理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

文字の大きさ
上 下
66 / 304
第1章 暗い闇と蒼い薔薇

話相手はウサちゃん 2

しおりを挟む
 ウサギというのは、なんと愛くるしい生き物なのか。
 犬や猫も可愛くはある。
 けれど、ウサギには不思議な魅力があった。
 
 白くて、ふさふさしていて、やわらかくて。
 
 なんとも言えない愛らしさを感じる。
 ウサギと、こうしてふれあうのは、いつ以来だろう。
 小学生の頃は飼育小屋でウサギを飼っていた。
 よく野菜を持っていったことを思い出す。
 
「う~ん、このやわらか感! たまんないなー!」
 
 すりすりすり。
 したぱたしたぱた。
 
 ウサギが腕の中で暴れているのには気づかない。
 ふわっふわのふっさふさが、心地良過ぎた。
 しかも、ほんのりと暖かいのが、これまたなんとも言えない。
 
 大人になってからウサギとふれあう機会などなかった。
 最後にウサギにふれたのは、15歳の時だ。
 両親と一緒に行ったサファリパークにあった「ふれあい広場」でのこと。
 
 ヤギやアヒル、モルモットなどと一緒にウサギもいた。
 レティシアは、すっかりウサギに夢中になっている。
 見つけた獣道に興味が引かれ、つい入ってしまったのだが、そのせいでグレイやサリーとは、はぐれていた。
 早く合流しなければ心配させると思っていたのに、すっかり忘れている。
 
「あ! いたっ…ッ!」
 
 暴れていたウサギの足が、レティシアの手をひっかいていた。
 痛みはそれほどでもなかったのだけれど、驚いてウサギから手を放す。
 パッとウサギがレティシアの腕から逃げ出した。
 
 引っかかれたことなど、どうでもいい。
 ウサギがどこかに行ってしまうと、レティシアはその小さな背に向かって声をかける。
 言語が通じるはずもないのに、思わず反射的に声が出た。
 
「待って! ウサちゃん!」
 
 相手は野生の動物だ。
 待つはずなんかない。
 
 と、思ったレティシアの視線の先でウサギがピタっと足を止める。
 それをチャンスと受け止めた。
 しゃがみこんで、手を前に出す。
 
「おいで~、怖くないよ~、食べたりしないからね~」
 
 ウサギが、ちらっとこっちを見た。
 さらにチャンスとばかりに、じわっと少しだけにじり寄る。
 
「驚かせちゃったね~、ごめんね~、もうぎゅうぎゅうしないから、おいで~」
 
 繰り返し呼びかけていると、ウサギが体をこちらに向けた。
 レティシアの目が、きらんと輝く。
 そんなはずはないのだけれど、なにやらトボトボといった様子でこちらに近づいてきた。
 心なし、元から丸い体が、より丸くなっている気がする。
 
 ここで動いてびっくりさせたら逃げてしまうに違いない。
 レティシアはじっとウサギが近づくのを待った。
 やがてウサギが足元で丸くなる。
 
 逃げる雰囲気のないことに安心して抱き上げた。
 さっきよりゆっくりと丁寧に。
 そして、近くにあった大きな石の上に座ってから、膝の上にウサギをのせる。
 
「可愛いね~」
 
 頭から背中を撫でてみた。
 やわらかくてフサフサで、手触りがいい。
 大きくて長い耳も撫でる。
 少し毛は短いが、つるんとした感触も心地良かった。
 
 無条件で癒される。
 
 ストレス社会でペットが望まれるのは、癒しを求めてのことだろう。
 現代日本で暮らしていたマンションはペット禁止だったため、ペットは飼っていなかった。
 1人暮らしだったこともあり、世話ができるか不安だったのもある。
 今はストレスフリーだが、愛らしさと感触にはなごまされた。
 
「やっぱりウサギ最強だわ。ラブリー度ハンパないわ」
 
 じぃっとウサギを見つめる。
 いろんな動物がいて、好みは人それぞれ。
 だが、レティシアにとってウサギは格別だった。
 
 丸い体つきも長い耳も、まん丸な目も、とにかく可愛い。
 以前、勤めていた職場でリサーチした「人気の動物ぬいぐるみ」を思い出す。
 1位はクマだった。
 が、それより8位のウサギのぬいぐるみのほうがダントツで可愛いのに、と思ったものだ。
 
 ひた。
 
 そんなことを考えているレティシアの手に、何か冷たいものがふれる。
 見れば、ウサギの手、いや足なのかもしれないが、手がのせられていた。
 まるで、さっきひっかいたのを気にしてでもいるかのようだ。
 もちろん、たまたまなのだろうが、なんだか微笑ましい気分になる。
 
「平気、平気。痛くないよ? 帰ったら、ちょちょいっと治してくれる人もいるから、大丈夫!」
 
 言葉が通じるとは思っていない。
 ただ見上げてくる様子が、あまりに可愛らしかったので、話しかけずにいられなかっただけだ。
 よしよしとばかりに、頭を撫でる。
 ウサギの鼻が、小さくピスピスしていた。
 
「心臓、撃ち抜かれるね、これは」
 
 さするようにして体も撫でる。
 そして、ん?と思った。
 
 じぃいっと、じぃいいいっとウサギを見つめる。
 というより、見つめ合う。
 
 ウサギも、じっとレティシアを見ていた。
 なにかを思い出せそうで思い出せない。
 
「お腹減ってんの? 鼻が濡れてると元気っていうのは、ウサギじゃなかったよね? こんなことなら野菜でも持ってくればよかったよ」
 
 たしか、野菜といっても食べさせていいものといけないものとがあったはず。
 やり過ぎも良くない。
 レティシアは、周囲を少し見回した。
 木々や草が生い茂っている。
 
「うーん……野生ってことは草が主食? なんの草か、全然わかんないケド。食べられるものはあるんだよね? 野生動物に野菜あげても大丈夫なもんなのかなぁ」
 
 野生動物に餌をやらないでください。
 
 よく聞く話だ。
 人の手から餌を得られると覚えてしまうと、自然界では生きにくくなる。
 人もそうだが、動物だって楽なほうに流れるものなのだろう。
 そうは思うのだけれども。
 
「ちょっとくらいなら、いいんじゃない? たしかウチに、ニンジンあったよね。マルクに言って、切れ端もらっとこうかなぁ」
 
 とたん、ウサギの耳がピーンと伸びた。
 鼻も、勢いよく、ぴすぴすさせている。
 言葉が通じているとは、やはり思わないが、何かは通じている気がした。
 もしかするとニンジンが「美味しい物」だと察して喜んでいるのかもしれない。
 ぴすぴすさせている鼻に、ちょいと人差し指をあてる。
 
「ごめんね。今日は持ってないんだ。今度、持ってくるね」
 
 相手は野生動物。
 今度があるかどうかはわからない。
 けれど、森に入る時に持っていれば、どこかでまた会う可能性はある。
 今度はそっと胸に抱いてから、頬をすりすり。
 
「他の動物に食べられないように、気をつけるんだよ」
 
 ビクッとウサギの体が震えた。
 本当に言葉がわかっているみたいで、笑ってしまう。
 
 たしっ。
 
 急にウサギが足もとい手を、レティシアの頬にあててきた。
 やはり少し、ひんやりしている。
 手の先は毛羽だっていて、くすぐったい。
 その手を握り、頬をすりすりして、感触を楽しむ。
 ウサギが嫌がるように手をグイグイ引っ張っていることにも気づかない。
 
「レティシア様ーッ!」
 
 グレイの声だった。
 すぐにサリーの声も聞こえる。
 しまった、と思った。
 ウサギに夢中で、迷子になっていたのを忘れていたのだ。
 ぴょんっと、ウサギがレティシアの腕から飛び出す。
 
「あ! ウサちゃん!」
 
 連れて帰りたいところだったが、野生動物には自然が1番だと諦めた。
 代わりに後ろ姿へと声をかける。
 
「またねー! またここで会おうねー!」
 
 直後、グレイとサリーが姿を現した。
 レティシアは、神妙な顔で、平身低頭めちゃくちゃ2人に謝った。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

Knight―― 純白の堕天使 ――

星蘭
ファンタジー
イリュジア王国を守るディアロ城騎士団に所属する勇ましい騎士、フィア。 容姿端麗、勇猛果敢なディアロ城城勤騎士。 彼にはある、秘密があって……―― そんな彼と仲間の絆の物語。

ホウセンカ

えむら若奈
恋愛
☆面倒な女×クセ強男の不器用で真っ直ぐな純愛ラブストーリー! 誰もが振り返る美しい容姿を持つ姫野 愛茉(ひめの えま)は、常に“本当の自分”を隠して生きていた。 そして“理想の自分”を“本当の自分”にするため地元を離れた大学に進学し、初めて参加した合コンで浅尾 桔平(あさお きっぺい)と出会う。 目つきが鋭くぶっきらぼうではあるものの、不思議な魅力を持つ桔平に惹かれていく愛茉。桔平も愛茉を気に入り2人は急接近するが、愛茉は常に「嫌われるのでは」と不安を抱えていた。 「明確な理由がないと、不安?」 桔平の言葉のひとつひとつに揺さぶられる愛茉が、不安を払拭するために取った行動とは―― ※本作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。 ※イラストは自作です。転載禁止。

マヨマヨ~迷々の旅人~

雪野湯
ファンタジー
誰でもよかった系の人に刺されて笠鷺燎は死んだ。(享年十四歳・男) んで、あの世で裁判。 主文・『前世の罪』を償っていないので宇宙追放→次元の狭間にポイッ。 襲いかかる理不尽の連続。でも、土壇場で運良く異世界へ渡る。 なぜか、黒髪の美少女の姿だったけど……。 オマケとして剣と魔法の才と、自分が忘れていた記憶に触れるという、いまいち微妙なスキルもついてきた。 では、才能溢れる俺の初クエストは!?  ドブ掃除でした……。 掃除はともかく、異世界の人たちは良い人ばかりで居心地は悪くない。 故郷に帰りたい気持ちはあるけど、まぁ残ってもいいかなぁ、と思い始めたところにとんだ試練が。 『前世の罪』と『マヨマヨ』という奇妙な存在が、大切な日常を壊しやがった。

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

【完結】帝国滅亡の『大災厄』、飼い始めました

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
 大陸を制覇し、全盛を極めたアティン帝国を一夜にして滅ぼした『大災厄』―――正体のわからぬ大災害の話は、御伽噺として世に広まっていた。  うっかり『大災厄』の正体を知った魔術師――ルリアージェ――は、大陸9つの国のうち、3つの国から追われることになる。逃亡生活の邪魔にしかならない絶世の美形を連れた彼女は、徐々に覇権争いに巻き込まれていく。  まさか『大災厄』を飼うことになるなんて―――。  真面目なようで、不真面目なファンタジーが今始まる! 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう ※2022/05/13  第10回ネット小説大賞、一次選考通過 ※2019年春、エブリスタ長編ファンタジー特集に選ばれました(o´-ω-)o)ペコッ

【コミカライズ決定】魔力ゼロの子爵令嬢は王太子殿下のキス係

ayame@コミカライズ決定
恋愛
【ネトコン12受賞&コミカライズ決定です!】私、ユーファミア・リブレは、魔力が溢れるこの世界で、子爵家という貴族の一員でありながら魔力を持たずに生まれた。平民でも貴族でも、程度の差はあれど、誰もが有しているはずの魔力がゼロ。けれど優しい両親と歳の離れた後継ぎの弟に囲まれ、贅沢ではないものの、それなりに幸せな暮らしを送っていた。そんなささやかな生活も、12歳のとき父が災害に巻き込まれて亡くなったことで一変する。領地を復興させるにも先立つものがなく、没落を覚悟したそのとき、王家から思わぬ打診を受けた。高すぎる魔力のせいで身体に異常をきたしているカーティス王太子殿下の治療に協力してほしいというものだ。魔力ゼロの自分は役立たずでこのまま穀潰し生活を送るか修道院にでも入るしかない立場。家族と領民を守れるならと申し出を受け、王宮に伺候した私。そして告げられた仕事内容は、カーティス王太子殿下の体内で暴走する魔力をキスを通して吸収する役目だったーーー。_______________

ぼっちな幼女は異世界で愛し愛され幸せになりたい

珂里
ファンタジー
ある日、仲の良かった友達が突然いなくなってしまった。 本当に、急に、目の前から消えてしまった友達には、二度と会えなかった。 …………私も消えることができるかな。 私が消えても、きっと、誰も何とも思わない。 私は、邪魔な子だから。 私は、いらない子だから。 だからきっと、誰も悲しまない。 どこかに、私を必要としてくれる人がいないかな。 そんな人がいたら、絶対に側を離れないのに……。 異世界に迷い込んだ少女と、孤独な獣人の少年が徐々に心を通わせ成長していく物語。 ☆「神隠し令嬢は騎士様と幸せになりたいんです」と同じ世界です。 彩菜が神隠しに遭う時に、公園で一緒に遊んでいた「ゆうちゃん」こと優香の、もう一つの神隠し物語です。

処理中です...