理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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第1章 暗い闇と蒼い薔薇

とらわれの地下室 1

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 怒っている、もしくは、怒る、とは思っていた。
 なにしろ、彼女はいつも怒っているので。
 
「あなたが私をさらったわけだ」
 
 レティシアは両手を腰にして、目に怒りの炎をともしている。
 屋敷に行った時と似ていた。
 あの時も、彼女はこんなふうにユージーンに対して怒ったのだ。
 
 そして、死にかけた。
 
 ぎゅっと胸が痛む。
 が、それを表には出さず、レティシアから視線を外して、チェストのほうへと歩いた。
 両手にはグラスとワインを持っている。
 2つのグラスを並べてチェストの上に置いた。
 
 ワインを左手に、右手で服の胸元を探る。
 入れておいた小さな小瓶を取り出した。
 サイラスに渡されたものだ。
 それらを手に、レティシアと向き合う。
 
(ウサギの時は、あんなに笑っていたのだが。いや……この状況では、しかたなかろう……)
 
 ユージーンも攫いたくて攫ったのではない。
 攫いたくなかったくらいだ。
 さりとて、状況は動き出している。
 今さら弁解の余地などなかった。
 ユージーンにとっても、否も応もなくなっている。
 
「てゆーか、グレイとサリー、それにウサちゃんまで攫ったでしょ?!」
「なんのことだ?」
「なに、すっとぼけてんの?! グレイとサリー、ウサちゃんまで人質にするつもり?! 卑怯過ぎるわ! 見境なさ過ぎだわ!」
 
 ウサギ姿でレティシアと一緒にいた際も、彼女は意味不明な言葉をまき散らしていた。
 なので、少し突飛な発言にも慣れ始めている。
 ユージーンの頭は、今度は真っ白にはならなかった。
 が、ぽかんとはしている。
 
(彼女は、俺があのウサギだと気づいておらんのか)
 
 あげく心配までしているようだ。
 胸の奥が、きゅうっとなる。
 彼女は怒っているけれども。
 
 とても愛らしい。
 
 こんな状況だというのに、自分のことより人のこと。
 ウサギのことまで気にかけるとは、どれだけ世間知らずなのだろう。
 ユージーンは、自分のことは棚に上げて、そう思う。
 思ったら、少し笑ってしまった。
 
「ちょっと! ここ笑うトコ?!」
「笑うところかは知らんが、面白かったのでな」
「なんっにも面白いこと言ってませんケド?!」
「まぁ……これでも飲んで、少し落ち着け」
 
 右手に持った薬瓶をかかげてみせる。
 とたん、レティシアが嫌な顔をした。
 
「それ、なに?」
「気が落ち着く薬だ。お前も、いきなりのことに動転しているだろ?」
「絶対に飲まないよ?」
「なぜだ? そう怒っていては話にならんではないか」
 
 ますますレティシアが嫌な顔をする。
 体から「疑っている」との雰囲気がもれていた。
 それで納得する。
 彼女は、これが毒か何かだと疑っているのだ。
 
「ならば、俺も飲……」
「ダメーッ! それもダメッ! あなたも飲まないでッ!」
「……意味がわからん。俺が飲めば、これが毒ではないとわかるはずだが」
「あなたに、何かあったらどうするのっ?!」
 
 ハッと胸をつかれる。
 彼女は自分の心配までしてくれるのか、と感動した。
 が、しかし。
 
「あのねえ! そーいうのは、たいていが怪しい薬だって、相場が決まってんだからね! あなたがおかしくなって、私に襲い掛かって来るかもしれないじゃんか!」
 
 レティシアは、ユージーンの心配をしていたのではない。
 己の身の心配をしていただけだ。
 わかって、かなり落胆する。
 彼女がユージーンの心配をするわけはないのだけれど、それはともかく。
 
「にしても、お前、この薬を知っているのか?」
「知るわけないでしょ」
「だが、今、相場と言っただろ。相場というのは市場いちばでの……」
「面倒くさっ! 相変わらず面倒くさいぃぃぃ」
 
 会話がまったく噛み合わない。
 ユージーンとしては、レティシアの言葉を理解しようと、精一杯の努力をしている。
 ユージーンは真面目だったし、レティシアは好きな女性だ。
 他のこと以上に、わからないまま放置することはできずにいた。
 とはいえ、彼女には「面倒くさい」ことなのだろう。
 
「……まぁ、いい。まぁ、いいよ、うん……わからないなりに、わかろうとするのは悪いことじゃない……うん……めちゃくちゃ面倒くさいけど……」
 
 彼女は、なにやらブツブツと呟いたあと、ユージーンに向き直る。
 やはり自分とまっすぐに視線を交えてくるのだな、と思った。
 レティシアの前では、王太子との特別さは通用しないのだ。
 それが心地良く感じられる。
 
「私もあなたも、その薬は飲まない。いい?」
「よかろう」
 
 落ち着いて話せるようにとの、サイラスの気遣いを無駄にするのは申し訳ない気もしたが、この調子では話が前に進まない。
 ユージーンは、チェストにワインと薬瓶を置き、わざとらしく両手をあげてみせた。
 
 これでいいか、という仕草に、彼女は納得したように、うなずく。
 彼女はチェストのあるほうとは逆のベッド脇に立っていた。
 両手をおろし、少しだけレティシアに近づく。
 
「それで? グレイとサリー、ウサちゃんはどこにやったの?」
「あのウサギは……」
 
 言いかけて迷った。
 あのウサギが自分だなんて言えば、恐ろしく彼女は怒るに違いない。
 いよいよもって話にならなくなるだろう。
 それに「嫌いっぽくない」の前についていた「そんなに」が、取れてしまうかもしれないのだ。
 
「あのウサギは、かえったぞ」
「そうなの?」
「たしかだ。それは確認できている」
 
 今しがたまで怒っていたのに、レティシアは目を丸くしていた。
 本当に、表情がよく変わる。
 見ていて飽きるということがない。
 
(俺は、彼女のこういうところを好いているのかもしれんな)
 
 思いつつ、別のことを口にした。
 今、自分の気持ちを伝えたところで受け入れてもらえないのは、わかっているからだ。
 
「だが、執事とメイドについては知らん」
「知らんって……あなたが連れてきたんでしょーが」
「連れてくるのは、お前だけのはずだったのでな」
「……そっか……じゃあ、やっぱり巻き込まれたんだ……」
 
 どうして彼女は自分の言葉を信じるのか。
 もちろん嘘はついていないし、信じてもらいたくはある。
 とはいえ、なんの保証もないのに、信じてくることに驚いていた。
 
 ユージーンは王宮での裏を散々に見ている。
 人はいつでも真っ正直でいられるとは限らない。
 平気で嘘をついたり、騙そうとしてくる者がいたりするのは、なにも珍しいことではないのだ。
 というより、そんな者ばかりがユージーンの周りには集まっていた。
 
 ユージーンだって、時と場合、状況や相手によっては平然と嘘をつく。
 思ってもいないことを口にするのは、王太子として、ある意味、当然だった。
 
「レティシア」
 
 彼女が、ユージーンへと顔を向ける。
 しょんぼりしているレティシアを見るのはしのびなかった。
 
「あとで城の中を探させる。なに、無事に帰してやるから心配するな」
「ホントに?」
「俺が、あの2人に用があると思うか?」
 
 レティシアが、ホッとしたように息をつく。
 ここでも、ユージーンの言葉を無防備に信じているのを感じた。
 
「で? 私に用ってなんなの? 正妃の件は断ったでしょ?」
「だが、気持ちが変わることもあろう?」
「ない。絶対に、ない」
 
 ちょっとだけムっとする。
 そこまで断定をされると、面白くはない。
 
「俺に抱かれれば、考えも変わると思うがな」
「な……っ……抱……っ……」
 
 瞬時にレティシアの顔が真っ赤に染まる。
 ユージーンは、ほんの少し「ん?」と思ったのだけれども。
 
「こ、この……っ……ドスケベ王子っ! エロ王子ッ! ヒヒ王子ッ!! サイッテーッ!!」
 
 頭は真っ白にはならなかったが、唖然とした。
 
(まったくわからん。なぜ、これレティシアは俺の知らん言葉ばかりを使うのだ……?)
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