上 下
29 / 304
第1章 暗い闇と蒼い薔薇

お祖父さまと夜会 1

しおりを挟む
 
「サリー……これさぁ……」
「レティシア様好みのシンプルなドレスかと思いますが?」
「うん、確かに形は好みなんだけどね……」
 
 首元から腰、袖までは、ごく薄い紫の総レース。
 細かく花や枝葉が綴られている。
 レースの下、胸から太腿のラインに沿って、薄い青い色をした固めの生地がジャストフィット。
 腰も、きゅっと締まって見える。
 スカート部分はやはり薄青で柔らか素材、足元へと、すとんと落ちているように見えるけれど。
 
(プリーツだっけ……うーん……あ、ドレープだ! 全然、違った……)
 
 ファッションに興味がないので、そっち系の用語にもうとい。
 小説やなんかで出てきた際に「どんなのだろう」と調べてみたことがあったため知っているものもあるというだけだった。
 
「見た目はあっさりだし、ピタッとしてなくて広がるから動き易いし、それもいいんだけどさぁ……」
 
 全体的には、上品でいい感じではある。
 だが、しかし。
 
「背中、空き過ぎじゃない?!」
「そうでしょうか? このくらい夜会で着るドレスとしては普通ですよ」
「そうなんだ……この逆台形、普通なんだ……」
 
 肩から腰にかけての大逆台形。
 すかすかしていて、とても心もとない。
 結奈は、首をひねって自分の背中を見てみる。
 
(肩甲骨、丸出しなんですケド……うっかりすると半ケ……やめとこう)
 
 自主規制して「半ケツ」という言葉は封印した。
 口に出してしまい、サリーに解説するはめにはなりたくない。
 さすがに下品過ぎるだろうと思ったのだ。
 
 なにがどうなっているのかわからないが、髪はきれいに編み込まれ、左側にまとめられている。
 背中まであった長さも、今は肩ほどまでになっていた。
 そのせいで背中が、すかすかになっているのだけれども。
 
 あまり派手なのは嫌だけれど祖父に恥をかかせるのも心苦しい。
 
 結奈の注文に、サリーは嫌な顔もせず引き受けてくれた。
 というより、張り切っていたように見えた。
 
「えっと……それで、サリー……」
「完璧です。大公様がエスコートされるに相応しい姫君にございます」
 
 全頭身の鏡に映っている自分の姿を改めて眺める。
 いつもはしない薄化粧も悪くはないと感じた。
 そもそも結奈自身、化粧はするのも落とすのも面倒で、ちょちょいのぱぱっで済ませていたのだ。
 
「ですが、レティシア様が、お困りになられるかもしれませんね」
「なんで? お祖父さまに迷惑かからないなら、私はそれでいいんだけど」
 
 いえいえ、とサリーが首を横に振る。
 それから扉の向こうにいるグレイを呼んだ。
 入ってきたグレイが、ピタリと足を止める。
 
「お分かりになりましたでしょう、レティシア様?」
「は? なにが? 全然わかんないんですケド……?」
 
 きょとんとしている結奈に、サリーがブリザードを思わせる口調で言った。
 
「グレイは今まさにレティシア様に見惚みとれています」
 
 ぎょっとしたようにグレイが、わずかにあとずさった。
 わざとらしく眼鏡を鼻の上に押し上げている。
 
「そ、そんなことは……ただ見慣れていなかったものですから……」
「嘘をついても無駄です」
 
 グレイの言葉をサリーは容赦なくスパッと切り捨てた。
 そして、レティシアに向き合ってくる。
 
「よろしいですか、レティシア様。夜会にはこういうやからが大勢います。大公様がいらっしゃるとはいえ、用心なさってくださいませ」
「サリー……私をジゴロやドンファンと一緒にしないでほしい」
 
 きらんとサリーが冷たい視線をグレイに向けた。
 どうだか?と言っているのが、結奈にもわかる。
 
「女たらしに遊び人かぁ。そういう人もいるんだねぇ。まぁ、グレイには似合わない感じするけど」
「いいえ、こういう真面目な顔をしている男ほど“ヤバい”のですよ」
「そっか。そーかも」
「納得しないでください、レティシア様!」
 
 サリーと顔を見合わせて笑う。
 最近は、ちょくちょくグレイを2人でからかうのだ。
 真面目で、いつもは冷静なグレイが慌てる姿を見るのは楽しい。
 
「わかってるって。グレイは意外とヘタレだもん」
「へたれ……ですか?」
「情けないとか意気地がないとか?」
 
 う…と、グレイが言葉を詰まらせた。
 サリーは含み笑いをもらしている。
 
「でもさ、そのほうがいいよ。私的には偉そうな人より好感度は高いね」
 
 喜んでいいのか判断がつかないらしく、グレイは微妙な顔をしつつ曖昧に「はあ……」などと答えている。
 
「てゆーか、あの王子様、なんでこんな粘着してくるんだろ。ウザいわー」
 
 2人が首をかしげた。
 悪い意味の言葉だと、わかってはいるようだけれど。
 
「粘着っていうのは、しつこいっていうのを百倍にしたくらいしつこいって意味。ネバネバしてるものってあるじゃん? そういう感じ」
 
 ああ、と、なにかを想定したのか、グレイがうなずく。
 サリーも理解してくれたようだ。
 
「それでね。うっとうしい、わずらわしい、面倒くさい、これを掛け合わせて、ひと言にしたのが、ウザい」
 
 正しいかどうかはともかく、結奈が使う上での認識を伝える。
 しばし考える様子を見せたあと、2人して大きくうなずいた。
 
「たしかに、ウザいですね」
「ウザいですし、レティシア様に粘着しておられますわ」
「だよね」
 
 正妃選びの儀は、とっくに辞退している。
 祖父が偉人であるのは確かだとしても、自分はその孫に過ぎない。
 だから、王子様がなぜ自分にこだわっているのか、わからずにいる。
 結奈は、ジョシュア・ローエルハイドの血がどれほど特別なものであるかを知らなかったからだ。
 
「でーもー、今日は、お祖父さまと夜会……初めてのお出かけ……」
「レティシア様」
 
 すぐにグレイの声が飛んでくる。
 
(やっぱり、グレイ、秒でカウンター入れてくる)
 
 それはそれで、ありがたいのだけれども。
 少しくらいウットリさせてくれてもいいのでは、とも思う。
 
「さぁさぁ、レティシア様、大公様がお待ちかねですよ」
「そうだった!」
 
 大股で歩きかけて、足をそろりと戻した。
 祖父の前では、多少なりとも「Lady」でいたい。
 貴婦人やご令嬢とはいかないまでも、だ。
 階下を見ると、お祖父さまが結奈を見上げていた。
 
 あの日のように。
 
 結奈はなにも考えず、広げられた両腕の中に飛び込んだのだ。
 今日は、そういうわけにはいかないが、祖父の笑顔に心拍数が上がるのは変わらない。
 
(う、う~……お祖父さまがカッコ良過ぎる……スーツ似合い過ぎだし)
 
 いつもはラフな格好をしている祖父も今夜は礼装している。
 ホワイト・タイ風ではあるが、いくつか正式ではない部分もあるようだった。
 本からの知識でしかないので、はっきりとはわからないけれど。
 
(燕尾服の時は白い蝶ネクタイのはず? ベストはなくて、代わりに腰巻……じゃなかった……えーと……なんとかバンド……シルクハットも……?)
 
 結奈の思い出せなかった「なんとか」は、カマーバンドという。
 ホワイト・タイと呼ばれる白を基調とした燕尾服スタイルの礼装では、通常、身に着けることのないものだ。
 首には、カマーバンドと同色のシルバーグレイの縦型ネクタイが緩く結ばれていた。
 小脇に抱えたシルクハットも結奈のイメージより丈が短く丸みを帯びている。
 礼装の体をとりながら、羽目を外している感があった。
 
(さすがだよねえ……おシャレってだけじゃなくて……茶目っ気がある!)
 
 今すぐにでも階下に飛び降りたくなる。
 とはいえ、さすがにあの時とは違い、グレイとサリーに全力で阻止されるに違いない。
 すでにその気配を察知し、結奈はあえて静々と、階下に向かって足を進めた。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

竜人のつがいへの執着は次元の壁を越える

たま
恋愛
次元を超えつがいに恋焦がれるストーカー竜人リュートさんと、うっかりリュートのいる異世界へ落っこちた女子高生結の絆されストーリー その後、ふとした喧嘩らか、自分達が壮大な計画の歯車の1つだったことを知る。 そして今、最後の歯車はまずは世界の幸せの為に動く!

異世界で王城生活~陛下の隣で~

恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。  グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます! ※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。 ※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。

私は幼い頃に死んだと思われていた侯爵令嬢でした

さこの
恋愛
 幼い頃に誘拐されたマリアベル。保護してくれた男の人をお母さんと呼び、父でもあり兄でもあり家族として暮らしていた。  誘拐される以前の記憶は全くないが、ネックレスにマリアベルと名前が記されていた。  数年後にマリアベルの元に侯爵家の遣いがやってきて、自分は貴族の娘だと知る事になる。  お母さんと呼ぶ男の人と離れるのは嫌だが家に戻り家族と会う事になった。  片田舎で暮らしていたマリアベルは貴族の子女として学ぶ事になるが、不思議と読み書きは出来るし食事のマナーも悪くない。  お母さんと呼ばれていた男は何者だったのだろうか……? マリアベルは貴族社会に馴染めるのか……  っと言った感じのストーリーです。

この度、青帝陛下の番になりまして

四馬㋟
恋愛
蓬莱国(ほうらいこく)を治める青帝(せいてい)は人ならざるもの、人の形をした神獣――青龍である。ゆえに不老不死で、お世継ぎを作る必要もない。それなのに私は青帝の妻にされ、后となった。望まれない后だった私は、民の反乱に乗して後宮から逃げ出そうとしたものの、夫に捕まり、殺されてしまう。と思ったら時が遡り、夫に出会う前の、四年前の自分に戻っていた。今度は間違えない、と決意した矢先、再び番(つがい)として宮城に連れ戻されてしまう。けれど状況は以前と変わっていて……。

公爵家の隠し子だと判明した私は、いびられる所か溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
実は、公爵家の隠し子だったルネリア・ラーデインは困惑していた。 なぜなら、ラーデイン公爵家の人々から溺愛されているからである。 普通に考えて、妾の子は疎まれる存在であるはずだ。それなのに、公爵家の人々は、ルネリアを受け入れて愛してくれている。 それに、彼女は疑問符を浮かべるしかなかった。一体、どうして彼らは自分を溺愛しているのか。もしかして、何か裏があるのではないだろうか。 そう思ったルネリアは、ラーデイン公爵家の人々のことを調べることにした。そこで、彼女は衝撃の真実を知ることになる。

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

あなたたちのことなんて知らない

gacchi
恋愛
母親と旅をしていたニナは精霊の愛し子だということが知られ、精霊教会に捕まってしまった。母親を人質にされ、この国にとどまることを国王に強要される。仕方なく侯爵家の養女ニネットとなったが、精霊の愛し子だとは知らない義母と義妹、そして婚約者の第三王子カミーユには愛人の子だと思われて嫌われていた。だが、ニネットに虐げられたと嘘をついた義妹のおかげで婚約は解消される。それでも精霊の愛し子を利用したい国王はニネットに新しい婚約者候補を用意した。そこで出会ったのは、ニネットの本当の姿が見える公爵令息ルシアンだった。

処理中です...