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第2章 黒い風と金のいと

それでも理想はお祖父さま 3

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「兄上、本当に、私に務まるのでしょうか?」
「務まる」
 
 ユージーンは、ザカリーの言葉に即答する。
 ザカリーを安心させるためでも、慰めでもない。
 本心から、そう思っていた。
 そもそもユージーンは、思っていないことを口にする性分ではないのだ。
 必要があれは、平然と嘘もつくが、面倒には感じる。
 今は、大公を見習っているので、嘘をつく必要もなかった。
 
 公爵家から引き揚げてきたあと、ザカリーの私室に来ている。
 元はユージーンの私室だった部屋だ。
 調度品などは、ほとんどそのままにしている。
 ザカリーの私室にあった物で、ザカリーが持って来たいと言った物だけ、入れ替えていた。
 
 ユージーンは、王位継承者は同格に扱われるべき、と考えている。
 が、王宮内では、歴然とした差がつけられていた。
 はべっている侍従の数、室内の調度、装飾品に至るまで、なにもかもに格差があったのだ。
 知らなかったこととはいえ、今まで弟に不便をさせていたと、ユージーンは責任を感じている。
 だから、あえてザカリーの私室の物と調度品を入れ替えなかったのだ。
 今は、ザカリーが、ユージーンお気に入りのカウチに腰かけている。
 その前に、イスを持って来て、ユージーンは座っていた。
 
「むしろ、俺より、お前のほうが向いている」
「そ、そうでしょうか……?」
 
 うむ、とユージーンは鷹揚にうなずく。
 ユージーンの中には、確固たる根拠があった。
 ザカリーには資質がある、と思っている。
 
「お前は、あの屋敷の者たちに受け入れられていたではないか」
 
 自分とは違って、とは言わずにおいた。
 ユージーンにも、嫌われている自覚はあるのだ。
 まったく気にしていないだけで。
 それでも、あえて弟に言おうとは思わない。
 兄としての面目が、失われる気がする。
 
「良いか、ザカリー。貴族の屋敷というのは、国を小さくしたようなものだ」
「そうなのですか?」
「そうなのだ。国に国王や貴族、民がいるように、屋敷には主や、まとめ役、使用人がいる。国王は、民に慕われる存在でなければならん」
 
 権力者である貴族どもなら、いくらでも嫌われていい。
 国のためであれば、まつりごとの中で、嫌われることもしなければならないからだ。
 さりとて、国王は違う。
 民に慕われる存在でなければ、権威とは成り得ない。
 その点、ザカリーは親しみ易い雰囲気があった。
 国王になるべく、教育は必要だろう。
 だとしても、ザカリーの持つ資質を生かす教育をすべきなのだ。
 自分と同じようになっては、意味がない。
 
「心配することはない。王位に就けば、自ずと自覚が身につくものだ」
 
 ザカリーが即位するまで、まだ時間はある。
 早いに越したことはないが、無理をすることもない。
 ユージーンは、学んでいる。
 
 せっかちは身を亡ぼす。
 
 事を急ぎ過ぎて、すべてを台無しにする怖さを味わった。
 大事な者も失っている。
 同じ過ちをおかすことはしない。
 
「先の話はともかく、だ。あの娘は、どうであった?」
 
 ぽわっと、ザカリーの頬が赤くなった。
 やはり乙女のような反応だ。
 こういうところがあるから、心配になるのだけれど。
 
「ジョーは、とても……その……愛らしいかたでした……」
「いや、お前の感想は、どうでもよいのだ。お前が、あの娘を好いているのは、わかっているのだからな」
 
 ユージーンが聞きたいのは、相手の反応のほうだった。
 できれば、ザカリーの好きな女性を正妃として迎えたい、と思っている。
 万が一にも「ふられた」なんてことになれば、ザカリーは、当分、立ち直れないだろう。
 正妃選びの儀も、お流れだ。
 
(父上も、もうお歳だ。あと5年が限界であろう)
 
 父は、65歳を迎えている。
 祖父が退位したのが70歳だった。
 それを考えれば、あと5年。
 
 与える力の譲渡は、それ以前にできる。
 だとしても、空位は絶対に許されないのだ。
 ザカリーの即位前に、父が崩御などしたら国が乱れる。
 力があるとかないとかは、実際的には関係がない。
 なにもなくとも、そこにいるだけで国を安定させるのが権威であり、国王という存在だった。
 だから、ザカリーが正妃を娶り、正式な王位継承権を得るのは、とても重要なことなのだ。
 
「俺が聞きたいのは、あの娘の反応はどうだったか、だ」
 
 ザカリーの頬が、ますます赤くなる。
 しょんぼりした様子がないことに、少し安心した。
 これで、肩を落とすようなら、見込みが薄いということになるので。
 
「私が、ジョーと呼んでも、嫌そうではありませんでした。話も弾んでいたと思います」
「そうか。ちゃんと口説けたのだな。俺は、それが心配で……」
「口説く……?」
 
 ザカリーが、首をかしげている。
 かなり嫌な予感がした。
 
「お前……あの娘と、どのような話をした?」
「菓子の話です」
「菓子……? 菓子の話だけか?」
「あ、いえ……ジョーが、どこで菓子作りを習ったのか、なども」
 
 ユージーンは、額を片手で押さえる。
 ユージーンからすれば、なぜ菓子の話などするのか、意味がわからなかった。
 ユージーン自身、女性を口説いたことはない。
 女性のほうから言い寄ってくるので、必要がなかったのだ。
 さりとて「何か違う」とは感じる。
 
「……あの娘を、どうベッドに誘うか、それは考えているのだろうな?」
「え……あの……兄上……」
「ザカリー、あの娘と理無わりない仲に、なりたくはないのか?」
「そ、それは……そうなりたいと……思ってはおります」
 
 ザカリーの、もじもじする姿を見て、にわかに心配になってきた。
 こんな調子では、5年以内に即位できないかもしれない、と。
 
「思ってはおります、ではないだろ。目的を明確にしておかねば、達成もできぬものだ。こうなりたい、という、はっきりとした目的を持て」
 
 ユージーンは、いつだって、そうしている。
 王太子の頃から、目的は明確だった。
 正妃選びの儀の頃は即位が目的だったし、今は宰相となるのを目的としている。
 
「目的が明確でなければ、なにをどうすれば良いのか、わからぬようになる。行きつく先を見通すことで、身につけるべきこと、すべきこともわかるのだ」
「ですが……まだジョーとは2回しか話しておりませんし……」
「では、もっと会う回数を増やせ。たびたび会って、あの娘の気持ちを掴め」
 
 ひと月後には、ユージーンもローエルハイド公爵家で勤めることになっていた。
 屋敷にいれば、ザカリーの手助けもできるはずだ、と思う。
 ユージーンは、ザカリーの想い人であるジョーにも嫌われているのだけれど、それはともかく。
 
「兄上は、レティシア姫様と、とても懇意にしておられるご様子でしたが、どうやって、その心を射止められたのですか?」
 
 ユージーンは、言葉に詰まった。
 レティシアの心を射止めるどころか、どこに的があるのかすら、わかっていないからだ。
 相変わらず、レティシアは怒ってばかりいるし。
 
「なにしろ兄上と、対等な口を利いておられましたから。相当に懇意にされておられる証だと感じられました」
「まぁ……あれは……なんというか……積極的なところがあるのでな」
「では、やはり、かなり親密な……」
「あれのほうから、口づけてきたこともある」
 
 見栄を張ってしまった。
 
 嘘ではないが、本当でもない。
 さりとて、弟の前で無様はさらせないのだ、兄として。
 
「やはり、兄上は、すべてにおいて、秀でておられますね! 私は、感服いたしました! 私も、兄上とレティシア姫様のように、ジョーと親密になれるよう、精一杯、努めます! 女性との接しかたを、私にお教えください!」
 
 教えられることなど、何もなかった。
 知らないのだから、本来、教えようもないのだ。
 が、そんなことは、ますます言えない。
 
「まず……相手の意思を、しっかり確認することが肝要だ。相手にも、こちらに望む条件というものがあるのでな」
 
 目をキラキラさせている弟を前に、ユージーンは必死で記憶を探る。
 レティシアと、少しでも良い雰囲気になった際のことを思い出していた。
 
 話の種が、すぐに尽きそうだ。
 
 ザカリーの話のはずが、なぜ自分の話になっているのか。
 そう思いながらも、なんとか言葉を、ひねり出す。
 
 そのほとんどが、情けないかな、ウサギのユージーンでの体験に基づくものだった。
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