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第2章 黒い風と金のいと

白いまなざし朝ご飯 4

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「ここは、宰相の別宅だな」
 
 王太子を連れ、彼は息子の別宅の、その裏庭にいる。
 ここを選んだのは、魔力感知をしにくくしているからだ。
 まったくできないというわけではない。
 が、目立たないようにしてあった。
 グレイが即移痕そくいこんを使い、自身の魔力を紛れさせたのと同じ理屈だ。
 適当に、魔力を散らしてある。
 魔術師なら、それに気づくところだけれども。
 
「宰相に……話すのか?」
 
 王太子は魔力感知ができない。
 そのため、ここに来たことの意味を取り違えている。
 彼の息子に、夢の話をすると思っているらしい。
 嫌そうに顔をしかめていた。
 
「ザックには話さないよ。きみからも、何も言わないがいいね」
 
 夢とはいえ、レティシアを好き勝手にしていたのだ。
 彼の息子は、間違いなく、大層に激昂する。
 彼とて、気分は悪い。
 ただ、彼は魔術を知っているし、サイラスのことも知っている。
 王太子は、いわば飛ばっちり。
 
 もっとも、王太子がレティシアを早くに諦めていれば、夢見の術などかけられずにすんでいたはずだ。
 ただ、王太子自身の願望が、どれだけささやかなものであるかにも、彼は気づいている。
 
 夢見の術は、かかりは悪いが、かからないわけではない。
 とりわけ、王太子のように己を中心に物事を考える性格であれば、百人に1人になっていても、おかしくはなかった。
 とても都合良く、夢はできていただろうから。
 にもかかわらず、かからなかった。
 つまり、夢と本来の願望とが乖離し過ぎていた、ということ。
 
「では、なぜここに?」
(そりゃ、お前の部屋に近いからじゃねーか。途中で、ぶっ倒れられちゃ、こっちが迷惑すんだよ)
「む。お前、姿を消していても話せるのか」
(あのなぁ。姿が見えねーからって、いないわけじゃねーぞ)
「それも、そうだな」
 
 王太子が、ジークをどう認識しているのか、彼には、よくわからない。
 驚くでも慌てるでもなく、彼に問いただすわけでもなく。
 まるで知己のように話している。
 彼が「きみ」と呼んだ際には、嫌そうな顔をしたのに、ジークが「お前」と呼んでも、平気な顔だ。
 無礼とは感じていないらしい。
 
(血は争えない、ということなのだろうね)
 
 王太子の父、現国王を彼は少しだけ知っている。
 王宮を辞そうとするたび、引きめに来たからだ。
 時には、屋敷まで足を運ぶことすらあった。
 だからといって、彼の心は動かなかったが、彼の妻の心には響いたのだ。
 そのため、彼は妻が亡くなるまで王宮勤めをしている。
 彼が、どんな軽口を叩こうと、国王は「無礼」だと怒ったことはない。
 審議の席、人前ですら、建前上の叱責すらしなかった。
 2人の姿を眺めていた彼のほうに、王太子が向き直る。
 
「そうだ、大公。次からは、もう少し分かり易く忠告をくれぬか」
「あれほど、分かり易いものもなかったと思うがね」
 
 王太子に必要なのは、サイラスから離れることだった。
 とはいえ、サイラスは始終べったりと張り付いている。
 なにしろ命綱なのだから、離すはずがない。
 王太子自らが離れようとしない限り、離れられなかっただろう。
 彼は、少しだけ、その後押しをしただけだ。
 
「それに、次があるとは思わないことだ」
 
 ぴしゃりと言い捨てる。
 レティシアのことがあったから、彼は忠告をしたに過ぎなかった。
 王太子のためではない。
 勘違いされて頼られるのは、はなはだ迷惑だった。
 ただでさえ、王宮とは関わり合いになりたくないと思っている。
 
(サイラスは、私からレティを取り上げようとした。それと同じことを、こちらもしたまでさ)
 
 湖で、王太子に会い、話したことで、彼は確信していた。
 
 サイラスは、王太子の「本当のところ」を知らずにいる。
 
 彼の脅威にさらされ、それでもなお王太子は「サイラスを信じている」と言った。
 ある種、命懸けで「信頼」を示してみせたのだ。
 そこまで王太子に信頼されていることを、サイラスは考えに入れていない。
 王太子は、再び命懸けで屋敷に転移してきている。
 サイラスを信じるためだったに違いない。
 
 彼は、どこまでも王族なのだ。
 
 どれほど道を歪められようと、自身の思うまっすぐな道に整えようとする。
 それが心であっても、我の通しかたは変わらない。
 
 対して、サイラスは王太子を都合のいい人形としか思わずにいる。
 だからこそ、あろうことか「夢見の術」など使った。
 今後、王太子は否応なくサイラスを疑うことになる。
 己の命綱を、自らの手で断ち切ったも同然だ。
 なにしろ、人心を操る魔術はないのだから。
 
(さっさと帰れよ。見つかんねーうちにサ)
「わかっている」
 
 王太子は、少しだけ目を伏せ、それから姿を消した。
 自分の部屋に転移したのだろう。
 彼は、王宮のほうへ意識を向ける。
 騒ぎになっている様子はなかった。
 
(王族ってのは、みんな、あんなふうなのか?)
「そうとも言い切れないがね。彼は父親に似ているよ」
(ふーん。あんなのでも国王になれんだな)
「あんなのでも、王族の直系男子だからねえ」
(血にこだわるってのが、俺にはよくわかんねーや)
 
 ジークが、いかにも興味がなさそうに言う。
 彼も、自身の血以外については、たいして興味はない。
 というより、血に含まれるうとましい力がなければ気にめずにいられた。
 身分というものも、生まれながらの血によって与えられる。
 が、彼の妻がそうであったように、その流れを変えることはできた。
 さりとて、彼や王太子の場合は、流れを変えることはできない。
 
 人ならざる力、魔力を与える力。
 
 そこに、ずっと縛られ続けるのだ。
 自分だけではなく、血を引き継ぐ者にさえ、その縛りを強要する。
 大きな力は、持つ者から「何か」を奪うものでもあった。
 心とか、自由とか。
 
(待った甲斐があったってトコだろ?)
「どうかな」
(よく言うぜ)
 
 ふふん、とジークが鼻で笑う。
 彼は、少し苦笑いをもらした。
 
「本当に、これはサイラスの、せっかちのおかげなのだよ。私は、ほとんど何もしていない」
 
 レティシアが、人ならざる部分を持つ自分を受け入れてくれたことも。
 王太子の並々ならぬサイラスに対する信頼も。
 
 彼が仕組んだわけではない。
 すべては、偶然の折り重ねによる。
 サイラスが画策しても、結局のところ「偶然」のほうが強かったのだ。
 どんなに予定を立てようが結果が出るまでは「未定」だと、彼は思っている。
 戦争時、8ヶ月も続けてきた予定が、一瞬で崩れたからだ。
 
(にしても、サイラスは、なんでアンタにかまってほしがるんだ?)
「それが、わからないのだよ。彼に悪さをした覚えはないのだがね」
 
 サイラスが彼に「粘着」してくるほど、彼はサイラスに関心がなかった。
 魔術を使う者という以外に、接点もない。
 それでも、サイラスが自分を怒らせたがっているのは感じている。
 
「本当に、何がしたいのだか」
(魔術の腕比べとかじゃねーの?」
「それなら、私の寿命が尽きる前にと、せっかちになるのもわかる」
(死んじまったら遊べねーからな)
 
 彼は、軽く肩をすくめた。
 黙って待っていれば王太子は即位し、サイラスは魔術師長になっていたのだ。
 どうせサイラスのことだから、魔力分配などする気はないだろう。
 魔力を独り占めして「大きな事」をやらかそうと考えていたに違いない。
 けれど、その「待て」が、サイラスにはできなかった。
 理由が、ジークの言う通りなら、とてもくだらないと思う。
 
「私よりろくでもないね」
 
 彼には善悪もないし、国の存亡もどうでもいい。
 いつでも基準は、たったひとつ。
 だから、サイラスの矛盾した2つの選択肢には思い至らなかった。
 
(あいつが、ぽっくり逝ってくれりゃ丸くおさまるのにサ)
 
 あいつ、というのはサイラスではなく王太子のことだろうけれど。
 彼は小さく笑う。
 
「ジーク。思ってもいないことを言うものではないよ」
 
 返事がないのが返事。
 それが2人の間の暗黙の了解。
 王太子に対するジークの認識に変化があったと、彼は気づいている。
 
「帰るとしよう。私の愛しい孫娘が待っている」
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