理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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第1章 暗い闇と蒼い薔薇

副魔術師長の策略 4

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 サイラスは地下室の前にいる。
 扉がわずかに開いていた。
 
 その扉の前に、老人が立っている。
 ローブ姿なのは、魔術師だからだ。
 この城の使い道は、ほとんどこの老人に集約されていた。
 
 彼の名はレスター。
 
 サイラスより、ずっと年上だったが、実際に何歳なのかは知らない。
 興味がなかったので調べなかっただけなのだけれども。
 
「あの2人は、わしの好きにしてよいのだな?」
 
 老人は顎をしゃくり、扉の向こうを指し示す。
 しわがれた声は、とても聞き苦しかった。
 顔も皺だらけで、その皺に切り込みを入れたような目は、注視していなければ、目だと気づかないほど細い。
 
 体をしゃんとさせれば、おそらくサイラスよりも背は高いはずだ。
 が、背中が丸まっていて、してもいないのに会釈をしているように見える。
 そのせいで、ちょうど顔の位置が同じくらいの高さになってしまうのが不快だった。
 この老人はサイラスの「趣味」に合わない。
 
「基本的には、そうなんですがね。どちらか片方は生かしておいてもらわなければ困ります」
「生きておればよいのか?」
「まともに言葉が発せられる程度に、生かしておいてください」
 
 老人が面白くないとでも言いたげに鼻を鳴らす。
 サイラスにしても、面白くはないのだ。
 が、この城を使う以上は、この老人もまた駒のひとつに換算すべきだと判断していた。
 
 使えるものは、なんでも使う。
 よごれた駒でも、駒は駒だ。
 
(あの残念な弟と同じくらい虫唾むしずが走る老人ですが、備えにはなるでしょう)
 
 レスターは、サイラスが魔力に顕現する前から、この城にいる。
 何十年だか前に捕らえられ、幽閉されたのだ。
 サイラスも含め、外の者は鍵さえあれば城への出入りが自由にできる。
 
 が、レスターだけは出られない。
 レスターの血には禁忌の印が刻まれているからだ。
 その刻印により、この老人は城を出ることを封じられている。
  
 理由は、有り余るほどあった。
 レスターは魔力が顕現してからこっち、ろくなことをしていない。
 そのせいで、魔術師を危険視する声が高まったとも言える。
 後人にとっては、いい迷惑だ。
 
「では、長持ちしたほうということにしておくか」
「どうぞ、お好きに」
 
 レスターの嗜好は特異に過ぎる。
 そして、美しさの欠片もない。
 魔力の器が無駄に大きいのも厄介だった。
 
 この城には、かつて隔離されていた者たちの魔力の残りかすが充満している。
 魔力が外に出るのを疎外する構造になっているのだから当然だ。
 それをレスターは吸い取ることで生きてきたのだろう。
 でなければ、とっくに死んでいてもおかしくない。
 
 魔力感知の必要もないくらい、レスターの持つ魔力を感じる。
 上級魔術師と同程度の大きさの器に、溜め込めるだけ溜めているのだ。
 
「久しぶりに楽しめそうだ」
 
 言葉に、不快感が体中に走った。
 けがらわしいとしか言いようがない。
 同じ殺戮者でも、ジョシュア・ローエルハイドとは質が異なる。
 彼のような気高さも尊さも、目の前の老人にはなかった。
 
 本音をさらせば、さわるのも見るのも嫌なのだ。
 自分までけがれる気がする。
 だから、けしてふれたりはしない。
 視覚は閉ざせないため、しかたなく細い目と視線を合わせていた。
 が、見ているだけで視界から気持ちの悪いものが体に流れ込んでくる気がして、不快極まりないのだ。
 
「ところで、アンバス侯爵は、ここにはおいでになるんですか?」
 
 老人の、特異な嗜好についてなど聞く気はなかった。
 耳まで穢れそうなので、聞きたくもない。
 
「あの小僧か。時々は来るぞ」
 
 ヒヒッと喉を引き攣らせ、レスターが笑う。
 にやにやとしているのがわかるのは、唇のない口が動いたからだ。
 口も深い皺に、ほぼ埋まっている。
 見た目にも見苦しい老人だった。
 手入れがされていようはずもない長い爪を、やたらに長い舌で、でろりと舐めている。
 
「何をしに来るんでしょう?」
 
 だいたいの予測は立っていた。
 レスターに問うたのは、予測を補完するためだ。
 レスターの目が、いよいよ細められた。
 皺と同化してしまい、どこにあるのか見定めるのが難しくなる。
 さりとて、視線を合わせたくないサイラスは、気づかないフリをした。
 
「あの小僧の手に負えなくなった女を連れてくる。だいたいは平民の女だ」
 
 この城に、そうした女性を放り込んで知らん顔。
 そんなところだろう。
 
 魔力を持たない者は、魔術師がいないと、ここから出られない。
 扉の内鍵には「錠鎖じょうさ」という刻印の術が、かけられていた。
 刻印の術は魔術の前身にあたる。
 まだ魔術の存在が認められてはいなかった頃にも、まともな魔術師もどきがいたのだろう。
 
 魔力をこめた塗料で扉を塗り、中からは鍵が開かないようにした。
 だが、刻印の術はすでにすたれている。
 魔術が使えれば、必要のないものだからだ。
 
「そうですか」
 
 捕らえられた女性たちが、どうなったのかは考えない。
 レスターに説明されたくもなかった。
 どうせ、彼女らは、2度と外の景色を見ることはなかっただろう。
 考えても無駄だし、その価値もない。
 
「あなたにとっては、侯爵の色狂いも役に立ってるというわけですね」
「もっと頻繁に持ってくるのなら、礼のひとつも言うがな」
 
 アンバス侯爵は、好色で名を馳せている。
 ベッドをともにする相手は、男女問わずだった。
 中には、無理に「つきあわせた」者もいたのかもしれない。
 ここに連れてこられるのが平民の女だというだけで、うかがい知れる。
 
 そもそも一時の遊びを好むので、アンバス侯爵は好色と言われているのだ。
 愛妾にする気がないから、飽きれば面倒に感じるだけ。
 レスターとは、存外、気が合っているのかもしれない。
 直接に関わりたいと思ってはいないにしても。
 
(必要なことは聞けました。備えも、十分でしょう)
 
 この城にレスターがいるのは知っていたので、あらかじめ「餌」を用意していた。
 レスターから自分たちのことが露見ろけんするのは、望ましくなかったからだ。
 こんな者の言うことを間に受ける愚か者も、王宮にはいる。
 王太子が王位に就くのは決定された未来だった。
 国王は第2王子に王位を継がせる気はないのだから。
 
 それでも、ザカリーを持ち上げるものも少なからずいた。
 王宮は、いつでも貴族同士の派閥争いで賑わっている。
 王太子も、全面的に安泰ではないのだ。
 
 早目の即位に向けて手を尽くしているのは、そういった裏事情もある。
 そして、やはりサイラスは、このことを王太子には話していなかった。
 レスターとの取引は、さすがに王太子も抵抗を覚えるに違いない。
 
(とはいえ、この老人は、そこそこの魔術の使い手。私1人では、手こずりそうですし。餌をやって黙らせておくほうが、面倒がないでしょうね)
 
 執事とメイド長に、悪いとは思わなかった。
 予定でなかったにもかかわらず、勝手に転移してきたのは彼らなのだ。
 メイド長はレスター好みでもあったので、良いタイミングではあったけれど。
 レスターが好むのは、いつも20代から30代の女性。
 男性が犠牲になることあったようだが、それは餌が足りなかったに過ぎない。
 
 レスターは殺戮者であり、拷問官きどりの狂人だ。
 
 何人もの男女が犠牲となっている。
 王宮にいれば、優秀な魔術師として重用されただろうに。
 サイラスにとって、レスターは資源を無駄にしている愚か者に過ぎない。
 
「おや。彼ら、目を覚ましてますよ?」
 
 扉の隙間から、彼らが見えた。
 動いていることにより、生存確認はできている。
 
「くれぐれも気をつけてくださいね。2人とも殺してしまわないように」
「何度も言うな。儂は、時間をかけるのが好きなのでな」
 
 老人の気持ちは、すでに中にいる2人に向いているようだ。
 機嫌を損ねる気もなかったので、サイラスはレスターに背を向ける。
 
「では、行きますか」
 
 レスターが彼らをどう料理するのかは知らないし、知りたくもない。
 老人は、若い女性を甚振いたぶるのが好きなのだ。
 魔力顕現した12歳の頃には、すでに貴族の娘を殺している。
 最初の犠牲者は、レスターの姉だった。
 サイラスは扉が閉まるのを待って、唇を歪める。
 
(魔術を拷問に使うなど、私には理解しがたいのですがね。まったくおぞましい限りですよ)
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