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第2章 黒い風と金のいと

目減りしない愛 2

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 ジークは、木の上から、その光景を眺めていた。
 王宮からの使者が、彼の孫娘を訪ねて来ている。
 それらしさの演出なのか、使者は本当に使者だった。
 魔術師ではない。
 魔力を隠している、といった気配も感じられなかった。
 ジークは、ひと通りの確認をしている。
 それから、少しだけ興味を惹かれ、「寄聴よせぎき」を発動した。
 少し離れた場所での会話が、はっきりと聞こえてくる。
 
「大公様が、なぜ王宮から呼び出しを受けたのかについては、私も詳しくは聞かされておりません」
「私戦のことと、関係あるかどうかは、ご存知ですか?」
 
 ジークは、烏姿で、わずかに首をかしげた。
 きょとんとしたわけではない。
 人の姿ではないので、仕草に相違が出るのだ。
 
(ふーん。ああいう話しかたもできるんだな)
 
 彼女は、いつも「変わった」話しかたをする。
 意味のわからないものもあったが、なんとなく、こういうことを言っているのだろうと、伝わってくるのが不思議だった。
 貴族令嬢の使う、まわりくどく気取った言葉使いもしない。
 だから「ふーん」なのだ。
 
「存じ上げません」
 
 使者は、とてもそっけない口調で応じている。
 本当に知らないのか、知っているけれども話さないだけなのか。
 ちょいと髪でも焼いて、口を割らせてみたくなったが、やめておく。
 やるなら、口を割らせたあと、口を封じなくてはならなくなるからだ。
 彼がいない場で、面倒を起こすことはできない。
 ジークが何をしても、彼は迷惑がったりはしないのだけれども。
 
「しかしながら、内容については秘匿すべきことと、お聞きしております」
「秘匿、ですか」
「さようにございます。つきまはして、呼び出しの内容は、こちらでご確認くださいませ」
 
 使者が、彼の孫娘に、書類挟みを渡している。
 見た感じ、しっかり封がされているようだった。
 口で言えばいいのに、貴族や王宮というのは、面倒な手続きを踏みたがる。
 人と関わらないジークには、関係のない慣習だ。
 それを、ありがたいと思う。
 直線で飛んだほうが速いとわかっているのに、わざわざ曲線を描く必要を、ジークは感じない。
 
「ただし、そちらは、レティシア姫様だけで、ご確認をお願いいたします。なにぶん秘匿すべき事柄にございますので」
 
 言われた彼女が、少し戸惑ったような表情を浮かべる。
 が、使者が、それ以上のことを言いそうにないのを察したのか、小さくうなずいた。
 
「わかりました」
 
 使者は、会釈をしてから、帰っていく。
 扉が閉まったので、寄聴を切った。
 
 ジークは、嘴を何度か、カチカチと鳴らす。
 欠伸あくびをしたのだ。
 彼からの連絡は、まだない。
 彼の孫娘を狙っている者もいなかった。
 となると、やることがなくて、退屈になってくる。
 魔力の感知は続けていても、これは欠伸をしていてもできることだった。
 彼ほどの力でもない限り、シークの魔力感知の網をかいくぐれはしない。
 
(そういや、王太子も魔力はあるんだよな。まったく隠せてなかったけどサ)
 
 湖での出来事を思い出す。
 王太子からは、下級魔術師程度の魔力を感じた。
 あれが王族というものか、と思ったものだ。
 なにしろ魔力が、だだ漏れ。
 器がないのだから、しかたがないのかもしれないが、あれではどんな魔術師からも隠れられないだろう。
 
(あいつ、木の陰にいたけど、何がしたかったんだ?)
 
 王太子が、彼から姿を隠していたのだと、ジークにはわからない。
 ジークよりも数段上の魔力感知ができる彼と、魔力だだ漏れの王太子。
 隠れられるはずがないのだから、隠れようとしていたなどとは、考えもつかなかったのだ。
 そこまで間が抜けていると気づけるほど、ジークは王太子には興味がない。
 王太子が悪人でないことはわかったけれども。
 
(おっせーなあ……審議ってのは、そんなに時間かかるもんなのか)
 
 ジークと出会う前がどうだったのかはともかく、これまで彼が「審議」とやらに呼ばれたことは、1度もなかった。
 ついて行ったこともないため、どのくらい時間を要するものなのか、わからずにいる。
 王族までもが勢揃いするのだそうだ。
 そのせいで、時間がかかるのかもしれない。
 これだから王宮は嫌いなのだ。
 下手へたに近づけないし、面倒ごとばかりだし。
 
 ジークは、また嘴を、カチカチと鳴らす。
 基本的に、あまり眠る習慣がないので、よけいに退屈だった。
 本当にすることがなく、彼の孫娘の様子でも見に行こうか、と思う。
 彼女の部屋の窓近くには、ちょうどいい高さの木が植えられているのだ。
 枝にとまれば、室内がよく見える。
 彼の孫娘がキーキーうるさい女だった頃、ジークは、よくそこにとまって中の様子を窺っていた。
 
(ジーク)
(あいよ)
 
 彼からの即言葉そくことばだ。
 応えて、ジークは飛び立つ。
 すぐに彼の元へと転移した。
 ジークは、彼に魔力を与えられている。
 その源を追えば、彼の居所がわかるのだ。
 烏姿を隠し、彼の肩にとまる。
 
「待たせたね」
(いーけどサ。なんで歩いてんだよ)
「少し気が滅入っていてね」
 
 彼は、とても物憂げだった。
 最近、いつもこんな調子だ。
 理由は、わかっている。
 
(つまんねー審議なんか出なきゃよかったのに)
「私も、そう思っているよ」
 
 あの執事が屋敷を出てから、彼の孫娘は笑っていなかった。
 彼に抱き着くこともなく、大好きとも言わない。
 
 だが、彼の憂鬱さの原因は、別のところにある。
 
 わかっているだけに、めずらしく、少しだけ、迷った。
 彼に、これ以上の憂鬱さを与えるのもどうか、と思ったのだ。
 さりとて、どうせ知ることになるのだし、知らない振りをしても意味がない。
 
(王宮からの使者ってのが、来てたぜ?)
「そうかい」
(アンタの言う通り、サイラスは、せっかちな野郎だな)
 
 彼の孫娘を殺しかけたと思ったら、次には人さらい。
 そして、今度は。
 
「ジークの言うようにしておけば良かったと、反省していたのだよ」
(サイラスだけでも、始末しとけば良かったって?)
 
 彼は答えなかった。
 返事がないのが返事、というのが常のこと。
 が、ジークは、わずかな彼の逡巡を見抜く。
 
(どうせ隠しておけやしないサ)
 
 サイラスは邪魔だし、煩わしい。
 始末をつけたいと思う気持ちは、ジークのほうが強い。
 彼は気が長く、己の力をうとんじているからだ。
 必要がなければ、なるべく、その力を振るおうとはせずにいる。
 
 サイラスに関しては、いずれ始末をつける気ではいるだろう。
 さりとて「今」だとは、思っていなかったに違いない。
 最も効果的に、確実に、ケリをつけようとした結果だ。
 ジークは、彼の「反省」なんて微塵も信じてはいなかった。
 今ではないと彼が感じるのなら、それは「今ではない」のだ、きっと。
 
「そうだね」
 
 溜め息をつくように、彼が言葉を落とす。
 憂鬱さに、拍車がかかっているようだった。
 
(寂しいのか?)
 
 ジークは言葉を飾らない。
 6歳の頃から、話し相手は彼だけだからだ。
 
「そりゃあね」
 
 十年待って、ようやく孫娘との関係が良くなっている。
 拒絶の檻から解放された彼は、声をあげて笑うようになったし、毎日とても楽しげでもあった。
 よくそんふうに簡単に受け入れられると、ジークは呆れていたものだ。
 
「ジークは正しい。それに……まぁ、慣れているさ」
 
 彼は、また拒絶の檻に閉じ込められるのだろうか。
 彼が造った、彼女のためのベンチは野ざらしになっていくのだろうか。
 わからないが、ジークは少しだけ信じたかった。
 彼が宝だと言う、彼の孫娘を。
 
(まだ結末ってわけじゃ、ねーだろ)
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