理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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第1章 暗い闇と蒼い薔薇

頭のネジが2,3本 2

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 隣にいるグレイの頭を、ぱかーんと、はたいてやりたい。
 しかし、レティシアの前なので、我慢をした。
 
(まったく情けない……これで、よく魔術騎士が務まっていたわね)
 
 思考を停止しているらしきグレイに呆れる。
 レティシアの気まぐれは、今に始まったことではないのだ。
 今回の気まぐれは、いい方向性ではある。
 が、いつまで続くかはわからない。
 
 レティシアが変わってから1ヶ月が経とうとしていても、次の1ヶ月の保証にはならないと思う。
 今のレティシアは、おおむね好ましい。
 このままでいてほしいと、サリーだって思ってはいるのだ。
 
 それでも、過剰な期待は、大きな落胆と背中合わせ。
 
 その時になって「信じなければ良かった」などと後悔するのは嫌だった。
 だから、サリーは未だに予防線を張っている。
 レティシアを信じ切ってしまわないように、と。
 
「私としては、呼び捨てでもいいと……」
「それはナシです」
「だよね~……うん、それはわかる。歩み寄りも大事だから敬称は我慢するよ」
 
 最近のレティシアの言葉は判然としないものも多い。
 サリーもグレイも、前後の言葉から全体を類推していた。
 
(呼び捨て……名前を呼び捨てるってことよね。そんなこと、できるわけないじゃない。一応、それは諦めてくださったようだけれど)
 
 名前を呼ぶのにも、相当な気合いと勇気が必要だ。
 だいたい使用人が主の名を呼ぶこと自体が非常識とされている。
 旦那様、奥様、お嬢様、姫様、そんなふうに呼ぶのが常識だった。
 あとは大公のように、爵位に敬称をつけるとか。
 
 逆に主側が使用人を名前で呼ばないのは珍しくない。
 お前とか、そこの者とか、もっと酷い呼ばれかたをすることもある。
 だから、レティシアの提案もとい命令は、非常識極まりないことなのだ。
 どんな意図があるのだろうと、サリーは勘繰っている。
 
(旦那様に言いつけて叱責させようとしている、とか……?)
 
 レティシアならやりかねない。
 が、公爵は、それを穏やかにやり過ごすだろう。
 逆になだめられて、むくれるレティシアの姿が容易たやすく想像できた。
 今までに、何度もそういう姿を見てきたからだ。
 
「みんなにも、お願いできる?」
「え……ほかの者にも、ですか……?」
 
 固まっているグレイは、まったくの役立たず。
 さっきから答えるのも問いかけるのも、サリーばかりになっている。
 
(本当に情けない。女を盾にするなんて、どういうつもりなの!)
 
 こういう時こそ、グレイには前に出てほしい。
 期待するのは苦楽をともにしてきたからこそだ。
 お互いに支え合ってきたと思っている。
 
「2人だけっていうのもおかしいでしょ? 贔屓だと思われたら、2人だって困るんじゃない?」
 
 まったく困らない。
 もとより「贔屓」だと思う者などいない。
 むしろ、同情されるに違いなかった。
 
「あ。どうしても無理っていうなら、強制はナシの方向で」
 
 ならば、自分も「ナシの方向で」と言いたくなる。
 さりとて、言えるはずもなし。
 今のレティシアは、おおむね好ましいのだ。
 機嫌を損ね、以前の彼女に戻ってほしくはない。
 
「かしこまりました……レティシア様」
「お、いいねー! 断然そっちのほうがいいよ、サリー!」
 
 なにがそんなに嬉しいのか、レティシアは上機嫌だ。
 が、サリーを見て、少し困った顔になる。
 
「うん……いやね、私も我儘だっていうのはわかってるんだよ? でも、よそよそしくされるのは寂しいんだよね」
 
 ぺしょっとなっているレティシアを見ると、どうにも具合が悪い。
 元々、サリーは世話焼きなのだ。
 不遜な態度のレティシアになら対抗できても、迷子のような顔のレティシアに強気ではいられなかった。
 
「いきなりというのは難しいかもしれませんが、みんなにも少しずつ慣れるように言い聞かせますので、問題ございません。そうよね、グレイ」
 
 いいかげん「戻って来い」とばかりに呼びかける。
 レティシアは、しばしば「戻って来ない」ことがあるので、サリーも手慣れたものだ。
 
「あ、はい! もちろんでございます……れ、レティシア様」
 
 レティシアが、グレイとサリーを交互に見て、にっこりした。
 これだから、とサリーは思う。
 警戒心をなくしてはならないと言い聞かせてはいるが、最近はそれがなかなかうまくいかなくなっていた。
 
「ありがと、グレイ、サリー」
「どういたしまして」
 
 グレイと声を合わせて、そう答える。
 レティシアから教わった、礼を言われた時の作法だ。
 たしかに、この言葉を口にすると、なんとなく気持ちが楽になる。
 それまで、礼を言われることなどめったになかったので、どう返していいのかわからなかったからだ。
 指示されるのも、それをこなすのも当たり前に過ぎて。
 
 その当たり前のことに「ありがとう」を返すレティシア。
 警戒心を忘れてはならないと思っているにもかかわらず、胸が熱くなる。
 
「あの……レティシア様……」
 
 サリーは両手を、きゅっと握りしめた。
 今のレティシアに拒絶されれば、きっと自分は傷つくに違いない。
 信じたいとの気持ちが強くなっているからこそ、わかる。
 それでも、勇気を出して、手にしていたものをレティシアに見せる。
 
「こ、こちらを……」
「これは?」
「私どもの感謝の気持ちと申しますか……」
 
 いらない、と言われるのではないか。
 手を振りはらわれるのではないか。
 臆病になっているサリーの手から、レティシアが、それを受け取る。
 
「いいの? 私、感謝されるようなこと、なんにもしてないのに」
「高級な品ではございませんし、姫……レティシア様のお気には召さないかもしれませんけれど……」 
 
 サリーが渡したのは、古びたネックレス。
 きれいに磨き上げはしたが、キラキラとした輝きはない。
 銅で出来ていて、金細工の品に比べて高級感はなかった。
 
「そんなことないよ! アンティーク感が、すっごくいい! こーいうの好きなんだよね。ギラギラしてるのより、品がある気がするもん」
 
 言いながら、なにかに気づいたように、飾りの部分にふれる。
 ぱかっと、それが開いた。
 
「うわーん!! お祖父さまじゃん!! お祖父さまがいるー!!」
「グレイが、お写真を加工して作りました」
 
 模様替え前、壁にかけられていた絵画はすべて取りはらわれ、飾られているのは、ただひとつ。
 書きもの机の上、額に入れられた大公の写真だけだ。
 それを用意してほしいと2人は頼まれ、その際、ネックレスも用意した。
 もしかしたら渡す機会があるかもしれないと思って。
 
 半信半疑ではあったが、臨時ボーナスの件は、感謝すべきことには違いない。
 なにか「返礼」をしたほうがいいのではと、2人で話し合って決めたのだ。
 
 大公の写真を入れたロケット付きのネックレス。
 
「うっわーい! これで、いっつもお祖父さまと一緒だー! もう最っ高! 最高だよ、サリー、グレイ!! ありがと!!」
 
 想像もしていなかったほど喜ばれている。
 その姿を見て、猜疑心を持ちつつ渡したことに、サリーは罪悪感をいだいた。
 
「それにしても……姫……レティシア様は、ずいぶんと変わられましたね」
「あ、うん」
「グレイ……ッ!!」
 
 どれだけ気が抜けているのか、失礼過ぎるグレイの言葉に、思わず大きな声を出してしまう。
 ハッとした様子で、グレイが口をつぐんだ。
 が、レティシアは、まるで意に介していない様子で言った。
 
「頭のネジが2,3本トんだって思ってくれればいいよ」
「頭のネジ……ですか?」
 
 サリーの問いかけに、レティシアが、うんうんとうなずく。
 そして、新たな「レティシア用語」の解説をしてくれた。
 
「なんていうか……吹っ切れたって感じ」
 
 ジョシュア・ローエルハイドの孫娘であり、その血を受け継ぐ者。
 
 その重荷は、どれほどのものだったか。
 正妃選びの儀を辞退して、彼女はようやくそこから解き放たれたのかもしれないと、思えた。
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