理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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第2章 黒い風と金のいと

それでも理想はお祖父さま 2

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 ザカリーに、ジョーの作ったケーキを、お土産に持たせた。
 夕食を取るには取ったが、何を食べたのか、思い出せない。
 マルクには申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
 が、あまりのショックに、倒れずにいるのだけで精一杯だった。
 祖父は、父と話すため、食堂から出ていた。
 あとはもう黙々と料理を口にして、夕食を終わらせている。
 
「大丈夫ですか? レティシア様」
「大丈夫じゃないけど……グレイのほうが重症なんじゃない?」
 
 声をかけてきたサリーに、そう聞いてみた。
 屋敷のみんなは、それぞれに休憩室や厨房などで、ザワザワしている。
 レティシアは小ホールで、ぼ~っとしていたのだけれども。
 
「そうですね……あの人が、始終、この屋敷にいると思うと、心穏やかではいられないと思います」
「だよね~」
 
 グレイは、王子様をやめたらしい王子様に、キツい1発を食らっている。
 完全にノックアウトされていた。
 この先、いつまでかは知らないが、ずっと一緒なのだと思うと、気が滅入るのも、わかる。
 レティシアだって楽しいとは思えずにいる。
 王子様もといユージーンは、悪人ではない。
 さりとて、好感度の高い人物でもないのだ。
 
「てゆーか、なんでウチに勤めに来るのかな? 働き口なんて、いくらでもありそうじゃん」
 
 王宮にも仕事はあるだろう。
 王子様をやめたとしても、王族としての付加価値までなくなるとは思えない。
 公爵令嬢ですら働かずして暮らしていけている。
 王族が金に困るとは考えにくかった。
 働き口どころか、働く必要さえない気がする。
 
「レティシア様に粘着したいから、ではないですか?」
「怖いこと言わないでよ、サリー……王子様をやめてまでって……それはないと思いたい……そんな責任取れないもん」
「なにもレティシア様が、責任を感じられることはございません。王太子をやめたのは、あの人の勝手なのですから」
 
 サリーの言う通りではあった。
 レティシアが、やめてくれと頼んだわけではない。
 もとより、王子様をやめたことすら知らなかったのだ。
 やめようと悩んでいたのかも、わからない。
 
(でもなぁ……サイラスのこととか……あったし……)
 
 あれは自分の責任だ、とユージーンは言っている。
 レティシアが責任を感じること自体、不敬だ、とも言われた。
 だとしても、サイラスが死んだ原因の中には、自分の選択も含まれていると、レティシアは感じている。
 それでも、目の前にいるサリーを見れば、後悔はできない。
 同じことが起きれば、やはり同じ選択をするだろうから。
 
「レティ、ザックから事情を聞いてきたのでね。少し話そうか」
 
 小ホールに、祖父が顔を出していた。
 レティシアは、扉に向かって駆けて行く。
 早く、状況を知りたかったのだ。
 
 祖父と2人で、中庭に出る。
 中庭に作られた小道には、街灯も備えられていた。
 どのように明かりがともされているのか、2人が中庭に入ったとたん、ぱぁっと光が街灯に宿る。
 少し赤味を帯び始めた背の低い木々が、光の中で、浮かび上がっていた。
 
 レティシアは、自然に、祖父の手を握る。
 本当に、何気ない仕草で、無意識だった。
 すぐに、大きな手に握り返される。
 歩きながら、祖父が、おおまかに事情を話してくれた。
 
「ふーん。なるほどねぇ。そーいうコトかぁ」
 
 意外と、王子様ではなくユージーンは、真面目に国のことを考えているらしい。
 理由を聞けば、一理ある、と思ってしまった。
 
「あの人、世間知らずにもほどがあるからね。あのままじゃダメ過ぎるっていうのは、わかるよ」
 
 祖父が、くすくすと笑う。
 いつものごとく、耳に心地いい笑い声だ。
 心が、すうっと軽くなる。
 祖父の笑える世界は、いい世界だと感じられた。
 それは、祖父が持つ大きな力を使わずにすんでいる、ということだから。
 
「でも、ちゃんと勤まるのかなぁ。てゆーか、なにするの?」
「そうだねえ。まずは、薪割りからかな」
「薪割りっ? えー、お祖父さま、それは、ちょっと無理なんじゃない?」
「無理でも、だよ、レティ。そのくらいしか、やらせることがない」
 
 確かに、とレティシアも笑う。
 ユージーンは、王宮で生きてきた。
 尊大で、横柄で、とんでもなく無礼だ。
 それが許されるほどには、苦労せずに過ごしてきたのだろう。
 薪割り用の斧があることすら、知らないかもしれない。
 
(薪を知ってるかどうかってトコからだよね、たぶん)
 
 釣りに、釣り道具を持って来ないような人なのだ。
 暖炉は勝手に火がつくもの、ぐらいに思っていても不思議ではなかった。
 ユージーンが薪割りをしているところなんて、想像もできずにいる。
 だいたい、似合わないし。
 
「世の中を知りたいっていうのは、悪いことじゃないけどさ。なんで、今さらって感じなんですケド」
「なんでも、彼は宰相になりたいらしくてね」
「宰相? お父さまの仕事だよね?」
 
 レティシアに合わせ、ゆっくり歩いてくれている祖父を見上げる。
 気づいて、祖父も視線を合わせてくれた。
 
「ザックは馘首クビだと言っていたよ」
「ぅえっ?! そんなの……っ……」
 
 酷い、と言おうとしてやめる。
 祖父が、軽く肩をすくめた。
 
「……お父さま、仕事、辞めたいんだっけ」
「馘首でも、ザックは喜ぶさ」
「そっか。いいのか、馘首でも」
「王宮を辞するのは面倒だからね。理由には、こだわらないのじゃないかな」
 
 父は、なにかと言えば、王宮を辞めたがっている。
 祖父の言うように、理由にこだわりはしないだろう。
 辞められるのならなんでもいい、と思うに違いない。
 
「お父さま、お母さまと一緒にいたがりだからなぁ」
 
 同じ王宮内の別宅で暮らしているものの、父は、とても忙しいようだ。
 一緒に夕食を取る時間も少ない、と、こぼしていた。
 母は、社交に精を出している。
 面倒には感じているらしいが、それをサラリとやってのけるのが母だった。
 現代日本風に言えば、キャリアウーマンというところ。
 憧れずにはいられないくらい、颯爽としていて、仕事のできる女性なのだ。
 父が、思わず結婚を申し込んだ気持ちも、わからなくはない。
 母は社交という仕事をしていても、庭仕事をしていても、変わらず、輝ける人だと思う。
 
「フラニーほどの女性は、なかなかいないね。我が息子ながら、なぜザックのところに嫁いでくれたのか、未だに不思議でならないよ」
「今度、お母さまに聞いてみる。お父さまのどこが良かったのかって」
「そうしてくれると、謎が解明されて、私もすっきりできそうだ」
 
 祖父の笑顔につられて、レティシアも、また笑った。
 ユージーンのことは面倒だが「まぁ、いいか」と思えてきた。
 ずっと一緒に暮らすわけではないのだし。
 
(宰相になるまで、我慢すればいいや。お父さまも王宮を辞められるしね)
 
 そうなれば、両親との時間も増える。
 家族で暮らせる日まで、自分も頑張るのだ。
 
「勤め人かぁ……てことは、特別扱いは、しなくていいの?」
「特別扱いされたくないから、ローエルハイドに来るのだよ」
「ああ……ほかの貴族の屋敷だと厳しくできないんだね」
「レティは察しがいい」
 
 それならば、遠慮をする必要はない。
 新入社員の教育とでも思えば、レティシアも気が楽だった。
 
「みんなにも、そう言っとこう。甘やかすのはナシ! ビシバシ厳しくしよう」
 
 ユージーンが、まともな宰相になれなければ、父は王宮にとどまらなければならなくなる。
 娘としては、早く父の願いを叶えてあげたかった。
 王子様の根性を叩き直す義理はない、と考えていたレティシアだったが、その考えを改める。
 
「よし! イチから鍛え直しだね」
 
 ユージーンを、まともな「社会人」にしなければ、と思った。
 家族の幸せのため、使命感に燃える。
 
「私も、彼から目を離さないようにするつもりだよ」
 
 そう言えば、祖父は大人の男性には塩対応なところがあった。
 ぴりっとした祖父を見られると思うと、ちょっぴり嬉しくなる。
 ほとんどの場合、祖父は優しいので、そういう姿は貴重なのだ。
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