理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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第2章 黒い風と金のいと

お祖父さまの独り言 3

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 ユージーンは、ソファにごろんと横になり、魔術書を開いている。
 片手で頭を支え、片手で頁をめくっていた。
 サイラスがいる際、一緒に図書館に行き、借りてきたものだ。
 サイラスは忙しく、王宮とサハシーを行ったり来たりしている。
 
(魔力量が多いというのは便利なものだ。俺もサイラスのように転移ができれば、王都との行き来が楽にできるのだがな)
 
 そう思うのには、理由があった。
 私戦の報を受けて3日が経つ。
 執事の行方は不明なのだそうだ。
 さりとて、ラペル公爵家は下位貴族も含め、総出で探しているに違いない。
 おかかえの魔術師もいる。
 王都にいるのなら、見つかるのは時間の問題だろう。
 
あれレティシアは心を痛めているに違いない。いや、泣いているやもしれん……)
 
 執事がどうなろうとかまいはしないが、レティシアのことは気になる。
 彼女の魔力顕現のきっかけはユージーンが作った。
 と、彼は思っている。
 そのきっかけというのが、屋敷の者の「裏切り行為」だ。
 サイラスは、彼女が泣いていたと言っていた。
 今回は裏切り行為ではないにしても、家族同然の使用人の身に起きた事態を、深く憂慮しているとは察せられる。
 
 サイラス並みに転移が使えたのなら、公爵家を訪ねていただろう。
 周囲から「レティシア・ローエルハイドに入れあげている」と思われようが、かまわない。
 王太子としての自尊心は、彼女に対しては発揮されないのだ。
 
(あの執事め……ろくでもないことをしおって……)
 
 元魔術騎士とはいえ、今は執事の身。
 大人しく頭のひとつも下げていれば、こんなことにはなっていなかった。
 執事のせいで、レティシアが泣いているかもしれないと思うと腹が立つ。
 
(俺が即位した日には、このような制度はなくすとしよう。少なくとも、王族が仲裁に入れるように改めねばならん)
 
 今は制度上、王族は貴族同士の諍いに口を挟めないのだ。
 裁判や審議であれば「聞き役」として同席はする。
 が、実際に採択を下すのは重臣たちで、王族はそこに座っているだけだった。
 これだから、今のままでは駄目なのだ、とユージーンは思う。
 国を動かすのは国王でなければならないと感じる要因のひとつ。
 
 何をするにしても王族が口を挟めないこと。
 
 だから、いつも「では国王とはなんぞや」を考えてしまうのだった。
 即位後には、様々、変えたいことがある。
 単純に、即位できさえすればいいとは思っていない。
 心の中で、ユージーンは、私戦の改正についての優先順位を上げた。
 
(俺が即位しておれば、できることもあったろうが……即位するには正妃を娶らねばならん……しかし、あれは正妃にはならぬと言い張っている……)
 
 今となっては、レティシア以外の正妃を迎える気にはなれずにいる。
 さりとて、レティシアを望む限り、王位継承の絶対条件は満たせないのだ。
 正妃選びの儀の際に言われた、3つ目の理屈が、なんとしても覆せない。
 
 1つ目の、お互いを知る、というのは、なんとかなる。
 時間をかけさえすればいいのだから、簡単だろう。
 それに、すでにかなり「知り合って」いると言えた。
 初めて会った日とは違い、レティシアは平気で悪態をつくようになっている。
 勘違いも甚だしいところはあるが、それはひとつずつ正していけばいい。
 
 2つ目の、愛し愛される婚姻というのも、なんとかなる。
 というより、それがいい、とユージーンも思っていた。
 愛し愛される、のはお互いにとの意味を持つ。
 つまり、彼女にとっても愛し愛される相手は自分だけなのだ。
 なんとも喜ばしいではことではないか。
 ユージーンは、とっくに「レティシアだけ」になっている。
 
 サハシーの街で、大勢の貴族令嬢と思われる女性とすれ違った。
 が、いっこう興味が湧かない。
 もとより、女性に対しては否定的であったし、男女問わず、人からふれられるのも、ふれるのも、ユージーンは好まない。
 例外は、レティシアだけだ。
 
(あれを正妃にできねば、俺は即位できん。即位できぬのは……困る……)
 
 ユージーンは第1王子であり、王位継承者として生まれている。
 22年間、自分はいずれ国王になる身だと思って生きてきた。
 だから、即位しないなどとは、やはり考えられない。
 考えるのは、レティシアに自分を好きにさせるにはどうすればいいのか。
 なのだけれども、それがわからずにいる。
 なにせ、会えば彼女は必ず怒るので。
 
 1度だけ、自分に向けて見せた笑顔が思い浮かぶ。
 レティシアが笑うと、なんだか嬉しくなるのだ。
 胸が高鳴り、自然とユージーンも笑っていた。
 何度でも、繰り返し見たいと思える表情だった。
 とはいえ、ユージーンは国を背負う立場にいる。
 王位を投げ打つことは、できなかった。
 
(王太子というのは、ままならんものだ……このような立場に生まれておらねば、レティシアと……)
 
 そもそも王太子でなければ会うことすらなかったかもしれないが、それはともかく。
 生まれて初めて、ほんのわずか即位しない自分が頭をよぎった。
 王位継承権を持つのは、なにも自分だけではない。
 弟のザカリーがいる。
 父がザカリーに王位を継がせないと言ってはいるものの、権利が剥奪されているわけではないのだ。
 
(いや……それは、できん)
 
 一瞬、よぎった思いを、すぐさま打ち消す。
 ユージーンには、どうしても即位しなければならない理由があるからだ。
 仮にユージーンが即位しなければ、どうなるか。
 
(俺が即位せねば、サイラスを魔術師長にしてやれんのだからな)
 
 サイラスは、ユージーンの最側近だ。
 これは「仮契約」のようなものにあたる。
 そのため、サイラスはユージーン以外の者にはつくことができない。
 否応なく、ユージーンの地位に準じることになる。
 ユージーンが野にくだれば、サイラスは今の地位を失うのだ。
 魔術師は、魔術師になった時点で爵位を持てなくなるので、別の地位を与えることすらできなかった。
 大臣にして重用などという道はない。
 
 サイラスには命を救い、育ててもらった恩義がある。
 誰よりも近くにいて、支えてくれた。
 レティシアにも話したことだが、サイラスを裏切りたくはない。
 花瓶で殴られたのを納得できるほどには。
 
(なぜ、あれは俺を好きにならんのだ……あの理想の男とやらがいるからか)
 
 おそらく、そうなのだろう。
 どこの誰なのだか。
 サイラスに相談もできないため、未だその存在について、詳しくはわからずにいる。
 調べさせることもできなかったし、彼女に聞くのも嫌だった。
 レティシアの口から、男の話なんて聞きたくもない。
 
(どこが良いのだ、あのような騎士……いや、騎士が良いのなら、俺とて剣の腕は悪くない……強い男が好みであれば……そういう話ではないか……前に、サイラスが好みは外見だと言っていた)
 
 こんなふうに、ユージーンは何を考えていても、結局、思考がレティシアに向かってしまう。
 せっかく「静養」のためにサハシーまで来たのに、たいして意味はなかった。
 いくらか使える魔術が増えたのは、成果と言えるけれども。
 
 パラパラと、魔術の手引書をめくってみる。
 ユージーンが身につけられるのは、下級魔術師程度の魔術だけだ。
 
(大公は、どれだけの魔術を扱えるのか。サイラス以上なのは、わかったが)
 
 それとわかる動作なしで、大公は点門を発動している。
 直接、目にしただけに、その恐ろしさがわかった。
 たいてい魔術には、連動した動作というものがある。
 それは、動作を知ってさえいれば「あれを使うのだな」と、事前に察知できるということでもあった。
 逆に言えば、動作なく発動されると、避けようも防ぎようもないのだ。
 魔術に気づくことなく殺されるだろうし、死んだことにすら気づけないかもしれない。
 
(だが、大公は俺に忠告をした。あれには何か意味がある……もっと分かり易く言えと言いたいがな。ローエルハイドは、わけのわからぬことを言う血筋なのかもしれん)
 
 レティシアも、相変わらず意味のわからない言葉を使っていた。
 が、大公は理解していたのだ。
 思い出して、ムっとする。
 
「誰が吝嗇家だ。俺は王太子なのだぞ。金がないわけがなかろう」
 
 どのくらいあるのか知らなくても、魚を買う金くらいはあった。
 と、思う、おそらく。
 ユージーンは真面目だったので、あのあと、ちゃんと調べている。
 あのローチの市場いちばでの「相場」や、自分の「小遣い」が、どのくらいあるか。
 さりとて、現実には買い物をしたことがないので、いまひとつ自信がない。
 
「確か、この宿の中にも店があったな。何か買ってみるとするか」
 
 良い品があれば、レティシアへの土産にもなる。
 本を閉じ、ユージーンは立ち上がった。
 姿見の前で、ひと通り自分の身なりを確認する。
 サイラスがいない時は、1人で街を出歩くことはしないと約束していた。
 が、宿の中であれば問題はないはずだ。
 サイラスから、あと数日で王都に戻るように促されてもいる。
 その前に、買い物をしておこうと、部屋を出た。
 
(あれのつけていたロケットは、ずいぶんみすぼらしかったが、何か思い入れのある品か、それとも、くたびれた品が好みなのか)
 
 ユージーンは世間知らずではあっても、頭は悪くない。
 会話はまるで成立していなかったが、なんとなく感じるところはあったのだ。
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