「だから、私も、本当は、グレイのことを、あれこれ言えないのさ。女性の口説きかたなど、教えられないのでね」
「でも、お祖父さまなら、すごく上手に誘えそうだよ」
 
 少なくともレティシアなら、ほんのわずかな言葉や仕草で、撃ち落される。
 口説き文句ではない普通の言葉にすら、すぐに、ぽやんとなってしまうし。
 
「そうかな?」
「そうだよ! お祖父さま、すっごく素敵だもん!」
「へえ」
 
 なにやら、祖父が、意味有り気に、にっこりした。
 思わず、ドキリとする。
 
「それなら、少しレティで練習してみよう」
「へ……」
「私はね、レティ。お前に聞きたいことがあるのだよ」
「き、聞きたい、こと……?」
 
 それなら、できれば普通に聞いてほしい。
 ものすごく色っぽく微笑まれて、心臓がうるさく高鳴っている。
 大人の男性の色香全開でこられると、頭がついていかない。
 まともに答えられるか、わからなくなっていた。
 
「前の世界で、好きな男性はいたかい?」
「え……えと……」
「ずっと忘れられないような、そういう男性は、いたのかな?」
「……こ、恋人が……いたことは……ある、けど……」
 
 たいしたことのない関係だった。
 レティシアは、男性と深い関係になったことはないのだ。
 おつきあいに進展したことはある。
 まるきり、そちら方面の経験がないわけでもない。
 が、深い仲かと問われれば、違うと答えざるを得ない程度でしかなかった。
 
「こいびと……恋しい人ということだね」
「そ、そう……でも……そんなに恋しくもないというか……」
 
 祖父の破壊力が強過ぎて、頭がうまく働かない。
 ちゃんと答えられているのかも怪しかった。
 
(お、お祖父さま、女性を口説いたことないって……いや、でも、これ……)
 
 口説きモードなのでは。
 
 自分が口説かれるいわれはないのだが、そう思ってしまう。
 と、そこで、頭の隅っこに、祖父の言葉が、ちらついた。
 
 『それなら、少しレティで練習してみよう』
 
 そうだ、と思う。
 祖父は、そう言ったのだ。
 それから、素敵オーラというか、大人の魅力というか、ともかく、そういう感じのものを漂わせ始めた。
 
(く……っ……やっぱり、これ……お祖父さまの口説きモードじゃんか……! いや、もう無理でしょ……クラクラする……倒れる……)
 
 たかだか練習で、このさまだ。
 本気モードは怖すぎる。
 絶対に、ぶっ倒れる。
 そう思った。
 
 黒い髪が、風になびいているのも素敵だし。
 奥まった黒い瞳が、優し気に細められているのもカッコいいし。
 声も耳に心地良くて、聴覚ごと持っていかれそうだし。
 
「仮に、恋しいと思っていても、帰してはあげられないよ?」
 
 言葉に、ぼうっとなっていた頭が、急にシャキっとする。
 反射的とも言える動きで、祖父にしがみついた。
 
「帰りたいって思ってないよ!」
 
 祖父の力は偉大だ。
 どんなことでも指先ひとつ、ぱちん。
 もしかしたら、別次元の世界にも、ひとっ飛びで、行けてしまうかもしれない。
 そんな考えが、よぎっている。
 
「帰さないでね、お祖父さま! 私、ずっと、ここにいたいから! お祖父さまと一緒にいるから!」
 
 ぎゅっと、抱きしめ返された。
 優しい声が落ちてくる。
 
「帰せても帰さないね、私の愛しい孫娘。お前を、どこにもやらないよ」
 
 こくっと、レティシアは、うなずく。
 頭を撫でてくれる手に、安心した。
 
「ところで、レティ? レティの理想の男性というのは誰かな」
「え…………」
 
 祖父の胸から顔を上げる。
 にっこりされて、ぶわっと顔が熱くなった。
 
 理想の男性は誰かと聞かれても。
 
 いや、目の前にいるし。
 とは、言えず、レティシアは、必死で素敵オーラに立ち向かう。
 もう1度、祖父の胸に顔をうずめ直して、ぽそっと言った。
 
「それは……内緒……デス……」
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