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第2章 黒い風と金のいと
守るための力 2
しおりを挟む「……グレ、イ……?」
グレイは片手でサリーの体を支え、もう片方の手で、サリーの手を握っている。
サリーが、グレイを、じっと見つめていた。
目で会話ができる2人だ。
隠し事は、できそうにない。
とはいえ、あえて言う必要もない、とグレイは思う。
大公からの魔力分配が切れていた。
何かあったのか、必要があって切ったのかは、わからない。
王宮と屋敷は、それなりに離れている。
騒ぎになっていても、声まではとどいてこないのだ。
玄関ホールには、グレイとサリーの2人だけ。
ほかの者は、地下に逃げ込ませている。
マルクは残ると言い張っていたが、なんとか説得した。
彼は、屋敷で最も年長であり、責任感も強い。
最終的には「マルクのクリームシチューが食べられなくなったら、レティシア様が悲しむ」と言って、引き下がらせている。
グレイは、サイラスのしそうなことを、薄々、察知していた。
だから、どうしても、みんなを地下室に逃げ込ませる必要があったのだ。
あの空を、グレイも見ている。
あの場では会わなかったが、たぶんサイラスも「あれ」を見たに違いない。
そして、自らの手で落とそうと考えているのではないか。
なんとなく、そう感じる。
そうでもなければ、これほどの魔力をかき集める必要はない。
だいたいサイラスの行動は、どれもおかしかった。
思い返してみると、微妙に歪だったことが、わかる。
レティシアの魔力を顕現させた時も、エッテルハイムの時も、私戦の時も、同じ歪みがあった。
標的が死んでもかまわないが、死ななくてもかまわない。
なぜ、そんな中途半端なのか、今まで理解することができずにいた。
確実に殺す方法だってあったはずだし、サイラスが、その方法を見逃したとは思えない。
選ぶべくして、いわば「失敗」の道を進んでいるようにしか見えないのだ。
その奇妙な矛盾が、グレイに仮説を立てさせている。
サイラスは、あの空を再現しようとしているのではないか。
そのためには、大公に星を落とさせるか、自らの手で落とすしかない。
さりとて、大公が2度目の星を落とすことは、なかった。
これからだって、きっと起こりえないのだ。
大公の傍には、レティシアがいる。
彼女が、そんなことを望むわけがない。
だとすれば、サイラスに残された道はひとつ。
(あんなものを見たがるなんて……魔術師ってやつは……)
グレイは、魔術を使いはするが、芯は騎士だった。
確かに、美しい光景だった、とは思う。
けれど、残酷さの印象のほうが強かった。
それまであったはずの敵兵たちの名は、星とともに消えている。
もちろん比喩だけれど、グレイにすれば、彼らは死とともに「名も無き兵士」となったのだ。
大公の絶対防御の領域から飛び出した者たちも、似た感覚を持ったに違いない。
だからこそ、後悔に涙した。
大公1人に、これほどまでの残酷な仕打ちをさせてしまったと。
「……グレイ……あなたの魔力は……」
魔力を注いではいたが、彼女の顔色は蒼を通り過ぎて白くなりつつある。
グレイは、ぎゅっと強くサリーの手を握りしめた。
グレイ自身、すでに半分以上の魔力を消費している。
それでも、グレイが、サリーに魔力を注ぎ続けなければ、彼女は命を失うのだ。
残量など気にしてはいられなかった。
「大丈夫だ。きみとの約束を、守らなければならないからな」
「あら……必死なのね……?」
茶化したように言う、サリーの声は、とても小さい。
グレイは、寄聴を発動している。
魔力の無駄遣いと言われてもかまわなかった。
サリーは目を閉じたり、開いたりしている。
が、少しずつ閉じている時間が長くなっていた。
目での会話も、すぐにできなくだろう。
だから、サリーの声を、聞いていたかったのだ。
「そりゃあ、必死さ。きみと口づけのひとつもできないなんて、無念過ぎる」
サリーが小さく、弱々しく笑った。
その手を、ぎゅっと強く握る。
「それだけで……いいの……?」
「いや……まぁ……それは……なんというか……」
サリーを失うかもしれない。
だが、失いたくない。
執事も騎士もどうでもよくなるほどに、そう思った。
だからこそ、求婚に踏み切れたのだけれど、基本的にグレイは女性を口説くことには、弱腰なのだ。
「しようのない人ね、グレイストン……私が、押し倒すしかないみたい……」
「そうだな。そうしてもらえると、助かる」
口元に笑みは浮かんでいるが、サリーは目を伏せている。
グレイの手を握り返してくる力も、ほとんどない。
大公の言葉が思い出された。
『サリーは素晴らしい女性だ。そう思わないかね、グレイ?』
その通りだ、と思う。
騎士を捨てられず、女性を口説くこともできない、自分のような不甲斐ない男を、サリーは見捨てずにいてくれた。
それどころか、妻になってくれると言う。
サリーのような女性は、ほかにはいない。
絶対に、彼女を、逝かせるわけにはいかないのだ。
(魔力がサイラスに奪われている……強制的に引き剥がされている、ということだ……それなら……)
グレイの魔力自体が、かなり残り少なくなっている。
これは賭けになるだろう。
グレイの身も危うい。
それでも、サリーのいない世界など、グレイには考えられなかった。
グレイは騎士だ。
守るために、戦う。
そして、グレイは優秀だった。
一縷の望みであれ、手立てを思いつく。
迷わず、釣引を発動した。
サリーから魔力を引き寄せる。
サリーの体を介しての綱引き。
サリーは、魔力を奪われていた。
つまり、引き剥がされ、そちらに引っ張られているということだ。
だから、グレイは、その引く力に抗っている。
引っ張り返した魔力を、そのままサリーに戻していた。
グレイの釣引は、引き込んだ魔力を己のものに変換はできない。
それゆえに、サリーに「返す」ことができる。
(そうとも……必死さ……サリー……きみを繋ぎ止めておくためなら、私は、なんだってする)
グレイはサリーと、命を分け合っていた。
お互いに死ぬかもしれないけれど、1人で生き残るのも寂し過ぎる。
けれど、諦めてはいない。
サリーの白い頬を、じっと見つめる。
意識を失いかけながらも、グレイは引き合いを続けた。
釣引は、その性質上、1度、発動してしまえば、魔力を注ぎ足す必要はない。
たとえ器が空でも、グレイが切るか、意識を失うまでは、持続する。
サリーに魔力を「返す」際、グレイは、残りの魔力を上乗せしていた。
『自分の器に、人の魔力を引き込むなんて、危険過ぎるわ。使い道がないのなら封印しておくべきね』
釣引についてサリーに話した時に、言われたことだ。
魔力は、与えられたものであっても、器を持つ者の特性に染まる。
それが魔力の意思となり、歪められるのを嫌う「元」でもあった。
だから、人の魔力を自分の器に引き込むのは、色も形も硬さも違う石を、無理に器にねじ込むようなものなのだ。
もちろん、無理を続ければ、器のほうが壊れる。
「サリー、きみの魔力は、きみに似て優しいんだな」
グレイの器を壊そうとしていない。
むしろ、ぴったりと寄り添っているかのように感じられる。
その分、体にかかる負荷が、軽減されていた。
サリーは、世話焼きで、面倒見がいい。
心配性でもあるが、しっかり者だから、自分でなんでもやり切ろうとする。
グレイが気づかないところでも、支えてくれていたはずだ。
ようやくグレイは、気づく。
エッテルハイムの城から戻った時、私戦にケリがついた時、サリーが怒っていた理由について。
自分を失うことを、サリーは悲しんでいた。
グレイも、今、同じ立場に立たされている。
こんなにも苦しいのか、と思った。
サリーの頬に、自分の頬をすりつける。
「……きみを……とても愛しているよ……サリンダジェシカ……」
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