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第1章 暗い闇と蒼い薔薇
理想のお祖父さま 4
しおりを挟む「……ありがとう、お祖父さま」
自分の腕の中に身を寄せている孫娘を見つめる。
昨日まで、こんなふうに関係を修復できるなんて思わずにいた。
この先もずっと遠くから見守るだけのつもりでいたのだ。
ただ王宮に入ってしまえば、簡単にはいかなくなる。
王宮魔術師たちから、なにかと邪魔が入るのは目に見えていた。
(そうだ、レティ……お前の選択は正しい)
正妃選びの儀の辞退など前代未聞。
しかし、それを間違いだとは思わない。
レティシアが行くと言い出した時には本当に焦った。
遠くから見守るつもりであったはずなのに、アイザックを通じて反対していることを伝えさせたほどだ。
それでもレティシアは決意を翻さなかった。
16歳になることを恐れていたのは、そのせいもある。
王太子が前々からレティシアを正妃に望んでいたのは知っていた。
が、16歳になるまでは親の承諾なくして娶るのは難しい。
王太子ともなればできなくはないが、アイザックと、それに国王が阻止してくれるとわかっていたので安心していられただけだ。
問題だったのは、自分で婚姻を決められる歳になった際、レティシアがどういった決断をするか。
そして、恐れていた事態が起こった。
果たしてレティシアは王太子妃となることを選んだのだ。
親ですら反対意見は通らず、本人の意思が尊重される。
ましてや祖父の意見など通るはずがない。
どれほど納得できない結果でも受け入れるほかないと諦めていた。
レティシアの意思は固く、説得に応じそうもなかったからだ。
「レティ、一緒に夕食をとろうか?」
「えっ?! いいのっ?!」
「もちろん、かまわないよ」
両親も帰って来ないことだし、と言いかけてやめておく。
2人に迷惑をかけたと知った時のレティシアの顔を思い出していた。
今までに見たことのない表情だ。
しょんぼりと肩を落とし、気に病んでいるのが、ひと目でわかった。
だからこそ、グレイの言葉を遮っている。
落ち込んでいるレティシアに追い打ちをかける必要はない。
「やったー! お祖父さま、大好き!」
言葉に、自然と笑みが浮かぶ。
が、それとは逆に、心では苦笑い。
(シシィ……私はこの子を守るためなら、どんな酷いこともしてしまいそうだ)
ジョシュア・ローエルハイドは、己の力を知っている。
24年前、戦争にケリをつけた時のことを忘れてはいなかった。
人は守りたい者しか守れない。
そう思い知ったのだ。
王宮を辞する決断は、その時にしている。
そもそも彼は、戦争終結後の年に、自らの命を絶つ気でいた。
最愛の妻、エリザベートが他界したからだ。
病によるもので、こればかりは彼の力をもってしても、どうにもならなかった。
とはいえ、アイザックはまだ幼く、1人立ちできるまではと、妻の後を追うことを我慢した。
ようやくアイザックが16歳になり、これでようやく妻の元にいけると思った矢先、レティシアが生まれたのだ。
あの小さな手で、指を握りしめられた瞬間、彼の人生が変わった。
黒髪に黒眼。
明らかに自分の血を受け継いでいる。
わかっていてレティシアを置き去りにはできない。
彼女の人生は、この先、試練の連続だろうから。
そして、それは危険にさらされることを意味する。
アイザックには彼ほどの力は宿っていないので、守りきれないかもしれないとの危惧もあった。
「グレイ、今日の夕食は、私の分も頼む」
「かしこまりました」
グレイの表情は、なんら変わっていないように見える。
けれど、内心では、ひどく戸惑っているに違いない。
おそらく屋敷いる全員がそんなふうなのだろう。
サリーも、いつになく落ち着かなげにしている。
(たしかに……昨日までのレティとは、ずいぶんと違う)
彼にとっては、いいほうに違っているのだけれど。
散々、振り回されてきた周囲の者たちからすれば、一時の気まぐれとしか思えないのもしかたがない。
いつ、また気まぐれで癇癪持ちのレティシアに変貌するかわからないのだ。
警戒するのもわかる。
(私にとっては、レティはレティなのだがね。私の血を受け継いでしまった孫娘……)
自分のせいだとわかっていても、愛する孫娘に拒絶されるのはつらい。
この十年は、会うことさえままならなかったのだから、今日のこの幸せが長く続くことを祈らずにはいられなかった。
やはり、できれば近くで見守り続けたいと思う。
「あ、そう言えば、サリーがお茶を用意してくれるって言ってたんだ」
どうしようと困っているのが、レティシアの顔に出ていた。
昨日までの彼女なら気にかけてはいなかっただろう。
本当に、王宮でなにがあったのか気になった。
ここまで変わるような、なにがあったのか。
「時間的に夕食にしてしまってもいいのじゃないかな?」
「それは、もちろん……姫さまさえよろしければ……」
サリーの言葉の中には警戒心がひそんでいる。
レティシアの意思を無視すれば罵声を浴びせられると思っているに違いない。
が、レティシアは怒ることなく、むしろ少し気後れした様子で答えた。
「あ、うん……かまいま……いいよ。夕食にしてく……夕食にしよ?」
彼の目には、レティシアの仕草や口調、そのいちいちが愛らしく映る。
いつも不機嫌そうにしていて笑うことなど、ついぞない。
そう聞いていたが、どうやら今日のレティシアは違うようだ。
くるくると変わる表情に、胸の奥が暖かくなる。
いつまでも見ていられそうだった。
「では、どうぞ」
腕を差し出すと、やはり少し照れたような表情を浮かべつつ、それでもガシっと力強く腕を回してくる。
しかも、彼を見上げ、笑いかけてきた。
(どうも……これは、まいったね。この先も、レティの愛情を失いたくないと思ってしまう)
そのためなら、なんでもできる気がする。
いや、きっとしてしまう。
自分の力の大きさを知ってはいても抑えるのは難しいだろう。
(まずは……王太子から、この子を守らなければならないな)
彼や彼の息子夫婦が、彼女が王太妃になることを反対したのには理由がある。
手元から放したくない、などという親心、祖父心だけではない。
王宮を辞する前、彼は何度か王太子と顔を合わせていた。
第1王子として生まれたとの理由だけでは説明できないほど、王太子は幼い頃から野心をむき出しにしていた。
それを隠そうともしていない。
アイザックから、王太子が再三に渡り輿入れの申し出をしていると知らされている。
再三、というところが王太子の意図を明確にしていた。
王位継承者である第1王子は、ローエルハイドの血を欲しているのだ。
それゆえにレティシアを諦めようとはしない、絶対に。
レティシアを伴い、食堂に向かいながら、心の中で嘲笑う。
実際に、鼻で笑ってやりたいぐらいだ。
(お前はレティの好みではないのだとさ。鼻も引っかけられていないということを自覚するがいい)
グレイなどより数十倍の強さで、王太子に向けブリザードを放つ。
ここからではとどきはしないだろうが、いずれ直接に叩きつけることになるだろう。
王宮副魔術師長、サイラス。
王太子の側にいる最も警戒すべき魔術師。
今ごろは、次の手を考えているに違いない。
王太子の地位は、そのままサイラスの地位でもあった。
この国では、国王の最側近は宰相ではなく魔術師長なのだ。
国王が辞する時は魔術師長も職を辞さなければならないというほど、その結びつきは強い。
サイラスも王太子に引けを取らない野心家だと知っている。
レティシアが正妃選びの儀を辞退したからといって引き下がるはずがない。
(この子に無理を強いることは、私が許さない)
楽しげに食卓につくレティシアを見て、そう思った。
彼女の笑顔は、なにものにも代えがたい。
誰であろうが悲しませる者は排するだけだ。
人は守りたい者しか守れないのだから。
きらきらしたまなざしで見つめてくる孫娘に、微笑み返す。
彼女には幸せになってほしかった。
正妃選びの儀の辞退、それは天からの啓示。
1番守りたかった妻を守れなかったがゆえに、与えられた今一度の機会を無駄にするわけにはいかないのだ。
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