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第1章 暗い闇と蒼い薔薇

お屋敷大改造 2

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 赤茶色をしたベルベットのカウチで、ユージーンは足を伸ばし、横になっている。
 背もたれの上部や脚には草花の透かし彫刻がほどこされていた。
 豪奢な造りだが、それがいくらするのかは、やはり考えたことがない。
 自分で支払ったこともなければ、見繕みつくろったことすらもないからだ。
 そこにあるのが当然という生活をおくっている。
 
「そのようなことを?」
 
 サイラスの問いに、ユージーンは肩を軽くすくめてみせた。
 サイラスはユージーンの前に立っている。
 イスをすすめたこともあったが「そういうものではない」と教えられていた。
 だから、今はそのままにしている。
 
「愛し愛される婚姻というのも、王妃になるのが嫌だというのも、嘘ではなさそうだったがな。俺があの娘の好みではない、というのが1番の理由だったようだ」
 
 思い出し、少し笑ってしまいそうになった。
 堂々と正面をきって王太子に、そんな「無礼」を言うとは、たいした度胸の持ち主だ。
 
(やたらに怒っていたな。あんなに怒る女は初めて見た)
 
 ユージーンの前では、どんな女性も物静かで従順な態度を取る。
 あからさまに、おもねる者も少なくなかった。
 
 彼女はやたら怒っていたくせに、きょとんと目を丸くしたり、がっかりした様子を見せたりと、表情をクルクルと変える。
 意識してやっていないのは、わかっていた。
 計算されたものでないと感じたからこそ、面白かったのだ。
 
「しかし……好みというのは外見のことだろうか?」
「むろん、そうでしょう。人は見た目を重視するものですからね」
 
 サイラスの言葉は正しい。
 そうは思っている。
 が、彼女はあまり自分の外見をあれこれ言っていなかった気もした。
 
 『そーいうところ!! そーいうところが無理!!』
 
 とは、彼女の言葉。
 その「そういうところ」というのは外見のことだったのだろうか。
 なんとなく違和感があったが、サイラスの言葉に間違いはないはずだ。
 
「では、どうする? 俺の容姿をお前の魔術で、あの娘好みにするか?」
「ご冗談を、殿下」
「まったくだ」
 
 容姿に、こだわりはない。
 が、たった1人の小娘に踊らされて外見を変えるなど、王太子としての尊厳にかかわる。
 周囲の反応も、およそ見当がついた。
 きっとユージーンがレティシア・ローエルハイドの足元にひざまずいたと噂するに違いない。
 
「そもそも、あの娘の好みなんぞ俺は知らん」
「合わせる必要はないのですから、知る必要もないでしょう」
 
 もっともな意見だ。
 だが、気にはなる。
 
 自分の容姿の何が、どこが「好み」ではないのか。
 考え出せばキリがない。
 髪、その長さ、目の色、鼻の高さや形、体格なども含まれるだろうし。
 
(考えても無駄だな。サイラスの言う通り、どうせ合わせる気はない)
 
 気になってはいるものの、思考を断ち切る。
 それよりも重要な問題があった。
 好みなど些末なことだ。
 今は好みでなくとも正妃としてしまえば、考えも変わる。
 
「あの娘の真意を知って、何が変わる? あの娘のそばには、いつも大公がいるのだぞ?」
 
 死を感じるほどの殺気にふれた時のことを思い出す。
 レティシアがいたから、まだあの程度ですんだのだと気づいていた。
 大公が本気になれば、まばたきする間もなく殺されるに違いない。
 
「四六時中というわけではありませんよ、殿下」
「かと言って、さらえば攫ったで大事おおごとになる」
 
 あれほどの情をかけている孫娘を攫われて、大公が大人しくしているとは、とても思えない。
 全力で取り戻しにくる。
 
 それこそ国を亡ぼす勢いで。
 
 確信できるくらいに、あれは「本物」だった。
 王太子を殺すことに、なんの躊躇ためらいもないと言わんばかりの殺気だった。
 
 ギャモンテルの奇跡、その裏に隠された真実。
 
 彼は、優しい英雄などではないのだ、けして。
 なにしろ、敵を一兵たりとも生かしては返さなかったのだから。
 
「心配には及びません。それもまた、策の一部に過ぎませんので」
「そうか。ならばよい」
 
 サイラスが何か考えているのなら、任せればいい。
 今までもそうしてきたのだ。
 サイラスは自分のために尽くしてくれている。
 
「俺がすべきことがあるのだろ?」
「はい、殿下」
 
 サイラスが準備をし、ユージーンはそれに沿って行動するだけだった。
 そして、王位までの階段を着実に上がってきている。
 ここで階段を踏み外すことはできない。
 レティシアが大公に向けていた笑顔が頭をよぎる。
 すぐさま、それを追いはらった。
 
「殿下、あの娘に情をお移しですか?」
 
 内心、少しギクリとしたものの、ハッと笑い飛ばす。
 物珍しさはあれど、情を移すなどはありえない。
 
「まさか。俺を好みでないなどと言う無礼な小娘を跪かせ、俺を乞わせてやろうと思っているだけだ」
「遠からず、そうなるでしょうね」
 
 ユージーンの返答に、サイラスが満足そうにうなずいた。
 なぜか、そのことに安堵する。
 今まで、なんでもサイラスに話してきた。
 隠し事など、なにもない。
 なのに、隠し事でもしている気分になっている。
 
「それでは、殿下には、近々、公爵家をご訪問していただきますので、よろしくお願いいたします」
「俺が? 俺のほうから出向く、というのか?」
 
 ユージーンは眉をひそめた。
 容姿を変えるのと同じくらい外聞が悪いことだからだ。
 思うユージーンに、サイラスが小さく笑う。
 
「そうご機嫌を悪くなさいませんよう。もちろん公爵家を訪ねるというのは、もののついでにございます」
「どういうことだ?」
「最近、王墓の近くで火事がございまして。その状況を視察されたあと、挨拶がてら公爵家に寄る、というだけの話ですよ」
 
 理屈は通るが、面白くはない。
 宰相とは折り合いが悪く、まつりごとを好きにしている彼をユージーンは嫌っていた。
 だから「もののついで」とはいえ、足を向けるのは癪に障る。
 
「殿下、王位に一歩近づくと思って、我慢なさってくださいませんか?」
 
 サイラスがなだめるように言って、頭を軽く下げた。
 しかたなく、うなずく。
 サイラスは命の恩人であり、育ての親。
 頭を下げられると、嫌とは言えない。
 そもそもサイラスは、自分の「王位に就く」との目的のために労力をはらってくれているのだ。
 
「わかった。準備は任せる」
「ご理解くださり、ありがとうございます、殿下」
 
 早速、準備にかかるのか、サイラスが部屋を出ていく。
 1人になると、ユージーンの思考が断ち切ったはずの場所に戻っていた。
 ごろんと体を上に向け、頭の下で腕を組む。
 
「好み……好み、か。あの娘の好みは俺ではない……何がいかんのだ」
 
 考えてもわからない。
 どうせなら聞いておけば良かったと思った。
 わからないことを、わからないままにしておくのは気持ちが悪い。
 考えたり、調べたりすれば回答が得られるというものでもないので、なおのこと気にかかる。
 そういえば、と思考が別の方向に切り替わった。
 
 自分に「好み」はあっただろうか。
 
 自分のことなのに判然としない。
 サイラスにあてがわれるまま、女性と関係を持ってきた。
 時には気が乗らないこともあった。
 が、責任と義務を果たすための行為だと割り切ってきたのだ。
 
 ふん…と、鼻を鳴らし、ユージーンは体をまた横にする。
 やはり彼女の好みを気にする必要はない。
 彼女がどう思おうと、いずれ必ず正妃にする。
 
「俺は粘着なのだろ? ならば、さっさと諦めればよいのだ、小娘が……」
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