理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

文字の大きさ
上 下
94 / 304
第1章 暗い闇と蒼い薔薇

おウチに帰ろう 2

しおりを挟む
 
「それ、どーゆーこと?」
 
 レティシアが、きょとんと首をかしげた。
 大公は相変わらずで、そんなレティシアを見て微笑んでいる。
 サリーは、まだ不機嫌そうだ。
 
(下着姿を見たのはまずかったな。あの状況では、見ずにすませるほうが難しかったが……)
 
 あの地下室で、レスターに服を切り裂かれ、サリーはほとんど下着姿だった。
 目をおおうわけにもいかなかったので、グレイはその姿を見ている。
 あれは不可抗力というものだ。
 とはいえ「見たくて見たのではない」なんて言おうものなら、ホウキの柄で殴られるかもしれない。
 
 いや、きっと殴られる。
 
 女性には、いらぬことは言わないに限る、と思った。
 サリーのひん曲がった機嫌が直るまでは、当たり障りなく接していくことにする。
 
 ひと通り荷造りを済ませ、4人は居間でくつろいでいた。
 大公とレティシアは、ソファに横並びで座っている。
 グレイとサリーは正方形の足置きに、それぞれ腰を下ろしていた。
 本来なら立っているべきなのだが、レティシアが気にする。
 それをわかっている大公から座るように促されていた。
 
 ソファではないものの、それに付属する足置きは用途と違う使い方にも十分に耐えうるくらい、やわらかい。
 背もたれがないのには慣れている。
 厨房の丸イスに比べて、ずっと座り心地が良かった。
 
 あえてイスを勧めなかったのは、大公の2人に対する配慮だろう。
 目線を上にするのなら立つべきだからだ。
 が、この足置きに座る分には、目線は大公とレティシアより下になる。
 
「サイラスと王太子の姿を見たのですが、あれは本物ではないかもしれません」
「偽物ってこと?」
「確信があるわけではございませんし、可能性も低いとは思うのですが」
 
 地下室で意識を失っているフリをしていた時、扉が少し開かれた。
 その向こうにサイラスと、顔までは見えなかったが王太子らしき人物の姿も目にしている。
 話していたのは、サイラスとレスターだ。
 小声ではあったが、グレイには会話の内容が聞こえていた。
 
「だが、根拠はあるのだろう?」
 
 グレイの正面にいる大公が聞いてくる。
 うなずきながら、あの場面を記憶から引っ張り出した。
 
「屋敷に来た時のサイラスの話し方と、地下にいた者とでは違っておりました」
「話し方って?」
「発音と言いますか。奴は、気取った話し方をしていたでしょう?」
「確かに、砕けてはいなかったね。話し方は丁寧だったよ」
 
 地下にいたサイラスも、けして乱れた話し方をしていたわけではない。
 丁寧と言えば丁寧ではあったけれども。
 
「顕著だったのは”ん”の発音です。屋敷に来たサイラスは”ん”など使いませんでしたから」
「ん?って、なに?」
 
 グレイの言っている意味がわからずにいるレティシアに、大公が説明を付け加える。
 向けている視線は、優しく穏やかだった。
 
「たとえば、“いるのです”と“いるんです”の違いのことだよ」
「あー、なるほど! “の”が“ん”になっちゃうのか。それって癖?」
「貴族教育を受けた者は、あまり“ん”を使わないものなのさ」
「そういえば、お祖父さまも使わないね」
 
 指摘され、大公がおどけた様子で肩をすくめる。
 そして、本気とはとれない口調で言った。
 
「私も、すっかり貴族気質きしつが染みついているようだ」
 
 貴族階級に属していると、教育の中で、言葉遣いや話し方、発音に至るまで、子供の頃から叩き込まれる。
 たいていの貴族は、貴族としかつきあわない。
 そのため、覚えこんだ話し方や口調を変える必要もないのだ。
 
「ん? でも、グレイって……そのあたり微妙な気がしなくも……」
「私は……なんと申しますか……」
「彼が魔術騎士になったのは11歳。その後、ウチの執事になったのは15歳。周りに感化され易い年頃だったのだよ」
 
 言いにくいことを、大公がサラリと代弁する。
 魔術騎士の隊にも屋敷にも、平民出の者が多くいた。
 囲まれて生活している内に、自然と「そちら」寄りになっている。
 気持ちの問題もあるかもしれない。
 グレイは自分が貴族だとは意識していないのだ。
 
「ほら、その年頃だとマルクのような話し方に憧れたりするだろう?」
「あ~……あるね。そーいうの」
 
 レティシアが納得したように、大きくうなずいている。
 サリーは知らん顔。
 目で会話してくれようともしない。
 
(これがレティシア様の仰っておられた“アウェイ感”というものか……)
 
 レティシアが戻ってきた当初のウチの状態を、そんなふうに称していた。
 思うグレイに、レティシアの視線がそそがれる。
 
「違うよ、グレイ。これはアウェイじゃなくて、グレイがいじられてるだけ」
「いじられ……?」
「そう。いじられキャラなんだよね、グレイって。からかい易いって感じ」
 
 なんだか、どちらがいいのかわからない。
 このままでは、いずれ「有能執事」の看板を下ろさなければならなくなるのではなかろうか。
 地下室では、大公に叱られてしまったし。
 
「もともとグレイは、からかわれ易い体質をしているからねえ」
「そんな気がしてたよ、私も」
「た、大公様、レティシア様……今はサイラスの件のお話を……」
 
 これ以上「いじられ」のほうに話をもっていかれては、かなわない。
 慌てて、話を引き戻す。
 大公が、ひょこんと軽く眉を上げた。
 
「しかしね。それもサイラスの故意と考えるほうが自然ではないかな」
「かもしれません」
 
 サイラスが王太子らしき人物に『では、行きますか』などと気楽に声をかけていたのも、気にかかる。
 あまりにもわざとらしいと思えたからだ。
 
「うーん……あの王子様、偽物だったのかなぁ」
「レティは殿下に会っていたのかい?」
 
 ここに戻り、休憩を挟んだのち、荷造りを始めている。
 レティシアは怖い思いもしているので、詳しい状況などは落ち着いてから、というのが大公の判断ではあった。
 が、当のレティシアから話を切り出している。
 聞けるのであれば聞いておいたほうがいい。
 きっと大公もそう判断したのだろう。
 
「会ったよ。相変わらず面倒くさくて、いつも通りって感じだったけど……」
「気にかかることがあるようだね」
 
 レティシアは、なんとも言い難い表情をしている。
 納得したような、がっかりしているような。
 
「なんか、いい奴っぽかったんだよね。変な薬も無理に飲ませようとしなかったし、押し倒されたけど嫌だって言ったらやめてくれたし」
 
 ぴくりと、大公のこめかみが引きる。
 グレイも、そしてサリーも真っ青になった。
 まさか、そんな事態になっていたとは思わなかったからだ。
 レティシアは3人の様子には気づいてないのか、視線を天井のほうに向けていた。
 なにかを思い出しているらしい。
 
「私がね、粘着王子に目を閉じてって言ったんだけど……」
「……それで?」
 
 大公の声が低くなっている。
 これは“ヤバい”ことになるのではと、グレイは気が気でない。
 レティシアだけが平然としていた。
 
「閉じてくれたよ?」
「……そのあと、どうしたのかな?」
 
 表情は穏やかだが、内心、穏やかではないのだろう。
 グレイもサリーも同じだから、わかる。
 また正妃選びの儀に行くなどと言い出すのではないかと、不安になった。
 が、しかし。
 
「花瓶で殴った」
「殴った?」
 
 聞き返した大公のほうに、ぴょんっとレティシアが体を向ける。
 ちょっぴり焦った顔で言った。
 
「そんなに強く殴ってないよっ? でも、王子様、ぶっ倒れちゃって……あ! 殺してはないから! 死んでなかったから! それは確認した!」
 
 瞬間、大公が吹きだす。
 グレイとサリーも笑いをこらえ切れず、3人は声をあげて笑った。
 
「ちょ……っ……私、そんな怪力じゃないからね! ね! お祖父さま!」
 
 怪力令嬢と思われたと勘違いしたらしいレティシアが必死で弁解している。
 そのレティシアを、大公が引き寄せ、ぎゅっと抱きしめた。
 
「私の愛しい孫娘。お前は、本当になんて愛らしいのだろうね」
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

幸せな人生を目指して

える
ファンタジー
不慮の事故にあいその生涯を終え異世界に転生したエルシア。 十八歳という若さで死んでしまった前世を持つ彼女は今度こそ幸せな人生を送ろうと努力する。 精霊や魔法ありの異世界ファンタジー。

ひめさまはおうちにかえりたい

あかね
ファンタジー
政略結婚と言えど、これはない。帰ろう。とヴァージニアは決めた。故郷の兄に気に入らなかったら潰して帰ってこいと言われ嫁いだお姫様が、王冠を手にするまでのお話。(おうちにかえりたい編)

ぼっちな幼女は異世界で愛し愛され幸せになりたい

珂里
ファンタジー
ある日、仲の良かった友達が突然いなくなってしまった。 本当に、急に、目の前から消えてしまった友達には、二度と会えなかった。 …………私も消えることができるかな。 私が消えても、きっと、誰も何とも思わない。 私は、邪魔な子だから。 私は、いらない子だから。 だからきっと、誰も悲しまない。 どこかに、私を必要としてくれる人がいないかな。 そんな人がいたら、絶対に側を離れないのに……。 異世界に迷い込んだ少女と、孤独な獣人の少年が徐々に心を通わせ成長していく物語。 ☆「神隠し令嬢は騎士様と幸せになりたいんです」と同じ世界です。 彩菜が神隠しに遭う時に、公園で一緒に遊んでいた「ゆうちゃん」こと優香の、もう一つの神隠し物語です。

稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています

水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。 森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。 公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。 ◇画像はGirly Drop様からお借りしました ◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

叶えられた前世の願い

レクフル
ファンタジー
 「私が貴女を愛することはない」初めて会った日にリュシアンにそう告げられたシオン。生まれる前からの婚約者であるリュシアンは、前世で支え合うようにして共に生きた人だった。しかしシオンは悪女と名高く、しかもリュシアンが憎む相手の娘として生まれ変わってしまったのだ。想う人を守る為に強くなったリュシアン。想う人を守る為に自らが代わりとなる事を望んだシオン。前世の願いは叶ったのに、思うようにいかない二人の想いはーーー

処理中です...